白瑪瑙のお守り
「――――ほほぉ。そのような過去があったとは、バリューどのも苦労なさってたのですなぁ。ちなみにライトのダンナァ、相棒の事情を知らなかったとか、割とナイですぞ?」
「いやはや、返す言葉もないな……」
あの後、二人はサルヴェイと共に、大型の馬車に乗って大急ぎで港町へと向かっていた。と、言うのも、バリューが"おじさん"との過去を話し終えた頃には夜が明け、だいぶ日が昇っていた。
マーケットにて力を用いたことで、海の天候は既に安定している。
スミレからそのことを聞いたライトたちは、船に乗り遅れてはならないと慌てて屋敷から出ようとしていた。
サルヴェイからは次の便に乗ることも検討するように言われるが、次の便がいつ来るのかわからない以上、乗り逃すわけにもいかない。
それに便乗するかのように、スミレも天候を安定させるため元の場所へと帰る事になり、ライトたちと同様に徹夜していたヒスイ、アイナ、ナトリーらもどこからか話を聞きつけて、サルヴェイも街中まで同伴することになった。
勿論、全員が入れるような乗り物など屋敷にあるはずがないため、ナトリーに馬車(馬込み)へと変身してもらっている。
ちなみにナトリーの変身は意識がないときには元に戻ってしまうらしく、それを防ぐためにも四人で何を話していたのか聞かせてほしい、とのことだったので、バリューは今一度、自身の過去について話していたところだった。
……そして、話を聞き終わった彼女の第一声が先ほどのツッコミである。
「私が言わなかっただけだから、そんなに気にしなくていいってば。ナトリーもあまりライトを責めないでよ」
「いや、本当に申し訳ないね、バリュー君。酷い怪我を負わせただけじゃなく、よりにもよってあんな言葉までかけてしまうなんて……」
「もう! 思い出したサルヴェイまで落ち込んでから! 別に気にしてないってば。それより、"理想郷"が完成したら真っ先に教えてよ。ちゃんとした出来栄えなのか、機会があったらしっかりチェックしてあげるから」
「はは……、是非頼むよ。バリュー君が認めてくれるのなら自信が持てるからね」
一人運転席に座っていたサルヴェイは、バリューの過去を聞いて自分が行ってきたことに深く反省し、落ち込んだ顔をするたびに彼女から幾度も怒られたからか、ばつが悪そうな笑みを浮かべていた。
そんなシルクハットの男性へ、それにね……、とバリューは言葉を続ける。
「きっと、サルヴェイなら"理想郷"を作り出せるって思うんだ。だって、サルヴェイの考え方は、どことなく"おじさん"に似てるから」
「――そうかい? だとしたら、なおさら努力しなきゃなあ」
右手を軽く叩きながらようやく嬉々と返事するサルヴェイへ、バリューも同様に満面の笑みを返した。
「それにしても、旅館蝸牛なんて高い乗り物を扱っていたとなれば、業界では相当に有名だったんじゃないのか?」
「んー、そうでもなかったよ。こういったマーケットには参加してなかったし、旅館蝸牛だって、買主の悪事を暴いて一躍大金持ちになった1からの贈り物だったって、"おじさん"は言ってたしね」
「つまり、バリューどのは、その1どのとは会ったことがない、ということですな?」
「うん。売れるのは番号順とは限らないんだけど、1は結構早かったらしいよ」
「なるほどな」
「お話の途中で申し訳ないけど、もうすぐ街の入り口にたどり着くから、寝ちゃっている二人を起こしてもらえるかい? 誰かに彼女たちの姿を見られて、噂でもされてはたまらないからね」
「いつの間にかマーケット跡地を通り過ぎていたんだな」
サルヴェイの背中が見える窓の外へと視線を移すと、彼の言う通りだんだんと《チルダ》の街並みが映り始めていた。
「わかった。おーい、起きてー!」
「んうっ……?」
バリューが近くにいた(というよりも、近くに顔があった)アイナの肩を大きく揺さぶる。
目覚めが良いのだろう、眠そうな声を出し彼女はすぐに起きるも、その目には明らかに睡眠不足のせいだと思われる濃ゆい隈が出来ていた。
「ああ……、そろそろ到着するのね。じゃあ、ヒスイを起こすわ……。それと……、あんたのその顔は何?」
「いや、眠たいなら無理についてこなくても良かったのに、と思ってな」
「あんたたちはついでよ、ついで。わたしはスミレに別れの挨拶をするためについてきたんだから」
寝起きだからか少しイライラしている素振りだったが、何を思ったか急にぷいとそっぽを向く。
