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前半・後半同時投稿、7026字の2分割です。



 昔々、グリッタ王国という小さな国がありました。緑豊かに森深く、水の綺麗な国でした。人々はとても穏やかで、周囲の国とも仲良く暮らしておりました。


 王様達の住むお城は、美しく立派な建物でした。けれども黄金や宝石はあまり使われておりません。そのどっしりとした造形と取り巻く自然が、心に残るお城だったのです。



 グリッタ王国のお城の側には、昼なお暗い森がありました。グリッタ王国が出来るよりも、もっとずっと昔から森は木々を育んでおりました。ですから、森のほんの入り口でさえも、そこに生えている木々はとても大きいものばかりでした。


 森の中には、他では見られない珍しい植物が生えていました。香りのよい極上のキノコ、子供達のクッションになるふかふかの苔、仄かに光る小さな実。奇妙な姿の花や葉には、変わった色の生き物たちがやって来ます。


 風がなくても髭のような蔓を揺らしてカタカタ音をたてるのは、カタカタ(そう)です。この草には、音の出る粒々がありました。この粒から汁を吸う、緑色の蝶がいます。


 どこにあるのか解らないほど地味な茶色い花は、這草(はいくさ)です。疲れのとれる香りがします。けれどもこの花の上には、親指くらいの鮮やかな青い鳥が住んでいました。うんと小さな嘴は、針のように尖っております。近づくものを片端から突き刺すので、這草を摘むことは出来ないのでした。


 そんな幻想的な森の奥には、7色に輝く不思議な湖があると言われていましたが、誰も本当にはその湖を見たことが無いのでした。


 その湖の伝説は、本当に古いものでした。一体いつ、誰がもたらした伝説なのか、一切記録に残っておりません。それなのに、グリッタ王国の人々は、必ず何処かにその不思議な湖があるのだ、と信じているのでありました。



 まだ肌寒いある早春の日の事でした。お世継ぎの王子様ブライト君は、朝の散歩に出掛けました。ブライト君は幼い頃から、朝ごはんの前には森へ散歩に行くことにしていました。森で出会う、素敵な植物や生き物たちに会うのが楽しみだったのです。


 僅かに霞む早春の空は、身の引き締まる冷たい風を運びます。朝露を含む道端の葉からは、静かな(もや)が立ち上っておりました。早起き鳥の声がして、開き始めた花の香りも鼻をくすぐります。


 ブライト君は魔法が得意でしたので、1人で森に向かいました。それに何かあった時には、お城の護衛が魔法で飛んできますから、独りの時間を満喫します。

 森に入ると、お日様の光がだんだんに届かなくなりました。空気も一段とひんやりしてきます。



 王子様のブライト君は、今年で17歳になる背の高い少年です。柔らかに波打つ明るい金髪に、快活な青い瞳をしていました。少しだけニキビの見える、愛嬌のある顔立ちでした。


「この辺りの花はまだ咲かないか」


 森のなかに差し込むわずかの陽射しでは、まだ花を咲かせることは出来ないようです。茂みのバラや足元のマツユキソウは、まだ堅く蕾を閉じていました。


「少しでも開いているものは無いかな」


 ブライト王子は、森のなかをあちこち眺めながらそぞろ歩きを続けます。木の根は地面にせり出して、所々に苔やキノコを生やしています。大きな枝は低いところにもあって、王子はしばしば潜ったり、乗り越えたりしなければなりませんでした。


 森はお城の近くにあるのにも関わらず、何故か手入れが全くなされておりません。イバラも不規則に蔓延って、沢山の白い蕾をつけていました。でも、黄色い芯のある可憐な花が開くのは、まだずっと先のようです。


「仕方ない、そろそろ戻るかな」


 王子様のブライト君は、薄暗い森のまだ浅い所にいましたが、それ以上奥まで行くと朝御飯に間に合わなくなりそうでした。

 今朝は花を摘んで帰ろうかと思っていたのですが、丁度良く咲いているものは見つかりません。王子は少しがっかりしながら、お城に帰ることにしました。



 王子は元来た道を戻ろうとしましたが、何だか様子が変でした。小さな頃から毎朝散歩に来ておりますし、昼にも夕方にも来たことのある森です。春夏秋冬、一年中遊びに来ているお気に入りの場所でした。

 それなのに、見覚えがあるような無いような、はっきりしない風景が次から次へと目に入って来るのです。


「あれ?」


 金髪王子ブライト君は、ふと足を止めました。


「おかしいな」


 確かに、辺りの景色は見慣れない気もしていました。でも、慣れた道ということもあり、いずれ森の入り口に辿り着くだろうと思っていたのです。けれども、気付けば知らない場所でした。

 王子は迷子になってしまったようです。



 昼が過ぎ、夕方が来て、とうとう夜になりました。見上げる空には枝々の間から、太り始めた三日月がちらりと見えました。

 不思議とお腹は空きません。食べるものも飲むものも無いのに、疲れることもありませんでした。


 王子は眠ることもなく夜を過ごし、やがて朝が訪れました。歩いても歩いても、見覚えのある場所には戻れません。時々立ち止まって、森の木々の隙間から見える太陽で方角を確かめては居るのですが。



