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荒野の魔女と杖と俺  作者: 条嶋 修一
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7 お茶と異界の森の中


 違う世界、なんて言ってみたけど実感がまだ持てなかったんだ。


 でも、今いるここが、自分が住んでいたところとは違うところってのがわかる。


 植物、とそうわかるのだが、どれもが見たことのない形をしていた。つるのようなものが巻き付いた太い幹の木や、鮮やかな色の華。

 それらは土の中からしっかりと生えていて、当然アスファルト舗装は見当たらない。上を見上げれば、木々の間から青い空が広がっていた。


「すっげえ大自然」


 燦々と照らす太陽光を浴びる。薄暗いところにいたからか、すごく新鮮に感じた。


「お茶、飲みます?」


「いいんですか? いただきたいです」


 そもそも飲めるのか疑問だが、アーレさんの提案に遠慮なく従う。

 彼女はにこやかに笑うと、木造の家屋――さっき出てきた物置の方へと進んで行った。


 小屋の周囲には森と池、それと少し大きな切り株以外には何もない。アーレさんはあの小屋に住んでいるのだろう。


 玄関から直で物置というのも変な気がするが……、まあでも、人の家にとやかくいうつもりもない。常識だって俺とは違うだろうし。

 

 木々の手前にある池は、苔むした岩に囲まれて作られている。ため池なのだろうか、流れてくる川が見当たらない。


 近づいてみて分かったが、その池の水は透明度が高く水底まで見通せた。日本の庭園なら、鯉でもいそうな佇まいだ。

 

「祖父さん家の川がこんな感じだったな」

 

 田舎の祖父母の家も自然の中にあった。幼少の頃の夏休み、その光景を思い出し、木の手指で水を掬う。

 透き通った水が枝の間から流れ、陽の光を反射してきらめいた。木々の間に抜けていく爽やかな風もあいまって、とても気分がいい。


 不純物のない、自然の活力のようなモノが身体に染みる気がする。


 植物同様、見たことのない種類の小鳥が一羽、降り立った。深い緑の羽を持ったその鳥が、感情の読めない表情で俺を見つめている。


 手の先をそちらへと向けた。


 鳥は羽ばたき、そこへと着地する。やっぱり感情はわからないが、さっきまでの動転していた気持ちはいつの間にかどこかへ行っていた。


「お待たせしました~」


 振り向けば、アーレさんがティーセットを持ってこちらへと歩いてきている。


 飛び立った鳥を目で追うのを止め、岩に腰かけたアーレさんからカップを受け取った。


 琥珀色の液体が、爽快感のある匂いと、すこしの甘い香りを運ぶ。何かの植物から採ったお茶なのだろう。


「今更ですけど、俺飲めるんですかね」


「あっ、そうでした。でも元はお水ですから大丈夫じゃないかな?」


 あっけらかんとアーレさんが言う。この人、けっこうざっくりした性格してるのかな。


 俺も大概似たような性分なので、とりあえず試してみる。口――の位置にあるくぼみへとお茶を流してみた。


 じわ、と熱いものが身体に浸透していく感覚があった。熱さはあるけど、それもすぐに治まり、甘い感覚がわかる。

 舌に該当するものがないから伝えにくいが、これが甘味を持っていることや、香りを感じることができた。


「――美味しいです」


「良かったぁ」


 微笑むアーレさんを見ていると俺もうれしい。


 あぁ。なんかいいなこういうの。


 ゆっくりと時間が流れていくのを感じながら、そう思った。

 自然の中で、お茶を飲んで一息するなんて、俺のいままでの人生で何回あっただろう。


 静かな森の中には、野鳥の声は聞こえども、人の気配などはない。


 気になっていたことがあったので、ここで聞いてみてもいいのかもしれない。


「そう言えば、おうちの方って誰か居らっしゃるんですか?」


「いないです。ずっと一人、でしたので」


 答えるアーレさんは、森を見つめている。


「ずっと、ですか」


 ……こんな森の中で一人で暮らしているのはなんというか、物騒な気もする。


「お友達、とかは?」


 あんまりずけずけ聞いちゃうとよくないかなぁ、と思いつつも、気になってしまっていた。


「お、お友達……」


 アーレさんは、カップをすする手を止め、足元を見た。

 膝のあたりに片手を置いて、小声で答える。


「森の動物さんなら……」

「あっ」

「う……」


 アーレさんが肩を落としてちょっと震えている。

 たぶん聞いちゃいけないヤツだった。


 さっきまでの心地よい静寂が、重い沈黙に転じてしまいそうなのを隠すためにも、俺はすぐに話題を変えようと、片腕を挙げた。


「あー先ほど言ってたことですけど! 俺何をお手伝いしたらいいですかね!? 身体もだいぶリラックスしていい感じなんでちょっと動きたいかもしれないなー!」


 腕の木をぶんぶんと振り回してアピールしてみる。肩の可動域が思っていたよりもあるので本当にぐるぐると手が回った。


 俺の大げさな挙動に目を丸くし、やがてふふ、と笑うとカップを切り株に置き、ゆっくりと立ち上がった。


 歩いて俺の方へと手を出す。カップを渡すと、彼女の飲んでいたそれの隣へと置いてくれた。


 彼女の赤茶色の髪を風が撫で、俺の身体へ少し触れる。


 俺は、ごちそうさまでした、と告げるのを忘れてしまい、ポカンとアーレさんを見るだけになっていた。


「私は、緑を――森を増やしたいから、ここにいるんです」


 ――ここは森じゃないか。

 周りを囲んでいるのは、植物……緑だらけ、だよな。


「もう、あるじゃないですか」

 

「そうですね」


 アーレさんは静かに、そしてほんの少し寂しそうに笑う。

 彼女のその笑いの意味を、その時の俺は理解できなかった。


「こっちに」


 手招きするアーレさんに近づく。その手には、いつの間に拾っていたのだろう、一本の木切れが握られていた。


「タケヒコくんは身体が大きいから……これくらいかしら」


 歩き、木の枝で土に線を引く。それは俺の周りを大きく囲い、やがて大きな円を描いていた。


「では、いきます」


 アーレさんが、木の枝をもって何かをつぶやいた。


 周囲に光の粒が舞い始める。

 その光が足元へと降りると同時、地面が、草の生えた土がせりあがった。


「わ、わわ!」


 危うくバランスを崩しそうになる。俺とアーレさんを囲う円――周囲十メートルほどが、どんどんと浮き上がっていった。


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