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第一話 デスゲームのはじまり



「やっとこの日だな!」


「そうだね」


テンションの上がる友人、塚田龍司に相槌を打ちながら、僕は地下鉄の改札を抜けた。


2035年。


発達したテクノロジーは特に映像コンテンツ業界、エンターテイメント業界に絶大な影響を与え、世界のeスポーツ人口は遂に従来のスポーツ人口を凌駕した。


昔から人気を高めていたMMORPGの勢いは衰えるどころか天井知らずの盛り上がりを見せ、つい最近ーーーー2033年に、世界中のファンが夢見た技術、全没入型ゲームシステムが民間レベルにまで実用化されて普及した。


「いやーでも、マジでタロちゃんが手伝ってくれたからここまでこれたわ」


「何言ってんだよ。そんなことないよ」


僕の名前は山田太郎。

2035年、令和16年となった今では絶滅危惧種となったテンプレネームの24歳だ。

いつも実年齢+5歳ぐらいに見られる老け顔が軽いコンプレックスの一般人、と自分では思っている。


小学校時代からの友人である塚田龍司は、プロのeスポーツ選手。

つまり、ゲームからの収入だけで生計を立てている。

短く刈り上げた茶髪のパッチリ二重が「可愛い」と評判の、今をときめく生粋のイケメンだ。


僕は、ひょんなことから彼の、いや正確には、彼のチーム専属のカメラマンをやっている。


元々僕がプロのカメラマンというわけではない。


龍司に誘われて彼の率いるチーム『T-RECs』に半年前から加わった僕は、動画投稿プラットフォーム『NeoTube』にゲーム実況動画として彼らの活躍を配信、そこからの広告収入をチームに還元している。


とある会社で身体を壊してフリーターになっていた僕を、龍司が拾ってくれた形だ。


「今日は特にめちゃくちゃアツイ動画撮って、いつも通り上手く編集してくれよ。頼んだぞタロちゃん!」


「うん、任せて」


今日はこう攻める、ああ動く、とチームでの連携や動画撮影ポイントをあれこれ思案する友人の姿を眺めて、僕は改めて感謝の気持ちを噛みしめた。



2035年3月21日ーーーー龍司と僕たちが参加するMMORPG『Grand Saga』が運営を開始してちょうど3周年を迎える。


その特別イベントとして、いくつかのプロとアマチュアの25チームが招待され、今までで最大難度のレイド戦が開催されるのだ。


そこに、なんと龍司たちは選ばれた。


T-RECsは現在ゲーム内のランキングで中堅上位につけるチームだが、龍司たちメンバーの華々しいプレイスタイルと、フィールドを歴代最速で攻略していく実力から、上位チームにも引けを取らないぐらいの人気と知名度を誇っている。


龍司たちがいつも褒めてくれるから勘違いしそうになるが、その人気に僕の配信する動画が少しでも役立っているのならば嬉しい。


そして、今日はそのレイド戦本番の当日であり、僕たち2人は運営会社の特別招待チームのメンバーとして、都内にある全没入型ゲーム専用のフルダイブ施設『Dive Live Center』に向かっている。



Dive Live Centerは都心部に建てられた、黒く輝く巨大な正八角形の宝石箱のような建造物だ。


全没入型ゲームは自宅でも簡易装置を使ってプレイできるが、ここではよりスムーズで身体に負担のない接続ダイブができる。


ここに来るのは初めてではないが、おそらく今日プレイする際に使用するのは、この中で最高級に位置するファーストクラスの機体だろう。


飛行機と同様に、エコノミー、ビジネス、ファーストと銘打たれた機体だが、僕は一度だけビジネスを使ったことがある。


その時ですら、接続時のあまりの快適さとプレイ後の身体の楽さに驚いたのだから、ファーストクラスとなると、どれほどのものなのか予想もできない。


まだまだゲーム初心者の域を出ない僕でもソワソワするのだから、「プロ」の肩書きがなければ廃ゲーマー認定を受けているだろう友人の様子はどうかと隣を見れば、意外にも神妙な顔付きだ。


