- 人形は蹂躙する -
本日4話目となります
リット達が逃走した後、大量のゴブリン達が森から続々と現れる。
自律兵器は慌てずにリコンユニットを射出し、情報を随時入手できるようにしておき、その場に片膝を突いた。
そうすると、左肩で折り畳んでいた武器の銃身が伸び、本体と銃身を固定した。
6つの回転する銃身を持つ、ガトリングキャノン。
回転銃身の仕様上、細かい狙いは付けられないが目の前には大量の的。
銃身が唸りを上げ高速回転を開始し、狙いが一番左端に向く。
そして、響き渡る轟音と閃光。
凄まじい土埃が、ゴブリンの集団の左端から右端まで到達する。
回転銃身が赤く焼け、回転が止まる。
それが再び折り畳まれると、自律兵器が立ち上がり、ライフルを構えて土煙の中に突撃する。
実は、ガトリングキャノンの攻撃で、ゴブリンの群れはほぼ壊滅していた。
だが、彼らは自律兵器にとって障害と判断された。
障害はすべて排除する。
自律兵器はその命令を遂行しているに過ぎなかった。
生き残ったゴブリン達は最早恐慌状態だった。
轟音が響いたと思ったら、周辺にいたはずの仲間達は肉片を飛び散らせ、皆息絶えている。
そして周囲は土埃で見えないハズなのに、謎の爆音がする度に、味方がどんどん減っていく。
ジェネラルは最初の攻撃は部下の陰に隠れてやり過ごし、今は鉄製の盾を持っている為、その盾に身を隠している。
だが、確実に、死の順番は迫って来ていた。
ジェネラルは混乱していた。
最初は数人の人間がいたので、群れの下っ端を向かわせ、報告を待つだけ。
下っ端でも十分簡単なハズだ。
そのハズが何時までも戻らないので様子を見に来てみれば、全員やられていた。
人間は惨たらしく殺すと決め、群れに突撃を指示した所、見慣れない巨人がいた。
それが此方を向き、跪く。
群れに恐れをなしたのかと思った瞬間、轟音が響いた。
慌てて部下の陰に隠れたが、盾にした部下や群れの殆どが轟音が聞こえなくなった時には肉塊に変わり果てていた。
そして、今は爆音が響く度に、部下の体が弾けていっている。
盾を構え、手斧を握る。
殺られる前に殺るしかない。
ジェネラルは無駄な覚悟を決めた。
土埃の中で、何故これほど正確な射撃が出来るのか。
それは滞空させているリコンから送られてくるデータがあるからだ。
常に、自機の周辺で何が起きているか。
センサーに入る敵をすぐに自機に送信し、それを撃破する。
最初、人は映ったがゴブリンはレーダーに映らなかった。
だが、すぐにセンサーを通常センサーから、特殊な生物にも効果があるバイオセンサーに切り替えると、その姿がレーダーに表示される。
そしてライフル射撃で、そのゴブリンはどんどん数が減っていく。
しばらくすると、ジェネラル以外の反応が無くなる。
残されたジェネラルの姿を確認する。
二回り程大きく、粗末な武器と防具を持っている。
だが、自律兵器には関係が無い。
ジェネラルが盾を構えて自律兵器に突撃してくる。
それを後ろに下がりつつ、武器を変更する。
取り出したのは、破壊したタンク型から奪い取ったカノン砲。
それを構え、狙いを定めてトリガーを引く。
轟音と共に勢いよく、弾が発射される。
このカノン砲に装填されている弾は榴弾である。
ジェネラルが飛来する弾を盾で防御しようとした。
そして、榴弾が盾に着弾した瞬間、爆発。
その爆発力は凄まじく、防御した盾毎、ジェネラルの左半身は消し飛んでいた。
まだ命はあるらしく、多少の痙攣を起こしている。
凄まじい生命力である。
そのジェネラルに近付き、そのまま頭を踏み砕いた。
あまりに一方的な虐殺はこうして終わった。
ジェネラルを含むゴブリンの群れは、その全てがただ一機の自律兵器によって蹂躙され、物言わぬ肉塊と成り果てた。
