第十三話 お墨付き
幻のホップを少量だけ使って、試作を繰り返してビールを造る。
カサンドラは相変わらず醸造蔵で探し物をしていた。
リサは一度、アルキドラの街に戻った。
二週間がんばって、満足の行く味ができた。ビールは、これで問題なくできそうだ。
ここで、問題の権威付けだ。どうしよう。大司教に知り合いはいない。
権力者といえばアンヘル侯爵閣下だが、侯爵閣下経由でも多額の金は掛かるんだろうな。
困っていると、セシリアがやって来る。セシリアの表情は明るい。
「朗報です。ピサロさん。この街を英雄のアリシア様が訪れます」
アリシア、生きていたんだな。俺が命を懸けて守ったんだから、当然だけど。
「それは良かった。でも、アリシア様の訪問が何で朗報なんだ?」
「アリシア様にビールを献上して、認めてもらいましょう」
かっての仲間だったので、アリシアの性格は知っている。
「英雄は幻のホップの認定なんかしないでしょう。ホップの鑑定家でもない」
「でも、誰の承認も受けないよりはましです」
「あまり、気乗りはしませんが、やるだけやりますか」
三日後、アリシアが仲間の者を連れてやって来る。アリシアの目的地はアルキドラの街。
本来なら仲間の魔法で、一瞬で飛べる。だが、アルキドラへの旅はアリシアの後ろにいる教会が各 村への威光を示す目的があった。そのため、ある程度の規模の村にはできるだけ立ち寄っていた。
夕方、村の酒場を借り切って食事会が開かれる。酒場はほぼ満席だった。
セシリアとピサロも出席する。村人たちが自慢の野菜や肉を笑顔で振舞う。
アリシアのやつ、すっかり様になっているな。これは、あと十年もすれば英雄アリシアから聖女アリシアに格上げになるかもしれない。
最初は微笑むアリシアを遠巻きに見ているだけにするはずだった。
ビールを献上して承認を、と息巻いていたセシリアだった。されど、アリシアを前にすると、すっかり上がって上手く言えなかった。
見かねたピサロがアリシアの前に出る。
「アリシア様。いかがでしょうか? バルトロメオ醸造所が造ったビールです。献上したビールですが、幻のホップを使っております」
アリシアは微笑み、感想を語る。
「幻のホップですか? 貴重な物なのでしょうね。普段、私はワイン派なのですが、このビールはとても飲みやすいですね」
「よろしければ、アリシア様にこのビールが幻のホップを使ったビールだと認めてもらうわけには、いかないでしょうか」
近くにいるお付きの若い僧侶が、眉を顰めるのがわかった。横から口を出す。
「バレンタイン修道院のホップだと、認定して欲しいのですか? であれば、このような席で頼んでは、いけません。教区の司祭を通じて正式に教会に申し込んでください」
ピサロは心の中で毒づく。
この石頭が。そんな真似したら金も時間も掛かるだろう。バルトロメオのような小さな酒造蔵には不可能なんだよ。わかっていてほざくな。
アリシアはピサロをじっと見つめて尋ねる。
「職人さん、貴方の名前は何て言うの?」
一瞬、嘘を吐こうかと思った。
だが、顔も姿も変わっている。なので、ばれないと思い直す。
正直に「ピサロと申します」と答えた。
アリシアは、ちょっぴりだけ悲しそうな顔をする。
「名前はピサロなのね。私を庇って死んでいった、あの人そっくり」
アリシアはビールが入ったジョッキを手に魔法を唱え、微笑む。
「このビールからは、祝福された気配を感じます。以前、バレンタイン修道院の跡地で感じたものと同じです。いいでしょう。私がこのビールを幻のホップを使ったビールと認めます」
僧侶は慌てた。
「アリシア様、そのような軽はずみの言動はお止めください」
にこりと微笑んでアリシアは告げる。
「いいでしょう。教会としてではなく、私、個人が認めるのなら」
僧侶が余計な言葉を捲し立てる前に、ピサロはさっさと礼を述べる。
「ありがとうございます。これで、英雄様に認めてもらったビールとして売れます」
ピサロはそそくさと下がろうとする。だが、アリシアに呼び止められた。
「ピサロさんとは、以前、どこかで会った経験がありますか?」
「いいえ、アリシア様。今回が初めてですよ」
アリシアはまだ何か問いかけたそうだった。だが、他の村人から話を振られた。
ピサロはこれ幸いと退席した。
翌日、アリシアが旅立つ前に、宿屋の小僧が一枚の紙を持ってきた。
紙には大きな字で、以下のように書いてあった。
『バルトロメオ醸造所のピサロの造ったビールに幻のホップが使われています。幻のホップはバレンタイン修道院と同じく祝福を受けたものです。以上の事実を認めます。アリシア・キリノ』
字は相変わらず綺麗ではないが、これは嬉しいな。
このお墨付きを取っておいて、見せればシーロも納得する。
オラシオやセシリアにお墨付きを見せると、二人は大いに喜んだ、
オラシオは額を持ってきて、お墨付きの紙を中に入れ、酒造蔵の中に飾った。
さっそく、不味いビールを捨てて、幻のホップを使ったビールを仕込む。
幻のホップを使ったビール樽には、区別を付けるために独自の焼き印も押した。
ビールが完成すると、リサは荷馬を借りてきた。
荷馬にハーフ樽二つに分かれたビールをリサが積む。
「それじゃあ、このビールは報酬として貰っていくわ。また、何かあったら、手を貸すわ。またねー」
リサが帰って行くとシーロがほどなくしてやって来る。
セシリアとピサロが応対に出る。
シーロはとても機嫌が良かった。
「聞きましたよ。セシリアさん。バルトロメオ醸造蔵のビールが英雄アリシア様から認められたとか。これで幻のホップを使った女性向けのビールとして堂々と売れます」
さすがは凄腕の商人だ。金になる情報をいち早く察知したな。
セシリアも明るい顔で答える。
「では、取り引きを続けていただけるのですね?」
「もちろんですとも。さっそく仕入れさせてください。あと、高く買うので、幻のホップを使ったビールは、専売にさせていただきたい」
他に買われる前に買い占めか。幻のホップを使ったビールはよく売れると見える。
セシリアは微笑み約束する。
「幻のホップを使ったビールは数に限りがあります。なので、シーロさんだけにお売りしますわ」
「専売にしていただけると、私も売り易い」
シーロは試飲して納得すると、荷馬車にビールを載せて帰っていった。
シーロが帰った後も、幻のホップを使ったビールを買いたいとする酒商人が来た。
されど、セシリアはシーロとの約束を守って売らなかった。
また、幻のホップをどうやって手に入れたかについても、セシリアは答えなかった。
ビールは売れた。だが、カサンドラが捜す宝探しは難航していた。




