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"絡繰三忍衆"

「あれはちょうど、一週間ほど前だったかな……」


 *


 女神についての情報を仕入れていたサルヴェイは、深編笠を被る和装の男性から声をかけられていた。


「人を探している。まだ年端もいかないが、可愛げのない男児をご存じないか」


 一見すると、はぐれた子供を探す父親に見えなくはない。

 とはいえ、場所が場所だ。当然、ただ者ではないと察するサルヴェイだが、敵意を向けられていないこともまた事実だと察していた。


「愛想が悪い男の子かい? 申し訳ないけど知らないよ。君のように特徴的な服を着ている子ならなおさらね」

「それは失敬した。()()()()()()()()()と踏んだのだが、見当違いだったようだ」


 自身の目的について把握しているこの男性は一体何者だと、サルヴェイは怪訝そうに眉をひそめる。

 この場で暴れることが出来ない以上、彼は慎重に言葉を選びながら相手の心中を探ることにした。


「謝る必要はないさ。でも、僕のことをどれくらい知っているのかは気になるかな」

「大まかなことならば存じている。其方が以前雇っていた従者から自白して貰った故」

「ふむ……。なんでも《日出(ひじ)》の拷問技術は優れているらしいね?」

「《仙政(スォンツゥ)》には遠く及ばずじまいの技にて、誇るものではありもうさん」

(《仙政(スォンツゥ)》の隠者にしては薬品の匂いを感じられないし、服装からしてやはり《日出(ひじ)》の忍かな? それに……)


 この時、すでにサルヴェイは男の素性に察しがついていた。

 遠く離れた《日出(ひじ)》の情報など、ほとんど知りもしなかったが、いくつかの噂なら多少耳へと入ってくる。

 なんでも、大陸東部で行われた先の大戦では、《日出(ひじ)》から来た、一人の人間と三体の絡繰人形で構成された忍の一団が暗躍したとされていた。

 ……それに、人間は大戦の途中で命を落としたといったらしい。

 だとすると、この寡黙そうな長身の男はまず間違いなく、絡繰人形だということになる。


「男の子を探していると声をかけてくることはまだわかるよ。……でも、わざわざ僕の素性を調べ上げる必要はないよね?」

「人探しは嘘であり、其方を手にかけようと企んでいないのか……と、そう申したいわけであるか」

「とんでもない! 君からは悪意を感じられないからね。それにマーケットに探りを入れている怪しい男の素性ぐらい、君だって把握したいと思うだろうし。――――けどね、言われていい気はしないことくらい、絡繰人形の君にもわかるんじゃないかな?」

「素性を知られた以上、疑心を持つのも当然か。……されど、拙者は思われても結構。男児の行方を知らぬのなのことらば、其方に用はない」

「まあまあ、少しぐらい話さないかい? よかったら一緒に食事でも……」

「必要ない。其方の目的は拙者には関係なかろう。世話になったな」

「関係なら大いにあるさ。先の大戦で()()()()()()()()()()絡繰人形の君だからこそね」

「――――何が言いたい?」


 足早に立ち去ろうとするスギの足が、サルヴェイの言葉によって止められる。

 多少なりとも思うことがあったのだろう、彼の()から怒りとともに敵意がふつふつと現れ始める。

 だが、湧き起こった強い敵意は一瞬にして萎んでいった。


「聞いた話によると、君のような絡繰人形は使い捨て同然の扱いなんだってね」

「造られた命故な。当然であろう?」

「いやいや、とても不条理だよ。君は、僕がマーケットで救おうとしている近海の女神と同じで、自分がいる環境が当然なものだと勘違いしているんだ」

「勘違い、であるか」

「そうさ。尊ぶべき命を使い捨てることが正しいはずがない。……だから、君も僕と共に来ないかい? 何者にも君を苦しませることができない安寧の地で、幸せに暮らしていけると約束するよ」


