Past:"おじさん"の誇り
むかしむかし、粉雪の舞い落ちる故郷から遠く離れた見知らぬ土地で、一人死を待つだけだった少女がいました。
少女の瞳は影を落とし、世の中の全てを信じられなくなったのか、膝を抱えて眠ろうとします。
「おぉい、生きてるかぁ?」
「……?」
そんな時、頭のくしゃくしゃと揺さぶられたので、少女は顔をあげます。
そこに立っていたのは、彼女が見た事のない見窄らしい人間の男性でした。
「オメェさん、そんなところで寝てたら死んじまうぞ?」
「……別に、死んだっていい」
少女は感情すら表に出すことなく、そうはっきりと告げます。
彼女の心の中には、それほどまで深い絶望感に覆われていたのでした。
そんな少女を見た男性は頭を抱えます。
――――何とも言えない悔しそうな顔で。
「死んだっていい、だと……? そいつは勿体ない! そんな勿体ないことをするくらいなら、おっさんの奴隷になっとくれよ」
「……奴隷?」
「おうよ。生きてるもんは何かしらの能力を持ってる。優劣だとか、得手不得手だとか、そんな物差しで物事を捉えるよりも、あるものでどうとでもなるってことを教えてやんよ」
「――――わかった」
どうせ死ぬ予定だったからと、少女は一つ返事で了承します。
子供のように大喜びした男性……自称"おじさん"は、動けなくなっていた彼女を背負い、大急ぎで自身の家へと帰りました。
そして、目的地に着くや否や、少女は想像していた奴隷商のイメージと、"おじさん"がだいぶかけ離れていると気づくことになります。
「よぅし、着いた。紹介するぜ、コイツがおっさんたちの根城だ」
そう言って"おじさん"が少女に見せたのは、大きなお屋敷を背負った旅館蝸牛でした。
きっと"おじさん"の帰りを待っていたのでしょう。硬質な皮膚に雪を積もらせたまま、その場で動きを止めています。
見たことのない巨大な生物に少女が圧倒されていると、旅館蝸牛の背中から、見た目も年齢も、それに種族さえも違う三人が、"おじさん"を迎えるように出てきました。
「"おじさん"! お帰りなさい!」
「おう、ただいま。7」
7と呼ばれた栗毛色の犬人族の女の子が、"おじさん"の足に抱き着きます。
"おじさん"は少女を背負ったまま起用にその子の頭をなでていました。
「やはり"おじさん"が誰かを連れてくると大悪党には見えないよなぁ。いや、立派な悪党なのは事実だけど」
「おいおい、随分な言いようじゃねぇか29。今晩の飯は普段の半分くらいにしてやってもいいんだぜ?」
「そんなぁ! 勘弁してくれよー!」
小言を口にした29という小太りの丘巨人は、見た目通りの大食漢なのか、"おじさん"に叱られてしょげかえります。
「それより、その子どうしたのよ。まさか……遂に人さらいの一員になっちゃったわけ……?」
「んなわけねぇだろ3。コイツはこんなに雪が降っててさみぃ場所だってのに、道端で一人うずくまっていやがった。それに死んだっていいって言ってたんだぜ?」
「だから拾ってきたってことね。はぁ……お人よしなのか悪党なのか、ほんと"おじさん"ってよくわからないわ」
3と呼ばれた女性は呆れたように"おじさん"へと眉をひそめていました。
"おじさん"は少女以外にもこうやって子供を拾ってくることがあるみたいです。
そんな彼女たちも奴隷なのでしょう、それぞれに違った首輪を付けられていて、丁寧に番号札までつけられていました。どうやら彼女らの名前は、そこからとっているようです。
ですが、手枷や足枷は一切つけておらず、首輪から伸びるリードのようなものすらつけられていませんでした。
おかしいな、と少女が疑問に思っている間に、旅館蝸牛の背中から、多くの人たちが出てきます。
その数、およそ二十人ほどはいるでしょうか。小さな子供から青年までの幅広い年齢層の奴隷たちが、"おじさん"の帰りを待ちわびていたようです。それも、誰一人として嫌な顔一つすることなく、むしろ帰ってきたことに喜ぶほどでした。
少女の目から見たその様子はまるで、奴隷と売人というよりも、大家族の大黒柱とその家族たちのように見えていました。
「よぅし、オメェさんは33番目の奴隷だから、とりあえず33って名乗っとけ。明日には首輪もつけてやるからな」
「……ミツ、ミ?」
「ああ、33だ。よく覚えておけよ」
