あなたの未来、売ってみませんか?
『残念ながらご希望に沿えない結果と、』
スクロールする指先をそこで止めた。後に続く文章は、どうせお祈りだろう。
ホームボタン二度押しして、アプリを上に豪快にスワイプする。
電源を切って、スマホをしまう。顔を上げると、向かいの車窓の自分と目が合った。
真っ赤にはれた顔面。
アップバンクと言われる髪型をしている。けれど、おでこが広すぎるから、
はげているようにしか見えない。
就活用のヘアスタイルで!と美容院で注文した結果、今までで一番似合わない髪型にされてしまった。
おでこが広いのを前髪で隠してきたのに、それを丸出しにされては。
「…さわやかですね!」
少し間が空いたのを俺は見逃していない。
今思えば、そこからもう俺の就活は失敗していたのかも。こじつけか。
「はああ」
この車両には誰も居ない。だから、大きな溜め息をついても誰にも聞かれない。
「どこで、間違えたんだろう…」
ドラマのような台詞を呟いてみても、自分は主役じゃないから、いまいちしっくりこなかった。
『今日同期で飲むけど来る?』
そのラインが来たのは、面接終わりだった。
久しぶりに手ごたえを感じた面接後だったのと、シンプルに友達と飲みたいという気持ちで行くと即答した。
『おけ。六時に吉祥寺のトリキ前で』
六時まで時間があったから、スーツは着替えようと思った。頭の中で臭いが移るからなどともっともらしい弁解をしていたけれど、本音は就活をまだしていると思われたくなかった。前髪も下ろそう。
「…で、皆、就職どこになった?」
それまでバカみたいなことばかり言っていたのに、急にトーンを落としたそいつの発言で、場の空気が冷えた。けれど、皆遠慮がちにだけどやっぱり誇らしげに答え始めた。
「俺は、営業。不動産の」「広告。事務だけどね」「お前が事務かよ」「俺は、食品系かな。」
早く言わないと、と思った。まだ決まってないと。手をぎゅっと握り締める。
「……俺は、IT。」
勇気を振り絞ったはずだった。嘘をつく勇気じゃない。本当のことを言うための。
「お、全員決まってんのか!よっしゃ、チェース!」
グラスを突きあう音が自分の鼓動の速さを加速させる。じんわりと汗が頭皮に出てきたのが分かった。
「……丸山、まだ決まってないらしいよ。」
コンビニで買ったチューハイをあおりながら、いつもの空き地に向かう途中、そいつがまた就活の話を始めた。アルコールの熱と焦燥の熱が頭に集まる。
「まじ?まあ、でも丸山だもんな」
頭上でカラスが鳴いた。
ぐあー。ぐあー。
「いや、でも、流石にな。」
普段の鳴き声と違う。喉に何かがつまっているかのような、唸る声。
「正直さ、この時期に就職出来てないってやばくね。」
ぐあー。ぐあー。
夜を不気味にするには、ぴったりの声。
「今から仮に内定貰えたとして、どうせブラック企業にしか入れないだろうし。」
ぐあー。ぐあー。ぐあー。
「っていうか、この時期に決めれてないの、どう考えても社会不適者だもんな。」
カラスが鳴くのを止めた。涼しい風が吹く。
木の葉が揺れる音がした。けれど、カラスの残響が頭から離れてくれなかった。
カーン、カーン、カーン
目の前でレバーが閉まる。
電車が向こうから近づいてくる。車輪の音が間近に迫ってくる。
こんなことで死んでいいのか。
こんなやつ日本にごまんといるだろう。
就活が上手くいかないなんて、ありきたりすぎる悩み。
でも、今はそれが死への勇気になりかねなかった。
いつだって、俺が悲しいときは世界で一番不幸なのは俺自身なんだ。
右足がかすかに震えると、左足が前へ踏み出した。
カーン。カーン。カーン。
身体を屈めてレバーをくぐろうとした瞬間だった。
腕を強く引っ張られた。バランスを崩し、尻餅をつく。
目の前を電車が通り過ぎた。
「死ぬんですか?」
後ろから甲高い声がした。
振り返ると、真っ黒なスーツを着た長髪の女が居た。俺をじっと見下ろしている。
「死ぬんですか?」
さっきよりも大きな声で、女は言った。
「あ、すみません。いや、急いでて……。助けてもらってありがとうございます。」
立ち上がろうとすると、女は俺にまたがった。
「ちょ、なんすか。」
女はにこっと笑って、俺に手を差し出した。
「あなたの未来、売ってみませんか?」