- 人形は接触する -
本日2話目となります
自律兵器が森の中を歩いていると、少し先で森が終わっているのが見えた。
そこまで進むと、そこは見渡す限りの広大な平野だった。
近くには小川があり、水が流れている。
センサーを総動員し、状況を確認し続ける。
データにある地図データを確認するが、レジスタンスの秘密基地から進んだ先にこんな地形は存在しない。
そしてある結論に達し、リペアボットの1機とデータリンクを行う。
それは、EMPの影響で自機が数百年単位で機能停止していた可能性だった。
だが、リペアボットから送られたデータは、自機の停止時間は1時間ほどであったというものだった。
リペアボットは単純な構造をしている代わりに、EMPの影響下であっても行動が出来る様になっている。
つまり、あの状況でもちゃんと機能していたはずだ。
それでは、ここは一体どこだ?
もっと情報を集める必要がある。
自律兵器が小川に近付くと、片膝をついてセンサーを水面に落とす。
そして、水質データを集めるがまったくの異常がない。
重金属や毒物が含まれないまったくの真水だった。
それを確認すると、自機に搭載されているラジエーター水と比較する。
小型ニューロ動力炉は性能が高い代わりにある欠点を持っていた。
それは発熱量が比較的高い部類に入るという事。
自機の装備しているラジエーターは、古いラジエーターを改修し、中身も残っていた物を複数混ぜ合わせた物だ。
正直に言って、性能は低い。
それをこの真水と交換したらどうなるか?
データを比べると、すぐにリペアボットが交換作業を始める。
胴体部の装甲を一部外し、そこからラジエーターユニットを片方外す。
そして、中身を廃棄し、小川の水と交換する。
再度装着すると、今までレッドゾーンギリギリだった数値が、一気に安全圏まで下がる。
廃棄したラジエーター水はどす黒く変色しており、地面に黒い水溜りを作っている。
交換作業を終えると、周囲を再度確認する。
何もない平野。
目印も無いので、何処に向かうか判断が出来ない。
そこで、リコンユニットを発射し、周囲の状況を確認する。
滞空するリコンユニットが周囲の地形データを送り、情報をどんどん自機に送り続ける。
すると、視覚モニターでかなり遠くに何か動いている集団がいるのが確認できた。
リコンユニットを回収すると、その方角に向けてブースターで加速を始める。
そこにいるのが、敵であれ味方であれ、情報は入手できるのだから。
一人の青年が剣を振って迫って来ていた化け物の腕を両断する。
「ギギャァァァッ!」
緑色の肌をした小鬼のような化け物が切り落とされた腕を押さえて転げまわる。
その転げまわる小鬼に向かって、数個の火の玉が着弾し、火達磨にした。
「リット、もう限界だ!」
そう叫んだ青年が弓を番える。
そして、放たれた矢が後ろにいた小鬼の目に突き刺さる。
「予想よりゴブリンの数が多いっ」
ローブに身を包んだ女性が、杖を振って再度火の玉を放つ。
だが、その火の玉は小鬼には当たらずに、地面で爆発した。
「逃げるにも、数が多過ぎて無理だ!」
リットと呼ばれた青年が小鬼の棍棒を盾で受け止め、横薙ぎに剣を振るう。
小鬼が上下に両断され、その場に臓腑を撒き散らす。
だが、それでも青年達の周りにはまだ10ほどの小鬼がいる。
いつの間にか囲まれる形になり、青年達は背中合わせの状態になっていた。
「いくらなんでも、ゴブリンがこんなにいるっておかしいだろ」
「二人共、こんな事に巻き込んですまない」
「冒険者だもん、死ぬ時は死ぬものよ」
3人は既に覚悟を決めたようだった。
このまま死ぬより、最後まで抵抗してから死ぬ。
少しでも、この小鬼の数を減らそうとしているようだ。
そして、小鬼達が包囲の輪を縮めようとした瞬間、地鳴りと共に「ソレ」は現れた。
