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休息と不穏な気配

「……まずは、君たちに多大なる迷惑を被らせてしまったことを深くお詫びしたい。本当に申し訳なかった」


 屋敷の一室、広々とした客間にて、対面のソファーに腰掛けているライトたちへ、サルヴェイは深々とこうべを垂れる。

 あの後、大型の馬車に変身したナトリーに乗り込み屋敷へと戻ったライトたちは、シャワーを浴びて汚れを落とし、怪我の手当てを済ませたのち、客間にてことのあらましと今後のことについて話し合うため、サルヴェイと向き合っていた。


「いや、別に私たちはいいけど、それよりも前に――――」

「わかっているさ。でもね、何と言われようとも"理想郷"は諦めないよ」

「ちょっと! マーケットから出る前と話が違わない!?」

「落ち着け。サルヴェイはまだ最後まで言ってないみたいだぞ」


 清潔感のある白を基調としたTシャツと短パンに着替え、鎧の手入れを行っていたバリューが喧嘩を売られたとばかりに食いかかる。

 警棒による打撃を数百は打ち込まれたにもかかわらず、最初に対象を移し替えられた拳の一撃以外全身打撲で済んだこともあり、特にこれといった手当ては断っていた。

 そんな彼女に左腕で静止の手をかざすライトは、バリューと同様に白を基調とした長袖長ズボンを着ている。

 怪我の程度は何故かバリューよりも酷く、右腕を三角巾で固定し頭を包帯で巻かれているという痛々しい有様だったが、どちらも人体に大きな影響はないと自己判断していた。


「苦しんでいる者たちを助けるために"理想郷"は絶対に必要なんだ。……でも、もうみんなを拘束するつもりはないよ。バリュー君が言った通り、それだと他の奴隷商……収集家(コレクター)たちと言った方がいいかな、彼らと大差ないしね。でも、本当に居場所をなくして死を選びかねない者たちは例外だよ、いくら嫌われようとも見殺しにはできないから」

「なぁんだ、それなら全然許せるよ。この怪我も必要経費だと考えたらそこまで酷くはないしね」

「いや、必要経費だとは到底言えない事をしてしまったよ。本当に申し訳ない……」


 心苦しさからかサルヴェイの顔は悲痛そうに歪むが、対するバリューの方はけろりとしている。

 実はこっそりと『大地の祝福』を使っていたりするので、彼女にとって全身打撲程度ならさほど問題ないのだが、サルヴェイがそれを知るわけはない。


「それに、バリュー君は女性なんだから――――」

「待った! 殴りかかったのは間違いなく私だし、女性だからって差別するのはやめてよ。これ以降同じことを言うようなら、スミレに殴ってもらうからね!」

「ええ、『愛のムチ』ですものね。ふふふ……」


 流石にあの格好のままではよろしくないと、今は花柄のワンピースを身に着け、サルヴェイのすぐそばに腰を下ろしていたスミレがバリューの言葉に乗っかる。

 先ほどから静かに三人の話へと耳を傾けていたが、急に話を振られても動じることなく、左隣の男性へ穏やか笑みを浮かべてみせた。

 ――――どこか失望がにじみ出ているような眼差しで。


「はは……。それは丁重にお断りするよ」


 屈託もなく笑うサルヴェイだが、冗談じゃないとばかりに膝がガクガクと震えている。

 生まれてから今に至るまで、自身に悪意ある行為を受けていないこともあるのか、スミレのタックルは見事にサルヴェイへと恐怖心を植え付けていた。


「お前たちはいい加減勘弁してやれよ……。ところで、あの三人は?」

「あ、彼女たちなら、従者の方々を手伝っていらっしゃるそうですよ。何しろ二百人くらいは助けましたから」

「二百人!? 部屋の外が騒がしいとは思っていたが、それほど助けていたのか……」


 助け出した奴隷たちの世話をしているだろうとは予想していたが、あまりの規模の大きさにライトは戸惑う。

 今こうして談合をするよりも彼女たちの手伝いをするべきなのだろうが、行動を起こすには時間も肉体も余裕がなかった。


「それにしても、あの短時間でよく運ぶことができたな……」

「いえ、流石にナトリーさまだけでは、奴隷の方々を一斉に運びきれそうにありませんでした」

「え? じゃあ、どうやって運んだの?」

「実は奴隷の方の中に、千人ほど格納できる箱を召喚出来る、紙袋を頭に被った方がいらっしゃいまして、そのおかげでみなさんを一気に運ぶことが出来たのです」

「ふぅん。箱を呼び出す力、かぁ。見たことも聞いたこともないけど、そんな能力もあるんだね」

「このマーケットでは様々な地方から来た者たちが扱われていたからね。彼のような"生物兵器"も含まれているんだよ。でも、今回特に多かったのは子供たちで、そのほとんどがストレスのはけ口にされていたから、心を開いてくれない子が多いんだ」


