一年目の話
フォンテリア領内には、王族など極僅かな者しか知り得ない秘密の花園が存在する。
比較的温暖な気候で滅多に雪が降ることもない彼の地では、年中色彩鮮やかな花が咲き乱れ、観光地とすれば多大なる益を得ることすら可能だと思える絶景。
まさにこの世に権限する天国のようだった。
故に、彼の楽園の如き光景を噂話で耳にした人々からは『清浄の聖域』と呼ばれている。
ではなぜ、『清浄の聖域』が人目を憚られているのかというと、理由として花園に点々と設置された大理石碑が関係している。
何者かの名前と過去の功績が丁寧に刻まれ、真珠と見紛う輝きを放つ石碑は、フォンテリア領内にて多大なる功績を残した者たちの墓だ。
初代国王ジャンフォレスト・プラリネコートと歴代の国王や、彼らに従えていた歴代の騎士、土地の区画整理を行った監督官から、画期的な漁獲方法を編み出した漁師に至るまで、国に貢献し益を齎した者であれば如何様な身分であろうとも『清浄の聖域』に埋葬される。
共用墓地と分けるだけでは駄目なのかと言った声もあったが、こうしてまで『清浄の聖域』の存在を秘匿してるのは、何よりも故人を墓荒らしから守るためであった。
一度大規模な被害を受けたことで、なおのことこの場所は極秘裏となっていた。
さて、『清浄の聖域』は条件を満たせば誰一人の例外もなく埋葬される地ではあるのだが、中でも一つだけ、遠く隠れた場所にぽつんと立っている石碑があった。
他の石碑とは違い、黒御影と称されるこの近辺では珍しい岩石を四角く加工してあり、名前だけが一面を大きく潰すほどにでかでかと刻まれている。
――――極東の文字で"阿部零士"と。
国民が知れば抗議の罵声が国中から発せられることだろう。極東の忍としてやってきた男は、三国間戦争における最大の戦犯として悪名を轟かせた人物なのだから。
では、どうしてこの地に埋葬されているのかというと、彼は自身を"忌器使い"と騙り、全ての汚名を被ったのち、自らの死をもって終戦の切り札を作り上げたのだ。
その働きはまさしく《フォンテリア》の救世主として申し分ないものだったが、阿部零士の名前が忌名として知れ渡ってしまった以上、人目につく場所に墓を作ることが出来ない。
それゆえ妥協点ではあったが、『清浄の聖域』のさらに人目がつきにくい奥地に建てられていた。
度々赴いていた二人を除き、誰一人として訪れることはない墓石には次第に苔が生え、度重なる雨風で次第に風化が始まりつつある。
そんな寂しげに佇む墓前に、花を添える少年が一人。
闇色の外套を纏い、人間とは思えない歪な足を器用に折りたたむと、墓石を見上げる。
「レイジ。貴殿が埋葬されてちょうど一年だな」
瞼を閉じ黙祷を捧げるわけでもなく、墓石と同じ風化しかけた黒御影の色をした瞳で、皮肉でも言いにきたかのようにぼそりと呟く。
表情は無。喜怒哀楽の一切を感じ取れない無機質なもので、子供が浮かべるにはなんとも可愛げがない。
「許せ。などとは決して言わない。あの日些細な理由で離脱したことで、貴殿が追い詰められたのは間違いないのだから」
続けて懺悔の如き言葉を口にするが、声色にも感情の一つすら確認できず、まるでレコーダーの音声を再生しているだけのように平坦なままだった。
元同僚である零士と言い争ったあと、契約を破棄して姿を消した少年は、新たな主人を見つけて契約を交わしていた。
だが、彼は阿部零士という人間から完全に興味関心をなくしたというわけではない。
三流へと肩入れしたことに少年が酷く失望したのは確かだが、だとしても零士が一流であるという事実は決して消えることはない。
故に、少年の胸中には未だあの場で零士を説得できなかったことだけが未練として蟠っていた。
阿部零士は他人とは比べ物にならないほど優れた、まさに一流中の一流の忍だった。
欠点こそ凡人並みに多くあったが、それらを差し置いてでも抜きんでた実力を兼ね備えていた。
だからなのだろう、苦しんでいる者を見捨てられなくなってしまうのは。
その後、零士は二人の騎士に関わることで大きく変わってしまう。
仕事中は合理的で、焦り逸りも感じさせなかったというのに、いつの間にか彼らへとその身を尽くしていくようになっていた。
結果、愚かな三流を憐れみ、手を貸し、その末に自らの地位を捨て去ってまで命を賭した。
その意志はとても崇高でかけがえのないものなのだろう。……少なくとも、少年が考える愚鈍で考えなしの三流たちにとっては。
「されど。あの時貴殿が選択を間違わねば、未だ一流のままでいたはずであることに疑いはない」