 立ち止まったままの和装の男性へ力強く手を差し伸べる。

 サルヴェイはスギを怒らせたくてあのような発言をしたわけではない。

 あくまで、彼を救うための勧誘へと話を持っていくためだった。

 使い捨てられるための命など、サルヴェイが許せるはずもなく、見捨てるなど()ての(ほか)なのだから。


 ……だが、スギはその手を見つめることなく、呆れたように目を伏せるだけだった。


「悪いが、遠慮いたす。其方の救いに拙者は含まれるべきではない。それに、この身はすでに幾度となく救われてきた。これ以上の救いなど、拙者には不要。最初に告げたであろう、人探しをしていると。其方の理想に付き合う余裕などありもうさん」


 あくまで事務的に、淡々と言葉を返す。

 どのような言葉を投げかけられても、決して(なび)かないとばかりに。

 まるで、心など持っていないと装って。


「そうか……、そこまで言うのなら仕方がないな。でも気が変わった時は、いつでも――――」

「其方こそ、いつまでこのようなことを続けるつもりだ?」

「――――それは、どういった意味かな」

「其方が行うべくは、救ったものを守ることではなく、救ったものを活かすことではあるまいか? 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。隔離は現世からの逃避にすぎぬ。蟠りをその身に抱えるそなたなれども、そのことは重々承知しているのではないのか?」


 敵意も悪意も感じられない、あくまで単なる指摘。

 けれどもサルヴェイの視界には、スギの深編笠から覗く瞳代わりの玉石が、どこか冷めたような目つきで自身を見つめているかのように映った。


「……失敬、蟠りに囚われているのは何も其方だけの話ではなく、拙者も同様であった」

「いやいや、そう思われても仕方がないことをやっているからね。まあ、まったく気にしてないと言ったら嘘になるけれど」


 《日出(ひじ)》の知識が浅いサルヴェイでも、告げられた(ことわざ)のおおよその意味合いはわかる。

 それが、向けられて良い気になれない物だということぐらいは。


「幾度、勧誘の言葉を掛けられようとも、この身は友のために落とし前をつけに行く。それこそが、拙者が今賜っている役目故。では、これにて御免……」

「ま、待ってくれ。まだ話は――――!」


 再度背を向けたスギは、カランコロンと下駄の音を立てて歩いていく。

 サルヴェイは慌てて彼の後を追うが、木枯らしが吹いた途端、煽られてきた木の葉に身を隠されると、彼の姿は一瞬にして消えて無くなった。


 *


「といった感じでね、それから色々と調べたんだ。《日出(ひじ)》についてはあまり博学ではなかったからね」

「成程、そこで諺の意味とスギ……いや、絡繰人形についてを知ったのか」

「スギが私と同じことを言ってたなんて……。だからあの時、サルヴェイは怒ったんだよね?」

「お恥ずかしい限りだけど、その通りさ。今ではその諺通りだって反省しているよ」


 とほほ、とばかりに苦笑を滲ませてサルヴェイはがっくりと肩を落とす。

 おちゃらけているようにも見える行動だが、彼にとってこれは暗くなりつつあった場を和ませるための自虐ネタだった。

 しかし、そんなことに気を回すことなく、場の空気を読むことが出来ない男が一人。


「それにしても、男児を探しているってことは、おそらくケヤキのことなんだろうな」

「スギ……、ケヤキと何があったんだろう……」


 サルヴェイの儚い努力も虚しく、二人は暗い記憶の一部、レイジの任務に同行していた三体の絡繰人形について想いを馳せる。

 "(ハザマ)"のコードネームをつけられ、レイジは"絡繰三忍衆"と呼んでいた彼らは、他の絡繰忍者と比べて非常に高いスペックを持っていた。


 スギこと峡杉は、長身の男性を元に作られている。

 身の丈に合わない隠密行動を難なくこなし、会敵時も特化した戦闘技能で瞬時に無力化させることも可能としている。

 ライトが憧れを持つほど非常に合理的ではあるが、その分感情は失われていた。


 次に、ヒノキこと峡桧は、思春期の女性を元に作られている。

 スギとは真逆のスペックを持ち、戦闘・潜入には圧倒的に向いていないが、異性を魅了するために計算され尽くされた躯体を持ち、三忍衆の中で唯一治癒・修復の技能を習得していた。

