第一話 ピサロが死んだ
全長百mの巨大な黒い龍がいる。恐怖の権化と呼ばれる黒い龍だ。
龍は傷付いていたものの、まだ倒れはしない。
仲間はすでに倒れ、龍と対峙するのはピサロだけになっていた。
ピサロは手にしたゴッズ・ランスにありったけの気を込める。
「龍撃覇砲零式」
一日三度が限界の技の五度目の使用に踏み切った。
ピサロの体から急速に命が失われていくのを感じる。
それでも、ピサロは、龍撃覇砲に頼るしかなかった。
ピサロの持つゴッズ・ランスかの先端から光が強烈な光が迸る。
光は龍の頭を打った。長丁場の戦いだったが、龍の体がやっとよろめく。
だが、黒い龍はまだ死なない。龍が大きな口を開けて、ドラゴン・ブレスを吐こうする。
避けなければ死ぬ。だが、ピサロの背後には、倒れているアリシアがいた。
アリシアは娘ほど年が離れた仲間だ。アリシアにはまだ未来がある。
この混沌とした時代を切り開く若い力は、何としても守らねばならない。
若い命を散らすわけにはいかない。ピサロは盾を構えて踏ん張る。
「絶対防御・ガード強化」
ピサロの持つ最大の防御技を発動させた。
浴びれば即死の龍の攻撃を、ピサロは受けた。体が焼けるように熱い。
今までどんな攻撃を受けても壊れなかった鎧が瓦解していくのを感じた。
ピサロは消えゆく意識の彼方に死を感じた。
次にピサロが目を覚ました場所は泉の傍だった。
泉以外は何もない、薄ぼんやりとした世界。
泉を覗くと、見知らぬ男の顔があった。
男の顔は丸顔。ピサロと同じ四十代。茶色の髪と黒い瞳を持ち、髭を生やしていた。
ピサロは顔を触る。すると泉に写った男も同じように顔を触る。
顔が変わっていると感じた。
別人になっている。でも、誰だ、この男?
泉から白い服を着た痩せた青年が浮かび上がってきた。
青年の身長は百六十㎝と少し低く、髪の色は青。金色の瞳。穏やかな顔をしていた。
「ピサロ。死亡おめでとう。君は命を捨てて僕のペットの暗黒龍を倒したわけだ。暗黒龍を倒した偉業を評価して、君にだけは第二人生をプレゼントしよう」
ピサロは青年に警戒感を持った。
「暗黒龍がペットだと? すると、お前は闇の邪神か?」
邪神は微笑みを湛えて答える。
「僕の真の名を教えるわけにはいかない。だが、人は闇の邪神と呼ぶね。そんな些細な話は、どうでもいいよ。重要なのは、君が僕のささやかな贈り物を受け取るかどうかだ」
「受け取らないと、どうなる。俺を地獄に落とすのか」
「地獄? 魔界はあっても、地獄はない。あれは、宗教家たちが作り出した、空想の産物だ。ただ、天国はあるよ。でも、天国に君は入れない。天国は選ばれた人間が行く場所だ」
「なら、俺は、どうなる? 何かに転生するのか?」
邪神はきっぱりと残酷な情報を告げる。
「無だよ。暗黒龍に殺された君は死ねば無に帰る。何もなくなる。暗黒龍が恐怖の権化と呼ばれる所以だ」
全てが無に帰ると知ると、ピサロは急に怖くなった。
「では、闇の邪神よ。お前の提案を受け入れたら、どうなる? 俺は今後、お前の奴隷か?」
「いいや、別人のピサロとして、好きに生きて構わないよ。ピサロなんて、よくある名前だ。都合よく死んだ男がいたから、そいつの代わりに、残りの二十年ばかりを生きたらいい」
「二十年、死の恐怖に怯えて生きるのが、罰か」
「何で、そう後ろ向きに考えるかな。本来はここで消滅だったのが、二十年も先延ばしにできるのだから、喜んだらいい」
ここで生き延びられれば、違う道もあるか。
「わかった。提案を受け入れよう」
邪神は、ちょいとばかり考える。
「賢明だね。それと、君が編み出した技、龍撃覇砲と絶対防御ガード強化が問題だ。二つの技は今後の生活に不要なので、僕が買い上げさせてもらう」
「俺から戦う力を奪うのか?」
「奪うんじゃない。強制だけど、買い上げだ。何か他の技術と交換してあげるよ。そうだな、龍撃覇砲と絶対防御ガード強化は併せて一千スキル・ポイントで買い上げよう」
「何だ、そのスキル・ポイントってのは?」
「神が人間に授ける技術を数値化したものさ。いってみれば技術を買う通貨だと思ってくれればいい。高度な技術ほど必要なスキル・ポイントの必要量が高い」
「スキル・ポイントで鑑定眼や鍛冶技術を買えば、生き返った時には、すでに一端の技術を持っているってわけか。便利だな」
「一端どころか、一流どこにもなれるよ。ちなみに、死んだピサロは、農業技術五を持つお百姓さんだった。ピサロに成り済ますのなら、農業技術五は持っていたほうがよい」
「別に違ってもいいんだろう? 魔術技能、治癒術技能、召喚技能も視野に入れたい」
邪神の表情が曇る。
「いいけど、戦闘技能系はお勧めしないな。また、戦いの人生に身を捧げるつもりかい? もう、いいだけ戦っただろう」
「なら、交渉系技能や制作技能を取って、商売でも始めりゃいいのか?」
「君の残りの人生だから好きに生きたらいいさ。でも、君はありきたりの人生で満足できるかな」
邪神の持って回った言い方に疑問を感じた。
「お前、何かを隠しているだろう。または、何かをやらせたいと画策しているだろう」
