表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/166

心底からの宣言

今回は胸糞シーン強めなのでご注意ください。

(うーん……。やっぱり、早計だったなぁ……)


 遡ること数刻前。フードコートから立ち去ったバリューは、サルヴェイに指定された通り、マーケットの西端へと向けて移動を開始していた。

 結局、彼女はサルヴェイの計画に乗ることを選択したのだが……。


「…西方で騒ぎを起こし、その後マーケットの中心に位置する大テントで落ち合う、か。随分と大雑把な指示だな」

「そちらの方が動きやすいと思ってね。君が西側なのはただ単に僕が東から攻めた方が都合がいいからさ」

「…そうか。とりあえず承知しておこう」

「いやはや、助かるよ。何、報酬については――――」

「…それは聞き飽きた。本当に計画は万全なんだろうな」

「勿論さ。ただ、今教えるわけにはいかない。君が僕の敵になるとも限らないからね」

「…………」

「それでは、健闘を祈るよ」


 などと意味深なことを話して、詳しい動機などを聞く暇もなくそそくさと立ち去られてしまい、どうも釈然としていなかった。


(報酬も支払って貰ってないし、これは見事に騙されたとか……? まあ、お金なんて別にいらないけど)


 人混みの喧騒に耳を一切傾けず、ただひたすらに考えを巡らせる。

 とりあえず、目的地に着いてから行動を起こす前に結論を出せばいいんだと、自分に言い聞かせながら。


(もし嵌められたのだとしたら、あの人もだいぶ人を見る目があるよね……。"救うために戦う"だなんて言われちゃったら、疑いたくなくなるもん)


 はぁ、と漏らした吐息は、自分に呆れていることを認めているようなものだった。

 短絡的になってしまう思考は良くないと、彼女としても理解している。とはいえども、理解していようが、実行に移すのは難しいことでもある。

 こういった時はいつも、瞬時に理解してすぐに実行へと移すことができるライトが羨ましく思っている。

 悔しいからそのことを口に出すことは決してないが。

 何度目になるかわかりもしない溜息を吐き、その度に小さくかぶりを振る。

 つまらないことばかり考えないように。


  ――――()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()、なるべく視界に捉えないように。



 このマーケットは他の闇市と同様に、違法品などが主に売買されている。

 そして、バリューにとって運の悪いことに、西側は彼女が苦手としている奴隷商たちの巣窟だった。


 ……奴隷経験があるからという訳ではなく、バリューは昔から誰かが虐げられるような環境は苦手だった。

 すぐにでもその場から逃げ出したくなるほどに。


 彼女がいくら視線を外そうとしても、小さな物音にすら敏感な耳のせいで、容赦ない現実を実感せざる得なかった。

 激しく罵倒され、背中に鞭を打たれながらも、重量のある荷を運ぶ男性。

 客寄せのためか、淫靡な服を着せられ、柱に貼り付けにされている女性。

 物覚えがいいからだろう、子供たちは汗水たらして危険な薬や銃といった武器を作らされている。

 そのことを考えまいと、普段使わないような脳を考え事に割いているが、聞こえてくる奴隷たちの悲鳴と、商人の罵声がいつまでも耳に残っていた。


 何から何まで唾棄すべき惨状。

 にもかかわらず、このマーケットにいる者たちは当然のような顔で見向きすらしない。


 今すぐにでも男性を鞭から守り、女性を柱から降ろし、子供たちを逃がしてあげたい。

 だが、その行為がどれほど無謀で考えなしの行動であるのか、バリューは十分に理解している。


(でも、逃げ道なんてない。あてもなく逃げたところで、どうしようもないのに)


 目を瞑って、耳を塞いで、一人悲しみに打ちひしがれたところで誰かが救ってくれるはずはない。

 自分の身は自分で守る。そして、自らの限界を把握し無謀なことは極力行わない。

 それが、最も犠牲を生むことがない選択肢だ……、と。

 そうやって、何度も確認するかのように頭の中で反芻する。


(だから、どれだけ悔しくても勝手に動いちゃ――――)