その時、少女が覚えたのはとても不思議な感覚でした。
自分の名前はちゃんとしたものがあるし、家族にもその名前で呼ばれていたので、何とも思ったことはありません。
ですが、"おじさん"から33と名付けられたことで、いつ以来になるのかわからない心温まるような感情が押し寄せてきていたのです。
「さて、と。いいか33、奴隷になったからにゃ働く必要がある。それはわかるよな?」
「……うん」
「けどな、そんな貧相な体じゃ働くこともままならねぇ。こういった時は、どうすればいいかわかるか?」
「それは……」
"おじさん"の背から降ろされると、急に問いかけられて言葉に詰まった少女……33に、"おじさん"を含む四人が顔を見合わせてにやにやと笑いました。
「勿論、働くための体づくりに決まってるよね!」
「おぅい、家事担当! 新入りの世話は頼んだぞ!」
「13、27、30! あんたたち年齢近いでしょ? 仲良くしてやりなさいよ!」
29と3の大声が聞こえたのか、はーい! と元気よく駆けだしてくる色とりどりの髪をした女の子たちが、あっという間に33の体を軽々と担ぎ上げます。
いくら痩せているとはいえ、33は一族の中でも背が高いのでそれ相応に重たいはずなのですが、そんなことを感じさせないくらいひょいっと持ち上げられたのでした。
「……え? ……えぇっ!?」
困惑する33をさておき、女の子たちはそのまま即座に旅館蝸牛の中へと戻っていきます。
――――そこからは、本当に色々とありました。
身体が芯から温まるお風呂に入れられて垢だらけになった体を女の子たちから優しく洗われたり。
誰のおさがりでもない新品相当の可愛らしい服に着せ替えられたり。
あったかくて美味しいごはんをお腹いっぱい食べさせられたり。
今まで見たことすらなかったふかふかのベットに寝かしつけられたり……。
わけのわからないほど優しく迎えられた33は戸惑ってばかりでした。
そんな不自然な歓迎を受けた33ですが、翌朝になるとその理由をはっきりと知ることになります。
「ほら、起きて33! 今日からお仕事なんだから、働かないと"おじさん"から追い出されちゃうよ!」
そう、昨日の熱烈な歓迎は、次の日からの労働を約束させるような、一種の契約だったのです。
ですが、33は文句一つすら言うことなく、黙ってみんなの見よう見まねで働き始めました。
"おじさん"に拾われる前、33にはいろいろと事情があり、普通の生活すら出来ないこともありました。
なので、働きさえすれば文句を言われることもなく食事と寝床を与えられるのならば、それだけで彼女には十分だったのです。
むしろ、働き始めてから33は無茶ばかりするようになり、そのたびに同じ奴隷の人たちは心配されたり叱ったりしていたのでした。
「おいおい、また辛気臭い顔してんのかぁ、33ィ? 少しはわいみたいに笑える努力でもしてみろよ、なあ?」
「……」
――――中でも、22はそんな彼女が気に食わなかったのか、こんな感じでずっとちょっかいばかりかけていました。
そんなある日、ついに罵詈雑言に耐え切れなくなったのか、33が22へと殴り掛かる事件が勃発します。
既に齢二十を超えている男性の22に対して彼女はまだ子供でしたが、背丈と腕っぷしは相応にあったため、周りの奴隷たちは慌てて"おじさん"を呼びに行きました。
とはいえ、結果は当然ながら先頭知識を持っていた22が完勝。33はただ返り討ちに遭います。
地面に組み伏せられた彼女は、あまりの悔しさからか舌を噛み切ろうとまでしますが、それすらも22に止められてしまいました。
「なーにやってんだお前ら……。特に22、良かれと思って色々言っていたそうだけどよ、それで相手を追い詰めちゃい見ねぇだろうが。今日から一か月は毎日風呂掃除して反省しろ。……それと33、オメェはちょっと面貸せ」
駆け付けた"おじさん"は状況を鑑みると22を叱りつけ、その後33を屋根上の物干し場所へと呼び出します。
33が渋々呼び出された場所へと向かうと、"おじさん"は困ったような顔で彼女を散々叱りつけました。
22にちょっかいをかけられて嫌だったことを、どうして言わなかったのかと。
いつも暗い顔をして誰とも話そうとしないのかと。
その割に、人に代わって無理ばかりして、自分のことを考えないのはなぜなのかと。