「大丈夫?急に黙って」


「タロちゃん、俺……」


「ん?」


「吐きそう」


「え?うぇえええっ!?」


そうだった、龍司は事前の緊張に弱い。




エントランス横のトイレに駆け込んでどうにか事なきを得た僕たちだったが、相変わらず隣の男は顔を青くしている。


「塚田龍司さまと、山田太郎さまでございますね?」


受付でID証明を済ませると、奥から出てきた黒スーツの中年男性から挨拶を受ける。


案内されるままに最上階の応接間のような部屋まで通され、高級そうな黒革のソファに座る。


出されたシャンパンとパテ的な食べ物が盛られたお洒落プレートに手を伸ばしていると、スーツの彼は「少々お待ち下さい」と残して部屋から出て行った。


「ここ、すごいね」


「あ、あぁ。…タロちゃん、なんでお前そんなに落ち着いてるんだよ」


「え?いや、主役は僕じゃないし。だからかな?」


「…そーゆーもんか?」


未だに緊張しているのか、シャンパンではなく水を飲む龍司に苦笑しながら視線を後ろに向ける。


黒いスモークガラスの向こうには、都内の高層ビルが建ち並んでいる。


去年の今頃はあそこでせこせこと働いていたのだと思うと、なんとも言えない感傷に浸ってしまった。


今は、自由だ。


「塚田さま、山田さま、大変お待たいたしました。どうぞこちらへ」


「よっし、いくか!」


「うん」


本番が近くなり、先ほどの体調不良が嘘のように顔を明るく紅潮させた龍司が立ち上がる。


彼は緊張に弱いが、本番には強い。


僕もそれに従い、案内される方へ進んでいった。



案内された先には濃いクリアブルーのガラスに囲われた人間大のカプセルが10個ほど置かれており、その内奥の6個は既に人が入っているのか、淡いネオンの光を発していた。


まぁここは日本で最大級の施設だし、少なくとも関東出身のプレイヤーはここに集まるのかもしれない。


「山田さまはこちらへ」


どこかで見た最新式スポーツカーの扉のように静かに出入り口の扉が開き、中にはゆったりとしたスペースと質感の良い正体不明の生地でできたリクライニングチェアがある。


関西にあるユニバーサルスタジオパークの最新アトラクションを最高に豪華にした感じだ。


「中に入られたら、目をお閉じ下さい。脳波の安定が確認された後、自然にダイブいたします」


「あ、何か装着するギアはないんですか?」


「はい、ございません」


すごい、流石ファーストクラスの機体だ。


中に入り、チェアに腰を下ろす。


ゆっくりともたれると、絶妙な反発加減で僕の身体が支えられ、あまりの寝心地の良さに思わずため息が漏れた。


「問題はございませんか?」


「はい、最高です」


「では、ご武運を」


僕の返答に柔らかな笑みを浮かべて頭を下げた男性に会釈を返し、ゆったりと閉じる扉を見届ける。


「ご武運を」なんて、まさか現実で言われるなんてね。


そんなことを考えながら目を閉じると、柔らかな暖かさが身体を包み込んだ。




「ーーよし、全員揃ったな!」


すごい。

ダイブ後の身体の違和感が全くない。


気付いたら僕は「その世界」にいた。


見渡せば僕らの拠点である建物の中に自分が立っていて、周囲にはいつものメンバーが円を作っている。


「おい、タロちゃん。大丈夫か?」


「あ、いや、大丈夫だよ。なんて言うか、あまりに自然なダイブの感動にちょっと思考停止してた」


「はははっ、確かになぁ。マジで母ちゃんに抱かれてるみてぇな気持ちよさだったぜ。身体のコンディションも絶好調だ!」


「ほんとほんと。アタシも初めてファーストクラスなんて使ったけど、豪華すぎてビックリしちゃった」


機嫌よさそうに腕を振り上げる龍司の隣で、金髪の少女が頬を両手で押さえてうっとりした表情を見せる。


チームメンバーの一人、カミラだ。


カミラはオーストラリア人で、龍司の昔からの仲間である。このGrand Sageに参加する前の別のゲーム内で知り合い、そこで意気投合したらしい。


白人特有の綺麗な金髪をサイドテールにしていて、彫りの深いエメラルドグリーンの瞳は見ているだけで見惚れてしまう。


正直、美人が過ぎて、僕は恥ずかしくてあまりコミュニケーションを取れていない。


「ふむ、ボクはいつも通りって感じだね」


「アンタには聞いてませーん」


僕たちの輪から少し離れた壁にもたれて立っている男性が言うと、カミラは古典的なあっかんべーで返す。


彼もチームメンバーの一人、エルだ。


本名はエリオットというらしいが、長いのでみんなエルと読んでいる。


フランスのボルドー辺りに住む富豪らしく、先祖は由緒正しい貴族なのだとか。


