僕は空気みたいな存在で
学校が好きでは無い、全ての方へ。
僕は空気みたいな存在で
クラスで僕は、空気みたいな存在で。
イジメられてる訳じゃないんだけど。
クラスの皆に話し掛けられる事は無くて。
僕も、皆に話し掛ける事は無い。
いつも一人の僕が、自分から何て声を掛けていいのかなんて、分からない。
もうクラスでグループは出来上がっていて・・・今更だ。
そのくらい、僕も察してる。
皆も、困るだろう。
僕から急に話し掛けられたって、「ああ」とか「うん」とか、真ん丸な目で、驚きを露わに頷くくらいの反応をするしかないよ。
例えば僕が。
クラスで一番面白くて人気者のあの子みたいに、周りの皆を笑わせる存在だったら。
体育で一際目立つ活躍をするあの子みたいだったり、音楽で両手のピアノ演奏を披露するあの子みたいな存在だったら。
昼休みに、教室の隅で友達と、ヒソヒソ秘密の会話をするあの子たちの一員だったら。
そんな事を夢想する。
夢想しながら僕は。
昼休み、机に突っ伏して、寝たふりを決め込む。
一人である事を、なるべく意識しないで済むように。
少しでも自分が傷付かないように。
心を守る。
その為の、寝たふり。
何も感じていないと言い聞かせるように。
僕は。
空気みたいな存在だから。
空気らしく、この長くて退屈な時間をやり過ごす。
寂しい、と口にしてしまったら、何かに負けてしまう気がした。
僕は空気みたいな存在だから。
寂しくなんかないって、心の中で自分に言い聞かせる。
掃除時間は、一緒の当番の子たちが申し合わせて、全員持ち場に来ない事がある。
そんな時、僕は一人、箒を握って。
黙々と掃除をするんだ。
皆はどこに行ったんだろう。
悲しい、と口にしてしまったら、何かに負けてしまう気がした。
先生にチクったら、イジメられるかもしれない。
だから、僕は告げ口なんてしない。
皆もそれを、知っているのか、いないのか。
僕だけ居ないものとする。
僕は、空気みたいな存在だから。
午後の体育は二人一組。
こういうの、一番嫌だ。
僕はいつも一人、ペアになってくれる子がいなくて、余る。
結局・・・毎回、先生とペアを組む羽目になる。
この情けなさったら。
先生が、皆に指示を出す為にペアから抜けたら、僕はポツンと独りになる。
二人じゃないと出来ない事なんて、しないで欲しい。
たまに誰かが休みだと、僕と組む子がいるけど。
会話は無い。
相手は終始、つまらなさそうな顔。
それでも僕は、心が弾んでしまう。
ペアになった子に、何か話し掛けたいけど、結局出来ずに笛が鳴る。
そしてまた、空気みたいな存在に戻るんだ。
帰り道も僕は、毎日、一人。
同じ方向に帰る子たちはたくさんいるけど。
その集団に、僕が混じることは無い。
いつもこんな感じ。
僕は空気みたいな存在だから。
つまらない、と口にしたら、涙が零れてしまう気がした。
誰とも喋らず、騒ぐクラスの集団とは距離をとって、いつものように僕は帰り道を歩く。
遅くも、速くもない速度で。
ガタン。
その時、小さな音がした。
騒いで笑い合う皆には、聞こえなかったみたいだ。
僕は音のした方を向いて。
ベビーカーを押した女の人が、小さな段差を上手く降りられず、一生懸命傾いたベビーカーを元に戻そうとしているのを見た。
勝手に、足が動いた。
その音は、僕にしか聞こえない音だったから。
空気みたいな存在のぼくじゃないと、聞こえなかった、小さなSOSだったから。
駆け寄った僕は、女の人と一緒にベビーカーを段差の下に、無事、着地させた。
ベビーカーには、不機嫌そうな赤ちゃんが乗っていた。
僕を見て、誰?って顔してる。
続いて、女の人が僕を見た。
空気みたいな存在の僕を、はっきりとその目に映した。
「ありがとう」
女の人が、ホッとした様子で、僕にお礼を言った。
僕の目を見ながら。
いいんです、そんなの。
僕こそ、ありがとう。
あなたの目には、僕は空気じゃなくて、「僕」として映っているんですね。
そう分かっただけで、僕は嬉しいから。
あなたの目の前でだけ、僕は空気みたいな存在じゃなくなった。
・・・いいや、違う。
僕は、空気みたいな存在なんかじゃない。
誰が決めたんだよ、そんなの。
僕は、僕だ。
例え僕が。
クラスで面白くて人気者のあの子みたいに、周りの皆を笑わせる存在でなくても。
体育で一際目立つ活躍をするあの子みたいだったり、音楽で両手のピアノ演奏を披露するあの子みたいな存在でなくても。
昼休みに、教室の隅で友達と、ヒソヒソ秘密の会話をするあの子たちの一員でなくったって。
僕は、僕らしく生きる事にかけては、スペシャリストだ。
その一点だけは、誰にも負けない。
誰も。
僕らしく生きる事で、僕に勝てはしないから。
今は、負けてるな、って思ったって。
未来がどうかなんて、誰にも分らないじゃないか。
この狭い学校の、小さなクラスの中で、皆を笑わせて人気者でいるとか、人より目立つ事をするとか、仲間外れにされないように立ち回るとか、そんな事をしながら生きるのが、僕は少し苦手なだけ。
一人で居るのが好きな訳じゃない。
友達が、欲しい。
いつか。
この女の人みたいに。
僕が僕らしく生きてれば、その目に僕を映してくれる人が現れるかもしれない。
僕は、今居る、小さなクラスの中では、空気みたいな存在だけど。
僕は、僕らしく生きることにかけては、誰にも負けないから。
この小さなクラスは、いつまでも続かない、って知ってる。
僕らはこれから、どんどん広い世界に出て行くんだ。
その時、僕が空気みたいかなんて、誰も知らない。
誰も知らない未来は、続いていく。
今は、空気みたいな僕だけど。
僕は。
僕が一番のスペシャリストである人生を。
ずんずん歩んで。
大きな、広い世界へ出てって。
僕は僕らしく。
捜し続けたら。
見つかるかもしれない。
僕をその目に映してくれる友達を。
そうやって僕は。
大人になる。
学校は、大きな時間と空間に思えるかもしれないけど。
永遠に続く訳じゃない。
大人の時間の方が、ずっと長く。
世界は広い。
もし傷付く事があったとしても。
それは周りが、あなたの魅力に気付いていないだけ。
あなたは魅力的。
私はあなたの味方です。