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4004字

 昔々、グリッタ王国という小さな国がありました。グリッタ王国のお城の側には、昼なお暗い森がありました。森の奥には、7色に輝く不思議な湖があると言われていましたが、誰も本当にはその湖を見たことが無いのでした。



 まだ肌寒い早春の事でした。お世継ぎの王子様ブライト君は、朝の散歩に出掛けました。森に入ると、お日様の光がだんだんに届かなくなりました。空気も一段とひんやりしてきます。


 王子様は今年で17歳になる背の高い少年です。柔らかに波打つ明るい金髪に、快活な青い瞳をしていました。少しだけニキビの見える、愛嬌のある顔立ちでした。


「この辺りの花はまだ咲かないか」


 森のなかに差し込むわずかの陽射しでは、まだ花を咲かせることは出来ないようです。茂みのバラや足元のマツユキソウは、まだ堅く蕾を閉じていました。


「少しでも開いているものは無いかな」



 ブライト王子は、森のなかをあちこち眺めながらそぞろ歩きを続けます。木の根は地面にせり出して、所々に苔やキノコを生やしています。大きな枝は低いところにもあって、王子はしばしば潜ったり、乗り越えたりしなければなりませんでした。


 森はお城の近くにあるのにも関わらず、何故か手入れが全くなされておりません。イバラも不規則に蔓延って、沢山の白い蕾をつけていました。黄色い芯のある可憐な花が開くのは、まだずっと先のようです。


「仕方ない、そろそろ戻るかな」



 ブライト王子は、薄暗い森の入り口で少しがっかりしながらお城に帰ることにしました。元来た道を戻ろうとしましたが、何だか様子が変でした。


「あれ?」


 ブライト王子は、ふと足を止めました。


「おかしいな」


 朝の散歩のついでに花でも摘んで帰ろうかと思っていたのですが、気付けば知らない場所でした。

 王子は迷子になってしまったようです。



 昼が過ぎ、夕方が来て、とうとう夜になりました。見上げる空には枝々の間から、太り始めた三日月がちらりと見えました。

 不思議とお腹は空きません。食べるものも飲むものも無いのに、疲れることもありませんでした。


 王子は眠ることもなく夜を過ごし、やがて朝が訪れました。歩いても歩いても、見覚えのある場所には戻れません。時々立ち止まって、森の木々の隙間から見える太陽で方角を確かめては居るのですが。



 また夜が来て、朝が来ました。暗い森をさ迷うのも2日目になりました。どうやら、どんどん森の奥へと入り込んでしまったようです。目の前を塞ぐ枝も、より複雑に絡まり合っておりました。


 暗くて冷たい森の中、今は昼なのか夜なのか、ブライト王子にはもう解らなくなってしまいました。分厚く繁る大木の葉が、森の空を隠しています。


 太陽という僅かな道標さえ、見え無くなってしまいました。それでも進むしかありません。ブライト王子は、目の前の重なる枝を掻き分けると、突然開けた場所に出ました。



「なんとまあ、美しい湖だろう」


 ブライト王子は、息を呑みました。目の前に広がる光景は、見たこともない輝きに満ちていたのです。

 静かな水を称えた湖が、春を迎えたばかりの陽射しを浴びて、岸辺の草木を7色に染め上げております。湖は、向こう岸に垂れ下がる枝が見える程度の広さでした。


 早春の空が、湖の上だけぽっかりと切り取られて灰色がかった青色を見せております。縁取る枝には冬でも繁る森の葉が、レース模様を作っています。


 太陽は少し傾いて、お昼を過ぎた頃でした。7色の光を宿す伝説の湖を、氷を溶かす早春の風が渡ります。湖に浮かぶ割れた薄氷が揺れて、微かな音を立てました。



「あれは」


 見れば風の運ぶ7色の湖の岸辺には、美しい銀の竜が力なく倒れております。それは冬の間だけ生きられる、冬竜という生き物でした。秋の終わりに産まれた竜は、春を迎える頃に卵を産んで死ぬのです。卵は土の中で冬を待ち、大地が凍る頃に産まれます。


 冬竜は、普通雌雄一組になって水辺で卵を産み、土中に埋めたあと二匹で水に入るのだそうです。でも、この竜は一匹だけで横たわっておりました。



 ブライト王子が冬竜を見るのは初めてでした。銀の鱗が7色の泉に木漏れ日を反射する様は、例えようもなく美しいものでした。

 けれども、竜の弱々しい姿に、ブライト王子は心を痛めました。王子は、落ち葉を踏んで静かに冬竜へと近付きました。


「苦しいのかい、可愛そうに」


 竜は、辛そうに瞼を挙げて、冬の夜空のような深い藍色をした瞳を王子に向けました。その瞳には、王子の気遣いへの感謝が見えます。


「ああ、いいんだよ。無理に眼を開けなくて。済まなかったね、辛いのに」


 ブライト王子は、慌てて囁きます。銀の竜は、体も羽もだらりと伸ばして横たわっております。少しだけ離れて立つ少年王子に、竜が微かに笑ったようでした。


 その気高い微笑みに、王子は胸の高鳴りを抑えることが出来ません。初めて感じる甘い心の疼きに戸惑いながらも、今消えて行く命の灯火を守れない不甲斐なさに、王子は唇をキュッと噛みました。


