貫入-3
母と距離を置くようになったのはいつからだろうか。
明確に覚えているのは、母がいなければ嫌だ、と思っていた時期があったことだ。それがいつの間にか蒸発したように意識は消えて、好きとも嫌いともなく、『同居人』のような位置づけにあった。
しかしその同居人はわたしと顔を合わせるたびに「勉強は?」と聞くのだ。勉強、と言われても、何のために勉強をするのかが不透明なまま、勉強する気にもなれなかった。それがきっと、わたしと同居人との間に壁ができている理由なのだろう。すれ違い、噛み合わない、いくつも重なり合った結果が今の関係なのだろう。
わたしのやりたいことは何なのだろう。自問自答を繰り返して、ただ無下に時間が流れるのが悔しかった。丸めてクシャクシャになった将来を描く設計図はゴミ箱に溢れかえっている。丸めた紙の中に、わたしがやりたいことは確かにあったのだが、去年、同居人にそれとなく否定されたのを覚えている。進学の先に待つ就職のことを考えてなのだろうが、その就職先はわたしが納得するものなのだろうか。
もしかしたら、同居人と感じる壁はわたしの反抗心から生まれた壁なのかもしれない。
リビングに入ると、プンとにおいが鼻の中をつっつく。キッチンで母が換気扇に向かって煙を吐いていたからだ。わたしはキッチンに入り、母の背にある冷蔵庫を開けた。母の背を通ると、ネズミ色の埃っぽいにおいを感じる。昔から変わらないにおいだ。
息を止め、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出した。
「私も」母はフーッと煙を吐いた。
わたしは二つのグラスに麦茶を注ぎ、再び息を止めて麦茶のボトルを冷蔵庫に戻した。
わたしがグラスを持ってキッチンから出ていこうとすると、母は「勉強してるの?」と聞いてきた。一呼吸できるくらい遅れて「うん」と返事した。二言目の「受験生なんだから」を聞かされる前に、わたしはリビングを出た。
顔を合わせれば「勉強してるの?」と母は聞いてくる。心配なのか、それとも口癖なのか、耳が痛くなるくらいに聞かされて気分が悪い。自身の危うい成績は理解している。ただ何がしたい、という目的がなく、勉強する意味を見い出せない。
勉強と成績の事しか頭にない母に、わたしの将来の相談はしたくはない。
ただわたしは考えるのだ。将来の目的もなく勉強をすることは大切だ。とりあえず「良い」とされる学校に行っておけば、選択肢は増えるのだろう。
正論と正論がぶつかれば何か見えるのか。残るのは見えない壁が互いに隔たっているだけだと思った。
麦茶を取りに行ったのはいいが、部屋に戻って席に着く前にグラスの中身はカラになった。また取りに行き母の顔と突き合わせるのは嫌なので、とりあえず席に座りペンを手に取る。そして参考書とノートを開いた。
遠くで救急車のサイレンが聞こえる。たしかドップラー効果とかいうやつだったと思う。音が遠ざかると変な風に聞こえるの。そういえば花火が見えて音が聞こえるまでの間の秒数を数えると...
数学の参考書を開いて十五分と持たなかった。ペンを鼻と上唇で挟み、バランスを取って見せた。三角関数なんてわたしの将来に役立つときがあるのだろうか。階段を上りながら、階段の角度を四十五度と考えて一段の水平距離は...のようなことを考えて生きている人がいるのか。
わたしの目から見える窓の外の景色には、三角関数はない。ましてそんなことを考えて生きる人生でありたくない。
糸で引かれるように机の引き出しに手が伸びた。引き出しを開けると、乱雑に散らばるノートや鉛筆の上に、異色な存在感を放つ銀色の拳銃がある。惹かれるように拳銃を掴んで、なめまわすようにして四方から眺めた。
リボルバー式の拳銃は銀色に鈍く光り、眠っていたようにひんやりと冷たい。ハンマーから銃口まで伸びる美しい曲線の、フロントサイトというらしい。これが好きだ。
この拳銃がなぜわたしの手元にあるのか。それは去年の、木枯らしが吹き始めてカーディガンを羽織り始める季節の事だった。
部活が休みの日、前日の練習試合でぼろ負けしたので今日はテレビを眺めてせんべいでもかじってゆっくり休もうと決めていたのに、母上からの「勉強しろ」というプレッシャーに負けてリビングから自分の部屋に退避したのだった。扉の外からも感じるプレッシャーに勉強を初めては見たものの、相も変わらず勉強に身が入らず、勉強をするそぶりをだけが上手くなっていった。
