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"理想郷" その二

「あの言葉から嫌な予感はしていたが……、まさか、積乱(キュムロニンバス)(ホーク)にまで変身(メタモル)できるとはな」

「デュフフフ……、あっしを舐めないでくだせぇ、ライトのダンナぁ。これくらいおちゃのこさいさいってものよ」


 マーケットの北側出入り口付近、ライトたちは屋敷の屋上から、巨大でもこもことした鳥……積乱(キュムロニンバス)(ホーク)変身(メタモル)していたナトリーに運んでもらっていた。


 積乱(キュムロニンバス)(ホーク)とは、ライトが一度だけ訪れたことのある《アラクサレ台地》の、生態系の頂点に君臨する生物だ。

 その名の通り、見た目は雲のような姿であるため、見る人によっては可愛らしいという印象すら与えられる。

 だが、性格は極めて獰猛かつ狡猾。台地で恐れられる蟲を主食とし、上空から岩を落としたのち触手を捥いだのち喰らうという。

 もこもこの白毛も、蟲たちの爪や牙を防ぎ毒を通さないためのもので、決して愛くるしい見た目をアピールしているというわけではないのだ。


「むしろ、ライトのダンナが積乱(キュムロニンバス)(ホーク)を知っている方が驚きだぜぃ。もしや、あの辺りの出身だとか?」

「いや、実際に目にするのはこれが初めてだ。《アラクサレ台地》に足を運んだ時も、運良く出くわさずに済んだしな。けど、存在自体は前々から知っていたぞ」

「ど、どういうことだってばよ……」


 知っているのか知らないのか、訳の分からない言葉を投げかけられ困惑するナトリーをさておき、ライトは一面に広がる炎を見つめる。

 立ち並んでいた屋台や即席の小屋は勿論のこと、出入り口の鉄製アーチすら形をかろうじて残している程度で、そのほぼ全てが火に包まれていた。

 火の勢いが弱まらない限り、中への侵入は難しそうだ、と結論を出した彼の隣で羽ばたき音が聞こえた。


「確か、西側が奴隷市場で東側が武器市場だったよねー?」

「ああ。だが、この様子じゃマーケット内部へ入ることも難しいな。第一、避難している人らしき姿が見えない以上、中は酷い有り様だろう」


 人が近くにいたならば、話を聞くことも聞かれることもあっただろうが、良くも悪くも人の気配は感じられない。

 面倒だが迂回して入れる場所を探すのが吉だろう。

 そのように考えて……。


「迂回など必要ありませんよ」

「ほらまた『心象閲覧(シンパシ)』を――――」

「中に入るには、火をどうにかすれば良いのですよね? でしたら、すぐに火消しの雨を呼び込みます!」

「えっ、海からは結構な距離がありますが、ここでそんな技が――――?」

「ご安心ください、海風が届く場所なら十分に許容範囲内なので!」


 ライトの言葉を遮りつつも、スミレは指を組み祈りを込めるかのように目を閉じる。

 南から吹いてきた湿った冷たい風が彼女の髪を柔らかく膨らませると、巨大な雨雲がどこからともなく湧き出てきた。


「……お?」

「おお! 雨! 雨ですぞ!」


 空が曇天模様になって十数秒と経たず、大粒の雨が降り出す。

 それも、マーケットが開催されていた乾いた土地をすぐさま潤してしまう、土砂降りとも言えるほどの豪雨だった。


「はえー……、スミレどのは本当に女神さまなんですなぁ」

「自慢するようなことではありませんよ」

「ふへぇ……。雨は嫌いだけどこればっかりは仕方ないよね」

「あの……、それよりもアイナさまは……?」

「あっ……」

「うう……。女神様はいいとして、あんたは何でそんなに元気なのよ……」


 びしょびしょの四人が見つめる先、積乱(キュムロニンバス)(ホーク)変身(メタモル)したナトリーの高速飛行に、たった一人だけ見事にダウンしていたアイナは、横たえていた巨体をどうにか引き起こすと、その場でぴょんぴょん跳ねるヒスイへと近寄る。


