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 一晩寝て落ち着いた私は現状の把握を最優先でするべきだと考えた。

 そうして、思い出せる限りのムーンプリンセスのイベント。

 特にグネヴィが出てくる場面を詳細に書き出す事にした。


「う~ん……やっぱりこいつ屑ね……ほんとに私がこれやるの……」


 箇条書きしてみた紙には私がこれから行う予定である悪事が連ねられていた。


 転入してきただけで注目されたリアが気に入らずに嫌味を言いまくる事から始まり。

 目の敵にして事あるごとに彼女を貶める。

 学園祭で自分がしたミスをリアに責任を押し付ける。

 魔獣討伐試験にてリアを森へ置き去りにするように仕向ける。


 書いていくのが辛くなるような事が延々と続き、最後には暴漢を金で雇いリアを襲わせるでフィニッシュだ。

 ほんと屑で、頭が痛くなる。

 しかし、これらのイベントがリアを強く鍛え、聖女への階段を駆け上がらせ、何よりも意中の男性との繋がりを深めるイベントになるのだ。


「あぁもぉ~やだぁ……遠目からリア尊い(てぇてぇ)……ってしてたいよぉ……」


 乙女ゲーの楽しみ方には幾つか派閥がある。

 一番多いのは主人公と自分を同一視して楽しむ人だろう。

 つまりは自分自身が主人公となって疑似恋愛を楽しむという方法。

 しかし、私は物語として客観的に見て楽しむという派閥であった。

 はっきり言って少数派だとは想うが主役であるリアはリアとして幸せになって欲しい、それを外から眺めて楽しむというスタンスだ。

 自分がどうなりたいというのではなく、幸せになる彼女に憧れさせて欲しいんだ。

 そんな訳で、私はこのゲームを乗っ取って主役交代なんて事は良しとしない。

 つまり、私はリアのために彼女を虐めなければならないわけだ。

 こんな大好きなのに!


「はぁ……慣れなければ……こいつの屑さに慣れなければ自分が保たん……」 


 幸い、頭に残るグネヴィの記憶によれば今は学園の一年目だ。

 物語が始まるのは二年になり、リアが編入してくる所から始まる。

 つまり、今は原作では描かれていないプロローグ部分と言って良い。

 ここが私が付け入る隙だ。


「作中で描かれている事は忠実に実行する……でも、それ以外の部分で私は自身の破滅を回避する方策を立てなければならないわけね」


 順当に行けば破滅するわけだが、流石に原作大好き人間の私でも素直にそれを受け入れる事はできない。

 誰だって不幸にはなりたくないんだから仕方ない。

 では、どうするべきなのか。


『暴漢を雇いリアを襲わせ悪事がバレて、学園からも家からも追い出されるが私も幸せになる』


 これが最終目的となるわけだ。


「そのための下地を本編開始までの一年間と劇中の一年間で整えなければならないって事ね……大丈夫よグネヴィ……あんたは悪役令嬢。あくまで役割としての悪。中身はこの世界の全てを愛するグネヴィなんだから」


 鏡に映る自身に言い聞かせる。

 難易度は決して低くない。

 そんな事できるのかと思ってしまう。

 これがゲームだとして、どういうフラグを立てればそんなエンディングにたどり着くと言うのか。

 しかし、やらなければならない。

 私が私であるために。

 私が愛した作品を守り、私が幸せになるために。



 そうして動き出した私はこの世界の様々な事を調べて行った。

 グネヴィの記憶に残る知識の確認とともに、私が知らない情報というのも当然あるだろうからだ。

 私の意識の中ではこの世界はゲームの世界だが、生活してみればそうでは無い事がわかる。

 皆がしっかりと生きているのだ。

 誰もが日々の生活を営んでいる。

 ゲームの中と言うよりはゲームと酷似した世界と言うべきなのかもしれない。


「とは思うけど、私の事とか調べたら、ほんとにゲームの設定通りなのよね~はぁ……」


 私が一番に調べたのは自分自身の事だ。

 グネヴィ・デグラン。

 デグラン家の長女であり聖女候補筆頭。

 この聖女というのはこの国を支えるだけの魔力と品格を備えた女性がなる役職であり、魔獣に対する結界の維持をする者の事である。

 それだけ聞くと公務員みたいに聞こえるが、実際は国民からも慕われ、王族や大貴族などからも求婚されるような名誉ある立場の者。

 ぶっちゃけると国民的アイドルだ。

 女の子の憧れはいつだってアイドル。


 そして、聖女となる資質を持つ者はここ三十年現れていない。

 この代の聖女も中々に良い歳だ。

 力に陰りが見えるまえに後継者を選定しなければいけないわけだが、なかなか上手く行かないという訳である。


 聖女に選ばれる者というのはアイドルのように歌って踊れる者がなるわけではない。

 魔力だ。

 国の結界を維持する礎となる聖女は莫大な魔力が必要とされる。

 そして、これは本当かどうかはわからないが神を信じる清らかな心が必要とされている。 


「清らかな心とか……グネヴィどう頑張っても対象外なんだけどね……」


 自分自身の事を調べれば調べるほど、グネヴィは面の皮が厚い悪女だった。

 幼い頃から自分の我儘を通してきたのであろう。

 少し調べれば噂という形ではあるが数々の悪評が耳に入ってきた。

 グネヴィが大貴族の娘だから誰も直接は言えないだけだ。

 それでも彼女が聖女候補から外れず、好き勝手に振る舞えていたのは実家の力だけではない。


「魔力だけは凄いわねぇ。これだけが取り柄だわ」


 これは私が知るムーンプリンセスの公式設定でもある。

 グネヴィの保持魔力は作中でも随一。

 これは後々、主人公であるリアが力を伸ばし始め、聖女として認められた後でも越える事ができないと明言されているほどだ。

 