一見キザな発言が多いが、そこは僕に外人フィルターがかかっているのか、全て堂に入っていて、それでこそエル、という感じに見えてしまう。


クリクリと癖っ毛のある長い茶髪を後ろで一つに束ねるナイスミドルな見た目だ。


「エル、今日も頼むぜ」


「いつも通りだね。全てパーフェクトに撃ち落とす」


Grand Sageがどんなゲームかと言うと、一言で言えば「ごちゃ混ぜ傭兵バトル」という感じになる。


建物や世界観はよくある中世風なのだが、プレイヤーは全員傭兵という設定で、基本4人のメンバーで小隊チームを作って様々なクエストを進めていく。


基本4人というのは、戦闘職のジョブが4人までという意味だ。


チームには「鍛冶職人」などの生産職ジョブも参加でき、その場合は「非戦闘枠」という特別枠を使用して最大5人のチームが作成可能となっている。


話をプレイヤーに戻すと、ゲーム開始時に選べるのは、自分の年齢と種族、そして基幹ジョブだ。


このゲームでの容姿は、現実世界の容姿が完璧に反映される。


しかし、年齢を設定することで、最低12歳から最大60歳までの容姿に変更することができる。


僕や龍司はちょうど良いので実年齢をそのまま反映しているが、カミラやエルは実際のところは不明だ。


あまりゲーム内で現実のプライベートを尋ねるのは失礼にあたるので、少なくとも僕は知らないし、興味もない。


そして、容姿変更要素が他にないのかと言われるとそうではなく、どの種族を選ぶかによって最も大きく変化する。


このゲームでは本当に様々な種族が選択可能なのだが、例えば龍司は「竜人族」を選択している。


彼のゲーム内での容姿は、身長が現実の2倍程になり、身体の大半を光沢のある紅色の鱗が覆っている。


顔の骨格も爬虫類に近い形に変化し、その瞳は蛇のように鋭い金色だ。


……まぁ、ここまで大幅な変化をする種族は限られるが、カミラは「長耳族エルフ」、エルは「天使族」を選択し、それに見合った形で容姿が変化している。


さて、肝心の僕が何を選んだかと言うと、残念ながら、平凡な「人間族」だった。


ゲーム初心者の僕は、初めて龍司に誘われて自分の設定を選択する際、カッコいいと思う

種族を選びたい気持ちよりも、恥ずかしさが優ってしまった。


ある程度慣れた今となっては、ゲーム内で活躍するT-RECsのメンバーや他のチームの人たちを見ると、正直少し羨ましい気持ちがある。


なんて言ったって、完璧に現実世界と同じ「等身大」の自分でプレイしているのは、近くに僕ぐらいしかいなかったからだ。


それをいつか龍司に冗談ぽくこぼしたとき、「それはお前が自分に自信があるからだよ。すごいことだ」と逆に褒められてしまった。


「さぁさぁ、あと60分でレイドが始まるぜ。みんな装備の確認はOKだよな?」


「当たり前でしょ!」


「いつも通りだ」


「うん」


ゲーム内では自動翻訳機能が働き、コミュニケーションには何の問題もない。


僕たちは拠点を出ると、街の中心部に固まって歩いて行った。


「うわ、T-RECsだ!がんばれよー!」

「隊長、やっぱデケェ!!」

「カミラちゃん可愛い〜」

「エル様っ、こっち見てぇっ!」


僕らの拠点があるイラルザ市は、特に日本やアジア系のプレイヤーが多い街なのだが、やはりというか今日のログイン数はかなり多いようだ。


龍司は普段「隊長」と呼ばれ、チームのエースであることから人気が高いのは勿論なのだが、カミラやエルの人気も凄まじい。


それぞれが容姿や戦闘スタイルの個性がしっかり立っていることもあり、コアなファンがしっかりついている。


特に、T-RECsは戦闘職が彼ら3名しかいないにも関わらずにランキングを順調に上げていっているため、プレイヤーたちからは少数精鋭というイメージを持たれているようだ。


僕は裏方に徹しているために殆ど認知はされていないが(撮影者として動画に映っていないため)、半年も一緒にいれば、T-RECsの仲間だと知られている。


勿論、僕に対する声援はほとんど皆無だが、こんなスター的な扱いのおこぼれをもらえるだけでも満足だし、普通に嬉しいので、特に気にすることもない。


街の中央部の広場に行くと、今回のイベントのための特設ステージが設置されており、僕たち4人はスタッフCPUに舞台上へと案内された。


このようなステージは、マップ上の各都市に設置されており、そこに拠点を置く選抜チームはそれぞれ案内を受けている。


このイラルザ市には僕たちしか選抜25チームの中に選ばれていないため、これから30分程トークイベントは僕たちだけということになる。その後、レイド戦へと転送されるようだ。


