第二十一話 帰還者
リサたちが帰って来ないので、セシリアは心配していた。
「他の冒険者に頼んで、リサさんの捜索を頼んだほうが良いでしょうか?」
「いや、止めておきましょう。リサは腕の立つ冒険者でした。リサが帰って来られないのなら、中途半端に冒険者を送ると犠牲者が増える」
「でも、このままではリサさんが助かりませんよ」
「冷たいような言い方ですが、致し方なしです。俺は危険だと伝えた。外から救助もない状況だ、とも教えた。それでも行くと決断したのはリサたちです」
ピサロは元冒険者である。だからこそ理解していた。
冒険者の仕事に危険は付きもの。それでもやると決めた以上は自己責任の世界だった。
セシリアさんは暗い顔で評する。
「冷たいですね。ピサロさんは」
「冒険者とは危険と共に生き、失敗すれば死ぬ職業だと、わかっていますから」
オラシオは冒険者が帰ってこない現状について、特に何も言わなかった。ただ、残念そうな顔はしていた。
秋が終わり、冬が始まる。
ロンダ村は冬でも雪は滅多に降らない。村に二頭立ての荷馬車が三台やってくる。
先頭の荷馬車にはカサンドラが乗っていた。
カサンドラのやつ、しばらく見なかったから死んだのかと思った。
だが、生きていたのか。
「久しぶりだな。それで、今日はどんな用件だ?」
「セシリアに頼まれていた、神秘の大麦を仕入れて来たわ」
「今は冬だろう。大麦なんてあるのか?」
カサンドラがほんとうに疲れた顔で語る。
「神秘の大麦はアルキドラとは季節が逆の今が初夏の地域に実るのよ。大変だったわよ。竜、船、魔法を駆使して、運んできたわ。陸、海、空。あらゆるルートを使ったわよ。もう、大旅行よ」
それまた、ご苦労なことだな。
そんな大旅行をしての仕入れだったから、姿をしばらく見なかったのか。
セシリアさんが注文を出していた大麦ねえ。大層な名前が付いた大麦だな。大麦なら、ビールの材料だから探しているのもわかる。幻のホップと同じ新作のビールの材料か。
でも、いつ注文を出したんだろうな。不思議だ。
セシリアに訊こうにも、セシリアは醸造組合の会合でアルキドラの街に出掛けていて、不在だった。
荷馬車を確認すると、全てが大麦だった。
こんだけ大量にあるなら、ビールの材料で間違いない。
「わかった。なら、倉庫に運ぼう。手伝ってくれ」
倉庫に神秘の大麦を運ぶ。
寒い中を、わざわざ神秘の大麦を運んできてくれた御者とカサンドラに、熱い茶を振舞う。
ヘンフリートの杖が取れたのか気になったが、御者がいるので話題に出さなかった。
カサンドラにアルキドラの街について訊く。だが、特段に目新しい情報は、なかった。
世間話を終え、別れ際にカサンドラは礼を言う。
「遺跡では世話になったわ。それじゃあ、セシリアには、よろしくね」
「わかった。伝えておくよ。新作のビールができたら連絡するよ」
カサンドラが帰って行く。
夕方になると、リサがひょっこりと醸造蔵の入口から顔を出した。
「ピサロはいる? セシリアに頼まれていた神々しい麦芽を持ってきたわよ。長期保存用の魔法の袋に入っているわ。だから、夏に収穫されたものだけど、問題なく使えると思うわ」
リサは身の丈近い大きな袋を背負っていた。
リサがあまりにも普通に現れたので、ピサロは驚き、安堵した。
「お前、無事だったのか。無事なら、もっと早く教えろよ。樽に入ったきり帰って来ないから、心配したんだぞ」
リサは目をぱちくりさせ、きょとんとした顔で答える。
「嫌だわ。何を寝ぼけているのよ。一緒に帰って来たでしょう」
リサが何を言っているのか、理解できなかった。
だが、ピサロの与り知らないところで何かが起きている予感がした。
「ああ、そうだたったな。悪い。ちょっと、ぼーっとしてた」
「もう、しっかりしなさいよ」
リサは非常に元気そうだった。リサにお茶を出して話を聞こうとした。だが、断られた。
「今日はこの後すぐに仕事なの。神々しい麦芽の払いもあるから、またね」
リサと別れる。醸造蔵に戻ると邪神がいた。
邪神は友人にでも会ったような気楽さで声を懸ける。
「久しぶり。良かったね。君の大事な友人が二人帰ってきて」
「カサンドラとリサが無事に戻ってきた理由はお前か?」
「僕? 僕は何もしていないよ。助けたのは君だよ」
「俺は何もしていないぞ」
「そうだ。君は何もしなかった。だから、後悔した。今、後悔していないのなら、時間が経つに連れ、後悔は大きくなる。そう、これから悔やむともいえる」
邪神の言葉に、少し苛々した。
「何が言いたいんだ?」
「あの時、ああすれば、と悩むくらいなら、救っちまいなよ」
「でも、カサンドラもリサも救われているぞ」
「それは、どうだろう。君が決断しないと、また未来は変わる」
「何が言いたい?」
「カサンドラとリサ、二人はピサロによって救われた」
思い当たる節があった。
「まさか、ヘンフリートの杖の効果か?」
「ピサロは未来を確定させるために、これからヘンフリートの杖を手に入れなければならない。ヘンフリートの杖で過去に飛んで、二人を救うんだ」
「救わないと、どうなる?」