「障害の排除を確認」
センサーで周囲を確認するが、反応はない。
そして、ゴブリン達の死体はそのままにその場を後にする。
向かうのは、逃げた青年達が向かった方向。
ブースターから勢い良く炎を噴き出し、自律兵器が加速していく。
さらなる情報を集め、本来の任務を果たす為に。
しばらく平原を進むと、大地が掘り起こされて、同じ種類の植物が植えてある場所が見えてくる。
恐らく、畑であろう。
地球では、大地の汚染が進んでしまった為にコロニーでは、すべて特殊な水耕栽培である。
それが、ここでは大地で育っている。
情報をどんどん更新しながらも、畑の前で停止する。
葉や蔓の形状をデータと照合すると、旧世代の「トマト」に似ている。
だが、どれも病気に掛かったかのように葉には白い染みが広がっている。
その一枚を千切り、リペアボットに成分を分析させる。
どうやら、ウィルス性の病気のようであるが、人体には無害。
ただし、植物には致命的で、収穫前にその大半が、ウィルスによって枯れてしまう。
周囲を見渡しても、畑には誰も居ない。
ガシャガシャと足音を響かせて畑の中にある道を進む。
ある程度舗装はされているが、アスファルトやコンクリートではなく、ただ、人が通る事で草が生えていないだけの畦道である。
そこを進んでいると、前方に木で作られた簡易の壁が見えてくる。
その入り口らしき切れ目の所に、数人の人間が立っている。
ただ、その出で立ちは先程の青年達と大差がない。
鉄製の兜や鎧、手には槍と盾。
ここら辺での戦争がどうなったか不明だが、あんな鉄素材で弾は防げない。
入り口脇には旗が立っているが、その模様はデータにはない。
こちらを視認したのか、その人物達の様子が慌ただしい。
入り口にいた兵士が巨大なゴーレムを見る。
赤茶けた外観に光る眼。
それが足音を響かせながらこちらにやってくるのだ。
警戒しない方がおかしい。
ゴーレムは魔法生物であり、大半は迷宮や、誰かが作らない限り、地上では見かけない。
武器や魔法を使わない代わりに、非常にタフで恐ろしいほどのパワーを持っている。
普通は冒険者でも相手に出来るが、それは「泥」や「銅」「鉄」までである。
それ以上になる「銀」や「金」は最早、普通の冒険者には対処できず、高ランクの冒険者や騎士団くらいしか倒す事が出来ない。
特定の地域では、「砂」や「宝石」と言った亜種も存在するが、この町の近くでは目撃例は無い。
接近してきているゴーレムは、色こそ赤錆びたゴーレムのようだが、何かが違う。
それに、ゴーレムは大半が流線型の形をしているのに対し、あのゴーレムは角張った箱のような形状をしている。
それがまるで、意思を持っているかのようにこちらに歩いて来る。
「どうする?」
「お前の方が足が速い、ギルドへの連絡は任せる。」
片方の兵士がそれに頷くと、町の中に走っていく。
残された兵士は入り口に立ち、接近してくるゴーレムに対して盾を構える。
その後ろでは、騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始めている。
正直、集まって欲しくはないが、ゴーレムから目が離せない。
「危険だから離れていろ!」
兵士が叫ぶが、野次馬には効果が無い。
珍しいゴーレムを一目見ようと、どんどん集まってくる。
ゴーレムが兵士の手前で歩みを止める。
兵士が槍を握る手に力が入る。
これでも、自分はCランク手前のDランク相当の実力は持っている。
たとえ、敵わずとも住民達が逃げる時間くらいは稼ぐつもりだった。
「コノマチノナマエハ?」
ゴーレムからいきなり声を掛けられ、兵士が一瞬唖然とする。
喋るゴーレム。
通常、ゴーレムが喋ることなどありえない。
それでは、目の前のゴーレムは一体?