「とりあえず、これである程度火は弱まりそうかしら。……で、当たり前だけど覚悟はできているのよね?」

「もっちろん! アタシたちで捕まっているみんなを助けよー! あのお屋敷に戻るのは嫌だけど、全員を安全に匿える場所なんて、あそこ以外になさそうだしー!」

「そうそう、それならいい……って、こら! 待ちなさいヒスイ! あんた雨だとあまり飛べないんだから、一人で調子に乗らないでよ!?」

「お二方、抜け駆けは厳禁ですぞ。運んでやった分も含めてあっしを多少は敬って下されー!」


 ヒスイたちは三者三様に、火が弱まって通れそうになった西方面への道へと勝手に駆け出していく。

 どうやらライトの知らないうちに奴隷たち開放作戦を練っていたようだが、当然ながらヒスイたちを彼が黙って放っておくわけがない。


「おい、お前たち! 勝手な行動は――――ぐぇっ!」

「ちょっと待ってもらえませんか?」


 大急ぎで三人を止めるために駆け出そうとしたライトの首に、細長く強い弾力性があるひものようなものが巻き付く。

 それが誰のものであるかは、確認するまでもなく明確。

 ただ、そこまでして足を止めようとしたことが彼には解せなかった。


「何をするんですか! このままだと――――」

「わかってます。でも、彼女たちは同じ境遇の者たちを助けると決めたみたいなんです。自分たちが助けられたように」

「……それは、貴女もですか。スミレさん」

「いい加減砕けた発言でもよいのですよ、ライトさま? 当然じゃないですか! 神様だって助け合いの精神で生きていきたいものですしね」


 それ以外の考えなどまるっきりなさそうな顔で、にっこりと微笑んだスミレのあどけなさに、焦りを感じていたライトは瞬時に毒気を抜かれてしまう。

 決してその美貌に目が眩んだわけではないのだが、なぜか信用しても大丈夫だと、そんな論理的だとは思えない直感が彼を襲った。


「……本気、なんだな?」

「もう一度言いましょうか?」


 何度確認されてもこの意思は変わらない。

 そんな覚悟を決めているかのように大きく見開かれた蒼い瞳は、まるで相棒の瞳を思わせて――――。

 はぁ……、と大きく溜息を吐き、ライトは肩の力を抜く。

 もう抵抗する気はないと悟ったのだろう、スミレの足が彼の首からゆっくりと外された。


「だとしたら、俺は止めない。でも、あの三人が無茶するときは、貴女が止めてくれよ?」

「えぇ! 承りましたとも!」


 待ってください、わたくしも一緒に向かいます! とスミレは大声を発し、三人に負けない速さで器用に地を這って後を追っていく。

 ライトはその四人後姿を不安げな顔で見送ることしか出来なかった。


(これでまた捕まったとかだと話にならないんだが……。まあ今更どうこう言っても仕方がない。とりあえず、ここはマーケットの北端だから、南下していく他ないか)


 ライトは少しだけ火が弱まったマーケットを再び見つめると、通れそうになっている他の道を見つけ走り出す。

 不条理をとことん嫌うバリューのことだ、マーケットから逃げ出しているとはまずない。

 彼女がいると考えられるのは、密漁品や薬物が置かれている北側や、違法製造された武器などが置かれている東方面に興味がなさそうなこともあり、奴隷たちが売買されている西側か、ライトと別れた中央の大テント付近だろう。


 西側にスミレたちが先行した以上、手助けも兼ねて後を追うのも十分にありだ。

 だが、それでは手分けが出来なくなり、バリューを探すと手間がかかり過ぎる。


(移動の手間という点で考えても、やはり中央に向かうのがベストか)


 たまに鉄棍をふるい、道を塞ぐ瓦礫を火傷しないよう慎重に砕きながら、適当に進めつつあった歩みを南方向へと変更する。

 北側は密漁品で占められていたこともあるからか、火の勢いが強く、逃れられなかった物品や人々が灰の後だけをその場に残し、燃え尽きかけていた。

 だが、火種が減りつつあり大雨が降っているにも関わらず、遠くからでも炎に肌を焼かれるような感覚を覚え、ライトは顔をしかめる。


(嫌な火だな。雨で湿度が上がったとしても、一向に燃え尽きる気配が感じられない。……まさか"焦土の残火"か?)