「でも、一応礼は言っておくわ。あんた……いえ、ライトがいなくてもそのうち脱走してたけど、わたしだけじゃどうせ途中で連れ戻されていただろうから。それに、あの鉄格子を力技で壊してたかも……ひぁっ!? ち、ちょっと、ヒスイ! 急に体を引っ付けてこないでよ!」
「ふわわぁ……。なぁに、もう着いたのぉー?」
「はは、もう少しで到着するから、ちゃんとコートを着込んでおくようにね」
「はぁい……」
アイナの折り曲げられている胴体の上に小さく丸まって寝ていたヒスイは、翼を器用に使いながら幹のような体躯を押しのけてコートを探す。
その行動で触れる羽毛がくすぐったいのだろう、ヒスイのもそもそするたびにアイナは小さく悲鳴をあげていた。
そのうち目当てのコートを見つけたのか、ご自慢の羽が見えないようにこれまた器用に着こなすと、ヒスイはまたもやうとうとしている。
顔を真っ赤にしたアイナは恥ずかしがりつつ本気の怒り顔をしていたが、静かになったことを確認すると、ようやく一息つけるとばかりに大きくため息を吐いていた。
「あぁそうそう、そのうちわたしも出ていくと思うから、今のうちに言っておくわ。サルヴェイ、何かあったらすぐ呼びなさいよ。わたし、やられたままってのは性に合わないの」
「それなら、遠慮なく呼ばせてもらうよ。アイナくんも、長い間付き合わせてしまって申し訳なかった」
「反省しているならそれでいいわよ。――――ねぇ?」
「……待てアイナ、なぜそこで俺を見る」
「さあ、何でかしら?」
よくよく考えてみると、熱源感知器にされたり高所の窓を覗くための足場にされたりとライトの言いなりになっていたが、そのことで感謝されてないことを思い出したので、アイナは再びイライラとした様子でライトへと悪態を向ける。
一方、アイナの言葉でふとある事実を思い出したバリューは、口喧嘩をしているライトたちへと慈しみの視線を向けるスミレに問いかけていた。
「そういえば、スミレはこれからどうするの? また昔のように……」
「もちろん、洞窟暮らしの生活に戻ります。ですが、サルヴェイさまが秘密裏に道を開拓してくださるそうなので、変装さえすれば、気軽に外へと出られるようになります!」
「結局閉じ込められることになってしまうなら、僕が手放したところで元も子もないからね。それくらいのことは……いや、僕にできることなら何だってやるさ」
「そういや、せっかく助けてもらったってのに、あっしもそのうち出て行く予定なんですわ。すまねぇなサルヴェイのダンナぁ」
「じ、実はあたしもー……」
「なんだ、君たちもそうだったのか。……ちょっとばかり残念だな」
アイナと同様、ライトと共に脱走した二人のことなのである程度の想定はついていたが、やはり出ていくと言われるのは堪えるのか、運転席に座ったまま、振り向くことなくがっくりと肩を落とす。
「でも、いいんだ。僕も色々と考えを改めさせられたよ。それに、お金じゃ手に入らないものも得られたしね。――さて、そうこう話しているうちに到着だ。くれぐれもライトくんとバリューくん以外は降りないようにね」
ナトリーはサルヴェイが持っていたカタログを見て高級そうな馬車へと変身している。なので窓にはカーテンがかけられており、外からの視線対策は十分に出来ているが、流石に出入口まではそうもいかないため、外からスミレたちの姿が見えないよう慎重に馬車を降りる。
馬車の中で街中を見てなかったこともあるが、街の様子はライトたちが知るものとは少々異なっていた。
「ん……? 随分と静かだな」
「この町で朝方から人がいないなんてこと、今まで一度もなかったよね?」
「……怪しいな」
「……うん、怪しい」
暗雲がなくなったことで絶好の洗濯日和だというのに、子供一人すら外に出歩いていない。
より正確に言うのならば、人々の気配すらその場から一切感じられなかった。
あまりにも不自然な状況なこともあり、ライトとバリューは緊張で身を引き締めるが、異様な光景を目にしても動じていない者が一人。
「うーん。多分だけど、みんな海にいるんじゃないかな」
「……もしかして、天候が回復したからか?」
「うん。どうもこの国の人たちは神様の信仰を始めたらしくてね。聞くところによると、神様のことを聞いて回っている背の高くて若い女性がいたって話だとか」
「…………!」
あっ、と声を漏らしそうになりバリューは咄嗟に兜の口元を手で覆うが、そんな怪しい行動をしている時点で誰の目から見ても言いふらしの犯人であることはバレバレであった。
「ありがとうございます、バリューさま!」
