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理想対現実の泥仕合

「何か(ひらめ)いたみたいだけれど、無駄だよ。言ったはずだけれど、僕の体に悪意、敵意ある攻撃とそれに使用したものが通用することはない」

「ああ、その現実は覆せないだろな。……だから、俺たちは()()()()お前を倒す」

「……? 一体何を――――」

「…隙だらけだぞ! サルヴェイ!!」

「……うわっ!?」


 全身に金属製警戒棒を打ち付けられているにもかかわらず、気力を振り絞って立ち上がったバリューは、地に突き刺していた壁剣をサルヴェイへと向けて振るう。

 正確には、壁剣に掬い上げられた大量の泥を。

 隙をついた泥かけに、サルヴェイは避ける余裕などない。

 同様に、避ける必要もなかった。


「なるほど、泥を掛けて目隠しをするつもりだったのかもしれないけれど、それも無駄だよ。確かにほんの少しだけ目が見えなくなったけれど、どちらにしろ君へと影響が移るんだから」


 そう、視界を妨げるためにまき散らした泥はサルヴェイを害するものとなるが、殺傷能力は皆無。所詮、血濡れたスーツと顔を汚す程度に留まる。

 それに対してバリューの方には、サルヴェイを害した泥の影響が顕著に表れるため……。


「う……っ!」


 存在しないはずの泥が彼女の視界を覆い潰す。

 もちろん、バリューにはその泥を払いのけるすべがないため、その場でもんどりうって倒れることになった。


「無駄無駄、君たちがいくら知恵を絞ろうとも、僕に傷一つ付けることは――――」

「…ああ、そうだろうな! だが、私に気を取られて背後がガラ空きだぞ!」

「……? それが、何の――――!?」

「甘いな。そうやって慢心しているからこそ、俺たちはお前に勝機を見出しているというのに」


 ライトから羽交い締めにされ戸惑うサルヴェイだが、振り払おうとして違和感に気付く。

 当然ながら、羽交い締めの影響はライト本人が受けていた。

 だが、彼の締め付けが緩むことはなく、サルヴェイの動きは拘束され続けている。

 ともすれば、後ろへと引き倒されそうなまでもあった。


「どうなっているんだ……!? 君は僕へ悪意を持って羽交い締めしているはずなのに!」

「自分が賜った加護を良く思い出してみろよ。『悪意や敵意のある行動で起こった影響は相手に返す』、そうだろう?」

「その通りだ! だが、なぜ君は……ああ、そうか! 僕の力を逆手に取っているのか!!」


悪意ある者を(シュナイデン)断絶せしめん(ボースハイト)』は、悪意、敵意ある者の力を相手に反射する加護ではなく、振るわれた力の対象を相手に移し替える加護である。

 そこにはありとあらゆる行為が含まれるが、それによって発生する副産物……例えば、拘束されたサルヴェイが抵抗する力と、振りほどかれまいと耐える力は含まれない。

 また、後ろに引っ張られている力もライトに移し替えられることになるが、その力に彼が身を任せている場合そこに悪意は存在せず、ただ物理的に引っ張られている力だけが存在することになる。


 回りくどい方法ではあるが、悪意を持っている状態でサルヴェイの動きを止めるため、ライトは咄嗟に『羽交い締めにし、全体重を後ろにかける』という解を導き出していた。


「なかなか、考えるじゃないか! でも、拘束するだけでは僕を負かすことが出来たと言えないんじゃないかな?」

「そうだろうな! だが、これでお前は動けない! 今だ、バリュー!!」

「…おう!」


 言葉に応じるようにバランスを崩しながらも立ち上がったバリューは、潰された視界で僅かに映る物影を壁剣で叩っ切る。

 ……が、そこには誰もおらず、置かれていた木箱が無残に砕け散っただけだった。


「はは……、まだ目が見えていないようだね。まあ、見えていたとして、僕にあたった場合バリュー君の身に返ってくるだけだから、何の意味も――――」


 余裕綽々(しゃくしゃく)といった具合で薄ら笑いを浮かべていたサルヴェイは、右頬に焼けるような感覚が走り、言葉を詰まらせる。

 手で触れることが出来ないため、舌を使い口内から押してみると、久々に感じるズキズキとした強い痛みに顔を顰めた。


「意味ならあるさ、今、お前の頬を裂いた瓦礫の破片をそこいらに飛ばすという意味がな」


 サルヴェイの頬を深く裂いたのは、次にバリューが叩き切った大鏡から飛び散ったガラス片。

 当然ながら大鏡はサルヴェイとは見当違いの位置に置かれていたが、壊された物から飛び跳ねる断片に悪意などありはしない。

 計算して当てることも勿論不可能ではないが、そうすれば悪意を持ったものに含まれてしまう。

 その点においてライトは役に立てないが、目を潰されたのでとりあえずサルヴェイらしきものを叩き切っているバリューには、これ以上ないほど向いていた。


「あの短時間でよくそこまで考えられたね。でも、たとえ瓦礫の破片が『悪意ある者を(シュナイデン)断絶せしめん(ボースハイト)』の影響を受けないとしても、いずれ彼は疲れ果てて動けなくなるはず。それともまさかとは思うが、君はそれまで僕を羽交い締めにし続けるとでも!?」

