メニュー表
「いらっしゃい!」
今日は久しぶりに外食をしようと近場の飲食店に来ていた。家では簡単なものしか作らないからたまにこうして食べに来ているのだ。
「おっ。先生じゃねぇか!一週間ぶりかぁ!」
厨房から顔を出したこの人は、この"定食ミミィ"の店主であるダンさんだ。この世界ではミミィは"ウマい"というらしい。お店の名前をそんな風に付けるなんてなかなか勇気のある人だなーと思いよく食べにくるようになった。
「そうですね。いつものでお願いします」
「本当に変わってるね。いつもだな!」
そういって店主であるダンさんが厨房へと戻っていった。そうすると他のテーブルを片付けていた奥さんのイリスさんが
「ごめんなさんね。先生に看板を描いてもらってから売り上げが伸びるようになって、なんか懐いたネコみたいに付きまとうようになっちゃって」
「い、いえ。気にしてませんので」
夫婦仲はいいのだけど、どうもイリスさんはダンさんに対しては毒舌なような気がする。悪意があるようには思えないけど、なんか……
「先生ー!小鉢オマケしてくぜッ!!」
「そんなことを言わなくてさり気なく出来ないんですか?」
…………子供を見る母親のような感じに似てるのかな?
他のお客がきてイリスさんはそちらに向かうことになり、一人で注文したものを待つことにした。
この定食屋は落ち着いた雰囲気があってとても好きな場所。
普通は定食屋というと賑やかな場所なのだが、ここは大通りから少し外れていることもあり常連客ぐらいしか来ないのだ。
だから定食屋でものんびりと出来るのだが……
「もう一回言ってくれない?そんなにいっぺんに言われても分からないわ」
「すみません。えーと、まずは……」
ここにはメニュー表がないのだ。
前はあったらしいのだがダンさんがお客の食べたいものを、リクエストを答えるために沢山の料理が出来てしまったのだ。
それでも常連客は問題けどこうして新規のお客がくると何があるのか分からないのでイリスさんが毎回メニューを言っている。
それでもありすぎるので定番だけでもと言っているがそれでも多いのだ。
「…………ねぇ、メニュー表はないの?」
「すみません。店主が廃棄してしまって……」
ダンさんは一度決めたら曲げない性格。
増えていくメニューを書くのが嫌だからメニュー表を無くしたのがいけなかった。それから定番メニューだけでもとイリスさんが説得したのだが「もうメニュー表はいらねえ」と頑なに作らないらしい。
結局、新規のお客はイリスさんが初めにいった料理を頼むことにしたようだ。これにはイリスさんも少しため息をついている。でもダンさんの性格からして意見を変えないだろう。
「はい先生!野菜炒め定食だ!!」
ダンさんが持ってきたのは野菜炒め定食。
これがダンさんが言っていた変わっているものである。
この世界では野菜は調理するもの。煮込むもの。と決まっている。
だけどこの野菜炒めはそのまま、炒めただけなのだ。
流石に塩胡椒はついているけどそれだけ。この世界ではそんな質素なものを好んで食べるのはおかしいとされているようだ。
「なぁ、先生。作ってなんだが……美味しいのかいコレ?」
「美味しいですよ」
「やっぱり分かんねぇなー味がしねえんだよなー」
いや、味はあるんだけどなー
ただこの世界の人達は濃ゆい味付けが多いのだ。何からなんでも濃ゆいので僕としては胃もたれしかない。だから基本は自炊、食べに外食してもこうして薄味があるお店しかこない。
しかしこれを他の人にも分かってもらいたい。という気持ちはある。
だけどダンさんはもうメニュー表は作らないと言ってるしなー
どうしようかと考えているとバンッとお店の扉が開き
「先生ー!仕事の依頼が来てますよー!!」
「ご飯食べているときぐらいゆっくりさせてね」
しかしそんなことは気にせずに僕の目の前に座るリアはジィーと僕の食べている姿を観察している。というか早く食べてくださいねと催促されている感じだ。
「私も何か頼もうかなー」
「お昼はまだだったの?」
「はい。すみませんーメニュー表くださいー!」
テーブルにメニュー表がないのに気づいたリアは引っ込めてあるのだろうとメニュー表を注文した。しかしそれに応じるように出てきたイリスさんが
「すみません。メニュー表、ないんですよ」
「えっ。じゃどうやって頼めばいいんですかッ!?」
「私がいいますのでそれから選んでもらえますか」
「変わったシステムなんですね。分かりましたー!」
そういって定番メニューを言い始めたイリスさん。それを集中して聞くリア。これ、他の騒音があるとまた聞き直したりして大変だなーと思いフッとあることを思い出した。
そういえばメニュー表以外にもメニューを知ることが出来ればいいんだよねーと、手元にあった紙にササッと書いたものを近くの壁に貼り付けて
「ごちそうさまでしたー」
「えぇ!待ってくださいよ先生ー!」
「ゆっくり食べてきな。それにこのメニューはオススメだよ」
そういってさっき貼った紙の方へ指をしたあと僕は店から出ていった。
………………………………………
「いらっしゃい!!おう先生ッ!!!!」
「賑わってますねー」
また一週間後に定食ミミィに来てみると、前と比べて大盛況していた。
そして店の内装も変わっており、あらゆる壁にこのお店で作られるメニューが張り出されていた。
そう、僕がやったのはメニュー表を作るのではなくお店自体をメニュー表にしてしまえばいいと考えたのだ。
こうすれば一目で分かるし新しいメニューが出来ても書いて貼るだけ。
やめようとするメニューはそれを剥がせばいい。このお店にあったやり方だと思う。
そして予想外だったのが一つ。
「まさか先生が頼んでいた野菜炒め定食がこんなに繁盛するなんてッ!!!」
「低コストで、作りやすいから大助かりです」
そう野菜炒め定食がこの店のNo.1メニューになっていた。
あの後リアが野菜定食を食べて大絶賛。それをリアの友人に話して、それからどんどんその噂が広がりこうなったという。
特に女性が多い。味の濃ゆい料理ではなく、さらに栄養バランスがいい。
色んな野菜を買って自宅で作らなくてもここで食べれると一気に女性層が増えたという。
「これからは野菜を中心とした料理を作っていくぜッ!!!」
「それは楽しみですね。じゃ僕はいつもので」
「おう!!野菜炒め定食だなッ!!!!」