- 人形は王と出会う -
本日6話目、そして本日はここまでとなります
時は少し戻る。
平原の死臭を嗅ぎ付け、森の中から大きな身体を揺らしながら、ゴブリンジェネラルが現れる。
その目の前には、先程自律兵器に蹂躙されたジェネラル達の亡骸が転がっていた。
ゆっくりと周囲を確認し、ジェネラルが肉塊になったジェネラルをむしゃぶりつく。
ボリボリと、死んだジェネラルの身体を齧り、やがて心臓にあった「核」を噛み砕いた。
瞬間、目を見開き、全身が痙攣する。
そして、全身の筋肉が膨れ上がるように大きくなり始め、頭の角も伸びる。
魔獣のランクアップ。
別の魔獣の核や同族の核を取り込む事で、稀に起こる現象。
やがて、ジェネラルの成長が終わる。
身体は二回りほど大きくなり、伸びた角は長く、目は赤く光っている。
そして、その咆哮が平原に響いた。
そして、それを遠くから見ていた集団がいた。
その咆哮を聞いた男が唖然としている。
「お、おい、アレ、ジェネラルじゃないだろ・・・」
そう呟いたのは、クラン「平原の月」に所属している斥候のジータだ。
若いながらも勘は鋭く、何度も偵察や情報収集した中から重要な情報を見付け出している。
短く切り揃えた青い髪と青い瞳を持ち、革鎧を着込んで地面に伏せて様子を窺っている。
そのジータの直感が、あの魔獣が危険だと警鐘を鳴らし続けている。
「アレは・・・まさか、キングになったんじゃないか?」
そう言うのは、同じクランに所属している古参の前衛の盾戦士のジョッド。
タワーシールドと呼ばれる巨大なシールドを持ち、敵の真正面で攻撃を一手に引き受ける。
こちらは金の短髪で、ジータと違って攻撃を受け止める関係上、一部分が金属鎧になっている。
その彼は、嘗て平原の月がゴブリンキングを倒した時のメンバーの一人だ。
ただし、その時に対峙したキングは、今目の前にいる魔獣より小さかった。
明らかに、キングでありながら変異種だ。
そうなると、この場にいるメンバーだけではどう足掻いても勝てないだろう。
「撤退だっすぐに撤退する!」
ジョッドが叫んで、キングの方を見る。
すると、キングの方もこちらを見ていた。
再びの咆哮。
大森林の中から、ゴブリン達の声が聞こえた気がした。
支配個体の固有能力。
咆哮に呼応し、眷属であるゴブリン達が集結し始めたのだろう。
その数はわからないが、咆哮が届く範囲にいる森林中のゴブリンがキングの支配を受ける。
少なくとも、200はくだらない数になるだろう。
急ぎ、町に警告を出さなければ、あっという間にベルガナは滅ぶだろう。
ベルガナの一角に、不釣合いなほど豪華な屋敷が建っている。
本来は「平原の月」のクランハウスだが、現在はクランマスターである「カドル」の邸宅代わりになっている。
そのカドルの元に、ギルドマスターからの書状が届いたのはつい先ほど。
内容はゴブリンキングが出現した為、総力を持って対処せよという簡潔な物だった。
だが、カドルは整えた金髪の頭を抱えていた。
キングを倒したと言う事は確かに事実なのだ。
だが、それはサブマスターだった男が刺し違える形で致命傷を与え、その後、カドルが止めを刺しただけなのだ。
そして、その事を知っているのはカドルだけだ。
ジョッドも、その時はキングの攻撃で気を失っていた。
そもそも、カドルは実戦向きではなく、策を持って相手を嵌める戦い方を得意としている。
クランマスターになれたのも、権力者や強者に媚を売り、邪魔な競争相手を失脚させ続けた結果なのだ。
最近は、部下に仕事を押し付けてクランハウスで過ごしており、その為、体型は肥満体系に近く、普段はバレないようにコルセットや防具で隠している。
そして、それをギルドマスターは知らないから、討伐指名依頼が自分の所に来てしまった。
「こ、こうなったら・・・」
カドルはメンバーを集め、「何事も経験だ、もし危なくなったら自分が出る」と言って相手をさせる事にした。
そして、本当に危険になる前に自分は逃げる。
どうせ、キングを相手にするだけの戦力はこの町にはない。
あのリーディアとかいう小娘も、相手にならないだろう。
そう考え、めぼしいアイテムやクラン倉庫にある資金を道具袋に詰め込んでいく。