 燃焼率が高い忌々しい炎を思い浮かべるライトは、皆殺しを模索して火を放ったのかと考察し、バリケードのように立てかけられていた屋台を叩き潰す。

 ……そして、その悪い予想は的中する。

 排煙と肉が焼け(ただ)れる匂いに口元を覆った彼の眼前には、生きているものが何一つ存在しないような惨状が広がっていた。


(急所をひと突き、もしくはひと裂きか。随分と手際のいい襲い方だ)


 きっと早い段階で逃げた者が大多数を占めているのだろうが、彼の視界いっぱいに、逃げ遅れた者や何者かに襲われた者の無残な姿が映っている。

 だが、この場に転がっている亡骸は一様に、急所を狙われ炎へと放り込まれていた。

 恨みや妬みによる殺害だと、大半はこうもいかないだろう。

 滅多刺しや絞殺、殴殺など、余計な傷があってもおかしくはない。


(だが、この手際の良さ。黙々と作業しているかのように思わせる殺害。それに、全く同じ靴跡が複数動きまわっている形跡がある。これは、まるであの時の…………。)


 ふと彼の脳裏をよぎったのは、随分昔に置いてきた記憶。

 このマーケットと同様に、炎に呑まれた街と抵抗するも虚しく殺されていく者たち。

 そして、自分を救い、逃し、守り、身代わりとなった友人たちの――――。


「……落ち着け。あの出来事と今起こっている状況は全くの別物だ。それに、まだあいつがやられたとは限らないだろ……!」


 思い出した光景に苛立ちつつも、口に出して否定する。

 過去は過去、今は今。

 囚われてばかりいては駄目だと、スミレたちから言われた言葉とともに反芻し、嫌な予感を頭から振り払った。


(……っと、なんだかんだでここまで来たか)


 小走りで駆けてきたこともあり、彼自身が想定していたよりも随分と早く、中央の大テント裏まで辿り着いていた。

 ライトが知る由もなかったが、北側は多方面とは違い、そこまで規模が大きくはない。

 そのため再び見て回るのはあまり意味がないのだが、見落としている点があるかもしれないと、大テントから背を向けた彼は一歩踏み出し――――。


「だ、誰かぁぁぁ……! わたしを助けろぉぉぉ!!」


(この声は……)


 聞き覚えのある声を聞き取り、戻ろうとしていた足を止めると、大テント裏口へと近寄る。

 立っている人らしき姿は見当たらない。

 が、何故か山ほどの荷物に生き埋めにされているそいつを見つけたライトは、呆れて大きな溜息を吐いた。


「はぁ……。やっぱり、お前だったか」

「んん……? その声、どこかで聞いたことがあるような……」

「一度聞いたことのある声は覚えておけよ。『観測者』じゃなくても、それくらいは覚えられるだろ」


 ゆっくりと荷物に潰された男に近寄ると、いやらしい笑みで煤まみれになった顔を覗き込む。

 荷物の下敷きになっていた男……副主催者アクイサ・ロル・テミストレは、信じられないものを目にしたからだろう、驚きのあまり眼球が飛び出しそうになるまで見開かれた。


「き、きさまは、あの時の『観測者』……! い、いや、まさか、『観測者』じゃなかったのかっ……!?」

「おい、ちょっと待て。まさか、本当に『観測者』だと思い込んでいたのか? ……嘘を見破られてばかりだったから、こういった反応は久々だな」

「うううるさい! よ、よくもこの会場を滅茶苦茶にしてくれたな!」

「俺のせいじゃないんだが……まあ、自業自得だろ。同意なき奴隷契約は、世界的な条約違反。オークションまで開催してまで利益を欲する悪人には、正義の鉄槌が下って至極真っ当だ」