それは小高い丘の上に立っていた。
赤錆びたような外見をした巨大な人型。
それが、紅く光る眼でこちらを見下ろしていた。
「************」
その巨人が何か言ったが、聞き取れない。
ゴブリン達も、急に現れた巨人を見上げているが、もしや、ゴブリン達の増援だろうか。
だが、増援にしてはゴブリン達の様子がおかしい。
「ギギギャギャギャ!」
ゴブリンの1匹が叫ぶと、3匹のゴブリンが、その巨人の方に向かって走り出した。
瞬間、巨人の腕が此方を向き、数度の光を放ち、遅れて爆発音が聞こえた。
そして、走り出していたゴブリンの頭が、ザクロの様に皆、弾け飛んだ。
それを、全員が唖然とただ見ていた。
小高い丘を越えると、その集団を発見した。
数人の人間が、小さい子供の集団と戦闘している。
だが、子供の方は明らかに人間ではない。
その肌は緑色で、頭部には小さい角が生えている。
小高い丘を登る際に、ブースターを噴かして軽くジャンプした感じになり、着地の音が響いた。
それで、あそこの集団に自機の姿が視認できたのだろう。
皆でこちらを見ている。
「抵抗するならば排除する」
スピーカーで集団にそう告げる。
人間はこちらを見ているままだが、緑の小人の数人は粗末な武器を持ってこちらに向かってきている。
メインカメラからの情報で、極度の興奮状態である上に、その特徴から明らかに「人類」では無いと判断する。
すぐにライフルを構えてロックオンし、弾を数発発射する。
狙い違わず、ライフル弾は小人の頭を吹き飛ばした。
「データ更新、新型生物兵器と判断」
自らが持つ情報を、戦闘で得た情報と合わせて更新していく。
ゴブリンをただの新型生物兵器と判断し、その中央にいる人間から情報を得る為、自機は丘を下り始めた。
ゴブリン達は恐怖した。
さっきまで狩る側だったはずが、謎の巨人が現れたと思ったら、いきなり味方ゴブリンの頭が弾けた。
そして、巨人の持つ棒が光る度に、自分達の数が減っていく。
逃げる、そう判断した時には既に、周りにゴブリンは居なかった。
そして、巨人の棒が光った。
助けられた青年達は全く状況が呑み込めなかった。
急に現れた、見ず知らずの巨人に助けられた。
ガシャガシャと足音を響かせながら、その巨人が此方に迫ってくる。
自分の背後にいる二人が緊張するのがわかる。
だが、それ以上にはっきりとわかる。
あの巨人に逆らってはならない。
それにゴブリンを謎の攻撃で全滅させた。
それだけでも、自分達には敵わない相手だ。
「*************」
目の前に来た巨人が何か言ったようだが、わからない。
後ろの二人に目を向けるが、首を横に振っている。
「助けてもらった事には感謝している、だが、そちらの言葉がわからない」
とりあえず、理解してくれることを祈って説明する。
巨人がそれを聞いてどう反応するか、まったく分からない。
「な、なぁ、コイツなんだ?」
弓を持ったままのキースがリットに声を掛ける。
いつでも弓は放てるようにしているが、正直、一射する前に殺される可能性が高い。
「これ、もしかして・・・ゴーレム?」
同じように杖を構えたままのミリィが呟く。
だが、ゴーレムにしては異常過ぎる。
これほど高性能なゴーレムなら多少は噂になるだろうし、こんなゴーレムは見た事が無い。
「いや、ゴーレムじゃないと思うけど・・・」
「でも、どう見ても・・・」
「それに、ゴーレムだったら近くに創造主がいるはずよ」
リットが巨人を前にしながら、色々と身振りや手振りで説明している。
二人はもし、この巨人が敵対したらどうするべきかを考え始めていた。
自律兵器は目の前の人間を見て情報を集める。
見た目から年齢は20代より前。
中肉中背にして金髪、革製の防具と鉄製の剣、木で出来た盾を装備。
このような装備で、銃弾が飛び交う戦争で生き残れるとは思えない。