「リアの成長にびびったりしなければ、あんな結末にはならなかったんだろうなぁ」


 本来のグネヴィを憐れんでしまう。

 物語終盤、グネヴィは頭角を表してきたリアの事を驚異に感じ、それを排除しようとする。

 例えリアが力を伸ばしても力はグネヴィの方が上だと言うのに聖女筆頭の立場を取られると恐怖したのだ。

 どんっ!と構えていれば、彼女があそこまで落ちぶれることはなかったという事である。


「身から出た錆なんだろうけどさ、あぁ~その道を私が歩むかと思うとお腹が痛い……」


 色々考えたが、全て自分自身の事。

 自分を調べて、自分に嫌気が指して、自分を哀れみ、自分の道に頭を抱える。

 もう訳がわからない。

 神を信じる心が聖女には必要らしいが、以前のグネヴィと違い、私はその点だけは満たしているだろう。

 神を信じている、神の存在を実感もした、だから一発殴らせろと。

 清らかじゃない?

 純粋な怒りってことで許してもらえないかなぁ。



 季節は巡り、転生をしてからそれなりに時間が経った。

 つまり、プロローグは終わり本編が始まる時期が刻々と近づいて来ているという事だ。

 私は最終目的である


『暴漢を雇いリアを襲わせ悪事がバレて、学園からも家からも追い出されるが私も幸せになる』


 これに辿り着くために必要な要素を必死に考えた。

 そんな方法があるのかと思う所だが、あるのだこれが。

 というのも、ある程度生活してみた結果としてやはりこの世界はゲームの中の設定に沿って進んでいるという事がわかったからだ。

 ムーンプリンセスは割と設定を作り込んでいてくれていて、そこには私が転生したこの国の年表もあった。

 何度も何度も読み込んだ設定資料集に収録されていたのだ。

 二次創作を作っていた頃はその資料集とにらめっこをして話に矛盾がないように話を作っていたものだった。

  

「はぁ……今日も今日とて……未来の自分のため……」


 しかし、作り込んでいるとは言えゲームはゲーム。

 全てを劇中で描写できるわけではない。

 特にグネヴィは悪役であるので、いつでも出番があるわけではなくイベントの時に出てきては嫌がらせをする役どころ。

 つまり、それ以外の日常で何をしているかはブラックボックスだ。


 ここに私の人生の勝機がある。

 そう考えた私は毎日のように学園の手伝いを行っていた。

 書類の整理や雑務は勿論、意外と力仕事になる洗濯や掃除などもだ。

 そうするのは学園のシスターを味方につけるため。


「私は真面目に……っ!裏方作業をするわけです……っとぉ!」

「グネヴィさん、今日もありがとうございますね。いつも助かってますわ」


 雑巾を絞り聖堂の掃除をする私に向けて笑うのは聖堂のシスターだ。

 彼女は聖女としての修練を積む私達の指導役だ。

 私に向けられる笑顔は晴れやかであり、それは高飛車な令嬢へ向けられる物ではない。

 それもそのはず、私は滅茶苦茶真面目に生活をしていのだから。


「もう少しであなたも二年生ですか。月日が経つのは本当に早いものです。あなたなら今代の聖女になるのも夢ではありませんよ」

「いえいえ~私はわかるんです。私よりも聖女に相応しい少女がもうすぐ現れるって。だから、これはそのための準備なんです」


 あらあらなんて言いながら私の言葉を冗談と受け取っているシスター。

 確かに彼女からすれば私は聖女に相応しい行いをしているように見えるだろう。

 頼まれてもいない地味で誰もが嫌がるような雑務を進んで行い、大貴族の娘だというのに特に偉そうにもしない。

 さらに魔力は膨大であり才気に満ち溢れているように見えるはずだ。

 そんな私が自分は聖女には相応しくないという。

 謙遜しているとシスターは今は思っているのかもしれない。

 だが、これも後々の布石。

 私が聖女の座をそこまで望んではいないと知ってもらうためのアピールだ。


 私が望むエンディングに到達するには、到底自分一人だけの力では不可能だ。

 後々、私は学園の者に嫌われるような立ち回りをせざるを得ない。

 メインキャラ達からは良い目で見られる事はないはずだ。

 それは仕方がない。

 グネヴィはそういう立ち位置の人物だ。

 では、グネヴィは学園や実家、関わりのある人物達から軒並み嫌われていたのだろうか?

 誰一人として彼女を庇う人間は居なかったのだろうか?


 正解は「それはわからない」だ

 いや、普通に考えれば蛇蝎のように嫌われる行動をしているから嫌われていたんだろうけど、明言されていないのだ。

 シュレディンガーの悪役令嬢だ。

 公式が言わなければ、決まってはいない。


 名前が付けられているネームドキャラ達には嫌われているだろう。

 だが、所謂モブキャラ。

 今、目の前にいるシスター達のようにゲームでは名前がついていなかった人物からどう思われているかはわからない。

 当然だけど彼女たちにだって名前がある。

 例えば今私に優しい笑顔を向けてくれている初老のシスターはケルフィという名前だ。

 これはムーンプリンセスに設定されていた名前などではない。

 だから、彼女たちを味方に付ける事は未来の私を救うための方策の一つだ。

 つまり、私が悪役ムーブをしたとしても、そこに何か考えがあるのだろうと庇ってもらいたいのだ。


「ふぅ……しかし……シスターの言う通りだなぁ、もう少しで二年目……あの娘が来る……始まるのね」


 額の汗を拭いながら感慨深く呟く。

 約一年。

 どうすれば私が望む未来へとたどり着けるのか考えに考え抜いて、動き出した私の戦いの本番はあくまでこれから始まるのだから。


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