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第11話 カヌレと火吹き②

 ぷらととその周辺が真っ黒こげになったのに対して、頭の中は真っ白になる。

 これを、わたしが……?


(! ご、ごめんなさ――!)

「怪我はない!?」

(へ? う、うん。大丈夫。だけど、ぷらとが……)

「プラトは、また買えばいいだけ、だから。……はぁ、よかった」


 安堵した表情でわたしの首に抱き着いてきた。ヘラルドの手がほんのり湿っている。よっぽど慌てたのだろうか。でもこの火は。


(わたしが出した炎だよ? だから、わたしが怪我することなんて――)

「そうだとしても!」

(っ!)


 一度腕を離してわたしの目を強く射抜いた後、また長い首に腕を回す。先ほどよりも力を込めて。


「……絶対に大丈夫って確証はないから。何もなくて、本当によかった」

(う、うん、ごめんなさい……)

「ああ、違う。怒っているんじゃなくて、心配なんだ。せっかく、こうしてふたりで――いや、大きい声出してごめんね」

(……わたしも心配かけてごめんなさい)


 ヘラルドの身体に、反省の意を含めて頭を軽く擦り付ける。それと、心配してくれてありがとう、も伝わるように。


「、ところで、どうして火なんか吹いたの? 今まで一度もしたことないのに」


 この現状にごもっともな台詞を言うヘラルド。こんなに心配してくれた人に、ただそのお菓子を焼きたかったからです、なんて答えたらどう思われるか……。


(……怒らない?)

「ヨリが自分を犠牲にするようなことをしない限りは怒らないよ」

(あの、ね――)


 ぷらとをカヌレのようにカリカリに焼きたかったことを説明すると、ヘラルドが面食らったような顔をしていた。


「そのためにあの炎か……」

(ちがっ、初めてだったし、加減分からなくて! それにカリカリにするなら、火力高い方がいいと思って……)

「うーん、ある意味、カリカリになったね」


 ヘラルドは、おそらくぷらとだったと思われるものを触る。その瞬間、ぼろぼろと崩れ去って風に飛ばされていった。


「火力の調整なら、俺の火魔法でもできるから、やろうか? カリカリの度合いもいろいろできると思う」

(……ううん、わたしがやる。けど、加減の練習するね)


 たしかにヘラルドの火魔法は、ガスコンロにもオーブンにもなる便利なものだ。でも、いつまでも彼にすべてを頼っているわけにはいかない。

 わたしも、何かやりたい。もちろん、今はぷらとをより美味しく食べたいというのが大きな目的だけど、それだけではなくて、もし今後ヘラルドになにかあった時に、ひとつでも助ける手段があるといいな、というのもある。


 もちろん何も起こらないのが一番だけど。


 --------------------------------------------------------------------------------


 それから、火吹きの練習が始まった。


 ヘラルドがまたラマグレットに買い出しに行っている間に、残しておいてくれた野菜を相手に練習する。

 最初はやっぱり黒こげのができていたけど、だんだん加減が分かってきて、ヘラルドが戻ってくるまでには、おおよその強火・中火・弱火の調整はできるようになった。黒こげの野菜はもう食べなくて済みそうだ。


 あとは、ぷらと相手に上手くできるかどうか。


(おかえり!)

「ただいま。練習、たくさんできた?」

(うん。明日、ぷらとでやってみる!)

「ならよかった。明日が楽しみだね」


 早めに寝たおかげで、頭がすっきりとした状態で目が覚めた。

 ヘラルドは先に起きていたようで、朝ごはんの匂いが微かに漂ってくる。


「あ、おはよう、ヨリ」

(おはよう。ぷらとは……)

「ふふ、まずはごはん食べようか。プラトは逃げないからね」

(わ、分かってるよ! もう!)


 練習の成果を試したくて、早く見せたくて、気が急いてしまった。


 用意してくれた美味しい朝ごはんをいつもより早く食べ終えて、まだ食べているヘラルドの方を向いて彼が食べ終わるのをじっと待つ。今のわたしはさながら、好物を目の前に待てをしている犬だ。


「――ごちそうさまでした。じゃあ……ふふ、早く出そうか」


 ヘラルドは犬――もとい竜のわたしを見ると、くすくすと笑いながらぷらとが入った紙袋を取り出す。

 朝ごはんの調理で使った金属の板の上にぷらとを乗せる。


(い、いくね……!)


 一呼吸おいて、ぷらとに向かって火を吹く。

 よさそうなところで吹くのをやめる。焼き色はカヌレくらいにはなっている気がする。

 それを舌を使って口に運ぶ。


(う、ん……?)


 元のぷらとよりはカリカリになったけど、外側のほんの少ししかしっかりと焼けていなかった。まだ理想の焼き加減ではない。


 ヘラルドは納得いっていないわたしの表情を見て、もうひとつぷらとを取り出して金属の板の上に置いた。

 今度は、さっきの強さでもう少し長めに焼いてみよう。


(……うーん……)


 カリカリにしたいのは山々だけど、あくまで外側だけ。時間が長かったのか、中のしっとりもっちり感がなくなってしまった。


 わんこそばのように、ぷらとが出てくる。

 次は、火は強めて、時間は短く……。


(あっ!)


 灰とまではいかないけど、だいぶ焦げてしまった。噛むとガリガリと音がする。味もだいぶ苦くなってしまった。


(……料理って難しい!)

「料理、かなぁ……?」


 これまで出来上がったぷらとから考えて、次のぷらとへとまた火を吹く。最初より少し強めで、時間は最初と2個目の間くらい。

 火を吹いてから十数秒後、砂糖の焦げるいい匂いがし始める。さっきまではしなかった匂い。程よいところで火を止める。そこには、前世でテレビでやっていた通りの見た目のぷらとがあった。


 これでカリカリともっちり、ふたつの食感が共存していたら完璧だ。ソワソワとしながら、口の中に入れる。


(――!)


 歯がカリっとしたところを通りすぎた後、もっちりの生地に刺さる。理想の焼き加減だ。目を瞑って堪能して、ヘラルドの方を向く。


(ヘラルド! これ! できた!)

「俺も食べてもいい?」

(うん、焼くね)


 ヘラルドの分も火を吹く。さっきの感覚を思い出しながら。いい感じ。


「少し固め、だね。……! カリカリで焦げの苦味が足されたけど、入ってるお酒と合う。それに、カリカリともちもちが口の中で一緒なの、面白いね」

(そうなの! おいしい!)


 何回も失敗したし、ヘラルドに心配も迷惑もかけちゃったけど、なんとか目指していたものができてよかった。ヘラルドも気に入ってくれて、練習した甲斐があった。


 それに、これでいつか何かがあった時にヘラルドを助けることができるかもしれない。

 でも、火を吹くということは、その相手を傷付けること。わたしにそれができるだろうか。


 今は、そんな未来が訪れないことを祈ることしかわたしにはできなかった。

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