……でも、"おじさん"は決して怒っていたわけではありません。
ただ、33の悪いところを諭し、改善しようとそう言ってくれていたのです。
この時になって、彼女はようやく自分のことをぽつぽつと語り、ようやく昔の自分と向き合うことができました。
それは間違いなく、周りの奴隷たちや22、そして"おじさん"のおかげでした。
それから、33は少しずつですが同じ奴隷たちと話し始めます。
最初こそ"おじさん"や奴隷たちへとろくに関わることすら出来ませんでしたが、段々と馴染み始めると自分から話しかけるようになりました。
……ですが、それでもわからないことはありました。
奴隷たちは仲間が売れたら喜び、売れなかったら共に悲しみ、励ましの言葉を投げかけていたのです。
普通は逆なのではないかと思った33は、"おじさん"に聞いてみることにしました。
「"おじさん"は辛くないの?」
「あん? 何がだ」
「せっかく育てた奴隷を売っちゃったら、もう会えなくなっちゃうんだよ?」
「あーその話はやめてくれ、良心に効く」
「自称大悪党って言ってなかったっけ?」
「随分と生意気になりやがったなコノヤロウ。さては22との口喧嘩で学んだな?」
「さあ、どうだろうね?」
「ったく。……寂しいに決まってんだろ、言わせんなよ恥ずかしい」
「やっぱり」
「けどな、俺はこの商売で生計立ててんだよ。あと、みんな奴隷になることを同意してくれてんだ、どこに出しても恥ずかしくねぇ立派な奴隷にすりゃあ、値が高く付くし俺の株も上がる。……それになぁ、何もできねぇって嘆いてたやつらが自分にできることを見つけ、上向いて先へと進んでいく。おっさんはな、その手伝いができることが何よりも誇らしいんだ」
その言葉に33はハッとしました。
きっと、このお屋敷から出ていってご主人様のもとで働き始めることこそ、昔の自分から脱却して今を前向きに生きていくことなのだと。だから、みんな成長して旅立っていく仲間を喜び、届くことのない祝福の言葉を投げかけているのだと悟ったのです。
*
それからおよそ2年の月日が流れ……ついに33の順番が回ってきます。
この頃には、もう13、27、30、7、29といった、33が入った時にいた奴隷たちは殆どいなくなっていました。
「お前ら、とうとう明日は 33の交渉日だ。国王に売るのは始めてなもんで、おっさんもポカしねぇか不安でいっぱいだが、そんなもん気にせず今日は楽しめよ!」
"おじさん"の号令で、広間に集まった奴隷たちは沢山のごちそうにありつき始めます。
誰かが売りに出される際、"おじさん"はいつも売りに出る者を主賓に、こういったお別れ会を開いていたのでした。なので、今回は33を主賓として招いています。
――――が、その場に彼女の姿は見当たりません。
しかし、"おじさん"は33がどこにいるのか知っていました。
「やっぱりここか。主賓がパーティーの席を外すなんてよくねぇぞ、33」
「"おじさん"……」
屋根上の物干し場所にいた33は、しんしんと雪が降り続けている寒空を見上げながら膝を抱えていました。
エルフである彼女は、二年間で見た目が大きく変化するほどの成長はしませんが、ここにきてから内面的な部分は大きく成長していたはずでした。
ですが、今の彼女は"おじさん"に拾われたころと同様に、このまま雪の中に埋もれてしまってもいいとばかりの顔になっていたのです。
「怖がる必要なんてねぇよ。お相手は心優しい女王サマだって話だし、33ならきっと――――」
「……私に、そんな価値なんてないよ」
「おいおい……。まーだそんなことを思ってたのか」
呆れたとばかりに大きなため息を吐きながら、"おじさん"は33のすぐ隣まで来ると、どっかりと腰をおろしました。
「いいか? おっさんは奴隷商だから口を大にして言うことはできねぇけどよ、誰かのためでいようとするな、自分のために生きろ。誰が"33"を無価値だと言ったところで、自分の価値は自分にしか決められねぇ。誰かに決めてもらったところで、自分がその価値に見合ってなきゃ意味ねぇしな。だから、卑下するだけじゃなく、誠実に定めるべきことなんだ」
「自分の価値は、自分で決める……」