もしこれがバレれば、重犯罪人として指名手配されるだろうが、どうせキングに滅ぼされて証拠は残らないのだ。
この時の彼はまだ何も知らなかった。
その行為が、自身の身の破滅を招いている事に。
ベルガナから少し離れた位置で、リーディアが立っていた。
その視線の先は、ベガンナ大森林がある方向。
そして、そこから沸き出して集結している大量のゴブリンの群れ。
数は少なくとも400はいるだろう。
報告よりも遥かに多い。
偵察に行った冒険者達が無事に逃げられたのは、キングが追跡しなかったからだ。
キングは逃げる冒険者を無視し、森に戻って眷属の支配を広げたのだ。
それで、大森林にいたほとんどのゴブリンが集まったのだろう。
その光景を見た後、振り返る。
振り返ると、そこには赤茶けたゴーレムが立っている。
ゴーレムは、ゴブリンの大群を見ても、動じずにその光景を見ていた。
自律兵器は、手持ちの武器を変更していた。
ライフルは確かに威力や連射は高いが、同時に大多数の相手を相手するのには向かない。
言うなれば、ライフルは点での攻撃しか出来ない。
あの大群を相手するならば、面での攻撃が出来る武器が最適である。
補助アームがライフルを掴み、背中の武装ラッチから別の武器と交換する。
交換したのはショットガン。
装填された広範囲に散らばる散弾を発射し、点ではなく面での攻撃を可能にする武器。
カノン砲の榴弾でも対処できるだろうが、カノン砲はショットガンほど連射が出来ない上に装填数が少ない。
それなら最初にショットガンを使用し、途中で変更すれば良いだろう。
両手にショットガンを持ち、再度確認する。
見える範囲にキングの姿は確認できない事から、恐らくかなり後方にいるのだろう。
最初はガトリングキャノンの使用を検討したが、此方は既に残弾が心許無いので、今回は使用しない。
「本当に、あなただけで相手をするの?」
「問題無い」
リーディアが心配そうに尋ねたが、自律兵器は簡単に答えた。
そう、なんの問題もないのだ。
集結したゴブリンの武器は木の棍棒が大半で、中には素手もいる。
あの程度ならダメージらしいダメージは受けないだろう。
そして、防具に関しては、粗末な腰蓑を身に着けているだけで無いに等しい。
「残りの障害を排除する」
そう言った自律兵器がブースターを噴かし、ゴブリンの大群に突撃していった。
リーディアは援護を申し出たが、それを不要と切り捨てられた際の事を思い出していた。
一人より二人、二人より三人。
あの大群を相手するなら、戦力は多い方が良いだろう。
だが、自律兵器はあくまで一人で戦うというのだ。
それでも、戦うと言ったリーディアに対し、自律兵器は妥協案として倒し損ねたゴブリンは任せると言った。
つまり、リーディアの立つ地点が最終防衛ラインとなる。
「あなたの御主人様は何を考えているのかしらね」
リーディアが呟き、足元にいたリペアボットを見る。
もしもの時の為に、自律兵器が一体置いて行ったのだ。
簡易だが、リペアボットにも攻撃手段はある。
腹部に複数のショットシェルが内蔵されており、ゴブリンの数匹なら相手が出来る。
そのリペアボットがリーディアを見上げ、首を傾げた。
突撃した自律兵器は、まずショットガンの乱射を始めた。
これだけ相手がいるのなら、細かい狙いなど付けずとも撃てば必ず何処かに当たる。
散弾が直撃したゴブリンは、血肉を飛び散らせ吹き飛ばされていく。
だが、大群の歩みは止まらない。
それどころか、徐々に自律兵器を囲むようにゴブリンの大群が動いて行く。
「リコンユニット射出、サブウェポンシステム起動」
自律兵器からリコンが射出され、空に浮かぶ。
更に、両肩の小型ガトリングガンをリペアボットが起動させ周囲に弾丸をばら撒き始める。
大群の中心で銃を乱射し、自律兵器の足元に大量の薬莢が散らばる。
やがて、半分近くを倒し終える時には、持っていたショットガンの残弾が0になり、再装填準備に入る。
補助アームがショットガンを掴み、同時にライフルとカノン砲に交換する。
武装ラッチに戻されたショットガンの再装填が終わるまで、この二つで対応する事になる。