馬車の窓を一か所だけ開け、そこから顔を覗かせたスミレは感激のあまり深謝していた。
まがいなりにも神様である彼女に深々と頭を下げられて、慌てない人はいない。
「わわっ! わ、私は、何も……!」
「いえいえ、たとえ自分のためだったとしても、わたくしの存在を、誰にも知られることのなかった行いを国の方々に教えてくださったのです。これくらいの感謝はさせてくださいませ」
「……わ、私こそ、あ、ありがとう?」
「まあ、伝わってはならない相手に聞かれてしまっているんだから、本来は良くないんだけどな」
「もう! そんなこと言わなくたっていいじゃん!!」
茶化されたことに怒るバリューだったが、馬車の中から聞こえてくる忍び笑いと優しそうに微笑むスミレとサルヴェイの視線を感じて、彼女も同様に口元がほころんだ。
うん、やっぱりみんなが笑顔でいられるのなら、それでいい、それが一番なんだ、と。
「すまない、少しだけ歓談していてくれないかな? 急に連絡が入っちゃってね」
「出航までまだ少し余裕はあるから大丈夫!」
「本当に申し訳ない……。失礼するよ」
胸ポケットに入れていた"魔機話"を取り出すと、運転席から飛び降りて少し離れた場所で話し始める。
大金持ちとはいえ際限なく財を使えるわけではない。サルヴェイは働きながらも"理想郷"を目指していたのだ。
当然ではあるとはいえ、そう簡単に両立できない二つのことを行っている彼に尊敬の眼差しを向けるライトだったが、自分にも視線を向けられていることに気が付き、開かれている窓を向く。
「あんたたちは確か、借りたものを返しに行く旅だったわよね?」
「そうだ。大切な人から預かったものなんでな、できれば早く返したい」
「ここからずっと遠くの場所に行かなきゃだから、あんまりじっとしているのもよくないしね」
「だからあんなに急いでいたんですなぁ。かといって焦りは禁物ですぞ、いつ何が起きるかわからないぜぃ?」
「ああ、肝に銘じておくよ」
窓枠はいつの間にか全員が顔を出しぎゅうぎゅうになっていた。
おかげでカーテンの意味がほとんどなくなっているが、顔しか出せていない以上、誰が見たとしても三人が人間でないことは気づかれないだろう。
「そういえば、みんなもこれから出て行くって言ってたけど、どこに行くの?」
「アタシは花嫁修行のために、近くの鳥人族たちから色々と教えてもらおうと思ってるんだー」
「ヒスイのことだから、ついでに理想の相手も探しそうだな……」
「そ、そんなことないもん。ディジーの意地悪ぅー!」
「そういえば、結局そのあだ名でヒスイに呼ばれたことなんて、ほとんどなかったな」
よく考えてみると会話する機会ですらあまりなかったな、と今更のように屋敷でのことを思い返す。
戻ってからは奴隷たちの部屋案内もあり、ヒスイ、アイナ、ナトリーの三人とは本当に最低限の会話しかしていない。
もう少し話しておくべきだったかな、と彼にとっては珍しく名残惜しさを感じ、気を紛らわせるように肩を上げ下げする。
実はあの後、適切な処置をしてもらえたからか痛みを感じなくなったので、ライトは右肩を吊っていた三角巾を既に外していた。
「わたしは一旦故郷に帰る予定。危険が伴う旅になると思うからその前に仲間を集めなきゃだけど」
「あっしは自分探しの旅をする予定ですぜぃ。なんだかんだで自分のルーツが何なのか気になるのでしてな」
「そっか。みんなこれからどうするかちゃんと考えているんだね……」
屋敷から出ていくと言っていた三人とも、しっかりと今後の計画を立てていた。
それは誰かに導いてもらうといったものではない。
時に誰かに頼りながらも、自らの力で目指すべき場所へと向かおうとする強い意志を感じられる、そんな意気込みだった。
「さて、と。どうもサルヴェイはまだ手が離せなさそうだな」
「ちゃんと挨拶出来ないけど、そろそろ時間もないし、私たちはここで――――」
「ライト君たち、ちょっと待ってくれ!」
「……?」
四人へと手を振って別れを告げかけていたライトたちだったが、サルヴェイの鋭い叫び声を聞き、思わず足を止める。
「失礼……それは本当かい? ……ああ、わかった。連絡ありがとう。じゃあ……。 いや、急いでいるところを引き留めてしまって申し訳ない。けれども、君たちには伝えておくべきだと思ってね」
"魔機話"で話しながら慌てて駆け寄ってきた彼は、焦りと憎々しさが交じり合ったような、何とも複雑な表情となっていた。
「伝えておくこと?」
