状況把握の小休止
クジラ男ことロウエンの正体を知り、緊張でガチガチに固まってしまった二人は、名乗り上げた彼に対して、一言も発することが出来なくなっていた。
その様子があまりに切迫しているように見られたのか、二人を気にかけるように柔らかい声が投げかけられる。
「それで……ライト君に、バリューちゃんだったわよね。ごめんなさいね、ワタシの旦那は隠し事が苦手だからって、普通なら隠しそうなことでもすぐ口にしてしまうのよ」
「え、旦那さんって……」
「あらやだ、更に驚かせてしまったかしら? ワタシはオルカ、オルカ・ハンセン。身長差と年の差は少しあるけれど、これでもハンセン夫人なのよ」
「ええええ!!」
「いや、そう驚くほどでもないだろ」
ロウエンと同じ哺乳類目なので、ある程度予見していたライトはそうでもなかったが、身長差から考えられるはずもない、とばかりにバリューは驚き、オルカを指差してわなわなと震えだす。
対するオルカは指差されていることを気にもせず、うふふと口元を隠しながら笑っていた。
人間なら小悪魔のような多少憎みきれない笑みを浮かべているのだろうが、イルカの顔で笑われるとどことなくホラーチックになってしまっている。
だが、オルカのそんなぎこちないフォローが少しは効いたのか、二人の肩からようやく力が抜けた。
「とりあえず旦那が手術したから、あなたたちの体の不調は良くなったと思うけど、今はどんな調子かしら?」
「俺は、腕が固定されているので、何とも……」
「ライトは見てわかるくらい酷かったけど、私なんてほら、目立った怪我もないし、全然だいじょ――――うっ!!」
「これ、激しく動くなといったろうに! その包帯の下にある腹は少し前まで切り開かれとったと言ったであろう! そこが開けばただじゃ済まんぞ!」
どうしてもと言うのであれば、麻酔薬でおとなしくしてもらうぞ、とおよそ『寛大』とは結びつきそうにない言葉でバリューを怒鳴りつけているが、ロウエンが『寛大』を騙る偽者ではないとライトは見抜いている。
そも寛大とは、『度量が大きく、思いやりがあり、むやみに人を責めない』ことを指す。
度量どころか肉体も巨大なロウエンだが、まだ動くのは危険なバリューを思いやっているのは確かな事実。
それに、彼は医者として患者の具合を最も知っている以上、無茶をしようとする彼女を止めるのは当然のことだった。
しかし、自分の臓器と筋骨がボロボロだということを真っ先に聞いているはずのバリューは、そんなこと知るかとばかりに普段通りの行動をとりたがっている。
おそらく『大地の祝福』で治癒力を高めているから、多少の無理は大丈夫だと思っている節があるのだろう。
だが、半ば強引な治癒を何かしらで受けたからこそ、なおのこと体内がぐちゃぐちゃになっていたのだぞ! とロウエン圧倒されるような形で叱られてしまっては、言い返す言葉も出てこなくなったのか、またもやむぅ……と唸り、風船河豚のように赤くなった頬を膨らませると、すっかり黙ってしまった。
だが、そんな自業自得な光景にライトは笑うまでもなく、何かを思慮しているかのように顔色は沈んだままだった。
ロウエンは確かに彼らにとって出会いたくなかった『十忠』の一人ではあったが、助けられなければ死んでいたことは確かなので、命の恩人という観点では感謝してもしきれないほどだ。
それに、『寛大』の名の通り、事情を深く話さずとも死を偽った二人のことを案じてはくれるだろうが、手に掛けることはない信頼感もある。
それでも、彼が不安になっている理由はまだ多くあった。
「話は変わるのですが、ここは一体どこでしょうか? ……まさか、《リャズニール》ではないですよね?」
一つは、ここがかの有名な忌わしき地、《南大陸》ではないかと考えていたこと。
これは物知りな彼でもあまり知らなかった、医学的な知識を用いて人を治療する医術が発達している点や、先ほどから窓の外に見える広葉樹林が独特なものばかりであったためだった。
「違う違う! ここは一応《北東大陸》でも、もう少し南に流されていたら、危なかったかもしれないわよ」
《南大陸》は陸地の中心部に引力が働いているのか、大陸付近の風向きや海流は全て島に吸い込まれている形になっている。
一度、魔法を用いる冒険家が転移魔法を用いて大陸に立ち寄ったことがあるそうだが、その人物も二度と戻ることはなかったそうだ。
そのため、近づくものは二度と帰り着くことはない魔境として、今でも旅人たちを恐怖で震え上がらせる忌まわれし土地だった。
だが、ここは《南大陸》から少しばかり離れた名もない島。
どこにいても潮の香りが漂ってくることで、立ち入る旅人から通称《潮風の島》と呼ばれているとても小さな孤島だった。
「そう、でしたか。ちょっと安心しました」
すぐ近くにいたロウエンからそのことを聞き、ライトの顔もようやく明るさを取り戻す。
「なあに、少しでも安心したならばそれでよい。……では、今度はこちらからも良いかのう?」
長らく説明と聞き役に徹していたロウエンは、ようやくとばかりに口を開いた。
「船が破壊された理由はおよそ見当がついておる。だが、その体調のまま長い間手当もせず航海していたことは、どうも解せぬ。おぬしらが悪党だとは微塵にも思ってはおらんが……一応、これまでの経緯を簡単に説明してもらっても構わんか?」
「……どうする?」
「どうもこうもないだろ。俺たちだって腑に落ちない点があるんだしな」
「その言葉は承知と受け取っても構わんのか?」
「はい。俺たちが語れる範囲ではありますが」
「それでいいのよ。ワタシたちも無理に聞き出そうとは思っていないから」
彼らが船から投げ出されるきっかけ。
それはおそらくその前からずっと関係してきたことなのだろうと、ライトは勘ぐっていたが、腕の痛みもありなかなか思考がまとまっていない。
ならばと、彼はこの機会に多くの意見を聞こうと思い、これまでの経緯を語ることに了承する。
それに、ハンセン夫妻のやさしさに包み込まれそうな笑みの前で、無言を貫くのは流石によろしくないと思ったからだった。
どこから話すべきか、と一瞬だけ悩んだ後、前もって伝えておくべきことを思い出し、そこから言葉を紡ぎ始める。
「元はというと、俺たちはあの帆船に乗っていたんじゃありません。捕虜として拘束されていたんです」