「うぉっ!」

「……(あっ!)」


 そのことに気を配り過ぎたからか、不幸にも明らかにガラの悪そうな黒塗りの革ジャンを着た男に追突してしまう。


「おいゴラァ! 前見て歩けんのかコラ!」

「…申し訳ない」

「謝って済むならァ、守衛なんて必要ねーんだよクルルァ!!」


 男は不愉快そうに自分へとぶつかってきた不届き者を、つま先から頭頂部までじろじろと食い入るように見つめ、鼻で笑った。


「大体何だよそのカッコ。騎士サマにでも憧れてるってか?馬っ鹿じゃねーの。ダサすぎて笑え――――っ!?」


 凍りつきそうな視線に漸く気づいたのか、偉そうに語っていた口は一瞬にして閉ざされる。

 さっきまでの威勢は何処へやら、縮こまって震え出した。


「い、いや、怒らせる気は無かったんだ。おお俺はこう見えて穏健派だぜ?」

「…怒鳴り散らしておきながら、よくもまあそんなことを言えるな」

「わ、悪かったよ。周りばかり見て歩いてたらぶつかっちまうこともあるよな。あ、もしかして、お前初めてかここは? なあ?」


 テンションの上下差が目に見えて激しい。

 こういった人間を度々見てきた彼女には、男がどういった状態に陥っているのかはっきりとわかる。

 それも、まだ記憶に新しい甘い砂糖のような香りを嗅ぎ取ったこともあり、なおのこと苛立ちは増した。


「まあまあ、そうカリカリせず肩の力抜けよ。ほら、コイツ使っていいからさ」

「う、あ…………っ!!」

「――――っ!」


 革ジャンの男が自慢げに見せつけてきたこともあるが、彼女の視線は自然と男が連れていた子供の奴隷へと向いていた。


 青い双眸に灰色の体毛。頭上に位置する尖った耳と、穴の開いたワンピースからピンッと逆立っている長い尾を持っている、(クラウド)(ブルー)種に判別される猫人(ケットシー)の女の子。

 北国に多く住まうかの一族だが、彼女の肌色は珍しいことに褐色だった。

 だが、バリューが気になったのは少女の肌の色ではなくその特異な様子で、呼吸は荒く、目は虚ろになりかけている。

 そして、男が当然のように発した一言――――。


「つか、う…………?」

「ああそうさ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? おっと、コイツは猫だったか、まあどちらでもいいよな」

