描き師
古い紙の匂いが充満するお店。
ありとあらゆる古い本が、古書が、禁書が置いてあるお店。
そんな本好きなら堪らないお店の店主を僕はのんびりと紅茶を飲み、最新刊の小説を読んでいる。
古い本も好きだが新しいのも好きだ。
受け継がれていく展開からひと工夫、新しい展開、お決まりのやり取り。
どれもこれも僕にはない知識を沢山教えてくれる。
パラッと1ページめくるだけでお店全体に響き渡る。
このなんでもない、寂しすぎるぐらいの静けさが好きだ。
誰にも邪魔されない。この時間が。
「…………ふぅ」
朝から読んでいたけどもうお昼も過ぎただろう。
時計のカチコチとなる音も好きだけどどうしても時間を気にしてしまうのでお店の奥に置いてあるためにそこまで見に行かないと時間が分からない。
読みかけた本を置いて時間を確認しようと立ち上がる。
そんなタイミングでお店の扉が開いた。
「先生ーいますかー」
「いませんー」
いまは会いたくないのでそんな風に返事をしたのに、僕の声を頼りに本棚と本棚をかき分けて近づいてくる。このお店は入口から本棚が陳列している。そして奥に僕が座っているイスとテーブルがありここで会計などしている。
「いない人は、いませんとは言いませんよ」
「そんなですか。でもいませんー」
今からお昼ごはんを食べたいので帰ってほしい。
それでもこっちに向かっているのでさっさと自宅部屋の方へ。
しかしあと一歩で行けるところで右手を掴まれた。
「どこに行くんですか先生?」
「お昼ごはんです」
「はぁー………また小説を読んでいたんですね」
僕のテーブルに置いてある小説を見てため息をついている。
この人は僕にとってはお邪魔虫であり、生活には欠かせない人だ。
長髪でスタイルもいい。なのになんでこんな仕事をしているんだと毎回思う。
冒険者の受付とか、貴族の秘書とか、国の姫とか。
そんな憧れと呼ばれるものになる人だと思う。なのにどうしてここにいるのか?
「で、どうしてここにいるの?」
「締切ですよ!出来てますか先生ッ!!!」
こんな美人さんがここに来ている理由。それは僕がこの店の店主だからというものではない。そうもう一つの職業にある。
"描き師"
これが僕の仕事なのである。
そしてこの美人さんは僕の担当者である"リステリア·サーベロ"
通称"リア"が僕が書く物を取りに来るのだ。
「そうだったね。えーーーと、なんだっけ?」
「忘れないで下さいー!!重要なやつですよ!!!」
そうは言うけどここに注文してくるものは多いのだ。
担当者であるリサだけではなく他にも色々やっているのだからそれぐらい許してほしい。
それにやっているのは"描き師"にとっては範囲が広いのだ。
例えば僕がさっきまで読んでいた小説なら小説家になるだろう。
しかし僕はその小説家でもあり、絵画から図形に楽譜など。
つまりは紙に書けるものを全てを極めた人を"描き師"という。
「そう言われても……」
「今度改築予定の王女様の寝室ですよッ!!!
失敗したら私も先生も処刑ですよッ!!!!!」
「あはは。笑える」
「笑えません!!!」
しかしリアが言ってくれたお陰で思い出した。
このお店は3つの区分に分かれており"書店""自宅部屋""書き部屋"である。
書き部屋にはありとあらゆる紙とペン。そしてあらゆるものを書くために必要な道具がそこにはある。その一角に完成された書き物の束の中からお目当ての物を探り始めた。
「またこんなに……」
「そう言っても、やらないとね」
「先生。頼んでいる身で言うのはおかしいですけど……」
言いたいことは分かる。でもそれは僕しか出来ないからやっている。
それに無理はしていない。僕はのんびりとしたいのだ。出来ることをのんびりとするだけ。
探している王女様の寝室だって10分で終わったのだから。
しかしそれをリアに正直にいうつもりはない。
そうなるとこの子はきっと……
「あっ。あった。はい、これ」
「良かったー!出来ていたんですね……」
大事そうに書き物を抱くリア。
この子は僕と同じように人が描いているものが好きだ。
そして描きている人を尊敬しているという。
だから前に僕が無理した時に、本気で心配して、本気で怒ってくれた。
だからもうそんなことしないように、のんびりとすることにしている。
「そうだ。ちょっと貸して」
「えっ。は、はい……」
リアに渡した書き物を広げるとそこには緻密に描かれた王女様の寝室が描かれているがそこには大切なものがなかったのだ。
描き師"トキオ"
これがないと簡単にリアの首が飛ぶ。
書き手にとってこれが存在証明であり、商売道具であり、誇りと言うべきものである。
「ちょっと先生ッッ!!!!」
「ちゃんと書いたからいいでしょう」
現代から異世界へ転移してきた"宮本 時生"がこの"オールグリーン"というお店でのんびりと過ごすだけのお話である。