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荒野の魔女と杖と俺  作者: 条嶋 修一
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2 お姉さんと名前

『―れと―もに』


 何か声が聞こえた。

 なんだろう、何をいっているのか全く分からない。耳鳴りのようにも思える。


『――くれ――』


 やっぱり何かはわからない。頭の中に直接聞こえるような感覚はあるが……。


 視界もぼんやりとしていて、何も見えない。

 ぼうっとして、ふわふわして――。目が覚めきってない、そんな感じ。


 身体が重いような、頭も重いような……。


 いや、これ、まったく動けないぞ。

 夢の中――金縛りにでもあっているような感覚だった。


 周辺はもやがかかっているように薄暗く、人影も見当たらない――。


 いや、居る。

 もやの先に、誰かが見える。


 少しずつクリアになっていく視界の先、そこにいたのは、一人の女性だった。


 その人の顔をみた時、ぼんやりとした思考が一瞬で晴れ、目が覚めてしまった。


 何故か。

 ――その人がとても、美しかったからだ。


 長い睫毛に隠されたその瞳は、緑色に輝く宝石のよう。

 そして特徴的な赤と茶の混じった綺麗な髪。

 透き通るように白い玉のような肌に、桜色の頬。それに似た淡い色の唇が、薄くあいていた。


 今まで見てきた人の中で一番、というか、なんていえばいいのか。神秘的で、まるで絵画のような――。


 そう、赤茶色の長い髪が揺れていないと、本当に絵を見ていると思っていただろう。


「綺麗な人だな……」


 口から思わず出てしまい、慌てる。聞かれてはいなかったのか、彼女はきょとんとした顔でこちらを見ていた。


 すぐにやんわりと笑い、手を振る。

 美人が、笑っている。俺の方を見て手を振って笑っている。


 俺も手を振って応えようとしたが、やっぱり体はまったく動かなかった。


「――」

「え?」


 その美人のお姉さんが、こちらになにやら話しかける。

 今、なんといったのだろう。

 音ははっきりと聞こえたのだが、理解ができない。


「あ、あの、言葉、通じてますかね……?」


「――」

 また同じだ。

 それに彼女も俺の話す言葉が理解できていなさそうだった。


 どう見ても日本人じゃなさそうだもんな。日本語通じるわけないよな。


 でも俺これしか言語もってないんだよね。かといってお姉さんが話している言葉も聞いたことがない。英語、じゃないよなぁ、たぶん。



 お姉さんは、しばらく人差し指を顎のあたりにたて、思案している。

 少なくとも彼女は俺を認識しているのは確かだ。視線は交わっている。


 ひらひらと手を動かして意思表示をしようとしているのが何となくわかるが、俺の金縛りは続行中。こっちの意思が伝えられないので平行線だ。


 しばらくすると何か思いついたのか、お姉さんは一度手を叩く。そして後ろのほうにいってしまった。


 ぱたぱたと動く姿はとても悪い人には見えない。


 俺は身体――どころか頭も動かないのでじっと待つことしかできずにいた。


 やがて彼女は何やら白い布を手にもって戻ってくる。ゆっくりと足元を気にしながらふらふらと。


 さっきは後ろ姿だったのと、ぼんやりしてよく見てなかったが、とてつもなくスタイルがよい。

 というかその、とても揺れています。首から下、腰よりも上の部分のふたつのやつがね。そうそこがね。


 うむ。


「――」


 彼女はうっすらと汗をかきながら、その布を俺の目の前で広げた。


「えっと、それが何なんですか?」

 言葉が通じていないとしても話しかけずにはいられなかった。


 俺の言葉を理解してはいないのは明らか。

だが、気遣うように笑い、その布を持ったまま身動きがとれない俺の首筋に両腕を回した。

 

 ちょっとまてこれなんだこれ抱きしめられるような感じであああのあれこれあああああいい匂いするすごいすごいお鼻の中が幸せ――。


 と、お姉さんはすぐに離れた。早い。延長願います。


 首にはふわっとした感触だけが残っている。視界の端でギリギリ見えたのだが、俺の首からその布が垂れ、ちょうどスカーフのように巻き付けられていた。


「どう? 聞こえる?」


「え!?」


 お姉さんの言葉が、わかった。


「はい! 聞こえます! わかります! なんで!?」


「ふふふ」

 

 俺の驚く様子が可笑しかったのか、手を叩いて微笑んでいる。

 

「じゃあ改めて」


 咳ばらいを一つ。んんっという声ですら艶めかしさがある。さっきは言葉がわからなかったというのもあったけど、声まで綺麗な人だった。


「私はアーレと申します」


 名乗った女性は恭しく礼をした。

 その所作に、流れる髪に、纏う香り。鼓膜を揺らした、優しい声色。


「……貴方のお名前をお聞かせくださいますか?」

「え……」


 彼女の仕草にぼうっとしてしまって、反応が遅れてしまった。慌てて答える。

 

「あ、俺、俺はタケヒコ、っていいます。イツキ・タケヒコ」

「タケ……ヒコ」


 ちゃんと俺の言葉も通じているのだろう、俺の名前を、アーレさんは口の中で反芻するようにつぶやいた。


「タケ、ヒコ」

「はい」

「タケヒコ」

「はい」


「タケヒコさんですね。うん、わかりました」


 言いなれない言葉を確認するように、何度も言いなおしていた。名前を連呼されるのはなんだかむずがゆい。


 ともあれ、ようやく意思の疎通ができたので、一つずつ確認していこうと思う。


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