 交渉や誘惑、精神回復(メンタルヒール)を主目的に作られたため、心こそ持たないがそれ以外はほぼ人間そのものの肉体となっている。


 そして、ケヤキこと峡槁は、サルヴェイの話に出た通り、無表情な少年の姿をしている。

 三忍衆の中で最も隠密行動に優れていることもあるが、道具の整備・製造・量産を可能にする技術力や、糸を用いて他の絡繰人形を制御するなどの搦め手を得意としていた。

 ――――だが、戦線の最中、突如として姿をくらまし、今も行方がわかっていない。


 サルヴェイの話が本当だとすれば、スギはケヤキを探していることになる。

 だが、今になって探し始めたことに関してはライトですら皆目見当がつかなかった。


「ケヤキ君と言うんだね」

「ああ。ケヤキも俺たちの知り合いだが、随分と前に行方不明になっていたんだ」

「それが、今になってどうして探し回っているのか、といったところかな」

「うん……」


 それに、サルヴェイの話の中でスギが言っていた「落とし前をつけにいく」という言葉が二人の中で引っかかっている。

 おおよそ、故郷へと戻ったスギとヒノキは別の任務を遂行するよう命じられているだろうと察することができる。

 だが、その内容については、どのような解釈をするかによって悲惨な分類に受け取ることだってできてしまう。


 ――――それこそ、最悪の場合、仲間同士での壊し合いに発展しかねない。

 彼らの居場所は未だ不明だが、それだけは何としても阻止しなければならない。

 ライトたちはもう二度と身近にいる大切な人を失いたくはないのだから。


 塞ぎ込んだ二人の顔色を伺い、自身も唸り声を出しそうになるサルヴェイだったが、その際に隣に座っていたスミレがそっと耳打ちする。


「……うん、そうだね。それが一番だと僕も考えてたところだ」

「何、どうかした?」

「ああ、バリュー君。先ほどスミレさんが助言してくれたんだよ。サルヴェイさまがどうしたいかにかかっている、ってね」

「それは、もしかして……」

「うん。僕も余裕のある時に彼らを探してみることにするよ。せっかくスギ君や君たちと関わることができたんだ、見つけて言伝(ことづて)をすることぐらいはできると思うしね」

「本当!? サルヴェイが手伝ってくれるなら、凄く助かるよね、ライト! ……どうしたの、そんな顔して?」


 当然のように協力を買って出たサルヴェイに諸手を挙げて喜ぶバリューだったが、ライトは一人だけ浮かない顔でサルヴェイを見つめていた。


「いいのか? 俺たちはさっきまで殴り合いの喧嘩をしていた相手だぞ?」

「何を言っているんだい、ライト君。どちらかと言えば、君たちは僕の被害者だし、それに何より僕自身が君たちの支援をしたいんだ。大戦の功労者を支援できるなんて、こんな光栄なことはないよ」