「チィッ……! まだ青いガキの分際で……!」


 悪態をかまし胸ポケットに手を突っ込む。

 おそらく飛び道具の類をしまっていたのだろうが、目的のブツを見つけられなかったのか、煤まみれの顔はみるみるうちに青ざめていく。


「クソッ……! 今回のマーケットは何て厄事だ! お得意様のベクター・ゴルドーが失踪のため不参加したことから始まって、生物兵器と『忌器』の唐突な高騰、サルヴェイって野郎の買い占めに、守衛長が不正を行っていたために殺害され、おまけに火まで放たれ、甲冑を身につけた集団が皆殺しをして回りやがった! ……もう駄目だ。おしまいだぁ!!」

「壊れないものなど存在するはずないだろ。ましてやお前たちが行っていたものは元来禁止されている行為であり、多くの者を敵に回して仕方がないものばかりだ。そんなものが長続きするはずもない」

「キサマに何がわかる! たとえ違法だとしても、確かに必要とされてきたものばかりだぞ!? 需要と供給がしっかりと成り立っていた! われわれにとっての"理想郷"だった! だというのに、お前たちはそれを……それをぉぉぉ!!」

「そうか。なら聞くが、需要と供給が成り立っていたとして、その歯車の中、お前自身が不条理に立たされる側に回ったとしても、同じことを言えるのか?」

「ぐうっ……!」


 夜闇で塗り潰されたかのような黒い眼差しで、アクイサをじっと覗き込んだまま、ライトは淡々と語る。


「たとえこのマーケットがお前たちの"理想郷"だったとしても、自己利益のために苦しみや悲しみを生み出し、憎しみを周囲に伝播させていくことしか出来ないのならば、それは決して認められず、その他大勢から排斥される十分な理由となる。――認めろよ、お前たちが企んでいた『クラッドレイン転覆計画』は全て潰えた。このマーケットごとな」


 ライトが発した言葉に、アクイサは煙で充血していた目を剥く。

 あまりの力みように血管が切れ、瞳から血が溢れ出していたが、それすらも意識に入らないほどの驚きようだった。

 だが、そうなってしまうのも無理はない。噂にすらされていない、秘匿中の秘匿事項を見ず知らずの他人に語られたのだから。


「な、何故そのことを……!?」

「さあ、何故だろうな」

「そ、そうか! きさまも『騎士連合』の――――!」

「考えるのは自由だが、その答えが正しいと証明してくれる者は居ない。虚しいものだな。ところで、俺のご主人様がどこにいるか知らないか?」

「し、知らない! 知らないからその棒を向けるな! い、いや、向けないで――――!!」

「まあ、そう言うだろうとは思ったから、静かに黙っててもらうけどな」


 アクイサの言葉は続くことなく、ライトが振るった鉄棍の前に遭えなく沈黙した。

 そのまま、もう見たくもないと言わんばかりに目を閉じた彼は、アクイサと話し始める前から気になっていた、幻聴とも思わしき小さな音に耳を傾ける。


(……やはり、幻聴じゃない。そう遠くない位置から金属音が聞こえる)


 火の音と騒いでいたアクイサのせいで聞き取り辛かったが、確かに金属同士がぶつかるような高い音が、不規則なタイミングで聞こえてくる。

 丁度、剣と剣、剣と鎧がぶつかり合ったらこのような音になるだろう。


(音源は何処だ……? くそ、火と雨の音で聞き取り辛い……!)


 逸る動悸を一旦落ち着かせ、耳を澄まし金属音だけを集中して聞き取る。

 鼻を摘んで嗅覚を潰し、身を濡らす雨と肌を焼く火の感覚すらも殺しかけることで、漸く音源が分かって来た。


(ああクソッ! 大テントの表か……!)