「うん。やっぱりあの火を放ったのは、騎士連合の者たちの可能性が高い」
「……というのは?」
「実はね、騎士連合を名乗る者たちが各国で暗躍しているという噂を先ほど聞いたんだ。どうやら『完善消悪』をモットーに、悪事を働く者は皆殺しにしているらしい。それも、老若男女、悪事の大小や理由を問うことすらなく、ね」
「なんて惨い……」
「それに『連合』に限った話じゃないけど、マーケットを潰そうとしている首謀者が他にもいて、まだ付近に残っている可能性は十分にある。国外に出るときは後を追われてないか気を付けてほしい」
「今までも気を付けてはいたけれど、これからはより一層気を付けろってことだな。わかった」
「ああそれと、きっと君たちの道行きを邪魔してくるような不届き者がいつかは現れると思う。だから、君たちの旅が無事に終えられることを祈って、このお守りを渡しておくよ」
そう言いながらライトたちへと手渡したのは、白瑪瑙をゴム紐で繋ぎ合わせた小さなブレスレット。
鎧を常に装着しているバリューでも、この程度の大きさなら動きが阻害されることはなさそうだ。
それに、ただの装飾品というわけではない。
「……これは?」
「僕の加護をちょっとだけ施している試作品でね、身に迫る悪意を知らせ、ほんの少し攻撃を抑えてくれるはずだ」
「凄い! これだけで敵味方の区別がつけられるだけじゃなくて、攻撃も抑えてくれるなんて! ありがとう、サルヴェイ!!」
「いやいや、むしろこれくらいのことしかしてあげられなくて、申し訳ない気分だよ。他に、何か必要なものは無いかい? 僕に出来ることなら――――」
「と、とりあえずは現状で十分だ。これ以上持っていけるようなものはほとんどないからな」
(あっ、随分とお節介だったのは、媚を売るためじゃなくて素の性格だったんだ……)
サルヴェイがマーケットにてバリューへと度々お礼をすると言っていたのは、下心があったからというわけではなく、純粋に相手のことを重んじてのことだった。
悪意や敵意を知り尽くしている彼ならば、逆にそれらを効率的に利用することもできるに違いない。
だが、サルヴェイから見て敵ではない者、敵意や悪意を向けてこない者は、好意のみで対応している。
それは悪意や敵意といった者を心から憎んでいるからこそなのだろう。
――――毛嫌いしている加護に敢えて守られていることも、きっと……。
「それじゃ、元気でね。何かあったらすぐに連絡するんだよ」
「アタシも花嫁修業頑張るから、二人も長い旅を頑張ってねー!」
「まあ、元気でいなさいよ。身も心も疲れちゃったら何もできないんだから、たまには休息も取りなさい」
「あっしも各地を旅するんで、もしかしたらまた会うかもですな。そんときは旅の話に花咲かせましょうぜ!」
「ああ、またいつか会える時まで、な」
「みんなも元気でね! 短い間だったけど、いろいろ楽しかったよ!」
短い別れの挨拶をすませ、ライトたちは人無き大通りを駆け出していく。
そんな二人の姿が小さくなるまで、サルヴェイたちはずっと手を振り続けていた。
「……それでー、聞いてもいい?」
「――――なんだい?」
「どうして、泣いてるの? 別れるのが寂しいとかー?」
「いや、歩もうとしていた道を、いつしか踏み外していたんだな、って思うとね。それと、二人と会って、世界は案外狭いんだってことも思い知ったからかな」
安心しきったような顔で笑いながら、男性は頬に伝っていた熱い雫を拭う。
相変わらず『心象閲覧』で心を読みつつ、それでも空気を読んだスミレは、ただサルヴェイの顔を見つめたまま、ニコニコと満面の笑みを浮かべているだけだった。
「さっぱりわかんないんだけど……寝起きのせいで頭が回ってないからかしら」
「あっしもいい加減疲れましたぞ……、話が長くなりそうなら、ここで一眠りしてもいいですかい?」
「ああ、ごめんごめん! 名残惜しいけどみんな疲れていることだし早く行こうか」
眠ってしまうと変身が解けるナトリーに文句を言われたサルヴェイは、慌てて運転席へと戻る。
その際に、今一度だけ汽笛を鳴らし始めた蒸気船へと駆け出す二人に目を向けた。
間違いなく彼らの行先には数々の困難が待ち受けている。それでも、その障害を乗り越えて、きっと目的地まで無事にたどり着けると、その背に声にならないエールを送りながら。
(そうだろう? ライトくん、バリュー……いや、33くん)
同郷の者として会うことはなかったけれども、共に"おじさん"のもとで仲良く暮らしていた仲間である33から視線を外したサルヴェイこと1は、その後、決して振り返ることなく、静かに馬車を走らせた。