その青年が何か言っているが、その言葉は理解できない。
「・・・学習モード起動・・・」
戦闘システムから、本来の学習システムに切り替える。
そして、膨大なデータから、少年の身振りや手振りと、発音を組み合わせていく。
学習モードではセンサーなどの一部機能が停止して、かなり無防備な状態になるが、情報を手に入れる為である。
そして、超高速で青年達の言語を学習する。
「ココハ、ドコダ?」
巨人が初めてわかる言葉を発した。
リットがそれを聞いて身振りや手振りを止める。
「お、俺達の言葉がわかるのか?」
キースが呟くと、巨人の光る眼がキースを見る。
反射的に弓を持つ手に力が入る。
「スベテデハナイガ、ワカル」
「そ、それじゃまず、俺達を助けてくれて感謝します」
リットがそう言って頭を下げる。
キースも気まずそうに矢を矢筒に戻し、同じように頭を下げた。
ミリィも同じように頭を下げた。
巨人はそんな三人を見下ろしている。
「ソレデ、ココハドコダ?」
「ここはベガンナ平原、それで俺達はさっきのゴブリン退治を受けてたんだ」
リットが説明する。
ベガンナ平原、ベガンナ大森林と繋がる巨大な平野で、たまに森で増えたゴブリン等の魔獣が出てくるので、定期的に討伐依頼が出る。
今回はリット達が様子見を兼ねて来てみたら、予想以上の数がいたという。
その説明を受けながら、巨人は半ば上の空のようだった。
キースはせっせと、ゴブリン討伐の証である右耳を切り取っている。
更に、ゴブリンの胸を開いて何かを探しているようだ。
ベガンナ平原。
このリットと言う青年が言った場所を検索する。
だが、どこにもそんな情報は無い。
この青年が虚偽の情報を話している可能性を思考するが、そんな事をする理由が無い。
とすれば、ここは何処だ?
この青年の情報を聞きながら、学習を続ける。
あの新型生物兵器は、ここでは魔獣と呼ばれている存在で、人類とは敵対している。
大きな街であれば強力な結界や外壁があるので無事だが、青年達が活動拠点にしている「ベルガナ」と言う町には簡易の壁しかない。
何故かと思えば、どうやら交通の要所から外れている為、外壁にまで予算が回らないという。
名産品は革製品で、それなりの職人がいるらしい。
大分、学習が進んだ。
不必要な情報かもしれないが、それは後で整理すれば良い。
「リット、説明してないで手伝ってくれよ」
キースが説明していたリットに愚痴るように言う。
弾け飛んだゴブリンの頭から耳を探す作業がかなり難航しているようだ。
「あぁ、わかった」
リットがキースの方に向かう。
だが、その途中で足を止めた。
足音が止まったのが聞こえ、キースがリットに文句の一つでも言おうかと顔を向けた。
そのリットの表情が青い。
キースがそのリットの視線の先を見て、顔から血の気が引いて行った。
ベガンナ大森林の中から此方を見ている目があった。
それも、一つや二つなんて数ではない。
明らかに50匹以上のゴブリンの群れであった。
しかも、その群れの中心部に一際背の高いゴブリンがいた。
「ご、ゴブリンジェネラル・・・」
「嘘でしょ、統率個体がいたの!?」
リットの呟きにミリィが叫ぶ。
それを合図にしたかのように、ゴブリン達が走り出した。
まだゴブリン達からは距離がある。
それがリット達には幸いだった。
「町まで走れ!」
リット達がその場から逃げ出す。
それは無理もない事だろう。
彼らは先程まで10匹程度の数で、敗北しそうになっていた。
そんな彼らで100匹近い群れと1匹の上位個体を相手にするのは無理な話だった。
だが、彼らは忘れ、来たばかりのゴブリン達は知らなかった。
自律兵器は静かにゴブリン達に向き直った。
「・・・障害と判断・・・排除開始・・・」
自律兵器はその両手にライフルを構えた。