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つかの間の安息 Side:S

 森に着いて間もなく、ライト君とバリュー君が喧嘩を始めた。

 きっかけも原因もライト君のせいなんだけど、本人は一切そんなことを気にしていないようだからたちが悪い。

 事のきっかけは、わたしが夕食を作る準備を始めた事からだった。

「夕食を作るのなら、俺が作りますよ」と、ライト君が言ってきたから、夕食ぐらいはわたしが作ると断った。

 護衛をしてくれたのに夕飯を作らせるわけにはいかないし、きっと二人とも疲れている。だから、夕食が出来上がるまで二人をゆっくりと寝させておこうと、そう思っていたのに……。

「それなら周囲の警戒をします」と言って、ライト君は着いてなお、寝たままだったバリュー君を叩き起こした。

 ―――その時、バリュー君が抱いただろう気持ちは、一人で旅をしているわたしでも痛いほどわかる。

 家ではよく息子にされたものだ。子供だから仕方がないと思っていても、イライラしないと言うのは嘘になる。

 そりゃあ心地よく寝ているのに、いきなり叩き起こされたら誰だって怒るよね。


「…人が折角ぐっすりと寝ていたのに、叩き起こすとはいい度胸だな! 今日こそ、その失礼な態度を改めてもらおうか!」

「それをどの口が言うのやら。いつも失礼な態度を取っているのはバリューの方だろ。うだうだ言わないで、さっさと見回りに行くぞ」


 お互い一歩も譲らず睨み合っている様子を、威圧感が凄いなぁと遠目から見ていたけれど、ふと気になったことがあった。

 それは、激しい口喧嘩をしているけれど、それほど険悪な感じではないみたいなものが、二人の間からある程度伝わって来た事。

 毎日のように、些細なことで意見の食い違いが発生するということを、馬車の中でライト君から聞いている。相手の言い分が正しかろうが、間違っていようが関係なく、最終的にはどちらかが折れるそうだ。


「…分かった。確かに、今まで寝ていた私が決めることではないな」

「そうだろ? とにかく行くぞ」


 ―――こんな感じで。

 けれども……いや、だからこそ、なのかもしれない。

 ある疑問がわたしの頭に浮かんで来た。


 彼らは、どうして二人で旅をしているのだろう?


 近いところを移動するだけなら、わたしのように一人で旅をしていても……ましてや二人でも別に変だとは思わない。

 でも、遠出をするならそれこそ複数人……ただ多くてもいけないが、少なくとも四人以上で行動した方が、一人一人の負担も少ないはず。

 寝食や戦闘、見張りといった様々なところで、二人だけだと負担が大きくなる。けれど、複数人で役割を分担したらどれほど楽だろうか。

 今のような口喧嘩だってそうだ。奇数人だったらどちらかが折れることもなく、多数決で成否を決められる。大人数だったら、話し合いで決めることも十分に可能だ。

 それなのに、たった二人で旅をするなんて、相当なもの好きか、何か理由があって二人でいるに違いない。

 助けてくれた人たちにこんな事を考えるのは、失礼極まりないのだけど……。

 会ってばかりの時に思った通り、この時のわたしは、二人が少し変だと思い始めていた。


 夕飯の準備が整い、久方ぶりの食事にありついたその時に、わたしは思い切って彼らに聞いてみることにした。

 二人が旅をしているその理由がどうしても知りたくて、興味を抑えることができなかったのだという理由で。


「俺たちは最初、それはもう水と油ぐらいには、お互い反発していましたね」

「え? そうなのかい?」

「はい、何というか……最初は敵同士だったんですよ」

「敵? 君たち二人が!? そうは見えないけれど……?」

「いやぁ、お恥ずかしい限りなのですが、俺たちがいた国も、近年まで戦争をしていたあの国と同じような感じでして、そこで敵国の兵士として剣を交えたんです。そこに俺の友人とも言える人がやって来て、その人はどうやら相手の兵士とも仲がいいらしくて仲介に入られたんですよ。それが、俺たちの出会いでしたね」

「へぇ……。もう少し詳しく聞いてもいいかい?」

「いいですよ。全部は話せませんが……」

「なに、全部聞くほど野暮じゃないさ」


 持っていたフォークを置いたライト君は、わたしに体を向けて語り始めた。



 二人の知り合いが説得するも、全く耳を貸さない二人に呆れたその人は、彼らの王達から既に停戦するよう言われていることを、彼らに語ったそうだ。

 その後、彼らの王とその知り合いが開いていた密会で、戦争の真犯人は隣国だと、二人は知らされる。

 そして、その場の流れもあり、隣国の企みを阻止し戦争を終わらせるため、彼らは無理矢理タッグを組まされたらしい。

 最初は、犬猿の仲という言葉すら軽々しく聞こえる程に、二人の仲は険悪で、隙があればすぐにでも、二度と歩けない体にしてやろうと思っていたそうだ。

 それでも、お互いに足を引っ張りつつも任務をこなし、喧嘩をしたら知り合いに仲介され、二人で活動している時間がだんだんと増えていく事によって、次第に助け合うようになっていく。