 はっと視線をあげたバリューの額に嫌な汗がにじむ。

 あの地獄のような惨状で、子供が生き残れる可能性は限りなく低い。

 それに、彼女はまだあの子と再会できていなかった。


「そういえば……っ! あのっ、猫人族(ケットシー)の女の子はいなかった……!?」

「ああ、(クラウド)(ブルー)種の少女のことか……」


 苦い面持ちになるサルヴェイに、バリューの顔から血の気が引く。

 もし、あの子が何者かの手で命を落としていたら……。

 自分の選択が間違っていたとしたら……。

 そんな逡巡(しゅんじゅん)が彼女の思考を覆いつくしていく。


「その子だけどね……、酷い暴行の跡と薬の影響が残っているけど、大事はないよ」

「それにですね、あの子が他の奴隷たちが閉じ込められた檻の鍵を開けてくれたおかげで、多くの奴隷の方々も助け出すことができました。大手柄ですよ!」

「そ、そっか……!! よかった……! ほんっとにっ、よかったぁ……!」


 張り詰めていた緊張の糸がここにきて漸く切れたのか、バリューは瞳からポロポロと涙をこぼして破顔した。

 嬉しさのあまり号泣し始めた様子を見かね、近づいてきたスミレは丸まった背を優しく撫でる。

 ずっと気負っていた姿に気づいていたライトも、これにはほっと胸をなでおろした。


 だが、話はそれだけで済むわけがなく……。


「さて。全員を助け出すことは出来なかったけど、これで一応当初の目的は完遂したことになるかな。……けれど、まだ予断を許さない状況ではある」


 サルヴェイの発した一言で、和やかになりつつあった場に再び緊迫の空気が流れ込む。

 同様に、会話の途中、たびたび考え込むように口元へと手を持ってきていたライトは、表情を険しくしたサルヴェイへ目を配った。


「予断を許さない、か。予想はしていたがサルヴェイもそう思っていたとはな」

「うん、マーケットを壊滅させた事で気になることがあるんだよ。こうも上手くいったのは色々な偶然が重なったこともあるけれど、きっとそれだけじゃない。恐らく、()()()()()()()()()()()()()

「……え? どうしてそう思うの?」

「『悪意ある者を(シュナイデン)断絶せしめん(ボースハイト)』は悪意ある行為を相手に移すだけの加護じゃない。悪意、敵意を察知する力も含まれているんだろ」

「その通りだよ。だから、少し奇妙だったんだ」

「奇妙、ですか……?」

「口で説明するのは少し難しいんだけれど――――」


 発する言葉に悩みながら、膝に置く左腕をゆっくりとさする。今でも、その感覚を思い出して怯えているかのように。


「不特定多数の何者かから、微弱だけれど執拗な悪意を感じたんだ。濡れた服を常に着ているみたいに張り付いて不快感を感じるような……。とにかく、体が重くなったような感覚は、大テントに向かう途中から君たちと戦い終えるまでずっと続いていたんだよ」

「それは、常に悪意を持つ者が近くにいたということになるのか……?」

「ううん、多分違う。おそらくだけれど、原因はあの炎にある」

「ば、バリューさま……!?」


 泣き止んでいたバリューは驚きのあまり、未だ背を撫で続けていたスミレのことすらも忘れ、唖然としてその場に立ち上がっていた。


「ちょっと待って……? あの火ってサルヴェイが放ったんじゃないの!?」

「だ、断じて違うよ! 神に誓って()()()()()()()()()()し、人々を分け隔てなく殺しつくすほど野蛮でもない! それに、自らの手は汚してないとあの場でも言ったよね? ああも血塗れだったのも、結局は場所の問題だったからさ」


 サルヴェイが向かったマーケットの東側は、国際法で禁じられている武器を多く取り扱っている場所だった。

 威力や運用コストが既製品よりも遥かに優れているそれらを、敵とみなしたサルヴェイへと容赦なく振りかざすのだから、悍ましい武器を自らの身に突き立てていることと何ら変わりない。