 瞼を開き、鼻から手を外し、肌に伝わる感覚を思い出しながらもつれる足を立て直すと、ライトはその場から慌てて駆け出す。

 それは、彼にとって聞き覚えのある音……。

 銀鉱(シルヴァーナ)()()()()()時に発せられる音だった。

 それだけでも彼は確信できた、バリューは何者かと交戦状態にあるということを。


「おいバリュー、返事をしろ! いるのはわかって――――」


 数秒足らずでテントの表側へと回り込んだライトは、眼前の光景に口をつぐんだ。

 ……つぐまざるを得なかった。


「……何している」


 彼の眼前に映り込んだ光景。

 それは、血塗れで肩で息をしているサルヴェイと、その足元で倒れ込みピクリとも動かないバリューの姿だった。


「ふう、やっぱり、君か。彼から色々と聞いたよ。僕を騙していたことも計画の一端だろう?」

「ああ、その通りだ。……もう一度問うぞ。サルヴェイ、お前、バリューに何をした」

「何って言われても、見てわからないかな? 彼が唐突に襲い掛かって来たから正当に自己防衛していたんだよ」

「傷一つ負ってないくせして自己防衛か。過剰防衛って言葉を知らないのか?」


 悪態を吐き、横たえているバリューのベルトから破剣を抜き取ると、そのまま彼女の顔を一瞥すらすることなく、素っ気ない態度でサルヴェイへ話しかける。

 敵意は無く、目の前で倒れている者にも興味がないと、宣言しているかのように装って。


「まあ、迷惑をかけたのなら、申し訳ないことをしてしまったな。こいつは喧嘩っ早いから、すぐに手が出てしまうんだ」

「屋敷から脱走した君に言われてもね……」

「まあ、それはそれとして、先に言っておきたいことがある」

「言っておきたいこと? 何だい?」

「俺の相棒はこんな風にいつも先に手を出しそうになるから、その度にいさめないといけなくて困っているんだ。――――けどな、お前のように間違った力の使い方だけは絶対にしない」


 怒りに任せ吐き捨てるわけではなく、ただ事実をはっきりと述べ、薄ら笑いを浮かべる男をじっと見つめる。

 ライトは敢えて明確な敵意を見せることなく、サルヴェイを挑発していた。


「ライト君、だったかな。随分とバリュー君のことを信頼しているんだね。でも、彼から唐突に謂れのない暴力をふるわれたのは、紛れもなく――――」

「謂れのない暴力……か。本気でそう言っているのなら、お前の救済と亜人たちの"理想郷"はバリューの守護に少しとして及ばぬ代物だな」

「……まあ、好きに言えばいいさ。どうせ君も、そこで倒れているバリュー君のようになるのだからね!」


 所々折れ曲がったを握りなおし、サルヴェイはライトへと突っ込んでくる。

 不意打ちを狙った一撃のつもりなのだろうが、ぬかるんだ大地と今までの疲労からか、その勢いは半減されていた。


(よし、かかったな!)


 待っていたとばかりに、ライトは背負っていた鉄棍を投げ捨てると、久々に扱う破剣の(つば)を右手で抱えるように構える。

 バリューが一方的にやられた理由は、反撃戦法では攻略が困難な『反射系統の能力』だと、彼はある程度想定していた。


(狙うとすれば、警棒を持っている右腕の関節。手首が一番だが、打ち損じのない肩が妥当か)


