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さまざまな短編集

世界初の空母~数奇な運命~

作者: 仲村千夏

 小さい空母で世界初。

 技術的には間違いなく世界の先を行くことができるはずだった。

 だが、小さい空母がたどった道は最新鋭艦とは程遠いものとなった。

 実験に次ぐ実験。

 改修に次ぐ改修。

 実戦では他の大型空母が出撃しこの空母は訓練用として、最終は標的艦として生涯を閉じた。

 二十数年間一度も戦場に出ず、後方支援・実験艦として働いた世界でも珍しい生涯を各視点で見ていく。


 竣工時・艦長菅野末五郎(かんのすえごろう)大佐


 この艦が最新鋭、最先端の“航空母艦”と言われてもいまいちピンとこない。

 砲雷屋として育った俺としてはまだ戦艦とか駆逐艦とかがなじみ深い。

 世界でもどこも造っていないとされる艦だけあって最初は期待したものだが、甲板は何もないただの板を張り付けただけで艦橋は小さいのが右舷にあるのみ。

 大砲もなければ、魚雷発射管もない。

 本当に何もない艦。

 これを俺が艦長として指名されたのはどんな理由からだろうか。

 まぁ、どうでもいい。

 上の考え方はわからん。

 建造が進む甲板は洋上に艦があっても作業は続いていた。

 その作業員の一人が丸めた紙を持って駆け寄ってくる。


「菅野艦長。今よろしいでしょうか?」

「ああ、俺の仕事は特にないからな」

「実は甲板にしわが寄っているのか数枚の甲板が取り付けできない状況になっています」

「なに!?」

「艦を止めてもらいたいのです」

「ううむ……」


 艦を止めれば振動が少なくて建造も素早く行えるだろう。

 だが、回航中である今は艦を止めることは難しい。

 軍港に到着する時間を遅らせるわけにはいかんしな。

 

「艦を止めれば港に着く時間に間に合わなくなる」

「しかし、艦の発動機の振動と波で……」

「確かにな。であれば速度を落とす。振動が少なくなれば何とかできないか?」

「……そうですね。それで何とかできないかやってみます」

「すまんな。いつも苦労させる」

「いえ、艦長も大変ですね」


 そう言って作業をしている所へ戻っていく。

 今の主役は艦長ではなく作業員の彼らだ。

 彼らの意見は艦の完成度を大きく左右する。

 俺は彼らの意見を最大限実現させる方向で艦長の任を受けたんだったんだっけ。

 そうだな。これも立派な任務だ。

 頑張ろう。ちょっと航空機というものも戦力にならないか調べて研究してみよう。

 

 菅野大佐は初の空母の艤装長と初の艦長として就任。

 この判断の結果、空母は甲板の問題を解決。港への入港も時間通りにできた。これは記録上にしかなく有名でもないことだ。

 


 戦闘機訓練課程艦上着艦訓練・扇田友則(せんだとものり)訓練生


 俺が訓練生として初めて艦に着艦するときは艦橋が無くなっていたから、着艦はしやすいと思っていたがそれは間違いだった。

 スロットルを絞り速度は二〇〇キロ以下に。

 艦尾からゆっくりと近づき機首を少し上げると甲板は見えなくなる。

 前が見えないので、コクピットから身を乗り出して艦尾を確認しつつ操縦桿(そうじゅうかん)を操っていく。

 ガンッ! という衝撃と共に空母に着艦することができた。

 ふぅ。と一息ついていると整備の人が上ってきて。


「なにしてる!? 早く一緒に機体を前に押すんだ!」

「は、はい!」


 機体から飛び降りて整備兵と一緒に翼を押して機体を艦首側へ移動させる。

 次の機体を着艦させるためだ。

 前に移動したことを確認して着艦してくる。

 しかし、その機体は艦尾に激突して海に落ちてしまう。

 幸いにもパイロットは無事。

 乗員が浮き輪を投げて、救助の小型艇が下ろされる。


「新米の航空兵なんてあんなもんだ。あんたは運がよかったな」


 訓練に事故はつきもの。

 着艦訓練は特にひどい。事故率は高い。

 艦橋があったころは艦橋にぶつかっていたらしいがあってもなくても事故は起こる。

 世界初の空母だと聞くが訓練艦になっているのはどういう訳か。

 理由は簡単だ。小型だからだ。


 この訓練の後、大型空母配属の命令を受けて各作戦に参加。

 戦闘機隊のエースとして活躍していくことになる。


 

 対空機銃要員・蓑田晴美(みのだはるみ)一等水兵

 