 サルヴェイの身だしなみが血の海で泳いできたかのような姿になってしまうのも、当然ではあった。


「とにかく、何者かがマーケットにいる全員に悪意を持って火を放っている。売人だけじゃなくて、奴隷たちに対しても例外なくね。だから僕は火傷をしなくて済んだんだけど、まあ些細な事だよ」

「た、確かに、肌に火傷の跡はなかったもんね」

「あと、火は海風に乗って広がりやすいように南から放たれている。丁度、僕たちの中にはその場に誰もいなかった方角だ。火が広がる時間にしても、ライト君はまだ屋敷から出られていないし、僕が放つとしたら君に見られていてもおかしくない。それに――――天まで届きそうな消える気配のない灼熱の炎……。あれは間違いなく『焦土の残火』だよ」

「やはりそうだったか……、嫌な予感が的中したな」

「嫌な予感……? 『焦土の残火』って……」


 北側から南下していた時にまさかとは思っていたが、まさか現実のものになるとは思わなかったのだろう。

 ライトは苦虫を嚙み潰したような顔で忌々しげに呟く。

 そんな中、事の深刻さに取り残されているバリューがおずおずと問いかけていた。


「そうだね……、バリュー君は騎士連合が解体された理由は知っているかい?」

「え、急に!? えええーと……不正がー……どうとか……」

「うん、それも一つある。他にもいろいろと噂があってね。『焦土の残火』も、そのうちの一つなんだ。具体的に言うと、“焦土の残火”ってのは、“大清賠(だいせいばい)”に用いられる燃焼力が高くて消えにくい火の事だよ」

「え、ううん……??」

「あー、そもそも“大清賠(だいせいばい)”が分からなさそうだから説明しようか。……その前にライト君、鎧の中にいたバリュー君って間違いなくこの子のことを言ってる?」

「信じられないと思うだろうが、その通りだ」

「いや、ホントに信じられないね……」

「……それってどういう意味で言ってる!?」

「そのままの意味に決まってる……。いいから座ってろ」


 ライトは呆れたように、発ち座りを繰り返し落ち着きのないバリューを座らせた。

 渋々と座り込んだ彼女は、見た目はそれこそ成人した女性そのものだが、言動はどちらかと言うと未だ子供のような印象が残っている。

 鎧をまとい明確な意思を持って対峙していた相手が、まさか女性だったとはと、サルヴェイはこの時点で十数回ほど信じられないとばかりに彼女へと目を向けていた。


「……あのー、話の続きは?」

「あっ、も、申し訳ない!」


 まじまじと見つめていたサルヴェイは、ハッと思い出したかのように顔をそむけた。

 流石に女性の体を見つめ続けるのは失礼だと思ったのかもしれないが、案外、彼女からしてみればどうとも思ってなかったりする。

 むしろ、男のすぐ後ろに移動して、なぜか"ダァリン"の素振りを始めたスミレの方が、何かしらの思いを募らせていそうだった。


「こほん……、話を戻すよ。“大清賠(だいせいばい)”は、世の中を混乱に陥れようと企んでいる危険因子たちを排除するために、大義名分として掲げられた()()の事だよ」

「虐殺……」

「情報は主に上層部中の上層部しか知らず、連合出身の騎士たちの殆どが、“大清賠(だいせいばい)”の決行と成果だけ知らされる程度だったらしいんだけどね。……でも、連合がガタつき始めて“大清賠(だいせいばい)”の情報も段々と漏れ始めてきたんだ。そして、上層部たちが“大清賠(だいせいばい)”と称して虐殺をしていたのは、()()()()()()()()()()()()()()だったんだ」

「そんな……っ!? いったい、どうしてそんなことを――――!?」


 あまりの惨劇を聞かされ、悲痛な面持ちで小さく叫ぶ。

 それでも、ライトは再び泣き出しそうになっているバリューに対し、あくまで冷静かつ端的に答えを提示する。


「どうしてって、そりゃあ、()()()()()()()()()だろ」

「え……?」

「殺された者たちは、人間を含む他の亜人種たちとは比べ物にならない力を秘めていたそうだよ。……連合はきっと恐れたんだろうね、未知の力をいともたやすく扱う者たちを」

「……」

「だから、秘密裏に処分してきたんだ。誰にも知られないように、周到な準備と入念な計画、そして“大清賠(だいせいばい)”に同意してくれる実力者たちと“焦土の残火”を用いて、初めから何も存在しなかったかのようにまで装ってね」