完璧と一流をその身に余すことなく叩き込まれた少年にしてみれば、自身の利益よりも不利益を被ってでも他人を気遣うなど、愚かしいことこのうえなかった。
ましてや三流など、少年の眼中には一切入らないものだったが……今は違う。
一流の足を引っ張り、その場限りの益を得ようとする醜悪な三流など、この世から一人残らず消えてしまえばいい。
さすれば一流の道を妨げる障害がなくなるのだから。
「誓言する。あの三流どもをこの手で死ぬまで後悔させ続けると。貴殿が落とすべきではなかった命の分、奴らには苦痛を与えねばなるまい。違うか?」
そっと墓石に触れようとして、右腕の一部分が大きく震える。
忌々しげに舌打ちをすると、少年は腕を戻し、肘関節を大きく下にスライドさせて、震えていた魔機話を取り出した。
「……なんだ。かけてくるなと予め伝えたはずだが?」
「ごめんごめん、連合の方々が多少不始末を起こしちゃってね、そこから《トゥエントリー》まで急ぎ駆けつけてくれないかな? 出迎えなら既にそっちへとよこしているからさ」
魔機話越しに連絡を入れてきた男は、少年の現在の主人だった。
楽しげな声で少しも申し訳なさそうに、難解な言葉遣いで指示を下すため、少年の苛立ちはさらに拡大するが、相手は自分以上の一流である以上、彼に従わないという選択はない。
「承知。ただし、ここではない別の場所で迎えと合流する。異常者どもにこの地を踏ませる気はない」
「了解だよ。……でもみんな不仲だなぁ。もう少し協調性を持とうとは露ほども思慮しないのかい?」
「笑止。目的が違う者同士、利用しあうのは当然だ。それよりも、《トゥエントリー》への招集するということは、奴らを見限ったということか?」
「まさか! 諍いなんて常習的に行えるのに、問題が発生したら即刻罰する必要性なんて皆無だよ。ただ、全員で些細な協議をするだけさ。勿論、あの二人も包含してね」
「……」
ヘラヘラとした男の言葉で少年の思考内に忌まわしき二人組の姿が浮かび上がる。
一流だった男を貶め、挙句の果てに死に至らせただけでなく、男の流儀を分かったような大層な言葉を告げ、自身の両足を砕いた三流騎士ども。
ただの記憶であるはずなのに、いつまでもわざとらしい笑みを見せつけてくるものだから、少年は隠し持っていた人形制御用の鉄糸で軛殺する想像を働かせ、思考の乱れを抑え込む。
近くにいても判別がつくはずのない思考内の殺人だったが、電話口の相手はまるで現場に立ち会わせたかのように、あわあわと口を出す。――――とても楽しそうに。
「……あらら、そこまでやっちゃうか。やっぱり、彼らが目障りかい?」
「当然。奴らほど生かしておく理由のないものはいない」
「想像上だけでなく、今すぐにでも殺害したいってほどだね」
「無論。貴殿から機会を与えてもらえるのなら、いついかなる時でも」
けれども、ただ殺すだけでは意味がない。
どれほど素晴らしき者を貶めその手で殺したのか、その身で散々思い知ったのちに苦しみながら死に至らしめなければならない。
それが、一流に対する三流の為すべきことだと、少年は決して疑うことなかった。
「じゃあ、よろしく頼んだよ」
「御意」
魔機話の接続が切れたことを確認し、手慣れた手つきで再度肘付近に格納すると、少年は墓石に目を向けることなく立ち上がって背を向ける。
「さらば。次は三流どもの死を報告しに参る……狭間欅の名にかけて」
いびつな脚を巧みに使い、少年……ケヤキはその場を木枯らしの如き勢いで駆け出していく。
されど通り過ぎた後の花々に傷は一つすらなく、夕日に淡く照らされて咲き乱れたままだった。
*
その頃、ジョニング海域を航行中の蒸気船内の一室では、珍しく話に盛り上がっている騎士たちが二人。
「いやぁ、凄かったね! まさかあんなショーがこんなところで見られるなんて……!」
「実際に目にしてみるとああも迫力があるとはな。あれには俺も驚いたぞ、やはり知っているだけよりも、いろいろと見て回ることも大事だってことを実感した」
彼らがこうも興奮しているのは、甲板から半魚人たちの漁猟ショーを眺めていたからだった。
遠洋に赴くことがなかった二人にとって、目に映るものはその殆どが新鮮なもので、当然ながら半魚人といった種族も初見である。
バリューに至っては興奮と感動で身を震わせていたので、鎧越しにもその様子がもろに現れていた。幸いにも誰しもが船員たちの奮闘に目を奪われていたため、彼女の動揺を悟られることはなかったが、危うくぼろが出かけていたため、あとからライトに叱られたのだった。