「――――――――」


 一瞬、男が何を言っているのか分からなかった。

 だが、少女の体の至る所に見え隠れする手ひどい暴行の痕跡。

 涙と苦痛でぐしゃぐしゃになっている、病気のように上気した顔。

 青白く染まりかけていた細腕には、注射器で差されたような跡がいくつもあり、ワンピースのスカートから伸びる細い足からは、白っぽく濁った液体が流れ落ちていた。


 ……この少女がどれほどの苦痛を虐げられたか、見ただけで彼女は十分に理解できた。

 そして、今更ながら甘い香りの中に僅かな鉄の香りをかぎ取った自分を心底恥じた。


「さあさあ、存分に楽しんで――――」

「…冗談じゃない」

「――――は?」


 男への怒りもさることながら、バリューは何よりもまず自分に怒りを覚えた。

 サルヴェイの言葉を疑ったこと、苦しむ奴隷たちを見て見ぬふりで素通りしたこと。それらは全て自らのことばかり考えている保身だということに。

 そもそも、“誰かを助ける”過程に保身などあってはならないのだから。


「何だよ、せっかく勧めてやってんのに……その態度はよぉ!」


 下らないことに囚われていたバリューは、身が震えるほどの怒りからシンプルな答えを叩き出した。

 故に、彼女の耳朶に男の声が届くことはない。

 そして、その存在すらも。


「おい、聞いてんのかぁ!? 何か言ったらどうだ!?」

「もう告げる言葉はない。――――ただ死ぬほど苦しめ」

「はぁ? 何言って――――」


 とぼけた声で問いかけてくる男はその後二度と言葉を発することはなかった。

 何が起こったのか把握する間も与えられずに顔面を殴りつけられ、あっけなく仰向けに倒れ込む。

 そして、その股座に容赦なく銀鋼(シルヴァーナ)の踵が振り下ろされた。


「ぎやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「な、何だ? 何があった!?」

「あいつだ! あいつがあの男を……!」


 断末魔の叫びを聞き付けたやじ馬が彼女を取り囲む。

 否、やじ馬などという生易しい相手ではない。

 彼女へと視線を向けるその誰しもが、明らかな敵意と整った装備、そして物々しい凶器を持っていた。


「……あんたさん、やってくれたな」

「…ああ、それが何だ?」

「ここでの諍いは決して許されない。余計な正義感やくだらない意見の違い、若しくは感情に任せてやったのならば、なおのことな」

「…だから何だと言っている。お前らの事情など知ったことではない」

「なに……?」


 真っ先に声を掛けてきた鞭を持つ大男は眉をひそめる。

 戸惑いからではなく、マーケットに身の程知らずが紛れ込んだ不快感故に。


「そうか、理解する気が無いならばそれでいい。あんたはここで肉塊になれ」


 大男がそう言い終えると同時に、男たちは持っている得物をバリューへと叩きつける。

 全方位から一斉に繰り出される攻撃を、彼女は判断できる範囲で受け流していく。

 避けきれなかった攻撃は甘んじて受け止め、脅威になりそうな者から壁剣を使うまでもなく殴り掛かり、意識を刈り取る。


「こ、いつ……っ!」

「慌てるな。相手は一人、こちらは多数。奴を消耗さればどうとでも――――」

「隙だらけだぜ? 守衛長さんよ」

「は?」


 後方から掛けられた言葉に大男は振り向こうとするが、その一瞬の時間すらも与えられず――――。

 首から上がはね飛ばされた。


「し、守衛長ぉぉぉぉ!!」

「キサマァァァァ!!」


 倒れた守衛長の死体の後ろには、鋭利な片手剣を持ち、彼の血を浴びてケタケタと笑う少年がいた。

 一方長を殺された守衛たちは顔を怒りに染め上げ、バリューに目もくれず少年へと向き直る。


「おっと、守衛だか何だか知らないけど、オレはこの男に復讐したくてたまんなかったんだ。許してくれよ」



「それに、俺なんかに構ってないで、周りを見たらどう?」

「なに……?」


 みすぼらしい少年はそう言うと自分の背後を指さす。

 その先に広がっていた光景は、混沌とした状況だった。


「な――――っ!」


 激高したバリューが起こした行動に、誰もが硬直し、彼女の方を見つめていた。

 それが奴隷商たちに生じた隙となった。

 ここぞとばかりに従えていた奴隷たちは商人に反乱し、機会を窺っていた盗人たちは隙をついて金銭を盗みにかかる。

 奴隷たちに至っては、彼女の行動に感化されたのだろう、商人から暴力を受けようが怯むことなく、日ごろの恨みを晴らそうと襲い掛かる者たちもいた。


「お前らも守衛なんだから、何よりも事態の収拾が先決じゃねぇの? コイツに構っている暇なんてないだろ。あ、オレはもう死ぬから数に入れるなよ?」


 戸惑う守衛たちを差し置き、少年は血濡れた片手剣を首筋に構える。


「じゃーなー」

「おい! 早まるな!」

「待てっ――――!!」


 制止の声を掛け、慌てて駆け出す守衛たちを嗤いながら、少年は何の躊躇いもなく、ズブリ、と剣を動脈へと食い込ませた。


「く、そ……っ! 一旦引くぞ! こんな状況、増援が無ければ話にならない!」

「畜生……!」


 首から噴き出し続けている少年の血を体に浴びた守衛たちは、呆然と立ったままだったバリューに目もくれず、気絶している仲間たちを抱え、その場から離れていった。


「…な、なんだ? 急に何が起きて――――」


 それに対して彼女は、自分がどれほど周りへと影響を与えたのか、さっぱりわかっていなかった。

 何せ、この場では最も行うべきではない感情に任せた行動を取ってしまっている。

 冷静さなど、とうの昔に欠いていた。


(でも、これ以上の機会は無い!)


 自らが何の為に革ジャン男を殴りつけたのかを思い出し、慌てて猫人(ケットシー)属の少女の姿を探すと、そう遠くない倒れている男のそばに立ったままでいるところを見つけだした。


「…行こう。ここは危険だ」

「……」


 少女へと声を掛けるが返事はなく、ただ股間を踏みつぶされ白目を剥き泡を吹いている革ジャン男を、感情のない顔でじっと眺めていた。


「…すまない。少し我慢してくれ」


 この場に放置しておけば、彼女はまた誰かの慰み者にされることだろう。

 その場を一向に動こうとしない少女をバリューは優しく抱え上げると、マーケットの西側出口に向かって駆け出す。

 食事も碌なものを与えられていなかったのか、少女の体はやけに軽く、強く抱きしめたら潰れてしまいそうだった。

 触れられていることで治療されていない体の傷が痛むはずなのに、嫌がるそぶりを見せず抱えられたままの少女にバリューは心が痛む、が、立ち止まっている余裕などない。


(一刻も早くここを出て、この子を安全な場所に――――)


