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 ついに聖女であるリアが転入してくる日になった。

 今日が私の人生の一部を捧げたと言っても良い乙女ゲーであるムーンプリンセスの主人公である女の子との出会いだ。


「今日からこの学舎で一緒に聖女を目指すことになりました、リアです。よろしくおねがいします!」


 元気よく頭を下げる聖女(予定)がそこには居た。

 亜麻色の髪、大きな目、声は記憶の中の有名声優さんとおんなじだ。

 学園の制服に身を包んでいる状態ではわからないが、水着になれば出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでいるのも私は知っている。

 そこにはまさしく私が憧れた、私のアイドル、私の聖女が居たのだった。


(くはぁ!こりゃ聖女だわ、間違いなく。そりゃ愛されますわぁ!)


 私はこの一年、ムーンプリンセスの主要人物達とは接触しないようにしていた。

 何が切っ掛けで物語が変わってしまうかわからなかったからだ。

 だから、今私の目の前に居るリアが私が知る登場人物達で初めて間近に見たのだった人物だった。

 本当に眩しく見えた。


(くぅ!後光が差しておる!これが主役の力という事なのか!本当に私はこの聖女へと罵声を浴びせなければいけないのか!?)


 壇上の彼女へと皆の拍手が送られる。

 ここが私の最初の出番だ。

 行くしかない。

 そのために準備をしたんだろう。

 悪役令嬢グネヴィアのデビュー戦だ。 



「ふん!こんな田舎娘が来たくらいで何を騒がしい」


 歓迎ムードの中に一石を投じる刺々しい声。

 それは私から発せられたリアへとぶつけられた初めての言葉だ。

 温かく迎えられたと思った彼女は唐突に浴びせられた敵意に凍りついてしまっている。


「早く座ったらどうなの?わかっているのかしら?あなたのせいで私の貴重な時間が潰されている事に」

「ご……ごめんなさい!」


 そう言って慌てながら空いている席へと座るリア。

 その姿も小動物のような可愛らしさがあって、私の心はトキメクばかりだ。

 しかし、そんな素振りは出すことができない。

 何故なら私は悪役令嬢。

 彼女を追い詰めることこそ私の役割。

 ここで自分の欲望のままに転がることはできないのだ。


「先生、早く授業に入っていただけませんこと?」


 私の言葉に止まっていた時が動き出す。

 そうして私の最初の出番は終わった。

 愛するリアへと確実に悪印象を与えた事が私の成果だった。



(ここが勝負の一つだ)


 授業が終わった後、私は聖堂で祈りを捧げるフリをしながら膝をついていた。

 何をしているかというとシスターケルフィを待っていたのだ。

 それは何故か。

 ここで私の完全な味方を作り出す。

 それはこの学園の支配者であると言っても良いシスターケルフィが相応しいと考えたからだ。


「グネヴィさん……」

「御機嫌ようシスター」


 シスターはこの学園で相当偉い立場に居る事がこの一年でわかっていた。

 彼女に対しては学園長でさえ常に敬意を払っており、上役の教職員の誰もが少しだけ緊張しながら話しかける。

 気さくに接しているのは生徒たちや新人教師たちだけだ。

 それはシスターという立場だけでは考えられない程に徹底されていた。

 そんな彼女にとって私は聖女候補のお気に入り生徒だったはずだ。


「シスター……何か噂を聞きましたか?」

「はい。あなたが転入生の娘に酷い言葉をぶつけたと。しかし……あなたはそのような事をする生徒では無いはずだと私は思うのです」


 私が待ち受けていた事を感じたのか少しだけ警戒しているのがわかる。

 シスターからすればあんなにも真面目で信心深い生徒であったはずが、転入生に罵声を浴びせたというのだから何かあったと思うのが普通だろう。


「いえ、それは本当です」


 その言葉にシスターの表情が曇る。

 だが、それでも彼女が私を信じたいと思っていてくれているのがわかる。

 そう思ってくれるように私はこの一年を過ごしていた。

 そのためにこの一年間頑張ったのだ。

 私はこの時のために信頼を積み上げたのだ。


「本当の事ですが……理由があります」

「……理由ですか?」


 そうして私はシスターへ告白する。

 これから起きるであろう出来事を、そして聖女に相応しいリアという少女へと虐めをしなければいけない理由を伝える。


「神託です。神が私に告げたのです。聖女への試練になりなさいと」


 全てを神のせいにしてやったのだ。



「神託……」

「はい、神託です。詳しくはこれにまとめました」


 そう言って私は日記帳に書き殴ったイベント表と年表をシスターへと渡した。


「私も最初は信じる事ができませんでした。しかし、神託にあった出来事が実際に起き、そして何よりも今日です。聖女になるというリアという少女が転入してきました……こうなれば私はこの神託を信じるしかありません」