 ―――そんな時、事件は起こった。

 二人の知り合いが濡れ衣を着せられ、彼の国と二人の国の全てが彼の敵となってしまったのだ。

 知り合いを助けるため、二人は決死の覚悟で戦いの場に駆り出て、知り合いを必死に守ろうとする。

 ……しかし、三国相手にたった二人では分が悪かった。

 結局、知り合いの濡れ衣を証明する前に彼らは洞窟へと追い込まれ、最期には二人の目の前で知り合いは自らその命を絶ったそうだ。

 その瞬間、二人は自分たちの存在意義を失った。

 まるで幼馴染の友のように、いつも二人のことを思ってくれていた人に目の前で死なれたということが、彼らにとってこれ以上のない心の傷となる。

 だから、彼らは全てを捨てた。

 何もかもを捨てて、ここまで逃げ延びてきたのだ。



「―――これが、俺が話せることの全てです。今は……そうですね、自分探しの旅をしているような感じでしょうか」

「そうだったのか。お友達を目の前で失ったなら、さぞ辛かっただろう。済まないね、辛い話をさせてしまって」

「あまりお気になさらないで下さい。漸く、俺たちも彼の死に慣れてきたところですから」

「…そうだ、気にすることはない。最初の頃は、思い出すたびに心が()(むし)られるようで、食事すら(ろく)にとることができなかったが、今はそれほどでもない」


 さっきまで会話に入ってきていなかった、バリュー君が口を開く。

 わたしたちが話していた間、一言も発することなく食事をしていたようだけど、鎧を脱がずに、兜の口元だけを上げて、食べ物を放り込んでいるように見える。

 食事し辛くないのかな?

 一向に鎧を脱がないから、何か理由があるんだろうけれど……。

 気になったことを、いちいち口を出していると怒られそうだから、止めておくことにしよう。

 それにしても、話し続けていたせいか喉が渇いたな。

 そう思って、商品を触った手で触れ続けていたせいか、所々黄土色に変色してしまった水筒を手にした時に、わたしはふと気が付いた。


「ライト君、さっきから全然食べてないじゃないか。大丈夫かい?」

「ちょっと、食欲がないですね。バリューが恨めしく見えます……」


 ライト君の皿についでいた食べ物は、一口も手を付けられていなかった。

 対するバリュー君は、わたしがライト君と話している間に、黙々と食事をしていたからだろうけど、皿の上についでいた食べ物がすでになくなっていた。


「…食べられる時に食べておいた方がいいぞ、ライト。食べないなら私が貰う」

「あ、ちょっと!」


 そう言うが早いか、目にも止まらぬ速さで皿ごとひったくったバリュー君は、がつがつと口に放り込む。お行儀が悪いなぁ……。

 いや、それよりも―――。


「それはライト君の―――」

「いいんですよ。きっと疲れからの食欲不振だと思うので、今夜の分は翌朝にいただきます。それに、バリューには、先ほど無理を言って働かせましたし」

「そう、かい? でも……」

「…ご馳走様。うまかった」


 そうこうしているうちに、ライト君のお皿に乗っていた食べ物は、全てバリュー君に食べつくされてしまっていた。


 そういえば、『野営の基本は安全性である』とは、誰の言葉だっただろうか。

 睡眠をとっている間、あらゆる生物は無防備だ。

 この木々の密集地帯には大型の蟲は出ないけれど、他の生物が現れて、人間に危害を加える可能性はありえる。

 そのため、彼らより野営経験豊富であったわたしは、二人へと安全確保の罠などを仕掛ける手伝いをしてもらっていた。

 けれど、その途中、バリュー君がお腹を抑えて、木々の隙間へよろよろと進んで行くのが見える。

 その姿を見て、わたしの胸中はざわめく。……何か、とても嫌な予感がしたのだ。


「あれ、バリュー君は、一体どこに行っているんだい?」

「『少しの間離れる』、だそうです」

「え、何かあったのかな?」

「あぁ、心配することはないですよ。ただの食べ過ぎです」

「えぇ……?」


 いや、確かに食べ過ぎているのではないか、とは感じていたよ?