 また夜が来て、朝が来ました。暗い森をさまようのも2日目になりました。どうやら、どんどん森の奥へと入り込んでしまっているようです。目の前を塞ぐ枝も、昨日見たものより複雑に絡まり合っておりました。


 暗くて冷たい森の中、今は昼なのか夜なのか、ブライト王子にはもう解らなくなってしまいました。分厚く繁る大木の葉が、森の空を隠しています。


 太陽という僅かな道標さえ、見え無くなってしまいました。それでも進むしかありません。お世継ぎ王子様のブライト君は、えいやっとばかりに目の前の重なる枝を掻き分けました。


 すると、突然開けた場所に出ました。



「なんとまあ、美しい湖だろう」


 ブライト王子は、息を呑みました。目の前に広がる光景は、見たこともない輝きに満ちていたのです。

 静かな水を称えた湖が、春を迎えたばかりの陽射しを浴びて、岸辺の草木を7色に染め上げております。湖は、向こう岸に垂れ下がる枝が見える程度の広さでした。


「ああ、これが伝説に残る湖だな。心が洗われるような情景だなあ」


 早春の空が、湖の上だけぽっかりと切り取られて灰色がかった青色を見せております。縁取る枝には冬でも繁る森の葉が、レース模様を作っています。


 太陽は少し傾いて、お昼を過ぎた頃でした。7色の光を宿す伝説の湖を、氷を溶かす早春の風が渡ります。湖に浮かぶ割れた薄氷が揺れて、微かな音を立てました。



「あれは」


 見れば、風が光を運ぶ7色の湖の岸辺に、美しい銀の竜が力なく倒れております。それは冬の間だけ生きられる、冬竜という生き物でした。秋の終わりに産まれた竜は、春を迎える頃に卵を産んで死ぬのです。卵は土の中で冬を待ち、大地が凍る頃に産まれます。


 冬竜は普通、雌雄一組になって水辺で卵を産み、土中に埋めたあと二匹で水に入るのだそうです。水の中で寄り添って、やがて死んでゆくのです。

 でも、目の前にいる冬竜は一匹だけで横たわっておりました。



 冬竜は、7色の湖とは違って伝説ではありませんでした。確かにお伽噺にも登場します。けれども、ブライト王子はお城の中で、冬竜に会ったことのある人から度々話を聞いていました。


 毎年冬になると、必ず誰かが美しい銀色の鱗を褒め称えている所に出くわすのです。ですから、王子も何時か会えるだろうと、ずっと楽しみにしておりました。


 ブライト君が冬竜を見るのは、これが初めてのことでした。銀の鱗が7色の泉に木漏れ日を反射する様は、例えようもなく美しいものでした。



 けれども、竜の弱々しい姿に、ブライト王子は心を痛めました。王子は、落ち葉を踏んで静かに冬竜へと近付きました。


「苦しいのかい、可愛そうに」


 竜は、辛そうに瞼を挙げて、冬の夜空のような深い藍色をした瞳を王子に向けました。その瞳には、王子の気遣いへの感謝が見えます。


「ああ、いいんだよ。無理に眼を開けなくて。済まなかったね、辛いのに」


 ブライト君は、慌てて囁きます。銀の竜は、体も羽もだらりと伸ばして横たわっております。少しだけ離れて立つ少年王子に、竜が微かに笑ったようでした。


 その気高い微笑みに、王子は胸の高鳴りを抑えることが出来ません。初めて感じる甘い心の疼きに戸惑いながらも、今消えて行く命の灯火を守れない不甲斐なさに、ブライト王子は唇をキュッと噛みました。


 心優しいブライト君は、せめて安らかに逝けるようにと、吹雪の魔法で竜を包んであげました。周囲の地面も凍って行きます。そうして凍った地面が持ち上がって出来た霜柱を、竜が億劫そうに食みました。


 二口、三口と霜柱を食べたあと、もうすっかり疲れてしまって、竜は地面に首を預けて目を閉じました。瞼が落ちる本の少し前、竜と王子の目が合いました。明るい青と深い藍色が、1つの柔らかな色に溶けて行くようです。



「また明日、必ず来るよ」


 竜の瞳に魅せられて夢見心地のブライト王子は、静かな寝息をたて始めた竜に小さな声で告げました。この場所へどうやって来たのかは解りません。でも、王子には、何故だか明日も辿り着ける確信がありました。


 それから王子は、竜を起こさないようにそっと離れると、元来た森に戻ります。竜の気高い微笑みを胸に、ただふらふらと足を運んで行きました。

 そんな風に歩いていたのに、いつの間にか王子はお城の庭におりました。


お読み下さりありがとうございます。

後半も同時投稿しています。

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