 そう考え、脇目も振らず駆け出していた足は、あるものを目にして止まる。

 そこは先ほど通り過ぎた、枷を引きずられている人々の印……奴隷商のマークを掲げた店。

 火のせいか方角が分かりづらくなっており、彼女は逆の方向へと走ってしまっていた。

 だが、彼女は決して道を間違えたから走りを止めたわけではない。


 貨幣を引っ掴み無造作にずた袋へとかき集める男の姿が見える。

 混乱による被害を想定して、慌てて撤収しようとしているのだろう。

 ……そのすぐ近くで命尽き果て倒れている自身の奴隷などには目もくれずに。


 だが、男が奴隷を叱責し、鞭で可上に叩いていることを知っている彼女は、その様子を見逃すはずもない。

 あまりにも自分を優先している行動にバリューの怒りは再び沸点に達した。


「お前……、何をしている」

「な、何だキサマ! じじじ邪魔をするな!」

「逃げられない者を残し、自分一人だけ避難しようとするお前に、逃げられる場所などない!!」


 少女を抱えたまま男の鼻っ面を殴り飛ばすと、ベルトに下げられた鍵束を引っ掴み、安っぽいがやけに広い小屋の中へと入る。

 そこには大きな檻が所狭しと並んでおり、中には数名の人型が見えた。


「だ、誰だ……?」

「…私が何者なのかはどうでもいい。貴様らを助けに来た」

「助けに……? 本当か!?」

「…ああ、鍵はあるからこの子を連れて早く逃げろ」


 バリューの言葉に安堵した奴隷たちからどっと歓声があがる。

 だが、彼女は自ら鍵を開けに行くようなことはせず、抱えていた少女を下ろすと鍵を手に握らせた。


「この鍵でみんなを助けて、ここから逃げるんだ。いいね?」

「……」

「聞こえなかったかな。この鍵で――――」

「…………どうして?」

「……っ!」


 問いかけた直後、女の子は鍵を地面に叩きつける。

 今まで虚ろだった少女の瞳に色が戻っていたが、その顔と瞳はバリューに恐怖を覚えていた。


「何でわたしを助けたの? あなたもわたしに痛いことするの!?」

「ち、違う。決してそんなことはしない!」

「じゃあ何で……! ご主人様は怖い人なんだよ!? 叩いて蹴ったりするだけじゃなく、このまま逃げたら次は何をしなきゃいけないのか……!」

「――――もう、いい。もう……いいんだ……っ!」


 今にも殴り掛かってきそうになっていた女の子の手を優しく、されども振り払われない程度に強く握る。

 やせ細った手で銀鋼(シルヴァーナ)を殴れば骨折は免れない。

 ましてや、怪我をさせるためにこの子を助けたわけではない。

 ただ、苦しみから解放してあげたい。その一心だけしかバリューにはなかった。


「私が怖いならすぐに出ていくよ。今はただ、急いでこの場から逃げてくれたらいい。それだけでいいから……。お願い……!」


 懇願にも近い絞り上げるような声で少女へと伝える。



「……わかった。やってみる」

「……! ありがとう……!」

「変なの」


 ほんの少し、僅かともいえるかどうか分からないが、少女の口角が上がったように見えた。

 手を離すと、申し訳なさそうにそっと鍵を拾い上げ、バリューへとぺこりとお辞儀をする。


(よかった……! 伝わってくれて……! ああ、神様。今後はどうかこの子に、不幸を与えず幸せを与えてあげてください……!)


 小さな安堵と大きな願いを込めながら、とことこと駆け出す小さな背中を見送り、彼女は小屋から出ていく。

 その途端――――。


「死ねぇぇぇぇぇ!!」


 殴り倒されていた商人の男が鼻血を噴き出しながら、小屋から出てきたバリューへと手に持った斧を振り下ろした。


「…こんなもので死んでたまるか」


 だが、彼女はぼそりと呟いただけで、回避など一切せず振り下ろされた斧を()()()()()()()()()()()