リコンから送られる情報で、自機に接近するゴブリンには小型ガトリングガンが攻撃し、遠くにいるゴブリンには弾丸と榴弾が飛ぶ。
だが、面制圧が出来なくなった事で、圧倒的物量を持つゴブリンが、少しずつ自律兵器に迫って来ていた。
やがて、平原はゴブリン達の流す血で赤く染まり、その中心で暴れる自律兵器が返り血を浴びていく。
そして、遂にカノン砲が全残弾0を示す。
自機の背後から、数匹のゴブリンが飛びかかってくるのをセンサーが捉える。
振り向き様に、カノン砲の砲身でその数匹を躊躇なく叩き落す。
この世界で榴弾は手に入らないだろう。
リペアボットも作れるのは、通常弾丸のみだ。
ならば、榴弾を撃ち出すカノン砲はこの先、ただのデッドウェイトにしかならない。
叩き落されたゴブリンはただの肉塊に成り果て、さらにカノン砲をゴブリンの集まる場所にぶん投げる。
回転して飛来するカノン砲が数匹のゴブリンを巻き込んで肉塊に変える。
両肩の小型ガトリングガンもそろそろ残弾が0になる。
カノン砲を手放したので、補助アームが武装ラッチに装着していたライフルを外して差し出してくる。
両手のライフルを撃ちながら、リコンから送られてくる情報を分析する。
今、相手をしているのはただのゴブリンだ。
外見に多少の差異はあるが、ジェネラルのようなゴブリンはいない。
キングはジェネラルと同じで、通常のゴブリンと外見に大きな差異があるはずだ。
リコンでキングの情報を探す。
すると、はるか後方にそれらしき大きな魔獣を確認する。
ゴブリンの過半数は既に殲滅した。
ならば、目標まで一気に行く。
ブーストを噴かし、ゴブリンの包囲網を強引に突破する。
キングまでの間にいるゴブリンは、自律兵器に弾き飛ばされ、そのまま巻き込まれて轢かれていく。
そして、通過する間に腰から小さな筒がいくつも落ちて地面を転がる。
キングに向かう自律兵器を、追い掛けるように残ったゴブリンが追従する。
転がった筒を踏んでも気にした様子もないが、しばらくして、はるか後方で爆発が起こる。
その爆発が徐々に、追従していたゴブリンの先頭集団に迫ってくる。
先程落した筒は小型の爆弾であり、一定時間後、起爆し誘爆していく。
爆炎の中から、自律兵器が飛び出す。
そして、地響きを上げてゴブリンキングの目の前に着地した。
ゴブリンキングが目の前の自律兵器を見上げる。
多数のゴブリンを屠り、その返り血を浴びた自律兵器。
せっかく集めた兵隊をすべて倒されたキングは激怒していた。
そして、ショットガンの再装填が完了し、補助アームがライフルと交換を行う。
「キサマ、コロス!」
キングが叫び、素早い動きで自律兵器に迫り、斧の一撃を振るう。
自律兵器はその攻撃を左腕で受け、平原に甲高い音を響かせる。
キングはまず、厄介な武器を使えないように腕を攻撃し、その後、嬲り殺しにするつもりだった。
だが、その装甲には傷も付かず、逆に振った斧が持ち手の中ほどから折れ飛んでいた。
唖然とその斧を見るが、すぐにそれを投げ捨て、自律兵器の死角に回り込むように動く。
だが、素早く旋回しキングを常に真正面にするように自律兵器が動く。
もっとも、上空に浮かぶリコンがある限り、自律兵器に死角などないのだが。
キングは既に武器を持っていない。
あるのは自身の体躯による格闘戦のみ。
自律兵器の装甲をキングの拳が叩き、爪が削ろうとする。
だが、その攻撃は一切通用せず、逆に自律兵器のショットガンがキングの片足を吹き飛ばす。
片足を失ったキングがその場に転がった。
そして、その頭に自律兵器がショットガンを向けた。
「ハハハッオウガカエッテクル!オウガモド・・・」
キングは急に笑い出し、そう叫んだ。
だが、それを言い終わる前に、ショットガンの一撃がその頭部を消し去った。
頭部を失ったキングは、しばらく痙攣していたがやがてそれも動かなくなった。
こうして、ベルガナに迫っていたゴブリンの大群は、たった一体の自律兵器によってその全てを殲滅された。
ただ、キングの言い残した謎の言葉を残して。
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