 ライトは次第に縮まる距離に焦ることなく、サルヴェイが攻撃してくる機会をひたすらに待つ。

 攻撃時に反射が解ける魔法、『攻退の専守(ナタック・バラージュ)』を使っていると推定し、解除されたタイミングを狙うために。

 ……だが、運の悪いことに、彼はそれが大きな勘違いだとは知らなかった。


「…ダメだ、ライト! 攻撃、する、なっ!!」

「っ!?」


 バリューから投げかけられた声に咄嗟の判断で突き出しかけた右腕の力を弱める。

 だが、それだけでは破剣の勢いを殺しきることが出来なかった。


「ぐ、あ……っ!?」

「ははは、見事にかかったね!」


 骨身にこたえる一撃を右肩に受けたのち、サルヴェイから冷静に右手首を打たれたライトは、追撃を恐れ大人しくその場から飛び退く。

 破剣を落としてしまったが、想定外の攻撃から逃れようとした彼に拾う余裕は無く、代わりに拾い上げたサルヴェイは物珍しそうに隅々を見ていた。


「ふむ、不思議な剣だね。どちらかといえばメイスに近いような、独特な形状と重さだ」

「まさか、反射……? いや、違う……! 反射なら直撃から返ってくるまで少しの間があるはず……!」


 痛む右腕を庇いながら、ライトは思考をフル回転させる。

 右肩への攻撃に反応できていたわけでもなく、サルヴェイ自身も攻撃以外の行動をしていたわけでもない。

 他に身体を強化する力すれば、それは――――。


「ああそうか! そういうことか!」


 彼が思い至ったのは、ある一つの可能性。

 魔法にしては隙がなさすぎる。かといって、鎧を身につけているわけでもないので鋼の精霊術『物衝反射』も不可能。

忌器(いき)』を使っているにしては悪影響の一切をその身に受けておらず、呪術は媒体となるものが存在しない。


 ならば、()()()()()としたらどうだろうか。

 術以外で身体に影響し、反射に近い力を発現できるもの。

 ……それは、ライトが知る力の中で唯一説明ができない()()


「サルヴェイ、お前はその身に加護を受けているな……!」

「ほう、『観測者』を騙るくらいには知識量があるようだね。……如何にも、僕は加護を賜っている。『悪意ある者を(シュナイデン)断絶せしめん(ボースハイト)』、何の因果か与えられた天からの祝福だ。この加護のおかげで、君たちが僕に対して悪意や敵意を持っている限り、僕へ与えようとした影響は失われ、代わりに君たちがその影響を受けることになる。僕の意思に関係なくね」

「随分とあっけなくタネを明かすんだな」

「明かしたところで、君たちが僕を傷つけるのは不可能だからね」


 サルヴェイは金属製警戒棒を放り捨てると破剣を両手で握り、バリューの側でしりもちを付いているライトの前に立ち、振り下ろすように構える。


「僕は君たちの邪魔をする気は無かったんだ。でも、僕の邪魔をした。それも、決して許すことが出来ない悪業をね」

「悪行か。お前の何かに手を出したつもりはないんだが?」

「君は僕が救ってきた彼女たちを逃がしてから、相棒と合流するためここに来たんだろう? つまり、彼女たちを逃がすために僕に買われたってことだよね」

「なんだ、救った相手を結局所有物のようにしか見てないんだな」

「……っっっ!!」


 サルヴェイはその言葉に大きくたじろぐ。

 だが、決してライトの言葉に反応したわけではない。

 自らがそのような言葉を発してしまった。……その事実を恥じ、心から悔やんでいるようだった。


「お前の行動は収集家(コレクター)と何ら変わりようがない。彼らのためなどと言って、自身の益ばかりしか考えられていないんじゃないのか?」

「……何とでも言えばいい。彼らが苦しまないようにするには、もうこれしか手が無いんだ! だからこれ以上の邪魔をすると言うのなら、君には悪いけどここで死んでもらう!」

 

 持っている破剣を振り下ろそうとして、気が付く。

 絶体絶命の状態であるにもかかわらず、目の前の男が笑っているということに。


「お前に対して悪意、敵意を持っている限り、与えようとした影響は失われ、代わりに相手がその半分の影響を受けることになる。そうだったな」

「そ、そうだよ。だから何だって―――」


 ライトは軽く目を瞑ると、間髪置かずにゆっくりと開く。

 暗色だった彼の瞳は、サルヴェイの視界にほんの一瞬だけ七色に輝いた。


「だとすれば、まだ打つ手はある。覚悟しろサルヴェイ。ここからはお前が追い詰められる番だ!」

両方合わせて一万七千文字超えていました……。

どうしてこうなった……。

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