 日記帳には私が知り得る情報がまとめられていた。

 元々は自分の頭の中の整理のために書き出した物だが、それを有効利用したというわけだ。

 それを見たシスターは眉を潜める。

 理由は恐らくは私が行う事となる悪行が書いてあるからだ。

 はっきり言って、そんな事をする必要があるのかと言うことばかりだからね、あれ。


「これは……たしかにこの神託どおりの事は起こっていますが……」

「はい。私は……この神託が本物だと思います」


 俯いて私は呟くようにシスターへと告げる。

 実際は私が書いたムーンプリンセスの攻略記事みたいな物だが、傍から見れば私が知り得ない情報、出来事、そして起こり得そうな未来が書いてある。

 その内容を飲み込もうとしているシスターへと告げるのだ。


「私はどうやら聖女へと試練を与える代行者のような者に選ばれたんだと思います……本当はこんな事はしたくはありませんが、私はやらなければならないのです」


 シスターへ向けて宣言したのだ。

 これからリアを虐めるという事を。


「それを何故私に……?」

「その神託に書かれた事の中には一歩間違えば大惨事になってしまう物があります。神託に書いてあるのですから恐らくは問題ないのでしょう。しかし万が一を考えてシスターにフォローを頼みたいのです。学園内ならばあなたが一番動きが取りやすいはず……陰から聖女を守って欲しいのです」


 それこそがシスターへと話をした理由だった。

 そして、この時はわからなかったがこれが私の道を決めるファインプレーだった事が後日わかるのであった。



 それからの日々は辛い毎日であった。

 私は事あるごとにリアへと罵声をぶつける。

 その姿に今まで品行方正であった私に向けられる目は徐々に冷ややかな物となっていった。

 こう考えれば元のグネヴィは鋼の精神を持っているなと実感するばかりだ。

 回りから煙たがられても気にしない図太さが私にも欲しい。


(さて……今日も今日とてあの娘の邪魔をしなきゃならないのよね……)


 そうして目を向けた中庭には聖女予定のリアと二人の男子が居た。

 つまりはこのゲームの攻略対象。

 イケメン男子だ。


 複数の攻略対象がいるこのゲームは3つのルートある。

 聖女を祀る貴族と恋仲になる貴族ルート

 聖女を導く賢人と恋仲になる賢者ルート

 聖女を守る騎士と恋仲になる騎士団ルート


 その3つのルートにそれぞれ二人の攻略対象がおり、まずはルートごとに別れたあとに攻略対象である二人のうちから更にルートが分岐するというシステムだ。

 そして、この中庭での邂逅は一段回目のルート分岐。

 ここで会うこととなる二人で最初のルートが決まる。

 

(ふーむ……どうやら騎士団ルートで決まりのようね……陽光騎士ウェイか月光騎士ランスラーか……)


 どのルートに入ろうがグネヴィが破滅する事は間違いではないが、これはラッキーな展開ではあった。

 それは何故かという私はウェイとリアのカップリング推しだからだ。

 勿論、どのルートにも魅力があるのだから、どうなろうともそれはリアの選択だ。

 それでもやっぱり推しカプになる可能性が高いと思えばモチベーションも上がるという物だ。


「今日は天気が良いので外で食事をと思ったのですが、とんだ失敗でしたわね」


 そう言いながら私は中庭の三人へと近づいていく。

 それはリアへとわざわざ罵声を浴びせるためだ。

 自分でやってみてわかるが、これは何ともわかりやすい嫌がらせだ。

 外で食事を取るなら他に行けば良いものをわざわざ嫌いな人物が居るところに声をかけに行く。

 これこそ悪役令嬢。

 理不尽に主人公へと絡むことこそが目的なのだ


「あなたは……グネヴィ嬢」

「あらあら、新人騎士の中でも噂に名高い陽光騎士様と月光騎士様が揃いも揃ってそんな田舎娘に何か御用ですか?あぁそうですか、何か窃盗でもしましたのね。卑しい身分でしょうから仕方がない事でしょうが」