 無論、銀鋼(シルヴァーナ)は鉄の斧程度で傷つくことはないが、その衝撃は確実に中にいる彼女の肉体へと伝わる。

 だが、彼女は避けることさえしなかった。何をされようが自分は止まらないと言わんばかりに。


「な、あっ!?」

「…どうした、その程度か?」

「ひっ……!」


 衝突の衝撃で腕にしびれが入った商人は、バリューに気圧されながら刃が潰れた斧を手から滑らせる。

 その斧が地に落ちるよりも前に、彼女は商人の首を掴んだ。


「…自らが何かを背負う覚悟もない癖に、当然のように弱者を利用するお前に奴隷の気持ちは分からないだろうな。ならば、まずはお前が苦しみを背負え、ド低能」

「あ、ああ…………。がぁっ!?」


 逆の手で男の首を掴みなおすと、彼女は怒りに任せて銀貨が広がった木製のテーブルへと頭から叩きつける。

 これにはさすがに耐えきれなかったのか、頭がテーブルに突き刺さったまま商人は沈黙した。

 だが、決して死んだわけではない。ただ脳震盪で頭を回しているだけだろう。


 いくらバリューが怒り心頭であるとはいえども、()()()()()()()()殺しを行ったことはない。

 不殺は彼女の信条の一つだった。

 例え騎士であろうとなかろうと、守る者が誰かの物を奪い、深く傷つけ、ましてや死に至らしめるなどあってはならないのだから。


(でも、脱出の手助けは出来ても、避難誘導や身を守ってあげることもできないなんて、やっぱり私はダメダメだ……)


「いたぞ! 奴がこの争乱を引き起こした張本人だ!」

「まだ何か企んでいるかもしれないが、事態の収拾が先決だ。さっさと殺っちまうぞ!」

「おおおおおおおおお!!」


 小屋から立ち去って間もなく彼女を出迎えたのは、見たことのない武器で身を固めた集団。

 殺傷能力は低そうだが、どうも拷問器具のような形状から、普段は奴隷たちに扱っていたものだと推測できる。

 その数凡そ二十名。

 自己利益を優先する者たちにしては珍しく統率が取れている。


 圧倒的に不利な人数差に、辺りはいつの間にか炎に包まれ、退路は逃げ惑う奴隷たちで溢れかえっている。

 絶望的な状況。……それでも、彼女は屈することなく立ち向かう。

 最早騎士とは言えない立場上だが、だからといってその胸中にある守りたいという気持ちが失われることは決して無い。


「…やれると言うのならばやってみろ、外道ども。お前たちごと気に屈するほど、私はやわではないぞ。」


(ここでこいつらを動けなくさせれば、自然と奴隷たちの逃げる余裕がはず……! 今は少しでも時間を稼ぐことが私にできること……っ!)


 ただ、主と友、そして相棒に誓った自らの信条を貫くために、彼女は抜刀し奴隷たちを背に立ちふさがる。


「…お前らはただ、自らの罪の重さを、その身を以て深く味わえ!!」



 *


「くそ、どうする? 今から戻ったところで何かできるわけでもないが、かといってそのままだと……」


 その頃、アイナの背に掴まり、窓の外を目視で確認したライトは焦っていた。

 マーケットで異変が発生することは流石に想定していなかったのだろう。


「……いや、悩む必要はないか」


 かと思えば、考えがまとまったのか唐突に独り言をやめ、アイナの背から尾を伝って滑り降りる。


「あんた変なところで器用よね……」

「それは気にするな。それと、とりあえずマーケットには戻らない」

「えっ、相棒さまがいらっしゃるのにですか?」

「あいつなら自力でどうにかしますよ。それに、炎上するマーケットに居座るほど愚かじゃない……と思いたいです」

「最後はただの希望的観測にしか感じられませんぞ……?」


 同じように別の窓を覗き込んでいたヒスイに呆れられているが、ライトは軽く首を竦めるだけだった。


「それに、だ。まだ他に囚われている者たちを見つけられていない。マーケットがこの様子じゃ、サルヴェイも屋敷へと逃げ帰っている可能性がある。一刻も早く捕まった者たちを助け出し、屋敷から脱出する。まずはそれを先決するべきだ」