邪神はしれっとした態度で否定した。
「そんなことはないよ。好きに生きたらいいさ。戦いの日々を忘れて生きれば、天国への道だって開けるかもしれないよ」
怪しいな。だが、生き返りのチャンスなら無駄にする手はない。
それに、一流の職人の技術が手に入るのなら貰っておいたほうがよい。
俺はもう四十二だ。職人なら親方になっていてもおかしくない歳だ。龍撃覇砲と絶対防御ガード強化は使えなくなる未来は確実だ。
「わかった。なら醸造家技能をとれるところまでくれ」
邪神は少しばかり驚いた。
「技能五じゃなくて、とれるところまで? そうなると、醸造家技能十五だよ」
「それでいいよ。醸造家技能十五をくれ」
「醸造家技能十五かい? それだと、単なる醸造家の域を超えて、微生物や酵素を操る魔術的な技が可能だよ。作った製品も食品の域を出るよ」
わからなかったので質問する。
「微生物や酵素って、何だ?」
「微生物は目に見えない小さな生物だよ。発酵や腐敗には微生物が大きく作用しているんだ。酵素は生体触媒だと思ってくればばいい。技能を修得すれば必要な知識もわかるよ」
「なら、醸造家技能十五をくれ。俺は次の人生は酒を造って生きる」
邪神は忠告する。
「酒を造るだけなら、醸造家技能三もあれば充分なんだけどね。技能十五も持つとどうなるか、知らないよ」
「だから、いいって。どうせなら、その道のプロになりたい」
「買ったスキルは返品不可だからね。準備ができたら泉に飛び込んで」
ピサロは泉に飛び込む。体がどんどん沈んで行く。
苦しくなると目前が真っ暗になる。目を開いた時は暗かった。
息苦しい。ピサロは手を挙げようとした。すると手が何かにぶつかった。
ピサロは箱の中にいると自覚した。両手で思いっきり蓋を突く。
箱が開いて光が差し込んできた。
人々のざわめく声がする。
上半身を起こすと、誰かが叫んだ。
「ピサロが生き返った。アンデッド化したのか」
どうやら、葬儀の最中だったか。
「違う。俺はピサロだ。死の縁から舞い戻った」
ピサロの声に、教会は騒然となった。
ピサロは参列者の最前列にいた中年女性に尋ねる。
「生き返ったのはいい。だが、ここはどこで、俺の家はどこだ?」
女性は驚いた顔で教えてくれた。
「ここはホップ村で、あんたの家は村の外れだよ」
ホップ村か。聞いた記憶のない村だな。おおよそ辺境にある村か。
「すまないが、案内してくれ。生き返ったのはいいが、記憶が酷く曖昧で、自分の名前以外は思い出せないんだ」
女性は他の参列者を困った顔で見る。
老司祭が指示を出した。
「アンデッドではないようです。こっちは私たちで片付けますから。ピサロさんを家に連れて行っておやりなさい」
「わかりました司祭様。ピサロをいったん家に連れて行きます」
外に出ると、刈り入れが終わった小麦畑が一面に拡がっていた。
長閑な田舎の昼の風景だ。戦いとは無縁みたいだな。
ピサロは道すがら女性に尋ねる。
「名前を教えてくれないか?」
女性は困った顔で応える。
「本当に自分の名前以外は覚えていないの? 私はエレナ。貴方の親類よ」
最前列に座っていたのが親類か。親、嫁、子供はいないんだな。
「俺って亡くなる前は、どんな性格だった。友人とかいたのか」
「どうって、物静かな性格だったわ。人付き合いが苦手だったから、私以外に親しい人はいなかったわ」
葬式は村の人間が付き合いで出したのか。
寂しい男だが、却って親しい人間がエレナだけって現状は、好都合かもしれない。
家に着いた。家は八十㎡ほどの小さな石造りだった。
鍵を開けてもらい、中に入る。中はあまり物のない、ひっそりとした家だった。
生活感がない家だな。
エレナは躊躇いがちに訊く。
「ここが貴方の家よ。思い出せた?」
「何となく。今日は何もしていないけど、ひどく疲れた。休んでいいか」
体が疲れた――は正直な感想だった。
「わかったわ。葬儀の後片付けは、こっちでやっておくわ。ゆっくり休みなさい」
エレナが帰る。寝る前に何か腹に入れようと思い、探す。麦を見つけた。
あまり好きではないが、粥でも作るか。
麦を粥にして食べる。生き返った反動なのか、思ったように量が食べられなかった。
麦粥を半分以上も残した。残した麦粥を見ていると、麦粥に何かしらの気配を感じた。
これが、微生物とか酵素の気配か。どれ、いっちょう試してみるか。
残った麦粥に洗った大麦の芽を入れて土鍋に蓋をして眠る。
次の日に起きると、昼頃だった。
丸一日か、よく寝たな。
土鍋を開けると、とろみが増していた。掬って舐める。残った麦粥は甘かった。
適当に麦粥に麦芽を入れただけなのに、一日で水飴の原型になっている。まさしく魔法だ。
「こいつは、便利だ」
もっと、きちんと手順を踏めば立派な水飴になる。農作業が下手でも、水飴売りとしてやっていけるかもしれない。
水飴を売って金を稼ぐ。それで、小さいながらも醸造蔵を持てば、俺も一端の親方だ。
ピサロは自分の持つ力は単なる麦粥から水飴を作れる程度の能力だと思った。