「ああ、そうだ。……けどまあ、これだけは言っておく。今の33は地の底に埋まっている名もない原石だが、磨けばそりゃあ見事な輝きを見せてくれると、おっさんは思ってる。だから、自分なんてと思って閉じこもってばかりいるな」
「……うん、わかった。ありがとう、"おじさん"」
「うっし、腹も減ったしさっさと戻るぞ」
"おじさん"に励ましてもらったおかげか、暗くなっていた33の顔から憂いは消えていました。
こうして立ち直ることができた彼女は、"おじさん"と共に急いで会場へと戻ります。
実は、この会話が後に彼女の在り方を左右することになるのですが、二人は到底知る由もありませんでした。
*
翌日、王宮に招待された33は"おじさん"と共に、女王様と謁見します。
女王様は"おじさん"よりも断然若い方でしたが、接してみるだけでその手腕がいかほどの物なのかわかるくらい、立派に国を支えているようでした。
「……と、いうわけでしてね。妖精術が使えなくとも、この子の身体能力は非常に優れているのです。身辺警護から普段の城内整備まで、そつなくこなせることでしょう。……どうです? 今なら特別にお安くしてもかまいませんよ?」
「……ふむ、そこまで言うのであれば欲しくなってきてしまうな。さては其方、商売上手だな」
「滅相もございません! 彼女の価値をわかっていただけるだけでも、わたしとしては感謝の極みですのに、そのようなお言葉まで頂けるとは……!」
いつもとは違う"おじさん"の様子に、普段の33ならば吹き出してしまいそうですが、この時はひどく緊張していて、それどころではありませんでした。
ただ、女王様に悪い印象を持たれないようにしよう、とその考えだけが頭の中でいっぱいいっぱいになっていたのです。
「よし、彼女を購入しようじゃないか。……とはいえども、身辺警護も城内整備も既に人手が揃っている。はてさて、どうしたものか」
女王様はしばし考えごとにふけっているようでしたが、しばらくしてよい考えに思い至ったのか、こめかみにあてていた右手を下ろすとにっこり微笑みます。
「そうだな……決めた。彼女は慰安婦として使用させてもらおう」
「――――」
「……えっ?」
女王様の言葉を聞いた33の体が硬直しました。
言われたことに現実味が感じられなくて、それでも、女王様は確かにはっきりと告げたのです。
彼女は慰安婦として使用させてもらおう、と。
「どうした? 別に奴隷なのだから何に使っても構わんのだろう?」
「そ、れは……その……」
「我が国土は広い。その分多くの兵を必要とし、兵たちの士気を維持するのもまた必要だ。つまり、君は最重役の身分まで引き上げられるのだ。それに、精神はまだ未熟と取れるが、幸いにも肉体は十分に成熟している。その点についても申し分ない。どうだ、これ以上の良い提案はあるまい」
女王様の言い分は筋が通っていました。
確かにこの国は大陸内で一二を誇る領土があります。なので、兵士たちの数もしかり、蓄積される疲労も比較的多くなるように思われます。
……正直なところ、33としては、嫌だと言って逃げ出したいと思うほどの提案でした。
ですが、ここでそんなことをしてしまっては"おじさん"やみんな迷惑をかけてしまいます。
なので、彼女が選択できるのはたった一つだけでした。
「……わ、わかり――――むぐっ!?」
「ああ、そうだよなぁ、33。お前が言いたいことはよーくわかる。だから、おっさんが代わりに言ってやるよ」
わかりました、と言おうとした33の口を塞いだ"おじさん"は、安心させるように笑いかけます。
ですが、その目は少しとして笑ってはいませんでした。
「王女サマ、アンタとはどうもわかり合えないようだ。彼女のことを知ろうともせず、小手先で扱える慰安婦にしてぇってんなら、33は売れねぇ。悪ぃが帰らせてもらうぜ」
「"おじさん"!?」
「何を言い出すかと思えば……。奴隷の使い道など、主人が決めることだろう? 個人能力など知ったことではない」
「いいや、そんなことはねぇ。何者であっても必ず光り輝く価値を持ってんだ。奴隷商としてお客様にその価値を付加させる。それが、俺の仕事である以上、益が生まれにくい扱いをされるのは非常に困るんでな」
「本当にそれだけで吾輩との売買を破棄するのだな?」