実は二人が乗船している乗組員たちの大半は半魚人だった。
魚人と半魚人は骨格や首元にえらがある者が多く、さしたる違いはないが大きな相違点として人間形態になれるかなれないかといったものがある。
潮水に触れた部位から徐々に魚人の姿に変わり、陸に上がって一日経つと人間の姿に変わる性質を持つ生き物が半魚人。そうでない者は魚人と定めるとわかりやすいだろう。
しかし、魚人の姿だと一見しただけでわかるようなものではないほど、その姿や生活パターンは同じである。
ちなみに、海にすむ人型の生命として人魚の存在もあるが、こちらは下半身が魚となっている哺乳類であり、魚人とは全く違った生態系を持っている。
ここジョニング海域は人魚たちの住処として有名だそうだが、今回は運がなかったのか乗船者たちの前には現れてなかった。
「……もうそろそろ、時間だよね?」
「あと二分ぐらいだな。そろそろロケットをテーブルに置いてくれ」
日が水平線に沈み始め船員たちが収穫した魚を引き上げてくる少し前に、二人は自分たちの船室へと戻っていた。
普段目にすることのない生きた魚を見るいい機会ではあったが、それは乗船中であればまた見ることができる。
それよりも彼らには優先するべきことがあった。
「時間だ。――――黙祷」
両掌を合わせ、目を閉じ、体を少しだけ前に傾ける。
五月一日午後六時十四分。――――それは、レイジが埋葬された時間。
本当は墓前で手を合わせるのが一番であるのだが、旅路の途中にいる二人に行うことはできない。
代わりに彼らはロケットを使ってレイジの死を悼むことにしていた。
二人は苦難を乗り越えつつどうにか《ティフォーネ大陸》から《ジュブニール大陸》への海路までたどり着いたものの、未だ《日出》に至るまで四分の一程度しか進めていない。
そういった歩みの遅さが申し訳なく思ったのだろうか、瞼を閉じたライトの隣からすぐに嗚咽が聞こえてきた。
「……相変わらずすぐ泣くな、バリューは」
「いいじゃん、泣いたって……! 悲しいものは悲しいんだからっ!」
「別に悪いとは言ってないぞ。悲しい時は泣いて当たり前なんだしな」
何の気なしに言われた言葉が癪に障ったのか、充血した目で憂げな相棒を睨む。
「そう言うライトが泣いてるとこ見たことないんだけど? まさか強がってたりするんじゃないのー?」
「いや、俺まで感情的になったら駄目だろ。もし船員が訪ねてきたときに二人とも泣いてたらどうする? 対応出来なくて全員困ることになるぞ」
「むぅ……」
正論を口にされて、何の反論すらも出来なかったバリューは、上目遣いで先程よりもより一層強く睨みつける。
しかし、彼女のムカつき具合に興味がないのか、ライトはすぐさま話題を切り替えていた。
「それよりも、予定よりも到着が遅れているんだ、これ以上の問題が起こらないよう、今のうちに対策を練っておくべきだ」
「対策かぁ……。乗組員の人に聞いたんだけど、これから天気が悪くなるみたいだし、噂ではジョニング海域には最近海賊が出るって」
「そうか……。もしかしたら、何事もなく船旅を終えることは出来ないかもな。いざというときは少々不満ではあるが、俺たちがこの船を守るしかない」
「うん、無事船旅を終えられるように頑張ろっ!」
ロケットを首に掛け直すと、張り切ったように握り拳を作って脇を引き締める。
それを見て張り切りすぎるなよ、と文句を言いたそうにライトは右手を首元に当てていた。
――――ちょっとした体の不調を、二人とも相手に悟られないよう誤魔化しながら。
お疲れ様です。影斗 朔です。
記念回と称して今後の伏線回となってしましました本作です。
レイジの死は、未だ世界と二人の中に留まっています。
しかし、故人への未練はいずれ断ち切らねばならぬもの。
今後二人が多くの人々と関わることでどのように道を歩んでいくのか、どのように未練を断ち切るのか、想像を巡らせて頂けたら幸いです。
読者様にとって『未練』とは何でしょうか?
この物語が少しでもその答えに導くお役に立てたならば、これ以上の喜びはありません。
それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。
次回は5月4日投稿予定です。
そこから三日に一度の投稿頻度となるように頑張ります……!
今後とも拙作『騎士たちのcrossing road』を楽しんでいただけたら幸いです。




