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我らが『正義』で此の世の『悪』を焼尽せしめん Side:?

 時は少しだけ遡り、炎上するマーケットの北側にて、違法武器商人の男は際限なく巻き起こる炎と、全身血濡れたシルクハットの男から命からがら逃亡していた。

 実際はサルヴェイの身を守る加護によって敵対している者たちが勝手に自爆しているだけなのだが、男がそれを知るはずもない。


「ち、ちくしょう! あの野郎のせいでマーケットは台無しだ! 次に会ったらただじゃ済まさねぇ……!」


 燃え爆ぜる炎の前で発した男のボヤキは、誰の耳にも入ることなくその場で掻き消えるだけ。

 ……少なくとも、男はそのように思っていた。すぐ左隣から炎上鬼のような猛々しくも悍ましい声が聞こえてくるまでは。


「――――そうだな。貴様に次の機会があったら、存分に復讐するが良い」

「っ!? だ、誰だ!? まさか、本当に鬼なのか!?」


 声が聞こえてくるその方向を向くと、男の目に映ったのはまさに鬼そのものだった。

 炎と同化した朱い体躯、目元は瞳がわからないほど黒く、頭部には猛々しく逆巻いた双角が男を貫かんとばかりに鋭利な先端部を向けている。

 とはいえ、男を睨みつけるそれは炎上鬼ではない。

 人の言葉を話すことや、得物が棍棒ではなく体と同様に深紅に染め上げられた大剣であること。鬼と勘違いした体躯も対炎場処理の魔術が施された鎧であるため明らかに人間である。

 だが、唐突に諍いに巻き込まれ混乱している男にはその判別すらつけられなかった。


()()()()に例えられたのは(いささ)か心外だが、まあ良い。そうだな……、敢えて『騎士連合』の者、『悪』を亡ぼす者と名乗ろう」

「ば、ばかな、『騎士連合』だと!? とっくの昔に解体された筈じゃ……! ひ、ひぃ……っ!!」


 味方であるとは思っていなかったものの、相手が明確な殺意を持っていると確信し、慌てて逃げ場を求める男だが、いつの間にか炎上する瓦礫が逃げ道を潰していた。

 ……いや、そうではない。角の騎士と同じく朱い鎧を身に纏った者たちが行く手を遮っていたのだ。


「貴様が『悪』である限り、逃避するすべなどない。また、『悪』を糺す者は決して亡びぬ。己の業を悔い、死を以て非礼を詫びよ、外道」

「ま、まっ――――」


 大剣は目に留まらぬ速さで薙がれ、男に一言も告げさせることもなくその首を易々と刎ね飛ばした。

 静止した胴体が死を認知して倒れ伏しても、角の男は言葉を続ける。まるで、元から生命のない無機物に話しかけていたかのように。


「死を許しなどと決して勘違いしないことだ、悪行に手を染めた『悪』に許しなど与えられるはずがなかろう。また、貴様らの如く『悪』が際限なく顕現するのだ、故に『我ら(正義)』は亡びぬ。世の『悪』が尽きぬまで、『我ら(正義)』はその抑止力として顕在し続けるのだ――――む、雨か……」


 角の男は何の感情も持たず、ただ事実確認を行うかのように空を見上げる。

 首を失った男の死骸を手慣れた手つきで炎へと投げ込む騎士の一人が問いかけた。


「如何しますか、バイソン様?」

「引くとしよう。ここが潮時だ」

「お言葉ですが、東と西がまだ……」

「やむを得まい、火が消えてしまっては獲物が逃げる隙を与えているのと同じだ。我らの動きも阻害されることだからな。それに、やはり悪は悪同士、醜く同士討ちで潰し合ってもらうに限る」

「はっ! 承知しました!」


 敬礼するまだ年若そうな騎士を心底つまらなさそうにあしらうと、バイソンは彼の後ろで薪のように燃え上がり始めた名も無き『悪』へ濁った翠眼を向ける。

 ただただじっと、爛れ、縮こまり、形さえわからなくなりつつあるそれを介して、何か別のものを見つめているかのように。


「……して、この悪人は武器商人か。相も変わらず犠牲者を生み出す兵器を容易く売りさばく者たちは理解できぬ。そもそも、理解する気もないが」

「はい。ですが、この方面に武器を売っているような者はいなかったはず――――」

「如何にも悪党だとばかりの様相で逃げまどっていたが、ここで暴れていた者たちが原因であろうな。我々とは違い丁度西と東に居座っていたようだ。先ほど同様に奴隷に荷馬車を引かせて逃げようとした悪人が居たこともその一因であろう。無論、全員悪人故その場でたたっ切ったが」

「……失礼ですが、捕らえられた亜人もですか?」

「何を言っている? ()()()()()()()()()()()()。同僚の座に就く罪人たちも、この悪人と同様に叩っ切ってやりたいものだが、貴重な戦力を潰すほど(おれ)は愚かではない。……まさか貴様、亜人の肩を持つ気か?」

「と、とんでもな――――」

「ならば死を以て非礼を詫びよ、外道」


 抑揚無く淡々と発せられる言葉は、新たに悪人認定されて発言を遮られた青年の耳朶(じだ)に届くことはなく、できたことと言えばいつの間にか首から灼炎を(ほとばし)らせながら倒れ行く自身の肉体を仰ぐことだけだった。

 気を損なうような発言を耳にしただけで仲間を容赦なく叩っ切ったバイソンだが、周りの騎士たちは何一つ文句を告げることなく、新たに作られた死体を再び慣れた手つきで炎へとくべる。


