表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒野の魔女と杖と俺  作者: 条嶋 修一
6/59

5 やわらかいものと仮説

 手に触覚があってよかったのかどうなのか。


 俺の手(厳密にはなんか手っぽい形の枝だけど)がアーレさんの柔らかい何かをがっつり掴んでいた。


「す、すみません! すぐどきますから!」

 あたふたしながら手を動かそうとして見るが、微妙なチカラしか入らずにわきわきしてしまう。


 こ、これは、やわらかい……!


「あっ、あの、落ち着いて! おちっ、あっ――」


 俺のせいでアーレさんがとんでもない声を出している。

 やばい。鎮まれ俺の右腕。


 動かすことを一旦とめろ。

 そうだよ。その前に心配することあるだろ――。


「アーレさん、ケガとかしてませんか!?」


「だ、大丈夫ですよ、びっくりしただけですから」


 よかった。ケガなんかさせてしまったら本当に申し訳ない。それに……不可抗力とはいえ触ってしまった。


 あと今、アーレさんの顔が俺の目の前にある。自分の巨体で押しつぶしてないことを確認しようと見回してしまったから、眼があってしまって更に慌ててしまった。

 アーレさんの深緑の瞳が、驚きで見開かれてしまっている。


「あの、ごめんなさい、アーレさん。なんかうまく動けないみたいで……」


 こんなきれいな人に覆いかぶさってしまっている事実が、どんどん混乱を加速させてしまう。落ち着こうにも落ち着かない。腕にも足にも力がうまく入らない。


 揺れる視界の中、アーレさんが俺の顔付近へ手を伸ばし、触れた。


「ゆっくり息をするように、落ち着いて動かしていきましょう。はい、すって――」


 焦り、謝る俺を咎めることなく、柔らかいその声色でアーレさんがすぅ、はぁ、と息を繰り返した。

「はいて――」


 ――言われるままに息を整える。

 呼吸を何度も繰り返し、気分が落ち着き、鼓動も平常に戻ってきた。


 今この人の顔を見るとまたどきどきしてしまうだろうから、意識を足や手に送ることを心掛け――俺は静かに、ゆっくりと動き、立ち上がった。


「大丈夫? 平気?」


「あ、ああ、はい。ちょっと動転してすいませんでした。とりあえずは大丈夫、です」


 でもやっぱりくらくらする。視界が高すぎるせいなのだろうか。

 うまく立っていられずふらつく。あちこち触ってしまった罪悪感で前も見れない。




「多分だけれど、今タケヒコくんは慣れないことで疲れているかもしれませんね。急に動くとまた転んでしまったりして危ないですから、少し座ってみましょう」


 確かに疲労なのか、身体が重い。足元へ静かに視線を送ると、太い幹が二本。俺はつとめてゆっくりと、胡坐のように足を畳んで座った。


 目線も低くなったからか、少し落ち着きを取り戻す。なので、今一度この状況――何でこんなことになったのか――そこをアーレさんに問わなければ。


「改めてお聞きしたいんですけど、どうして俺がアーレさんのおうちにいるんでしょうか。こんな体になったこともわからないし……正直なところ混乱しています」


「そうですね、わたしにもわからないことがありますので、話をしないとですね」


 ローブっていうんだろうか。ワンピースみたいな布をふわりとさせながら、アーレさんも俺の目の前にちょこんと座った。


 俺の身体がでっかくなりすぎているのか、さっきより距離が遠いってのもあるが、アーレさんは思ったよりも小柄だったことに気づく。

 ほんと、押しつぶしたりしなくてよかったよ。


「私は、あなたの身体であるその木――宝樹、という種類の木ですけれど、それに簡単な意思を宿そうとしました」


「はあ」


「本当なら、今のように喋ったり、自我を持って身体を動かしたりするようにはならなかったはずなんです」


「んん、なるほど?」


 全部は理解できないけれど、つまりアーレさんにとっても俺がこの『木』に入ることは完全に予想外だと、そういうわけだろうか。


「その、どうしてタケヒコくんの魂が宿ってしまったかについては、本当に原因がわからないんです。……ごめんなさい」


 謝罪をされてしまう。俺は慌てて手を振った。


「頭をあげてください。貴女が悪いのではないのなら、どうかお気になさらないで」


「でも……」


「正直めちゃめちゃびっくりしてますけど、それはそれです。誰が悪いって話を追求したいわけじゃないですから」


「――うん、ありがとう」


 柔らかスマイル。なんだか胸があったかくなる。


 もう気づいてしまってるが、オレ、このひと、すき。

 かわいいしやさしいから。


「あの俺、魔術とかそういうのホント聞いたことがなくて。でも、お話を聞く限りだとその、使われるんですよね? 魔術」


「あ、はい」


 そういってアーレさんは人差し指を上に向ける。


「えい」


 その声と同時、何もない彼女の指先に、炎が灯った。


「すげえ!」


 本物か? いや偽物だとしてもすごいって。なんだか頬あたりが炎に当てられてあったかいし。

 うわー。マジかよ魔法じゃん。


「えへへ。わたしちょっとだけ魔術が得意なんです」


 弾んだ声で少し得意げにするアーレさん。子供っぽいところもあるんだなぁ。とても良いとおもいます。


 で、だ。

 ピンとは来ていないが、一つ仮説を思いつく。

 魔術とかそのへんの話が出てきた時から、なんとなくだったけど。


 これあれだわ。


「初めて見ましたよ。で、あの、俺もしかしたら……ここの世界の人じゃないってそういうやつなんですかね」


「え?」


「異世界とかなんとか言う……アーレさん、そういう話って聞いたことあります?」


「はあ……なんかずっと昔にそういうことがあった、らしいことは」


 腕を組んで首をひねるアーレさん。


 自分でも突拍子もない事を言っているのはわかっている。

 でもこれあれだよな。いわゆる転生とかそういうやつだよな。なんかフィクションであるやつ。


 まじかよ。当事者になるとは思ってなかった。


 でも、そのパターンだと俺、死んでない? マジ?

 ちょっとそれ確認するの怖いなあ。


「それで、タケヒコくんは、別の世界の方だと」


「信じられないですけど、たぶんそんな感じかと」


 曖昧な表現しかできない。だって神とかそういう人にあーだこーだいわれて召喚しました~ってタイプじゃないみたいだしなぁ。

 説明する人、ほしい。


「どうやったら元に戻れるか、わかりませんかね」


「ええっと……」


 黙って腕を組んだり、顎先に指をあてたり眉間を揉んだり。

 アーレ様が表情を変えながら一生懸命考え込んでいるのを(心の中で)ニコニコしながら待つことしばらく。


「……どうしましょう」


 アーレさんは少し涙目になってしょんぼりつぶやいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