献身的なあの娘
「ねえ、聞いた?」
「知ってる。あいつだろ?」
「世話した人がもれなく死んでるってやつ」
「死神って噂、かなり広まってるよね」
「死神どころか実は殺人犯とか」
「ヤバ!取材とか来たらどうする?」
「喜ぶなバカ」
うちの学校で今話題になっていること。それはとある女の子ことだ。ボランティア活動で近所の身寄りのない老人を介護している彼女。その介護していた老人が次々と亡くなっているという。それが彼女のせい、という内容だ。
「馬鹿馬鹿しい」
僕の感想はこれだ。普通に考えて、そもそも身寄りのない介護が必要な老人だ。いつ亡くなっても不思議じゃない。それを介護していた人のせいなんて。そんなことを言ったら世の中の医者や介護士は全員死神になってしまう。それに…
「大丈夫ですよ。ゆっくり、ゆっくりでいいですからね。はい、あーん」
あんな優しい笑顔の死神がいてたまるか。ほら、年寄りも涙を流して喜んでる。みんな知らないだけだ。知らないからそんなことを言える。僕は知ってる。彼女の笑顔を。彼女の優しさを。僕だけが…
「こんにちは」
「え? あ! あの、こ、こんにちは!!」
びっくりしたなんてもんじゃない。いつの間にか彼女の介護時間は終わり、僕の隣に来て、こんな僕に話しかけてくれていたのだ。そう、僕はいわゆる陰キャで… 彼女とは今までまともに会話したことすらない。つまり知ってるのは隠れて見ていたということで… ストーカーとして訴えられても仕方ないわけで…
「興味、あるの?」
「え?え?ええ!?」
「介護。不足してるから大歓迎だよ」
「え?あ、あ~ ちょっとね。選択肢のひとつには入れてるかな~」
もちろん嘘だ。考えたこともない。だけど誤魔化すには、そして彼女と共通点を持つにはこの返答がベスト。そう咄嗟に思った。
「そうなんだ。よかった。嬉しいな」
あぁ、笑顔が眩しい。くらくらしちゃうくらいに…
いや、これマジでくらくらする。時間も忘れるくらいに炎天下で覗き見してたからか?熱中症ってやつかこれ?あぁ、意識が…
「よかった気がついた。あのまま死なれたらもったいないからね~」
もったいない?介護士の話かな?ま~彼女と一緒に介護士な未来もあり… って体がまだ変な感じだ…
「あれももう少しで終わりだから、そろそろ次が欲しかったんだよね~ちょうどよかったよ~」
あれ?もう少しで終わり?なんのことだろう?
それにしても、老人でもないのにまさか彼女に介護されるなんて。こんなに嬉しいことは…
「最初はね、自分のおじいちゃん。無理やり世話を押し付けられてね? でも、私しか頼れる人がいなくて、日に日に弱っていく様子を見てたらね…」
え…っと… 何を言っているんだろう。
「その次はお母さん。私に丸投げして仕事帰りに遊んでてね。その遊びが祟って。あの今にも後悔に押し潰されそうな顔が…」
あれ?もしかしてヤバい感じ?
「お父さんは結局、最後まで何が何だかわからないって顔してたな~今の君にちょっとにてるかも」
それは嬉し… くもないよ?あれ?ぜんぜん力入らない。何で…?
「今日は疲れたでしょう?おじいちゃん?もうおやすみなさい?」
おじいちゃん?僕が?僕…
彼女が握っていた手。それは老人の手であり、紛れもなく僕の手。何でという疑問はもはや無意味だった。逃げることも、叫ぶことさえ出来ない。希望があるとすれば彼女が学校に行っている間になんとか…
「もう君はひとりぼっち。この家に独り住む、動くことも喋ることも出来ないおじいちゃん。でも安心して。私は君の味方だよ?私だけは最期まで君の側にいてあげる」
今までも、きっとこれからも聞くことが出来なかった言葉を彼女の口から聞けるなんて。でもこんな形で聞きたかったわけじゃ…
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた。またでしょ?」
「マジで死神なんじゃね?」
「てかマジな話、ぼっちの年寄り多くね?」
「ぼっちと言えばあいつ行方不明だっけ?」
「らしいね。知らんけど」
「ぼっちにはなりたくね~よな~」
「それな~うちらはズッ友でいような?」
「な~」