第21話 神隠し 前半 ―狐―
今回から新章です。
どこか白くてふわふわしたところを歩いていた。
見慣れたはずの手足はいつもより短く、まるで子供のようだ。
ああまた夢なんだ、なんて冷静に見てる自分がいた。
以前と違うところと言えば、目の前に大きて、まるで血の様に真っ赤な鳥居があり、それはとても神々しく、ともすれば寒々しいまでの静謐さでそこに在った。
幼いあたしが鳥居を潜り抜けると、世界は一変、空気が変わり何か黒くどろりとしたものが身体にまとわり付いて動きを疎外する。
コールタールを無理やり気体にしたようなそれは、まるで不安とか焦燥、怖れといった黒い感情を呼び起こし、幼いあたしに生理的嫌悪を抱かせているようにも見える。
だが待って欲しい。
あれが黒酢餡だったとしたらどうだろう?
素揚げしたお肉や野菜の上からたっぷりと甘酸っぱい黒酢餡をかければ、たとえ鳥居が神々し過ぎていっそ寒くもなりそうな感じだとしても、身体を芯からあっためてくれるに違いない。
個人的には納豆に黒酢という組み合わせも大好きだ。
そもそも黒だからといってネガティブなイメージを持つのはどうなのか?
例えば黒胡麻。
あたしが初めて黒胡麻食を口にしたのは、どこかのお土産で貰った黒胡麻アイスだった。
それまで胡麻のスイーツといえば胡麻団子しか知らなかった。どこか油っぽく、甘い部分と言えば中の餡子の部分。
そもそも胡麻といえば油が絞れるくらい油分が多いのだ。ねっとりとしつこい味がするんだろうなぁと思い、恐る恐る口にいれるも、しかし、それは色々な意味で裏切られた。
自己主張が激しいフルーツとは違う、まるで包み込むかのような優しい味わい。
舌にも滑らかな食感、そしてコクがありながら後に引かない繊細さ。
あたしが虜になるには一口で十分過ぎた。
他にもある。イカ墨だ。
イカ墨といえば、ご存知イカが水中で捕食者から逃れるときに吐き出すあれ。
お店で見かけることがあっても、そんなモノが本当に食べられるの? という疑念と、どうせなら他に美味しいものがあるしと敬遠してしまっていた。
それを初めて口にしたのは物産展の出店にあったイカ墨パスタ。せっかくなので変わったものを食べたいという好奇心からだった。
苦いんじゃないかとおずおずと口に運べば、予想外の味にびっくりした。
言うなれば海の旨みをぎゅっと閉じ込めた油。ぺペロンチーノとかと似た、しかしコクという点では明らかに違う味だった。
思わず新たな味覚の出会いに感謝した。
黒と言えば他にも黒豆、昆布、ひじきに海苔。
決して主役級ではないけれど、食卓には欠かせない。
だから、あたしは言いたい。
知らないから恐れるのだと。
確かに最初の一歩を踏み出すのは勇気が要るかもしれない。
だけど、その勇気を出さなければ出会えない世界がある。
幼いあたしと違い、今のあたしはそれを知っている。
だから、あたしは言い聞かせる。怖がる必要はないよ、と―……
そこに。
光る何かが居た。
それはとても神々しく、ともすれば寒々しいまでの静謐さでそこに在った。
あたしを覗き込み、そして話しかけるようかに明滅する。
それに対しあたしは。
「へっくし!」
物理的な寒さで目が覚めた。
枕元には部長さんに借りたラノベ。電気はつけっぱ。布団は被っていない。そして外はいつの間にか明るい。
うん、これ寝落ちしてましたね。
昨夜の事を思い出そうとして、記憶の糸を手繰り寄せる。
たしか夕飯後くらいから部長さんに借りたラノベを読み始めて、日付が変わる前位に読み終えた。
そして、読み終えた部分で特に面白かった箇所をもっかい読み直し始めた。
わかるかなー?
推し場面っていうの?
何度読み返しても盛り上がってるシーンってあるじゃん?
一度読んだからこそ、より盛り上がって読めるってやつ。
読み終えてからそこだけを繰り返し読む至福の時を過ごすうちに、いつの間にか寝ちゃってた。
とりあえず、今何時かなと思って時計を見る。
午前5時56分。
テスト期間中に起きていた時間より、少し早い位だった。
本日は平日だけれど、採点日ってことで休みの日だ。
以前英子ちゃん先生が『1年と2年、2学年分600枚近いテストの採点だけしてると頭おかしくなんよー。なるべく選択問題増やして答案用紙で判断する時間短くするわー!』て叫んでいたのを思い出す。
つまり、昼過ぎまで二度寝しても許される日なのだ!
付けっぱなしだった部屋の電気を消して、ウキウキ気分で布団に包まる。
……………
…………………………
………………………………………
ね、寝られない………ッ!
ここ1週間ほど規則正しい生活送ってたから?
う、うぅぅうぅぅ~~~っ!