 心優しいブライトは、せめて安らかに逝けるようにと、吹雪の魔法で竜を包んであげました。周囲の地面も凍って行きます。地面が持ち上がって出来た霜柱を、竜が億劫そうに食みました。


 二口、三口と霜柱を食べたあと、もうすっかり疲れてしまって、竜は地面に首を預けて目を閉じました。瞼が落ちる本の少し前、竜と王子の目が合いました。明るい青と深い藍色が、1つの柔らかな色に溶けて行くようです。



「また明日、必ず来るよ」


 竜の瞳に魅せられて夢見心地のブライト王子は、静かな寝息をたて始めた竜に小さな声で告げました。この場所へどうやって来たのかは解りません。でも、王子には、何故だか明日も辿り着ける確信がありました。


 それから王子は、竜を起こさないようにそっと離れると、元来た森に戻ります。竜の気高い微笑みを胸に、ただふらふらと足を運んで行きました。

 そんな風に歩いていたのに、いつの間にか王子はお城の庭におりました。



 次の日も、また次の日も、王子は7色の湖に行きました。不思議な事に、暗い森に一歩入ると迷うことなく、7色の湖に続く道を見つけることが出来たのです。冬竜は、その度に王子の作る霜柱を食べ、だんだん元気になりました。


 風が暖かくなり、草木の匂いに花の香りが混じる頃、竜と人とはすっかり心を通わせておりました。弱りながらも凛とした面差しの冬竜と、愛嬌のある優しい王子は、いつも寄り添うように7色の湖を眺めています。



 そしてその伝説の湖を、見たこともない7色の釣り鐘型をした小花が飾る頃、嬉しい奇跡が起きました。

 春先に失いかけた冬竜の命が、王子の作る吹雪と霜柱で繋ぎ止められたのでした。銀の鱗を7色に煌めかせ、その美しい冬竜はすっかり冬を越したのです。


 ある朝王子は、何時もより早く目が覚めました。そして、何かに急かされるように7色の湖にやって来ました。

 7色の湖の畔には、一面に丈の低い小さな花が咲いています。俯くような小さな花です。不思議な湖と同じ7色にぼんやりと光り、釣り鐘型の花を短い茎1本に6つか7つ、左右交互に咲かせております。



 王子が湖の畔に着いたとき、すっかり元気になった銀の竜は、すっと身を起こしました。王子は太陽のような笑顔を見せて、起き上がった冬竜に急ぎ足で近寄りました。

 王子が歩く枯れ葉の積もった地面には、もう全く雪はなく、ただ一面の釣り鐘が7色に花開いているのでした。


 本当なら冬竜は、とっくに水に入って自然に還っている季節なのです。冬竜という生き物がこの世に現れてから、春の花を見た冬竜は、王子を虜にしたこの美しい竜が初めてでした。



 王子は美しい銀の竜の顔に近寄ると、嬉しさを弾けさせて話しかけました。


「お早う、冬竜さん。すっかり元気になったのだねえ」


 王子は言いながら、吹雪を起こします。冬竜は、王子の吹雪に身を寄せるような素振りをしました。その美しい銀の鱗を震わせて、幸せそうに吹雪に身を任せておりました。



「これからも、僕が守ってあげるからね」


 冬竜は、目を細めて王子を見つめます。とても喜んでいるようでした。


「そしたら、次の冬にも、その先の春にも、ずっと一緒にいられるよ」


 ブライト王子は、自分の吹雪さえあれば、冬の間にしか生きて居られないという冬竜も、ずっと元気でいられると思ったのです。

 その心の籠った申し出に、竜は嬉しそうなまばたきを致しました。それから、照れ隠しのようにブライト王子の作った霜柱を一口噛みました。



「ブライト王子、ありがとう」


 初めて聞く竜の声は、深い森の静かな湖そのものでした。王子がうっとりとその声に酔いしれていると、竜の鱗がまばゆく輝き出しました。

 どこからか風がごうと吹き、7色の花が氷のぶつかり合うような澄んだ音色を響かせます。湖はますます美しく虹色に光るのでした。

 王子の吹雪も7色に渦巻いて、湖のあるこの不思議な森の広場を駆け巡りました。


 7色の吹雪の中で堂々と立つ銀色の冬竜は、神々しくさえありました。ブライト王子は言葉も忘れ、ただひたすらに吹雪を起こしておりました。



 すると、どうしたことでしょう。ブライト王子の吹雪を纏った竜が、7色の光に包まれて姿を変え始めました。驚いた王子が、息も出来ずに眺めていると、竜はもう一度口を開きます。


「私は、シャインと申します。助けて下さり、ありがとう」


 竜はなんと、美しい姫になって王子様に御礼を言いました。あの美しい鱗は、虹色の光を宿した輝く銀の髪に変わりました。雪解け水のようにしなやかに、絡まることなく真っ直ぐ流れる長い髪です。吹雪の中でたおやかに揺れておりました。


 深く気高い夜の瞳は、変わらず王子を映しています。姫となった竜のドレスは、瞳と同じ夜の色。



「ああシャイン、君が竜でも人でも構わない。いつまでも僕と一緒に居てください」

「勿論です、ブライト王子。優しい貴方が大好きです」



 それからずっと竜と王子は、幸せに暮らしましたとさ。

お読み下さり、ありがとうございます。


次回から200字の「文体チャレンジ」を幾つか挟み、そのあと7000字に挑戦致します。

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