 心の底から嬉しいそうにしているその顔につられたバリューも、同意とばかりにうんうんと頷く。

 ……だが、ライトはどうしても信じられないとばかりに、強硬策に打って出た。


「ーーーースミレ」

「ダメですよ、サルヴェイさま。二人を贔屓にすることで『理想郷』の宣伝材料にしようとしている下心までちゃんとお伝えください」

「ちょっとぉぉぉぉ! 全然反省してないよねぇ!!」

「いや、その、これは……、はは……」

「ふふふっ……。どうやらお仕置きをご所望みたいですね」


 やはりというべきか、サルヴェイはライトたちを利用する気満々で手伝うと言っていた。

 とはいえ、そこに以前のような盲目さは感じない。

 要するに、散々利用するけれど、それなりに本腰を入れて探す気はあるということだ。

 本心を聞けて決断が定まったライトは、二人の女性に挟まれて顔を真っ青にしたサルヴェイへといやらしく笑いかける。


「ああ、好きなだけ利用しろよ、サルヴェイ。俺たちも何かあったらお前に押し付けてやるからな」

「わ、わかった! わかったよ! じゃあ契約完了ということで、早速二人をーーーー」

「……連絡手段」

「…………え?」

「連絡手段がなければ、今後頼ることすら出来ないだろう? まずはそれを渡してくれないと話にならないな」

「え、ち、ちょっと! 話が違うと思うんだけど……!」

「三分間だけ待ってやる」

「ライト君ってそんな極悪非道キャラだったっけ……!?」


 というわけで、サルヴェイは三人に脅されながら人数分の“魔機話(マキワ)”を揃える羽目になったのだった。


 *


「はぁ……。さて、気づいたら夜が明けそうな時間帯になってしまったね」

「あら、もうそんな時間でしたか」

「さっきから眠たいなぁとは思ってたんだけど、いつの間にかそんな時間になってたんだ……」


 ふわぁぁぁ……、と大欠伸を漏らすバリューの姿をスミレは愛おしげに見ている。

 神様である彼女は睡眠をほとんど必要としない。

 だからこそ、今にもウトウトしそうな彼女の姿に目を奪われているのかもしれない。


「廊下も静かになっているし、どうにか部屋割りなども終わったみたいだな」

「僕たちもいい加減に寝るとしようか。……あ、でもその前に一つだけいいかい?」


 人差し指を立てて顔の横に持ってくる。

 大富豪ってこともあり、流石に交渉術だとかも上手いな……、などと思いながら、ぼーっとした頭でライトは頷いた。


「あの夜、君たちと僕が退治したとき、君たちが怒っていた理由について聴きたくてね」

「っ! それはーーーー」

「 そ、その……!」


 サルヴェイからの問いかけに、二人の睡魔が一気に吹っ飛んだ。

 彼は自分の動機についてはっきりと口に出しているが、対するライトたちは肝心なことは何一つとして話していない。このような問いが投げかけられることはおかしくもなんともなかった。


 ……だが、二人はそれに答えられない。

 答えてしまうことで、命令に背くことになることもあるが、何よりすべてをさらけ出せるなど、彼らにはまだできそうになかった。


 そんな硬直する二人に、少しばかり察しがついたのか、サルヴェイが助言の言葉を発する。

 ……片方だけに。


「ライト君が怒っていた理由は、君たちが旅をしている理由に関わってくるんだと思う。だから、深くは聞かないよ。……でも、バリュー君はそれだけではないんじゃないかい? 君があれほどまでに怒ったのは、他にも理由がありそうな気がするんだ」

「……サルヴェイって、もしかして勘も鋭いタイプ?」

「さあ、どうだろうね? 何しろ、こうして友人として誰かと話すのは久々だから、ちょっとわからないよ」

「ふーん……。それと自虐発言はこれから禁止ね! もう、十分反省したんだから」

「はは……、わかったよ。それじゃあ、良かったら後学として、あれほど怒った理由を教えてもらえないかな? もちろん、口にしたくないのなら、無理する必要はないけれど」

「うっ……」


 バリューはなおのこと顔をしかめて、うむむ……、と唸り声をあげながら考え込み始めた。


「サルヴェイもああ言っていることだし、無理して言う必要はないぞ、バリュー」

「そうですよ。そのままタヌキ寝入りでもしてしまえばよろしいかと」

「それはバリュー君が困ると思うんだよ。こんなところでタヌキ寝入りして、もし本格的に寝入っちゃったら、まず間違いなく寝違えるからね……」

「あはは……、それは確かに嫌だ!!」


 笑ったことで気持ちが落ち着いたのか、あるいは決心が固まったのか、バリューの顔から暗い色は消えて無くなっていた。


「うん。タイミングとしてはこれほどいい機会も無いし、こんな人も居るんだなぁって感じで聞いてもらおうかな。ちょっと長くなるから覚悟してよね!」


 そうして、彼女は口にする。

 自分のことを認めてくれた、二人の人物の物語を。


「私にはね、尊敬しているおじさんがいるんだ。ーーーーまあ、その人は奴隷商なんだけどね」

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