*
そんな彼らのやりとりを、近くの家屋からひっそりと隠れて聞いていた者が一人。
質素でとてもではないが裕福そうに見えない男性だが、その近くには深紅の鎧が綺麗に並べられており、兜にはトライバル模様の仰々しい剣の刻印が押されていた。
「――――『ディジー』だと? それに、あの剣はまさか……! こうしちゃいられねぇ! 早くバイソンさんに伝えねば……!」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、男は持っていた"魔機話"で連絡を開始する。
自分の上官であり、一生をかけても届くはずのない地位に立つ方だが、平常騎士の自分に大役を任せてくれた以上、その働きに応えようと必死になっていた。
――――他でもない、騎士連合十二幹部が一人、『暴牛』ことバイソン・ベック・ブレーメンに。
*
「はぁ、はぁ……どうにか、間に合ったな」
「ふぅ。少し話しすぎたかもね……」
女神様ことスミレを崇め感謝している人波を掻き分け波止場にたどり着くと、まだ客が乗船している途中だったこともあり、二人は安堵のため息を漏らしつつ、睡眠をとっていない体を叱咤しながら、船着き場へと早足で進む。
ここから先は乗客と船員以外通行できない。そんなこともあって作業中の船員を除けば誰もいない道を歩む二人だったが、一切会話することなくライトは物思いにふけっている。
というのも、彼自身がバリューへ本当に聞きたかったことを問いかけられていないため、そのタイミングをうかがっていたのだが、今が一番の機会なのではないか……と考えていた。
勿論、客室内でも出来なくはないが、誰かに聞き耳を立てられることもある。それに比べてここは、波が押し寄せる音と水夫たちの掛け声で近くの相手にしか声が伝わらない。
問題はそれを問いかけて自分がどうしたいのかが、はっきりとしていないこと。
そこから先を考えようとすると、なぜか靄がかかったかのように思考がうまくいかなくなっていた。
(くそ……何を悩んでいるんだ。普段通りに問いかければいいだろ! 乗船口まであと十数メートルもない。問いかけるなら今しかない!)
「なあ、バリュー。少し聞きたいことが――――」
「…ライト、先に客室へと行け。私はこいつと話がある」
「な、ん……?」
ライトが思い切って問いかけようとした途端、その場に立ち止まったバリューは指差し点検をしている男性に目を向ける。
彼女の視線に気が付き振り返った男性は、いつも波止場でバリューと口喧嘩をしていたあの男性だった。
実は彼女もライトと同様に、男性へと声をかけるかどうか先ほどまでずっと悩んでいた。そのため二人は会話するという行動をとらなかったのだが、本人たちはそのことに気づく由もない。
「話って、喧嘩じゃないよな?」
「…当然だろう、今まで迷惑をかけた分を謝るだけだ。とはいえ、喧嘩するかは相手次第といったところだが」
「――――わかった。けど、時間が押しているから絶対に喧嘩するなよ!」
「…善処する」
問いかけを言い出せなかったことに内心もやもやとしながらも、男性との会話を了承したライトは、なるべく早くしろよ、と念を押し先に乗船口へと向かって行った。
――――そのタイミングで、ようやくバリューと男性の相手に対する圧が消えた。
この場にサルヴェイがいたら、きっと呆れられたことだろう。
今にも一触即発な雰囲気を醸し出しているのに、悪意も敵意もなく言い合う必要なんてあるのか、と。
「わいとしては、彼がいても別に気にしねぇが?」
「……だって、あなたが気にしなくても、私は誰かがいたらどうしても気にしちゃうもん」
「はっはっは、そいつは難儀だ! ――――っと、時間が押してるんだったよな」
男性は今まで発したことのないような豪快な笑い声をあげながら、目の前に立つ大きな鎧へ、先ほど思い出したかのようにつけられたあだ名で呼びかける。
「いやぁ、まさかこんなところで会えるとは思わなかったぜ。元気にしてたか、33。今はバリューって呼ばれているみてぇだな」
「うん。色々あったけど、元気にしてるよ。22は船乗りになったんだね」
「おうよ。まあわいも紆余曲折あって、今はここで働いてるっつーわけよ」
昔とは比べ物にならないほど筋骨隆々になった男性はニッと笑う。
だがその笑みは、数年たった今でも22が33をからかうときによく浮かべていた意地の悪そうなもののままだった。




