六本木
見た目は美少女だと思う。
「おじさん!トットとここいって」
ああ、またかと。
新宿だしね。
もうね、分かんないくらいに化粧の技術力は年々上がってるよね。
しかもオレのことオジサンだって、まだ33歳だよ。
オジサンって40歳過ぎてからだと思ってるのにこの男の娘は!
それでも俺はお客様の手渡してきたスマホを見るために振り向いた。
「あ、ヤベーヤベーかも。ごめんねオジサン。ここまでおねがいします」
いつもの事だ。
俺はナビに住所を入れ、向かう方向に車を走らせながら懇切丁寧にルートが如何に短距離で速いか説明した。
深夜の道路は空いている。
安全に丁寧に迅速にまるで空飛ぶ絨毯に乗ってるかのごとく車を走らせる。
俺に出来ることはこれだけだ。
個人タクシーに憧れて業界に入ったのが22歳。
タクシードライバーになれるギリギリの年齢ですぐにタクシー会社に入社した。
同僚はみんなお爺ちゃんだった。
気合いの入ったお爺ちゃんだった。
いつも怒ってる感じで、時々洗車場で殴り合ってた。
でも、サッパリした人が多くてすぐ仲直りしてたなー。
喧嘩の理由がどこそこの立ち食いそばの方が旨いとか、飲み屋さんのお姉さんがどっちに惚れてるとか、心底どーでもいいことが多かった。
個人タクシーになるとそういう触れ合いが無くなって寂しい。
タクシーを目的地のビルのまえに付ける。
「オジサン、この後また乗るからここで待っててよ」
「待ち料金がかかりますが宜しいですか」
「大丈夫、大丈夫。金ならある!一応これ置いておくから」
一万円を置いていく男の娘。
意外と気が利く人だ。
俺はお客様がビルに入ったのを確認すると車内から出て気分転換にストレッチをする。体が資本だからね。
足をピンと伸ばし背筋を真っ直ぐにしたまま手を足のつま先に付ける。
1、2、3っと・・・。
俺のタクシーの屋根に何かが落ちてきた音が聞こえた。