「『暴牛(ぼうぎゅう)』バイソン・ベック・ブレーメンに、冗談でも悪人や亜人を擁護するようだと受け取れる発言はしてはならない」

 騎士連合解体以降、バイソンの下につくものは誰かが言い出したその言葉を常日頃から意識している。さもなくば、不用意に口を滑らせて胴体と首がおさらばした若い騎士の二の舞になるのだと知っている。


 先ほどバイソンが語っていた全員とは、文字通り奴隷商人だけでなく商人を逃がすために荷馬車を引いていた奴隷たちや、囚われたままの亜人も含めた全員だった。

 彼らが悪事を働いていなかったとしても、バイソンには関係ない。『悪』の手ほどきを受けた者、亜人とかかわりを持つ者であれば『正義』の前に亡ぶべきだと当然のように言ってのける。


 そんな非常に短気的な性格と強烈な『即悪亡』の信条故に"狂戦士"とまで語られているが、それでも彼らが恐ろしい騎士の下に就いているのは、連合所属時代から健在したままの高いカリスマ性からだった。

 その立ち振る舞いや際立つ雄叫びに自然と惹かれた者も少なくはない。不思議と人を引き付けるような、そんな魅力がこの男には存在している。


「先ほど暴れていた者と申しておりましたが、その者たちは我々の味方、でしょうか?」

「わからん。だが、この悪の巣窟で暴れているのだ。正義が何たるかを知る者であろうよ」


 バイソンが振るう力の全てに悪意、敵意など存在しない。ただ『悪』を亡ぼすために断ち切る、それだけに直結している。故にサルヴェイがこの場に居合わせなかったのはまさしく幸運だろう。

『暴牛』は彼が最も嫌う差別主義者の典型的な例であることは間違いないが、対峙した際にはなすすべなく首を落とされているに違いないのだから。


「撤収作業整いました!」

「……よし。諸君、今一度聞くがよい」


 金品を詰め込んだ大きな麻袋を抱えた四十名近くの騎士たちがバイソンの元へと整列する。

 その姿はさながら盗賊のようで、バイソンが嫌う『悪』そのものを具現化しているようにも見える。

 だが、双角の騎士が怒りに我を忘れ、自身の得物へと手を伸ばすなどといったことを行わない。

 当然だ。彼らはただ『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。


「我々は今から東へと向かい、兵站を確保する。そして船に乗り、次の大陸を目指すのだ。この大陸の『悪』を消し去ったとは到底言えぬが、世の『悪』は悍ましいから潰しておくに限る。近頃トゥエントリー沿岸国から逃げたとされる生物兵器どもを『正義(我々)』の手で滅すること、それが次の裁きである」


 あまりにも静かで耳を澄まさなければ聞こえないような通達。けれども、誰一人として口を挟む者はいなかった。

 首を落とされるという恐怖からではない、皆一様に()()()()()()のだ。バイソンの一挙一動と発せられる言葉の一つ一つに。


「先の戦争では、数多くの無辜の命が失われた。我らが誇る『十忠』も二人が斃れることとなった。これは全て『悪』が跳梁跋扈している世に原因がある。死と災厄を(もたら)す『悪』は『正義(我々)』が討たねばならぬ!」


 冷淡に告げられていた言葉へと次第に力がこもっていく。

『悪』を斬首している際は、さながら人形とも受け取れそうなほどに切り捨てる動作を繰り返すだけだった双角の男は、演説を始めた途端、命が宿ったかのように生き生きと声色高く熱弁をふるいだした。


「異端なるもの然り、異常なるもの然り、正常を逸脱した者は諍い及び禍を(もたら)す。故に異となりし者も『正義(我々)』が討たねばならぬ!!」


 次第に強まりつつある雨音も、火の粉が爆ぜる響きも、バイソンの咆哮を掻き消すことは出来ない。

 人ひとりが出せる声量を遥かに上回る、ともすればたった一人で大軍の鬨の声に騎士たちは一言も聞き漏らすまいと固唾を飲む。


「尊き命を不条理に刈りつくす者に、決して安寧なる生涯を与えてはならない! 強靭且つ圧倒的な正義を以て、世に跋扈(ばっこ)し悲劇を振りまく巨悪を(ただ)し、砕き、殺し、亡ぼす!! 我ら『騎士連合』はその崇高な天命を賜り、世の秩序を保つための機関である!! 故に『正義(我々)』が此の世の『悪』を焼尽せしめるのだ!!」


 一息で遂げられた演説が終わると、一瞬の静寂が場を包み――――。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 反動とばかりに『暴牛』の熱弁に()てられ狂気で彩られた歓声が轟く。

 だがそれは、未だ激しく燃え続ける炎と女神による大雨に飲まれ、何者にも悟られることなきまま『悪』の滅亡を大義名分の如く語られることとなった。

お疲れ様です。影斗 朔です。

『束縛の話』は今回で幕引きとなります。


束縛する者される者、そして自らを束縛してしまう考え方を持つことで悩み苦しむ主人公たちですが、彼らはそれに対して答えを出しました。正しいかはさておき、ですが。


それでも自らを縛り続けるよりは、仮初であったとしても答えを出してしまったほうが良いのではないかと自分は考えています。

何より蟠り続けていることが自身への負担につながりますからね。


読者様にとって『束縛』とは何でしょうか?


この物語が少しでもその答えに導くお役に立てたならば、これ以上の喜びはありません。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。


次回は長くなりそうなので、一話ごとの話を短くしながらも、短期的な更新を行っていく予定です。

三日に一度ぐらいですかね。


次回のキーワードは――――。

・海賊

・子供しかいない島

・隠された秘宝

・絶対安静

・鯨男

・『自分が自分であることを許せ』

となっています。


というわけで……。

【波濤編:第二話】『寛大』な話

期待してお待ちいただけたら幸いです。

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