「こ、ここはベルガナの町だ」
「・・・ドコノタイリクニアル?」
「ここはゼス大陸、アーヴィング領だ」
ゴーレムから質問を受け、それに対して兵士が答える。
それを見ている野次馬からもざわつきが起こっている。
それは当然だろう。
もし、喋るゴーレムなんてモノが創られていたら、そのクリエイターは確実に王都の錬金ギルドに召還され、その技術を開示するか永久に封印するかの選択を迫られる。
もしくは、目の前にいるのはゴーレムではなく、死霊が操る鎧なのかもしれない、と一瞬思ったが、それにしてはアンデッドが持つ特有の死臭がしない。
自分で判断が付かない兵士は、質問に答えながら早く増援が来てくれる事を祈るばかりだった。
ゼス大陸、アーヴィング領、ベルガナ町。
検索しても、「地球」にはそんな地域は存在しない。
自律兵器はさらに質問を兵士に投げかける。
季節、歴史、魔獣等。
その答えを順次更新データとして蓄積する。
さらに、目の前の兵士の後方にいる野次馬の話も集積し、超高速で言語を学習していく。
これは学習型AIであるから可能な作業であり、もしこれが、戦闘型AIであった場合、会話が可能になるまで非常に長い時間を要しただろう。
そうして、兵士や野次馬から学習作業と情報収集をしていると、野次馬の後方から更に人間が増える。
野次馬達を強引に下がらせて、新たにやってきた人間達が前に並ぶ。
全員、簡素な鎧や鉄製の武器を持ち、こちらを見ている。
すぐに攻撃できるように、システムを学習モードから戦闘モードに変更する。
そして、新たにやってきた人間にロックマークを飛ばし、全員をすぐに倒せるように準備だけはしておく。
互いに睨み合い、動かない両者。
一触即発の状態の中、沈黙を破ったのは、遅れてきたリット達だった。
「ま、待ってくれ、助けてくれたのはソイツだよ!」
その言葉で、新たにやってきた人間達が、困惑の表情を浮かべながらも武器を下ろす。
そして、リット達が自律兵器の前に立つ。
「ジェネラルは?」
リットが全く傷付いていない自律兵器の後方を確認しながら尋ねる。
ゴーレムの脚は総じて遅い。
そのゴーレムが無傷で立っているという事は、あの後、ジェネラル達が無視したという事だろうと思っていた。
「全て殲滅した」
先程までと打って変って流暢に自律兵器が喋った。
今までの会話と野次馬の雑談で、ほぼ完璧に言語を学習していた。
流暢に喋った事より、リット達はその内容に驚いていた。
「せ、殲滅した?」
「138体の生物兵器はすべて排除した」
ゴーレムの言葉を改めて聞き返したが、今度は具体的な数字が返ってきた。
138体ものゴブリンと、それを統率するジェネラルが短時間ですべて倒される。
それだけでも異常な事だ。
「ホホホ、その話は本当かの?」
唖然としていると、その背後から声が掛けられた。
白い髭を蓄えた老人と、その傍らに立つ女性。
「ギルド長・・・」
ベームが白い髭を撫でながら、ゴーレムの方に歩いてくる。
そして、まじまじとその姿を確認した。
「確かに、初めて見るゴーレムじゃの」
「報告を受けた時は信じられなかったけど、確かに初めて見ますね」
ベームとリーディアがゴーレムを見上げる。
角張ったデザインと赤茶けた外観。
体中に付けられた謎の筒。
そして何より、リーディアにはこのゴーレムからまったくマナの流れを見る事が出来なかった。
ハイエルフは産まれ付き他者の身体に流れるマナを見る事が出来る。
それを利用して、竜や魔法生物の弱点である「核」を見付け、直接攻撃する事で倒す事が出来る。
それはマナから生み出された魔法生物であれば、絶対の法則であり例外は無い。
もしあるとすれば、完全にマナを遮断できる素材が作られたか、マナを必要としていない生物となる。
二人がゴーレムを見ながら考え込んでいる。
「訂正、本機はゴーレムと言う名称では無い」
考え込んでいた二人に対して、ゴーレムは静かにそう告げた。