新宿
深夜、お客様を探しながら新宿3丁目から渋谷方向にタクシーを走らせていた俺はとてもイライラしていた。
3時間前、新宿2丁目で手を挙げた2人の男を乗せ高田馬場駅ちかくの目的地に着く寸前ひとりの客が吐いた。
今日は金曜日でこれから稼ぎ時って時にだ。
俺は自分でもハードボイルドな見た目だと思うがとても親切で思いやりのある小心者のタクシードライバーだ、強持てなのは自覚はしているが。
好きで強面な顔になったんじゃない、体格が良いから運転席が窮屈だしお客様も俺の顔をみると挙げていた手を引っ込める。
おかげでタクシー会社に勤めている時、売上に悩んで上司に相談したら『しょうがないよね、その顔だもん』と言われ、それから夜間しか営業していない。
因みにいまは個人タクシーだ。もちろん夜間しか営業出来ない。
まあ、そのおかげで吐いたお客様は車を一生懸命掃除してくれたよ。
俺は自分でやるからって言ったんだけどね。
乗せたのは新宿だからヤバいドライバーだと思ったのかな。
顔を見た瞬間にペコペコしてたし・・・かなしい。
これでも夕方乗ってくるお婆ちゃんや子供連れのお客様から意外と親切な運転手さんで感激しましたって感謝の手紙を結構貰ってるのに。
彼女、ほしいなー。
そんな事はどうでもいいけど吐いた2人組は俺に1万円を手渡そうとした。
もちろん受け取らない。
俺は小心者のタクシードライバーである。
後で脅されてお金まで取られたなんてクレームがタクシー協会に入ったらと恐怖したからだ。
車内カメラを付けているから反論は出来るがタクシー協会から電話連絡がくること自体とても怖いのだ。
お客様が掃除し切れていないところをこみ上げながら更に綺麗にしていく。
俺はきれい好きだ。タクシーに関してだけだが。
仕事始めに洗車して、終わったらエンジンルームまで徹底的に磨く。
タクシー会社にいたとき同じ車を使う先輩にそうしろと言われたから。
誰もそこまで洗車していなかったが気づいたときには癖になってた。
トランクに消毒用アルコールはいつも入っている。
問題は匂いなわけだ。取れないんだよ、匂いが。
シートカバーを取り替えてファブリーズしまくってもね。
3時間近く必死に掃除して匂いが我慢できそうな気がしたので営業を再開した。
なぜ休まないかって・・・俺は働き者なんだ。
働いてないと不安で不安でいてもたってもいられない小心者だ。
微妙に匂う車内から人通りを見渡すと女が手を挙げた。
宇宙人だった。
酔っ払って正体不明の宇宙人のような人が時々いるけど、そのオンナは正真正銘の宇宙人だった。
こんな辛い仕事はもうやめようと100回目位に俺に思わせた女だった。