「まあ、そうなるな。だが、俺たちが力尽きるのはいつなのか、お前には分かるか?」

「っ!!」

「それに、今のあいつは単なる希望的観測で剣を振るっている。悪意以前に、当たるか当たらないかの二択しか今の状態では考えられないだろうな」


 頬に玉汗と雨粒を垂らしながらライトは笑いかける。

 理想を追い求めている者を追い詰めるために、理想的な状況が生まれるその時まで。


「さあ、我慢比べと行こうじゃないか、サルヴェイ。俺たちが先に力尽きるか、お前が先に力尽きるか。最後まで立っていた方が正義だ!」


 絶やすことなく微笑みを浮かべていたサルヴェイの顔が、あまりの怒りに初めて大きく崩れた。

 壮絶な痛みに耐え、僅かばかりの賭けに打って出る彼らの心情が、あまりにも理解できないとばかりに。


「君は何故! こうも僕の邪魔をする! 『観測者』を騙っていた君にわかるわけがない。生まれつき持ってしまった力のせいで忌み嫌われ、迫害を受けてきた者たちの苦痛が! 救いを求めている者たちの気持ちが!」


 拘束から逃れようとサルヴェイは全身に力を込めるが、羽交い締めにされている両腕はピクリとも動かせない。

 それもそのはず、『悪意ある者を(シュナイデン)断絶せしめん(ボースハイト)』を忌み嫌っている割には頼ってきたサルヴェイに、抵抗できるような筋力が備わっているはずがないのだから。


「僕だって、悪意や敵意を寄せ付けない天性の加護なんて要らなかった。体は傷一つありはしないけれど、悪意、敵意を向けられた幼い僕の心は深く傷ついた。だから、せめて使い道が無いこの力を、同じような者たちを救うために使ってきた。それなのに、君たちは……!」

「それが何だって言うんだ?」

「……は?」

「生まれてきた命は、その命自体が全てを背負って生きていく。生まれた場所だとか、今までが不幸だったとか、特別な力を得てしまっただとか、そんなことに文句を告げたってどうしようもないだろ」

「だから、不条理を許容しろとでも言いたいのかい?」

「確かに、不条理は許されるべきじゃない。だが、その不条理を定義するのは、サルヴェイ、お前じゃないだろ」

「それは……っ!」


 度々体を傷つけてくる瓦礫の断片に、声を詰まらせた。

 木片が右袖を裂き、石片が左のふくらはぎに刺さり、跳ね上がった砂利や泥は血濡れのスーツへと容赦なく降り注ぐ。

 バリューが少しずつ近づき始めたことも相まって、飛ばす破片は高い頻度でサルヴェイにぶつかり始めていた。


 当然、彼女の体力は限界に近い。

 壁剣を振り上げては下ろす回数も、徐々に減っている。

 それでもバリューは決してやめようとはしなかった。

 自分がサルヴェイの道を塞ぎ、奴隷たちの意志を守る最後の壁になるために。


「お前にはお前の居場所があるように、彼女たちには彼女たちの居場所がある。その居場所から引き離し、自らの都合に合わせた"理想郷"に住まわせる。それこそがお前のエゴで、保護したと宣っている奴隷たちを所有物のように扱う原因じゃないのか」

「彼女たちの居場所……? 苦しみを植え付けられるような環境が彼女たちの居場所とでも言うつもりかい!」

「何度も言わせるな。奴隷たちが居場所だと心から認める場所こそが理想郷だ。お前の"理想郷"は奴隷たちからしてみれば、ただの檻と大差ない」

「君が決めることではないだろう!」

「勿論そうだ。そして、お前が決めることでもない」


 己の居場所を決められるのは、いつだって自分自身でしかない。

 幾度となく窮地に陥ったライトですら、そのことはレイジに言われるまで気が付かなかった。

 おそらくサルヴェイも同じなのだろう。

 何者からの理解も受けることなく、ただ一人で"理想郷"を追い求めているその姿勢は、あの頃のライトと何一つ変わりない。

 だとしても、ライトはサルヴェイを仇のように睨みつける。

 サルヴェイはとうの昔に、彼の逆鱗を逆撫でしていたのだから。


「そういえば、救いを求める者たちの気も知らないと言ったな。……では、逆に聞くぞ。お前は知っているのか? 誰かを()()()()()()()()()()()()()()の気持ちが……! 被害者を自己満足で()()()()()()()()()()のお前に、必死で守り抜こうとして力及ばなかった者たちの気持ちが理解できるのか……!?」

