ああ!ちょっと!もう面倒くさいな!
「……は?」
「……もう一回言うの恥ずかしいんですよね。」
差し出した手で女は自らの頭を搔いた。
「まあいいや。未来私に売ってくださいよ。とりあえず。」
やばいやつだ。鳥肌が全身に粟立つ。
殺される。本能がそう訴えている。
「…殺しませんよ。今、あなたのこと助けたじゃないですか。」
こうやってね、と女は綱引きのジェスチャーをした。
「……。」
「……何か言ってくださいよ。」
「お、おれの考えてること、なんで」
「あ、そうですね。申し遅れました。私、天使なんですよ。」
背広の内ポケットから、女は名刺を俺に差し出した。黄金の紙に、黒く天使と書かれている。
震えた手でそれを受け取る。なんてことはない、ただの紙だった。
「こ、こんなんで、信じられるわけないだろ。」
「…まあ、確かに無理もないですね。じゃあ、こんなのはどうでしょう。」
踏み切りの音が急に鳴り出した。
レバーが下がり始める。
女は、そのレバーをくぐると、レールの上で止まった。
「お、おい。何やってんだ?危ないぞ!」
電車の地鳴りが近づいてくる。
「これで、私が生きてたら、天使と信じて下さい!」
「いや!いい!信じるから!やめてくれ!」
電車が一瞬で通り過ぎた。
「あ、あ、あ、」
「遅いですよ。信じるの。」
後ろから声がした。
振り返ると、女が裸のまま立っている。
「轢かれちゃったじゃないですか。ああ、あのスーツ新調したばかりだったのに。」
レールの上には、スーツがぐちゃぐちゃになっている。
「え、お前、どうやって。」
「まあ、天使なんで。…ちょっと、寒いんであなたの家行きません?服、貸してくださいよ。そこで色々、説明しますから。」
女は、ボロボロになったスーツを拾うと、俺にウインクをした。
俺の手には、天使と黒々と書かれた黄金の紙がある。そして、目の前には全裸の女性。
頭がくらくらし始める。
そうだ。酔いすぎたんだ。
そう思うと、身体の力が抜けた。
「ああ!ちょっと!もう面倒くさいな!」
遠のく意識の中で、女の叫び声がした。