20分程粘ったけれど、目が冴える一方だったのでベッドから起き上がることにした。
……何かに敗北した気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
『テストのせいですっかり早起きする癖がついたじゃないか(# ゜Д゜)』
だからどうしたっていうような、下らない愚痴のメッセージを晶に送ってからリビングに降りる。
両親もまだ起きてくる時間には少し早いので誰もいない。
何かお腹に入れる物が無いかなと冷蔵庫を開けるが、調理せずに食べられるようなものはない。
戸を閉める前に目についた牛乳を取り出し、コップに入れる。
そう、牛乳だ。
迷信だとかなんだとか言われているが、栄養価も高いし飲んで損はない。
自分の胸のぺたーん具合を見ながら、やっぱ迷信かな? なんて思いながらあおる。
………身長には反映されているみたいだけど。
早起きは三文の得なんていうけれど、特に予定もないので時間を持て余してしまう。
当然ながら朝も早い時間なんでお店もどこもやってないだろうし、精々開いてるのは24時間営業のコンビニくらいだろう。
部屋でごろごろしてても暇なだけなので、特に目的もなく散歩に繰り出すことにした。
どうせ近所だけだし誰とも会わないだろうってことで、部屋着と寝間着兼用の大き目のTシャツに短パン。それに母が洗濯物を干す時とかに使ってるガーデンサンダルをつっかけて外に出た。
もちろん、スマホも財布も持っていない。
衣替えも近い時節だけれど、まだまだ朝はひんやりしている。
「うーん、さすがに薄着過ぎて失敗だったかな」
独り言ちて着替えに戻ろうかと逡巡するが、歩いていれば身体も温まるだろうと思い直して足を進める。
起き出す直前の住宅街は独特の静寂さに包まれており、今朝の肌寒さも相まって、見慣れた風景のはずなのにどこか違う世界を歩いているような錯覚に陥ってしまう。
なるほど、これが早起きは三文の得か。
まるでどこか遠い国に旅行に来たような気分で散策の足を伸ばし、気が付けば住宅街を抜けて田んぼのところまでやって来ていた。
田植えされてさほど日が経っていない青々しい稲が夜露で濡れていて、まだ弱い太陽の光を反射させながら今まで知らなかった表情を見せてくれている。
さすがにそろそろ世間も目を覚まして動き出しそうなので、神社まで行って引き返そうと目的地を決めた。
陽が昇り人が動き出そうとする様が、なんとなく掛けられた魔法が溶けていくみたいだなんて思った。
魔法なんて言葉が頭をよぎったのはきっと、昨夜読んだ部長さんに借りたファンタジー小説のせいに違いない。
『ケーン』
魔法がとけていく合図なのか、それとも幽世の住人の警告なのか?
あたりに鐘のように響き渡る鳴き声が静寂を切り裂いたと思ったら、目の前に一匹の獣がいた。
突然のことで、その獣と目が合いびっくりする。
向こうもびっくりしている。
お互い見つめ合って固まってしまう。
野良猫と出会いがしらに遭遇したらこんな感じになるよね、とか暢気に考える。
獣、と表現したものの、大きさはよく見る犬くらい。というか犬とよく似ている。
犬にしては大きな三角形の耳、ふっくらとしてつやつやの黄金色のような毛並みに、不釣合いなくらい大きなふわふわの尻尾がとても可愛らしい。
首には鮮やかな朱色のスカーフのようなものを巻いており、誰かに飼われているのかもしれない。
「狐………?」
ご近所で狐を飼っているなんて聞いた事がない。そもそも狐自体飼ってるって話を聞かないし、見る機会すらほとんどない。
ついつい物珍しくってじっくり見てしまう。
驚愕、逡巡、恥じらい、どうしたものか思案顔とコロコロと変わっていく表情が面白い。
知性すら感じさせるクリっとした瞳はきっと、かなり賢い子なんだろう。
狐と言えば連想されるのが油揚げと稲荷寿司。
好物だって言われているけれど、黄金色でふっくらとしているところとか見た目も似ていておいしそう。
『ッ?!』
あ、不穏なこと考えてたのが顔に出てたのかな? 怯えるような顔をされた。
いやいや違うよー? 食べたりしないよー? 精一杯愛想を振りまいてみる。
油揚げもいいのだけれど、この子のきめ細かさはどちらかと言えばこっちだろう。
「きなこ」
お腹の白い毛と一緒に見てみれば、お餅にかけられた黄な粉というのがしっくりくる。
よし、この子のことはきな子と呼ぶ事にしよう。
素朴で優しい甘みを想像すると顔も思わずにっこりしてしまう。
そんな感じでしばらく見つめ合っていたのだが。
『ケェン』
間延びするような一声、その後身体を翻してふさふさの尻尾を振りながら去っていこうとする。
別れの挨拶だったのだろうか? 残念、あたしの目的地もそっち方面なのだ。
町が目覚める前、人気のない朝露に濡れた農道と狐を先頭に歩く女子高生。
一体どういうシチュエーションなのだろう? わけがわからなくて、なんだかクスリと笑いが起こってくる。
きな子は時折こっちを振り返りながら、『え? ついてくんの?』なんて困ったような顔をしている。
あたしはあたしで『そっちこそあたしを誘ってんの?』なんて思いながら手を振り返す。
どこかで予感めいたものがあった。
きな子は朱色がすっかり剥げた鳥居の前で行儀よくお座りして、胡乱な目であたしを見つめてくる。
内容はよく覚えていないけれど、今朝見た夢にちょっと似ている気がした。
『ケーン』
きな子は忠告するかのように一鳴きすると、鳥居の真ん中をくぐったかと思えばその姿を消した。
正に狐につままれる。
………そんな不思議な事なんてあるのだろうか?
ふと、ゾクリと鳥肌を立てながら思い浮かんだのは女の子になってしまった幼馴染の顔。
あーうん、あるね。
もしかして、何か関係あったりする?
………
ちょっとまて、今あたしどっちの晶の顔を思い浮かべた?
そもそも、どっちっていうのが何だ?
それがなんだか何よりも怖いもののように感じてしまった。
気付けばあたしは鳥居の中央をくぐり、神社に入っていった。
また長くなりそうなので分けました。
(# ゜Д゜)の部分はそれっぽいスタンプが貼られたと脳内変換してください。
次回の更新は明日の予定です。
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