「でも、もし相棒さんが逃げてなかったとしたらどうするのー?」

「逃げていなかったとしても、自分の面倒ぐらい自分で見れるはずだ」


 顔色一つ変えることなくそう言ってのける彼に、着陸したヒスイは悲しい表情を向けるが、当の本人はその意図が伝わっていなかった。

 そんなヒスイの肩に手を当てるスミレは、とても険しい表情をしていた。


「あなたさまの言葉通り、その方は自分で自分の面倒を見れるのでしょうね」

「え、ええ。信頼していますから」


 少し怒り気味で声を掛けられたことに困惑するライトだったが、何か真意があってのことだろうと嘘偽りのない言葉を返す。


「……ですが、もし、そのお方が非力な誰かと共に行動をしていたならばどうでしょうか」

「それは――――」

「脅威に晒される誰かを守るために、自身を犠牲にする。あなたさまの相棒さんはそんなお方なのではありませんか?」

「……ええ、その通りです。あのバカのことですから、きっと奴隷たちを逃がすために奔走しているに違いありません」

「ならば、ライトさまは今すぐマーケットへと向かうべきです。屋敷に囚われている者たちを逃がすよりも、共に酸いも甘いも噛み分けてきた相棒さまを優先するのは自明の理ではありませんか」

「ですが……」

「でももだってもありません! いいですか、あなたさまの相棒は禍に一人身を投じております。下手すれば死を覚悟せねばならないような場所に、たった一人だけで、です! ライトさまは相棒を失ってしまっても構わないと言うのですか!?」

「――――っ!!」


 口を大にして言われ、漸く彼は自覚することとなった。

 自身の考え方は未だ、感情を優先するか、効率を優先するか全く安定できていない曖昧な状態だと。

 だとすれば、彼の取るべき行動は……今すぐにでも行わないといけないことは、ただ一つだけだった。


「……すみません、考えを改めます」


 未だ白々しい目で睨み続けているスミレへ深く首を垂れる。

 その後、ゆっくりと上げられた彼の顔にはもう、清々しいまでに悩みの表情はなくなっていた。


「俺はマーケットに戻ります。これ以上、自分の周りにいる人を一人として失いたくはないので」

「ええ、是非ともそうしてください。当然、わたくしたちもついていきますので」

「……え?」


 先程まで決意に満ち溢れていたライトは、スミレが発したその言葉に顔をしかめる。

 奇しくも、彼の悩みを払った彼女の一言で。


「こんな時に冗談は――――」

「冗談ではありませんよ?」

「…………」

「ライトさまの事情は未だ把握しきれておりませんが、わたくしたちはあなた様に助けられた実です。ですから、今度はわたくしたちがあなたさまを助けたいのです」

「そうそう。わたしたちを非力な乙女だと勘違いしているようだけど、全員武器を持っている時点である程度察してほしいわね」

「ディジーの相棒探しをするならさ、手分けした方が見つけやすいと思うんだけどなー」

「そもそも、マーケットまでは結構距離がありますぞ? 足が無くてはどうもままならぬのでは? こんな時こそ、あっしなら役に立てると思うのですがなぁ」


 その真剣さはライトにも十分に理解できている。

 だが、一度囚われていた彼女たちがまた囚われる可能性がある以上、手伝ってほしいとは言い出せなかった。


「正直、貴女たちを危険に晒したくない。それに、足なら馬車を使えばいい。馬の扱いは知っている程度で実際に行ったことはないが、いざとなれば従者を脅してでも――――」

「いやぁ、それが出来たらいいんですがなぁ。そいつはちょっと無理な話ですぜぃ」

「どういうことだよ」

「どうもこうもないわ。あの馬車はレンタルなんだから」

「レンタルの馬車……? 聞いたことも見たこともないぞ?」

「そうでしょうね。つい最近になって始まった事業で、一部の金持ちしか利用できないほど高額らしいから」

「つまるところ、足になりそうなものは無いってことですわ。てなわけで、屋根に上りますぞ、ライトのダンナぁ」

「……いや、足が無いという点からどうしてそう飛躍する?」

「それは見てのお楽しみっつーことで。まあ、ちょっとばかし覚悟は必要かもですなぁ」


 不安にさせるような言葉ばかりを告げながらナトリーは笑う。

 ……相変わらず、女性が発してはいけないような下品な笑い声で。


「分かった。無茶をしない範疇で手伝ってほしい。考えに囚われていたらよくないしな」


 ここまで言われて、気も使われてしまえば、流石のライトも一言すら反論を返すことが出来なかった。

遅くなって申し訳ありません……!


少し前にTwitterで呟いた“黒塗りの”予測変換ネタが含まれています。

よりにもよって、な場所ではありますが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