 戦争も二年目に入るところであるが、いまだに乗艦しているこの(ふね)に出撃命令は出ていない。

 改装されて対空機銃が四基設置されているが、敵に向けて射撃したことはまだ一度もない。

 だから、いつも訓練ばかり。

 俺は仰角(ぎょうかく)担当だから照準に敵機を捉え続けなければならない。

 使命は重大なのだが、指揮官となる上司は戦闘に参加したことばかり自慢しているだけではっきり言ってしまえば無能。

 指示もあっちこっち変わり続けて従うことにも疑問を抱いてしまう。

 一つ間違えばケツバット確定だ。

 付き合うこっちの身にもなれってんだ。

 そんな感じで日々を過ごしている。

 ただ、休憩時間は班のみんなと一緒に訓練生の着艦を見ていたりする。

 事故も多かったが足を折ったりすると笑っていた。

 ここ最近は、訓練生の技量も落ちてきたと個人的には考えてしまうが、みんなは変わらず笑っていた。


「蓑田さん、この(ふね)は戦闘には参加しないのですか?」

「ん? 長野(ながの)か。そうだな。こいつが小型で速力も遅いし何より飛行機がそんなに載らない。精々、二〇機程度か」

「大型の空母なんかは一〇〇機近くを積み込めますからね」

「ああ、戦力はこの艦よりもあるからな、大きな作戦が動いているとは聞いているが大丈夫か気になるところだ」

「大丈夫だと思いますよ。今までは連戦連勝ですし」


 長野は笑ってそういうが。

 俺の中では心配だ。

 訓練艦のこいつも戦線に参加となれば、俺たちが仕事をしないといけなくなる。

 そうなると上司はどうなるのか。

 そう憂いつつ機銃の動作確認に入る。


 この後、蓑田一等水兵は戦艦への転属となり戦線勤務となる。

 機銃をじっくり訓練していたため最前線では二機撃墜する。



 副艦長・八重山茂富(やえやましげとみ)大尉

 

 戦争が終結。

 まさか、この艦でとは思っていなかった。

 空襲がひどく甲板には偽装網(ぎそうもう)がかけられ、木や草、畑までが造られていた。

 対空火器も下され抵抗手段は皆無のこの艦で何もできない中で終戦だった。

 飛行機の着艦訓練もできないため日々は畑仕事か、科学実験、電子研究に使われた。

 終戦だからもう何もしなくていいが、これからはどうしていくのだろう。

 

「副長」

「はっ、艦長!」


 甲板で艦長と出会い。敬礼で返答する。

 艦長は覇気もない程に体が痩せて立っている。


「終わったな」

「そうですね」

「我々は幸運なのかもな」

「は?」


 艦長は弱音とか、諦めた言葉とか、後ろめたいようなこととかは言われたことはなかったが。

 ここで変わったのか?


「この艦は一度も戦場に出ず、敵に銃をつきつけることなく戦争を乗り切った。おまけに爆弾、魚雷一発の被弾もない」

「幸運艦、ですか」

「そうだな。願わくばこのままにしてやりたいが、難しいだろうな」


 そう。軍艦の処遇は意見が分かれる。

 前は世界で一番有名だった戦艦すらも処分対象となったが、必死の保存活動の末に今でもその姿を見ることができているがこの艦は無理だろう。

 たいした戦果はないどころか戦線にすら行ったこともない。

 保存は無理だろう。


「とはいえ、私も君もこの艦も軍務から解かれる。数日中には乗組員全員に帰郷許可、退役通知が届くはずだ」

「……艦長お世話になりました」

「こちらこそだよ。副長」


 そう言って艦長とも別れた。

 最後に顔を合わせたのは乗組員全員で撮った一枚の写真の時だけだ。

 それ以来、艦長とは会えなかった。


 この後は復員船として外洋航行を実施。

 数千、数万名の復員を支援し、相手国へ譲渡された。



 標的艦責任者・ニードル・テリールド


 敵国の(ふね)で一度も戦線に出てこなかった世界初の空母。

 これだけでも資料的価値があると思う。

 上の判断には従うがこれでよかったのかと私は思ってしまう。


「テリー! いつでもいいぜ!」

「わかった。みんな! これで最後だ! すべての状態をチェック後退艦して終わりだ! それでは仕事にとりかかろう!」


 時代最先端だった空母はこれまた時代最先端の爆弾の標的になる。

 皮肉かもしれん。

 いい手向けか? と問われるとわからん。

 本当に魂が宿るなら巡り巡ってまた、我々の前に現れるだろう。

 そう思って最後に退艦してその時に小さく十字を切り祈った。



 新型誘導弾の実験として標的艦になる。

 誘導弾は艦中央部甲板を突き抜けて格納庫下機関部で爆発、艦を真っ二つに引き裂いて轟沈。

 軍艦としての活躍は得られず、その手を一度も汚すことなく全うした全期間は二十数年。

 戦果は復員数万名、訓練生数万名、艦習熟過程の訓練生数万名以外にも技術実験、改装実験などの功績がありそれらすべては終戦後の技術革新として有効的に使われた。

 あまり有名ではないため、終戦直後からその艦の名前は忘れ去られていった。

 時代が生み出したものは新しい時代に終わりを迎える。

 それを体現したような軍艦だった。


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