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その他(物語)

空泳ぐクジラ

作者: Amaretto

 


「ねえ、知ってる?」


 アリシアは上を見上げて言った。


「昔はね、『海』は下にしかなかったんだよ。」

 

 私も上を見上げる。上にはきらめく海がある。魚たちが自由に動きまわっている。

 アリシアは昔のことについてとても詳しかった。

 昔に生まれていればよかったなあと前に言っていたことがある。


「じゃあ、上にあるのは何だったの?」


 アリシアはまるで昔を思い出すかのように言う。


「空があったんだ。昔はね、上には何もなかったの。」


「何もなかったのに、『空』があったの? なにそれ。」

 

 上に何もないというのが想像できなかった。

 まるで、地面がなくなって落ちていきそうな、外から身を守るものが何もなくなったような、そんな恐怖や不安を感じる。


「そう。空はね、青かったの。空気中の粒子に、波長の短い青の光が当たって、散乱する。だから、空は青かった。でも、夕暮れになると、空の色はオレンジ色に変わるんだよ。」


「ふーん。『空』って色を変えるんだね。」


「違うよ。『空』は色を変えさせられていたんだよ。」


 アリシアは、上に浮かぶ海に手を伸ばす。


「昔は、上には何もなくて、広々としてて、自由だったの。」


 私はアリシアの発言に驚く。アリシアは人と少し感覚が違う。


「ええ、昔の人は、私達より不自由だったよ。仕事も大変だし、常に動きっぱなしだったんだもん。それに比べたら今は何でもシステム化してるから、私達は自由にこうして、海を眺めていられる。」


 海は、ゆらゆらと揺れていて、光が差し込むたび、キラキラと私たちを照らす。


「この『海』はね、昔の海をイメージして作られたんだよ。いわば、科学者たちのアートなんだ。でもホントは、昔の海とは全然違う。成分も何もかも。似ているのは見た目だけ。そもそも昔の海は、重力に逆らって浮かんだりしなかった。だから、下にあるしかなかった。昔はね、重力を操る方法も判明していなかったんだ。」


 海には、無数の魚たちが優雅に泳いでいる。クラゲや、クジラもいる。

 それらもすべて、”ホンモノ”じゃないんだ。


「昔の海って、どんなだったんだろう。」


「私達が見ている海は、”美しさ”を基本としているんだ。昔はね、水族館っていうのがあったの。ガラス張りのケースの中に魚と水を入れて、泳がせる。それを見て、人間が楽しむための場所があった。その様子が、私達が今見ている海と似ている。それも”美しさ”を基本としていたから。でもほんとの海は、もっと凶暴で荒々しいものだった。時に人を襲うこともあった。でも私達が見ているこの海は、その凶暴さとかは反映されていない。安全で優しい海。作り物の海。」


 安全で優しいことは、この社会において、何よりも重要視されるべき事項だった。なのにアリシアはその言葉を嫌っているようだ。


「魚たちの命を鑑賞のために使うなんて、ひどい時代だね。」

 

 今の時代では考えられないことだった。生あるものすべてを等しく敬うことが義務付けられているから。


「昔は、人間が一番だったんだ。人間がすべてを支配していた。水族館だけじゃないよ。動物を檻に入れて鑑賞する動物園とか、動物をお金で売買するペットショップとかがあったんだ。」


 私は顔をしかめる。そんな時代があったなんて、考えるだけで、ぞっとする。恐ろしい時代だ。


「アリシアはそんな時代に生まれたかったの?」


「今はね、そういう思考が生まれないように、制御されてるんだ。だから私たちは知らないし、そういう思考を生み出さないように調整されてる。私は悪いことがしたいわけじゃない。ただ、自分の思考が自分のものじゃないことが嫌なんだよ。」


 そう言ったアリシアは自分の頭を触る。


「ここから、私を操作している、システムを取り出せたらいいのに。」


「でも、命の平等性を守っていくためには、制御も必要だよ。それに、悪いことを考える人がいないのは良いことだよ。それで、こうして平和なんだから。」


「昔の人はね、自分の思考がすべてだったんだ。何を考えたって個人の自由。今みたいに、自分の思考をデータとして保存されておくこともなかった。私が生きたという証を、永遠に保管されることもなかった。人の一生は、共有されないことのほうが多かったんだ。」


 思考データも分析し、人類の発展のために役立つよう、提供することを義務付けられている。


「いいじゃない。昔は一部の人の記録しか残っていないようだけど、今は誰だって、忘れられない存在になれているんだよ。」


「でもそれ、私という存在がいずれデータ化されて、数字の羅列に変えられるだけなんだよ。ちっとも名誉なことじゃない。」


 アリシアはその場に寝転がった。

 私も同じように寝転がる。

 この動作も、他人と同じ行動をすることで、相手に好意を示すから、身体が自然とやってしまうのだ。


「私達ってさ、この海に泳いでるクジラと同じだよね。自分たちは自由に泳いでるつもりなのに、結局は、人のために”泳がされて”いるんだ。」


 アリシアはふっと笑った。

 それが、嬉しさからくる笑みではないことは、私にも分かった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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