「ぐう…………っ!」


 心臓を握りつぶされるような感覚に襲われ、サルヴェイは表情を凍らせた。

 当然ながら、何らかの術をかけられたわけではない。かけられたとすればその前に加護が発動しライトへと影響が移るはずなのだから。

 だからこそ、血濡れている顔から血の気が引くほどに、男はぞっとする。

 自信を羽交い締めにしている青年は、威圧感と殺気だけでサルヴェイの息の根を止めんとしていた。


「観念しろ、サルヴェイ! 奴隷たちを束縛している限り、お前が目指す"理想郷"は永遠に訪れない!」

「……っ! 断る!! たとえ道を間違っていたとしても、彼らを絶望から守るために、何としても"理想郷"を完成させなければならないんだ!!」


 圧倒的な力の差を自覚したサルヴェイは、逃れるようにライトの肩へと全体重を掛ける。

 それは奇しくも、破剣の一撃を移された右側。

 自らに返ってきている羽交い締めの圧力に加え、サルヴェイの全体重を乗せられたライトの右肩は悲鳴を上げるかのように軋んでいた。


「くっ、うぅぅぅぅぅっ……!!」


 流石に耐えきれなくなったライトは羽交い締めを解除し、一旦サルヴェイから距離を取ろうと数歩下がる。

 ――――だが、判断が少しだけ遅かった。


「僕の邪魔をするな!」

「がっ……!」


 サルヴェイは振り向きざまに、左手に持っていた破剣をライトの頭部へと振り抜く。

 幸いにも、腕の疲れと拘束されていた痺れの影響か、頭蓋を叩き割られるほどの威力はなく、一撃与えた後その手からあらぬ方向へとすっぽ抜ける。

 しかし、古傷にぶつけられたことも相まって、額から鮮血を散らせたライトはふらつき、その場に跪いた。


 意識が遠のき虚ろになった瞳には、先ほどまでの威圧感と殺気を感じられない。

 それでも、サルヴェイは先ほど襲われた感覚を、鈍くじわじわと締め上げられるような恐れを覚えている。

 この場に残していたら、永遠に'理想郷"の邪魔をしてくるのではないかと、そう思ってしまうほどの恐れを。


「本当は誰もこの手で殺したくない。……『誰かを助ける者である以上、誰かを傷つける者になってはならない』。そんな言葉を残してあの世を去った『不屈』の騎士に憧れていたからだろう」

「…『不屈』に、憧れ、だと? 『不屈』など、憧れる、ような、者では、ない……!」

「誰が誰に憧れてもいいだろう? 僕は本当に彼らのような人たちになりたかったんだ。……でも、もう、いいや」

「…おい。今、何を、考えている。……おい!」


 壁剣を振り回していたバリューも遂に体力が尽き果てたのだろう。

 五体を地に投げ出し、顔をサルヴェイへと向けることすら儘ならない状態だった。

 だが、並々ならぬ決意を秘めたサルヴェイの言葉に察知し、力を振り絞って声をあげる。

 そのまま、問いかけに応じることないサルヴェイの右手に握りしめているものを察知し、彼女の総身は戦慄に包まれた。


 男が懐から取り出し右手に握っていたのは、新品同様にぬらりと光るダガー。

 心臓を貫かなかったとしても、致命傷を与えるには十分すぎる代物であるそれを、両手で強く握りしめると小脇に持っていく。

 その狙いは、既にライトの胴体へピタリと向けられていた。


「ここで君に壊されてしまうくらいなら、そんな、ちっぽけな理想なんて……」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 届くはずもないとわかっているが、身動き一つ取れないバリューは制止の声を振り絞る。

 そして、意識が戻りつつあったライトにもサルヴェイの攻撃から身を護るすべはない。

 何者にも止められること無く突き進む鋭利な刃は、ライトの左脇腹へと静かに吸い込まれていく――――。




「こらーぁ! これ以上の争いはおやめなさいタックルぅぅぅぅ!!」

「ぐはぁっ!?」


 直前、大きな影が凄まじい勢いでサルヴェイの体を軽々と吹き飛ばした。

 仲裁による攻撃は加護の判定に含まれないのか、はたまたサルヴェイのことを障害物にしか思ってなかったのか、もしかすると()()()()()()()()()()()のかもしれないが、サルヴェイを押し倒した状況を気にすることなく、彼女はライトたちに声をかける。


「お二人とも、ご無事ですか!?」

「…あ、ああ。」

「未だ逃げていなかったのは叱るべきだが……、おかげで助かったぞ、スミレ」

書いているうちに一万文字超えてましたので、続きは次回に……。


※サルヴェイを羽交い締めにしているライトの説明が上手くできなくて申し訳ありません……。こうした方がいいよ、という意見がありましたら、教えていただけると助かります。

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