 私の口から流れるように出てくる嫌味に騎士である二人嫌悪を浮かべる。

 それはそうだ。

 彼ら二人は愛らしい少女と楽しい一時を過ごしていただろうに、そこに呼ばれても居ないのに変な女が乱入してきて雰囲気をぶち壊すのだから。

 そして、その変な女は権力を握っているので排除することが難しい。

 紛うことなき邪魔者だ。


「グネヴィ嬢。いきなり出てきてその言い草はどういう事でしょうか?我らは以前に街で世話になってしまった礼を彼女に言っていただけです」


 礼儀正しく私を諌めるのは陽光騎士と言われるウェイだ。

 彼はまさしく騎士の中の騎士といった感じの正統派イケメンだ。

 不正を許さず正義を執行する。

 聖女を守る満月騎士団の一員である。


「あぁ、そのとおりだ。あんたが大貴族であっても聖女候補筆頭であっても言って良い事と悪い事があるぜ」


 ニヒルな表情で私に反論するのは月光騎士ランスラー。

 彼はいつでも世の中を斜に構えて見ている。

 口から出る言葉は皮肉まみれだが、その奥にある優しさは騎士に相応しい。

 ウェイと同じく満月騎士団の一員だが、不真面目な態度が多くて少しだけ周囲の騎士から浮いているのが悩みだ。


「大の男がそんな小娘に何を夢中になっているのやら……嘆かわしい事ですわね」


 私と二人の騎士に険悪な空気が出来上がる。

 それをオロオロと見ているリアが可愛い。


(あぁ、可愛い。愛らしい。そりゃ守りたくなりますわ)


 そんな私の気持ちも関係なく三人の舌戦は続く。

 頭の奥で冷静に考えても、単純にグネヴィが喧嘩を売りに行っているだけだ。

 ある程度、彼らへと悪印象を植え付けた後、私は捨て台詞を吐いて去っていく。


「ふんっ!あなた達騎士は聖女を守るのが仕事。つまりは私を守ることが仕事だというのに……」

「お前は聖女候補で聖女じゃねぇだろうが」

「そういう事です。それに今は仕事の時間ではなくプライベートですから」


 悪態を吐きながら場を離れる私。

 これでルートは決まったのだろう。

 私が知る情報通りに進んでいる。

 これで良い。

 私は順調に破滅へと進んでいたのであった。




 色々な事があった。

 初対面でまずは悪印象をこれでもかと植え付ける高飛車ムーブ。

 聖女としての実力を見せつけ、リアの心を折りに行った定期試験での聖女に相応しいのは私だムーブ。

 お前は所詮は庶民の芋娘だと思い知らせるために暗躍し、妨害に塗れた学園祭での権力者ムーブ。

 規定のイベントをそつなくこなし、私はしっかりとリアを虐めていった。

 その度に何よりも私の心が折れそうになった。

 だが、そんな日々もついに終わりを迎える。


 リアは私の妨害にめげずにここまで辿り着いた。

 挫けそうになるたびに仲間達と絆を深め、自分を支えてくれるパートナーを見つけ、そうしてこの日まで辿り着いた。

 今頃、彼女は私が雇った暴漢に襲われそうになったところを陽光騎士ウェイと満月騎士団に守られているはずだ。


「もうちょっとで踏み込まれるかなぁ」


 時計を見ながら静かに椅子に座る。

 これから行われるのは私の人生最大の見せ場、最後の大舞台だ。

 これを最後に私は消える。

 聖女候補筆頭、グネヴィ・デグランの物語はここで終わりだ。


「はぁ……ほんっと長かった、二年なんだけどもっと長く感じたなー」


 これまでの日々を思い返す。

 私はベストを尽くした。

 私の大好きな世界を守るために最善を尽くしたはずだ。

 その結果が今日だ。

 私は座りながら今までの日々に思いを馳せていた。


 バァァン!


 扉が乱暴に開かれる。

 そこに居並ぶのは聖女を守るための満月騎士団ではない。

 彼らは聖女の敵を狩る国の暗部を司る新月騎士団。

 聖女に認定されたリアの敵を排除するために動く暴力装置。

 そんな騎士が冷たい声で私の罪状を告げたのだ。


「グネヴィ・デグラン。聖女への暴行を複数の男へと指示した罪でお前を連行する!」


 部屋へと踏み込んできたのは月光と名高い騎士ランスラーだ。

 リアが選んだのはウェイだったわけだが、彼は親友であるウェイと聖女を守ると決めて、ウェイには無い力を求めた。

 そのために元々所属していた満月騎士団を抜け、この国の暗部とも言える新月騎士団へと入団していた。

 いつもリアに向けていた眼差しとは違う底冷えするような視線が私に突き刺さる。

 彼はそのまま私へと掴みかかるように飛びかかってきた。

 屈強な彼が私を机に押し倒し押さえ込む。

 後ろ手に手を縛り、私の動きを封じる。


「何を仰ってるの!私にこんな事をしてただで済むと思っているの!お父様!お父様に言いつけますわよ!」

「黙れ!お前には何も言う権利はない!お前がした事は全て把握している!」

「いやぁ!私は悪くない!私は悪くないわ!」


 みっともなく喚く私へと注がれるのは軽蔑の眼差し。

 実家から無理矢理連れ出されていく娘を見ても家人は誰一人として動くことはない。

 これがグネヴィの最期。

 避けようのない、避けてはいけない最期の大舞台。

 こうしてグネヴィは物語から退場したのであった。


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