 その言葉の真意を把握したバリューは、強く歯を噛み締め瞠目した瞳を向ける。


「つまり、火を放ったのは……元騎士連合の上層部ってこと!?」

「それか、彼らに罪を擦り付けようとしている誰かだね。とはいえ、“焦土の残火”なんて得体のしれない炎を用いているんだ。連合が行ったと考える方が自然ではあるかな」


 淡々と言葉を返すサルヴェイだが、内心では忸怩たる思いを募らせているに違いない。

『不屈』の騎士に憧心を抱いていた以上、その上に立つ者たちが今もなお罪を重ねているのだから。


 ……とはいえ、『不屈』の騎士は彼の目の前に立っているのだが、既に亡くなっていると出回っている以上、サルヴェイが気が付かないのも無理はない。


「君たちは旅をしているんだったよね。今回はやむを得ない事情……まあ、僕のせいではあるけれど。それで首を突っ込んだようだけど、あまり面倒なことになりそうな事態には触れない方がいいよ」

「言われなくてもそうするが……。サルヴェイ、お前はどうするつもりだ?」

「当面の間は様子を見ながらこの場を死守することになるかな。マーケットを襲った者たちがまだ近くにいる可能性が高い以上、しばらくは動かない方が得策だからね」

「じゃあ、奴隷だった人たちは?」

「彼らは彼らの意思を尊重するよ。復讐しに行こうとするなら流石に止めるけどね」


 あくまで自らの方針は奴隷たちを救うことだと割り切っているサルヴェイだからこそ、今は動くときではないと判断したのだろう。毅然(きぜん)とした態度でそうはっきりと言葉にした。

 もしかしたらそれは、ライトたちと戦ったことやスミレたちに諭されたことで、より一層強さを増しているのかもしれない。


「君たちはスミレさんから海の状態を平穏にしてもらうことが目的だったね。船の揺れは独特だから、酔わないように気をつけて」

「俺は船の揺れがどのような感覚なのか知っているが、問題はバリューだろうな」

「うっ……。だ、大丈夫だよ! きっと……」

「そうですよ。体幹さえ鍛えていればあとは慣れですから」

「いや、スミレさんは船に乗った事ないんじゃないのかい? あと、その目で見るのはやめてほしいな……」

「さあ、どうでしょうね? ふふふ……」


 口元に手を当て上品に、それでいて妖しげな瞳をチラチラと向けながらスミレは小さく笑う。

 こんな状況が長時間も続いてはたまったものじゃないだろうと、サルヴェイへと助け船を出すかのようにライトは即座に返事する。


「船上生活が長くなる点は不安だな。陸酔いなんて言葉があるんだから、あまり慣れ過ぎても良くないだろ」

「うーん、陸酔いするほど長時間乗船しないと思うけどね」

「え?」

「残念だけど、ここからだと行けてお隣の《ジェクト=オヴニール》大陸までだよ。クラッドレインが誇る蒸気船だとしても、君たちの目的地である《日出(ひじ)》までは航行出来ないみたいだからね」

「えっ……? 何で《日出(ひじ)》って……」

「東方の(ことわざ)を使っただろう? ……というのは冗談で、実はスミレさんから聞いていたんだ」

「…………」

「…………」

「い、いいじゃありませんか! 言ってしまっては駄目な事は、ちゃんとわたくしの心の内にしか秘めていませんので!」

「いや、良くないからね? 心の内を知るのはいいけど、それを暴露するのはまた別だよ、スミレさん」

「は、はい……。申し訳ございません」


 やはり言った通りだろ、と言いたそうな顔で、隣に座るバリューへと目配せをする。

 鋭いのかポンコツなのかよくわからないんだけど、と彼女も同じように、視線で返答していた。

 はあ、と溜息を吐き、頭を抱えそうになっていたサルヴェイはそこでついでのように声を発する。


「それともう一つ。実は君たちと会う前に、《日出(ひじ)》から来たらしい忍者に会ったんだ」

「に、忍者!?」

「もしかして、その忍者の名前って……!」


 二人の反応が思った通りになっていたこともあり、サルヴェイは面白そうに笑いながら、言葉を続けた。


「《日出(ひじ)》の絡繰(からくり)忍者、スギ・ハザマ君だよ。やっぱり、君たちの知り合いだったんだね」

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