邪神はさばさばした態度で語る。
「それは神たる僕にもわからない。僕にできるのは、ヘンフリートの杖を手に入れる手助けだけ。ただ、神じゃなくてもわかる事実がある。今ここで動かないと君は、きっと悔しがる」
「お前の目的は何だ? 何を企んでやがる」
邪神は、澄まして告げる。
「僕の目的は、ヘンフリートの杖だ。ヘンフリートの杖は、あと三回は使える。君が二回、使った後に、最後にヘンフリートの杖をくれ」
「汚い奴だな。自分の手を汚さずに。俺にだけ苦労させる気か?」
「僕は神だ。だが、神だからといって、何でもできるわけじゃないんだよ」
カサンドラとリサを見て、ほっとしたのは事実だ。ここは、二人を助けるか。
「わかったよ。ヘンフリートの杖を取ってきてやるよ」
「では、僕と手を繋いでくれ」
ピサロが邪神の手を取る。邪神の手は死人のように冷たかった。
軽い浮遊感を覚えて、視界が光で満たされる。
光が消えた時、ピサロと邪神は縦横十五m、高さ十mの白い部屋にいた。
白い部屋の奥には、光に包まれた木製の杖が浮かんでいる。
杖に近付こうとすると、邪神が手でピサロを止める。
杖の前の空間が揺らいだ。光る鎧を着た剣士が現れる。
以前に見た、遺跡を守る剣士か。奴は強い。正面から戦って勝つのは難しい。
邪神が微笑みを湛えて、剣士に語り掛ける。
「久しぶりだね。英雄ヘンフリート。君はいつ見ても変わらない」
昔話ではヘンフリートは悪戯っ子だった。だが、事実は、英雄だったのか。
ヘンフリートは身構えていた。
「邪神か? 今度は、何の用件ですか?」
「ヘンフリートの杖を渡してもらおうか」
ヘンフリートは剣を抜いた。
「たとえ相手が神でも、俺に課せられた制約は変わらない。杖が欲しければ、俺に勝ってください」
「おっと、戦う相手は、僕じゃない。杖を欲しがっているのは醸造家のピサロだ」
ヘンフリートはじろりとピサロを見た
俺が戦うのは、いい。だが、武器を持ってきていないぞ。
ピサロは邪神に剣を借りようとする。
邪神が先にヘンフリートに確認する。
「勝負を受けるんだね?」
「俺は誰の挑戦でも受けます。それが、決まりです」
「よし、わかった。なら。こうしよう。ピサロが造ったビールが美味かったら、ピサロの勝ち。不味かったら、ピサロの負けだ」
何だ? 剣で勝負しないのか?
剣なら俺が不利。だから、邪神の出した条件のほうが勝ち易い。だが、いいのか?
これは、ちょっと卑怯だろう。
ヘンフリートが黙ると、邪神がにこにこして語る。
「君に課せられて制約は、誰の挑戦でも、受けなければいけない。だが、どんな勝負かを選ぶ権利は君にある。君が特段に不利でなければ、勝負を受けられるはずだよ」
ヘンフリートは剣を仕舞う。
「わかった。邪神の申し出も受けましょう。ただし、ビールが不味かったら、ピサロの首を貰う」
剣の勝負なら負けるかもしれない。だが、ビールで美味いと言わせればいいのなら、勝ちは揺るがない。バルトロメオの醸造蔵には今、神秘の大麦と、神々しい麦芽がある。
まだ、ビールを造ってはいない。だが、凄いビールできる予感がしていた。
邪神のやり方が汚い気もする。だが、今はこちらに有利なので黙っておこう。
ピサロは堂々と宣言した。
「俺も問題ない。俺は醸造家だ。剣よりもビールで勝負してくれるなら、好都合。不味かったら、首をやるよ。ビールができるのを楽しみに待っていろ」
邪神が手を差し出すので、握る。
醸造蔵に戻ってきた。
「これで、準備を整った。この後、聖なるホップも届く予定だから、凄いビールを造ってヘンフリートに美味いと言わせよう」
この上、さらに凄いホップが届くなら、鬼に金棒だな。
「何か俺は都合の良いように使われている気がするな」
「そんなことはないよ。神様ってのは、一生懸命に働く人間を陰ながら助けるものさ」
「利用するの、間違いだろう」
「新作ビールができた頃に迎えに来るから、またね」
邪神は消えた。夕方に冒険者の一団がやってくる。
「アリシアさんからのお届けものだよ」
冒険者が持ってきた大きな袋の中を確認すると、ホップが入っていた。手紙を読む。
アリシアが祝福した聖なるホップ、とあった。
ビール造りを開始する。神々しい麦芽、神秘の大麦、聖なるホップは個性が強かった。
どれか一つを使う分には、特徴がある美味しいビールになる。
だが、個性の強い三つの素材を使うと、素材が強く主張し合って喧嘩する。
また、普通の手段では、酵母が委縮するのか、糖化、発酵、熟成の、どれもうまく行かない。
だが、高い醸造家技能が、ピサロを支えた。
各素材の持ち味を殺さずに共存させる。酵母は励まし、宥め、鼓舞して、反応を進めた。
試行錯誤を繰り返すこと、二十八日。
ピサロはビールの域を出たビールを完成させた。
味は深く、仄かに旨味がある。苦味は強いが、嫌味がない。喉越しは爽やかで、清水の如く。
香り豊かで、清涼としている。泡はきめ細やかで、泡だけで至福の一品。飲めば英気を養い頭脳は明瞭となる。そのうえ、飲んでも悪酔いはしない。
「よし、できた。このビールで、ヘンフリートと勝負だ」