「それだけ……? ああ、そうだな。この際言いたい事全部言ってやる! オメェは慰安婦になった33の働きぶりを評価するかもしれねぇ。けどそれだけだろうが! そもそも、33価値を決めるのは33自身だ、他の誰でもねぇんだよ!」
初めて見る"おじさん"の怒った顔に、自然と33の瞳から涙が零れ落ちました。
"おじさん"は間違いなく、自分たちのことを奴隷として扱ってくれていたと知ったのです。
「……其方、奴隷商に向いていない性格をしているな」
「生憎、変わり者だとは言われ慣れてんだ。とにかく、アンタの態度が変わらねぇ限り、33は売らない。絶対にな」
「そうか……。ふふふ……いやぁ、参った参った。吾輩の負けだ」
さっきまであれほど怒っていそうな顔色だったのに、突然、女王様はからからと笑いだしたので、"おじさん"と33はあっけにとられました。
「そこまで手潮を掛けて我が子同然のように育ててきた彼女を売るのは惜しかろう。提示した倍の金額で買わせてくれ。勿論、彼女は吾輩の護衛として相応の待遇を与えようとも」
「おいおい、冗談はよしてくれ。さっきのはまさかジョークだってのか」
「その通りだ。其方が彼女を慰安婦として売り払う気でいたのなら、この場でその首を叩き落とすつもりだったのだが……、いやぁ、命拾いしたな奴隷商殿?」
「はは、勘弁してくれよ……ったく……」
らしくもないことをやってしまったとばかりに、顔を赤らめてそっぽを向く"おじさん"でした。
そんな"おじさん"へと感謝を込めて、泣きながら手を握る33へと女王様が声をかけます。
「君も吾輩の言葉を聞いてそんなに縮こまる必要なんてない。もっと自分を誇るんだ。少なくとも君を誇りに思っている人がここに一人いるんだから」
にっこりと微笑みかけた女王様に先ほどまでの冷徹さは全く感じられません。
昨夜"おじさん"が言っていた通り、とても優しい女王様なんだと33は確信できました。
「君! 止まりなさい!」
ほっと場が安らいだのもつかの間、またもや玉座に緊張感が漂い始めます。
その渦中に立っていたのは、服を赤く染めた少年でした。
「おい108!? 何やって……!」
「邪魔すんな、ゴミ」
ナイフを両手で握りしめたまま女王様へと駆け出してきた108番目の奴隷こと108は、道の邪魔になっていた"おじさん"の体にぶつかります。
そのまま両手を右にそらして、再び女王様のもとへと駆け出しますが、その時にはもう、衛兵たちが108の身の回りを取り囲んでいました。
「"おじさん"っ!?」
支えを失った"おじさん"はお腹を抱えて倒れこみます。
体の下からはとめどなく赤い液体が流れ出していました。
「……おじ、さん?」
「ああ、わ、悪ぃな、33。おっさんは、ここで、仕舞いみてぇだ」
「ねぇ、しっかりしてよ。おじさん! 死なないで……! 死なないでよ……!」
目を閉じてしまった息も絶え絶えな"おじさん"に33は縋り付きます。
ですが、それだけで血が止まるはずもなく、"おじさん"が死に向かう経過は止められません。
もう、彼女が悩んでいる暇なんて、もうひと時もありませんでした。
「助けて! 助けて!! この地に住む大地の精霊!!」
33は今まで怖がられると思って、ひた隠しにしてきた精霊術を出し惜しみすることなく行使します。
「何だよ、急に呼び出してからさ。とりあえず傷を塞げばいいのかよ?」
「いいから、はやく……っ!」
「ハイハイ」
少年の姿で現れた大地の精霊に、半ば命令するような形で憑依してもらった33は、自らの体力と引き換えに、強力な回復に用いられる精霊術『収穫祭』を用いて"おじさん"の体を癒し始めました。
「なんだよ……。結構上等に、輝けるじゃねぇか……。へへっ……」
"おじさん"が発した言葉なのか、それとも自分が聞いた幻聴なのかわからないまま、傷を癒すことに体力の全てを使ってしまった33は、そのまま意識を失ってしまいます。
そして……。
――――33は二度と"おじさん"から、ぶっきらぼうな優しさを感じられる笑みを向けられることはありませんでした。
そうして、女王様の側近の騎士となった33は、いつからか自らのことを、"頑強なる価値"という意味合いを持つ、バリュー・ヴァルハルトと名乗り始めます。
それは、自分のことを認めてくれた二人のことを忘れずに、自らの価値を常に自問自答するためにでしたとさ――――。