「えー、俺たちT-RECsは、光栄なことに今回の選抜チームに選ばれた」


龍司が数千人の前で堂々と語る。


姿は竜人で勿論違うが、先ほどエントランスで介抱していた友人とはまるで別人だ。


沢山の声援に時折手を振って答えつつ、龍司は続ける。


「ここまで俺たちが強くなって、みんなから応援してもらえるようになったのは、勿論俺たち全員の努力が大きい。でも、何よりもこの勢いをもたらしてくれたのは、T-RECsのT、つまり太郎なんだ!」


え、ええぇ!?


突然の展開に口を開けたまま前に立つ龍司を見ると、僕の方を振り返った彼はニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。


何も知らなければ爬虫類の獰猛な笑みにしか見えないそれから視線を隣に移せば、カミラやエルも笑顔で拍手している。


「太郎さま、お立ちください」


脇に控えるスタッフに小声で囁かれ、震える足で丸椅子から立つと、先程まで半ば他人事のように思えていた目の前の観客たちの迫力がドカンと迫ってきた。


「ほら、一言言えよ、タロちゃん」


「オマエ、アトデ、コロス」


「はははっ」


龍司からマイクをひったくり、僕は観客に向き合う。


……もう、こうなりゃヤケだ。


足も震える、手も震える。


でも、声まで震えたらダサすぎる。


「お前ら、盛り上がっていこうぜぇぇえええっ!!!!!」


大気が、揺れた。




「まさかタロちゃんがあそこでシャウトするなんてなぁっ!」


「アタシ笑い転げちゃったよ!」


「またまた興味深いものを見せてもらった」


「うるさいなぁ!もう忘れろよ!」


顔が熱くなるのが分かる。


隣でツボにハマったように笑いまくるメンバーの姿に苦笑を零しながら、内心では不思議な心地よさを感じていた。


あと5分ほどでレイドが始まる。


今はステージから降りて、その前に設置された転送装置の箱の中で待機中だ。


未だに外からは、興奮した観客たちの声援が壁越しに遠く聞こえてくる。


今回も僕の役目は、出来るだけ大迫力で、出来るだけカッコよく、この3人の勇姿を動画に収めることだ。


あとで編集でカットすれば良いとして、僕は自分の「スキル」をアクティブにする。


僕の基幹ジョブは生産職の【ジャーナリスト】。


本来ならば片手または両手が塞がるビデオカメラを装備しなければ動画撮影が出来ないのだが、僕はこれまでのプレイの中で手に入れた(正確には、手に入れさせてもらった)特殊なスキルがあった。


スキル:映写眼


僕の両眼に映る全てを動画化し、データ化することができる魔眼スキルの一種だ。


割とレアなスキルらしく、ランキングの上位チームには数人同じスキル保持者がいる程度なのだが、これは【ジャーナリスト】ジョブを持たないプレイヤーでも自分のプレイ動画撮影ができるとあって、上に行けば行くほど重宝されているらしい。


普通、1人しか生産職をメンバーを組み込めないGrand Sageのルール上、高難易度のクエストに挑む場合には、よりサポート能力が高い生産職が一人いるかいないかでかなり大きな影響がある。


正直、ゲーム開始4ヶ月目にこのスキルを手に入れられるチャンスが巡ってきたときには、僕は早々にチーム脱退を申し出たが、龍司を含めた3人全員がすぐにそれを拒否してきた。


『タロちゃんがいないとカッコよくプレイするモチベが下がる』

『バカ2人のツッコミをアタシに任せないで』

『君って自分が思っているより興味深いよ?』


うん、なんか思ってたのと違うけど、とにかく僕がこのチームにいることを許してくれた。


おかげで、僕は今みんなとここにいる。


「さぁ、カウントダウンが始まるぞ!」


龍司が僕の身の丈ほどもある大剣を引き抜いて牙を剥く。興奮に笑っているのだろう。


「リュージ、アンタ一人でまた突っ込むんじゃないわよ!」


カミラが蒼色に輝くロッドを地面に打ち付けた。綺麗な顔が鋭く歪んでいる。


「ふむ、今日はどの色でいこうか」


エルが銀色のレボルバーをクルクルと回して首を傾けた。


目の前が真っ白に変わる。

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