そして小さなきっかけから、部屋を掃除し始めることになった。それは机の上のライトの上に溜まっていたほこりを指でスッと拭き取ったことから始まった。机の上に落ちていたわずかな消しゴムのカスを拾い集め、本棚にある高さが不揃いな本を一律きれいに整理し、あまり使わない物を発見したので、押入れの衣装箱にしまうことにした。そして衣装箱には大抵、大事にしまってある卒業アルバムがあるわけで、ついでにわたしの幼少期のアルバムも発見した。
アルバムというのは、手にする前はまったく興味がないのにいざ開いてみると、時間も忘れて過去に浸ってはいつの間にか小一時間経つことはよくある。卒業アルバムをペラペラとめくり、体育祭や修学旅行、仲良かった友達や瀬奈と映っている写真が脳裏にその頃の音と映像をよみがえらせた。そして中学の頃に思いを寄せていた男の子、いつの間にかわたしの目は何枚かの写真に映る彼を追いかけて、そんな自分をふと客観視してしまうと顔が急に熱くなった。
冷めるわけがないのに頭を横に振って、だが脳が揺れて少しボーっとすることで落ち着けた。今でも心のどこかで、あの時と変わらない甘い蜜がぽっかりと空いてしまった穴に流れ込んでいるのだが、数年経っても満たされない。後悔先に立たないのだが、いつかチャンスがあると、どこか夢空想の雲の上にわたしはいる。
卒業アルバムはここまでで、次に開いたアルバムはわたしが生まれてから小学校二年までの写真がまとめられていた。
この写真は一歳に満たない頃だろうか、知育用ブロックを投げて遊んでいるようだ。これは保育園に入る前ぐらいだろう、海の波打ち際で引いた波をじっと見つめていた。そしてこれは小学校の入学式で、入学式と書かれている看板を横にカメラに向かって元気なピースをしていた。
懐かしさにうつつを抜かしペラペラとアルバムをめくり進めていくと、ふとした違和感に気付いた。すべての写真ではないが、わたしが中心にない構図の写真が多々あるのだ。写真を撮った父上殿の腕が下手ということもあり得るが、何というか、そういうものではない不思議な構図なのだ。そう、まるで一緒に写っていた何かが消えてしまったような感じ。
すると不意に背後から視線を感じて、アルバムを勢いよく閉じた。体中の毛穴がワッと開き、体が酔ったようにフワっと軽くなる。おそるおそる、自分の肩越しから背後をのぞき込む。そこには、誰もいなかった。
背中に残る視線の痕が常になぞられているようで、ゾワゾワと気持ちが悪い。背中に手が届かないことがもどかしいし、手が届いたとしても掻いたくらいではこの嫌悪感に近い気持ち悪さは免れないだろう。
とりあえず、急いでアルバムとアルバムを引っ張り出したときに散らかしたものを一つ一つ片づけ始めた。このアルバムの写真から気付いてしまった違和感から遠ざかることを考えていた。そして衣装箱のフタを閉めようとしたとき、また気付いてしまった。今度は目に付いた、というべきかもしれない。
わたしは衣装箱の中にある、拳銃に手を伸ばした。
拳銃を手にして驚いた。エアガンだと思ったのに、そんな重量ではない。そしてなんとなく、手にしっくりくる。昔なつかしいアニメを見たかのような感覚だ。
それにしても、なぜ拳銃が衣装箱の中にあったのか。アルバムを取り出す前、この拳銃は衣装箱の中にあったのか。いや、あったら気付いていたはず、だと思う。
背中にあった嫌悪感もいつの間にかなくなっていることを気付かずに、わたしはその拳銃を机の引き出しの中にしまった。なぜしまったのか、と問われれば、不思議なことに「いつか使う」と理解している自分がいたからだ。
その日から、気付けば引き出しを開けては拳銃を手にしていた。
一つの造形にすっかり見惚れてうつつを抜かし、まったくその気配に気付かなかった。母上殿が隣に立っていた。
「アンタ、なに自分の手をくねくねして見まわしているのよ」
わたしの手から拳銃が滑り落ち、机の上に鈍い音を立てた。
「洗濯物、そこに置いといたから。自分でしまいなさいよ」母はバタンとドアを閉めて部屋を出て行った。
きっと監視をしに来たに違いない。間違いない。
わたしは机の上に落ちた拳銃を手に取った。やはり、母さんにはこの拳銃が見えないらしい。他の人には見えるのかどうか、まだ試したことがない。そんな度胸もないから、未だに机の中に拳銃を閉じ込めているのだ。