 でも、流石に胃の許容量を超えるような、無理は食べ方をしない人だと思っていたんだけどなぁ。


「それにしてはやけに苦しそうだったけれど、本当に大丈夫なのかい」

「お気になさらず、きっと食べ過ぎた罰が当たったんですよ」

「あちゃあ、それは良くないね」


 まあ、あんな食べ方をしていたんだ。お腹を壊しても仕方がない。

 そう思うことにして、ライト君と二人きりで、罠張りの続きをする。

 ……のだけれど、全ての作業が終わっても、バリュー君は戻ってこなかった。


「流石におかしいですね。すみませんが、少し様子を見てきます。スパイスさんは馬車から離れないでください」

「わ、わかった」


 心配した表情をしたまま、ライト君は先ほどバリュー君が消えていった木々の隙間へと走っていった。

 先ほどまでわたし一人ではなく、ライト君やバリュー君を含めた三人だったから、すごく安心して夕食も作れたし、罠もしっかり張れたと思う。

 きっと、そのせいだろう。二人がいなくなると途端に不安になって、臆病風に吹かれてしまう。静かな森ほど怖いものはない。どこで何が息を潜めて、私に襲い掛かろうとしているか分かったものじゃないから。

 辺りを見回すけれど、暗くなった木々の中に何がいるか分かるはずもなく、わたしの心の中に少しずつ恐怖心が膨れ上がっていく……。


「―――――――――――――!!」

「ひっ!!」


 女性の断末魔のような獣の声が聞こえた。

 ここから離れているけれど、いつ、こちらに来るかわからない。

 冷や汗がダラダラと背中を伝い、手足はガタガタと震えだす。

 ダメだ……もう―――。

 そうだ! こういう時は家族の写真を見るのが一番だ!

 懐に手を入れ、郵便鳥から受け取った手紙と写真を取り出す。

 手紙にはお腹が膨らんだ妻の写真と、ぐっすりと眠っている息子の寝顔の写真、手紙には妻の筆跡でわたしの身を案じつつ、早い帰宅を待ち望んでいる(むね)が書き込まれている。

 困った時や不安な時は、いつもこの手紙を見て心を落ち着かせるようにしていた。

 写真を見ながら、カラカラになった喉に水筒のお茶を注ぎ込む。少しずつだけれど、ようやく落ち着いてきた。

 ……そうだ。こんな時で死ぬわけにはいかないんだ。

 愛する妻や可愛い息子、そしてまだ見ぬ赤子が、愛しきわが家でわたしの帰りを待っている。

 だから、何としても……どんな手を使ってでも、わたしは家に帰るんだ。

 そう、改めて決心できた。


 ―――だけど、運命の女神様は皮肉屋だ。

 不安が安心に変化した途端、その安心を翻すかのように絶望が押し寄せて、暗い暗い絶望の波に飲み込まれる。

 それは、わたしが一番知っていたはずなのに……。

 わたしの命運はここで遂に尽きることとなった。


「……嫌な予感ほど、当たってほしいと思わないものはありませんね」


 いつの間にかライト君が、わたしの元へと戻ってきていた。

 その顔は暗く、瞳は泥水のように濁って見える。

 いや、ちょっと待ってくれ。

 その顔にこびり付いた、赤黒い色をした物はまさか……!


「え? 嘘だろ……!?」

「バリューは()()無事ですよ。もう少し遅かったら死に至っていたかもしれない、そんな危険な状態であることに変わりはありませんが」

「そんな……。あんなに強いのに致死傷を負わされるなんて、一体どんな化け物が―――」


 あまりにも急な出来事を知らされて、思わずおろおろとしてしまう。

 けれど、ライト君はとても冷静に、わたしに状況を伝えてくれた。

 バリュー君が瀕死の状態なのに、どうしてこうも落ち着いていられるのだろう?


「いえ、何者かに襲われたわけではないですよ、原因は別のところにあります」

「え? 襲われたわけじゃないのですか? 致死傷に至りそうな怪我を負ったのですよね?」

「いいえ。バリューは怪我を負ったわけでもないです」

「怪我、じゃない……?」

「ええ。そもそも、ああ見えてもバリューは()()なんですよ。。きっと、あんなにゴツい装備をしているの、はそれが一つの原因だとは思うのですが」

「……繊細?」

「はい。だから、影響を受けやすいし、その影響から脱しやすいわけで―――」

「ち、ちょっと待ってくれ!」


 ライト君は、一体何のことを話しているのだろう。

 まだ話し続けていた彼の言葉を、途中で遮ってしまったけれど、ライト君が言っている言葉がどうしても理解できなかった。


「それと、バリュー君が死にかけたことと、どのような関係があるんだい?」

「回りくどい言い方になってしまいましたね。……結論から言います。バリューは()に侵されていました」

「毒、ですか。なるほど、確かに怪我ではないですね。昼間の蟲から受けた毒でしょうか?」

「いいえ。蟲の毒も十分に危険なことは確かですが、遭遇した個体が持つ毒は、それほど致死性が高くはありません」

「では、その毒はどこから来たんですか?」

「ああ、それは簡単な話です。バリューを侵していた毒はほんのすぐ近くにありましたから。……薬は毒にもなるとも言いますしね」

「それは―――」


 ライト君は下げていた顔を上げ、わたしを見つめる。

 黒い穴のような瞳の色をした彼は、無表情のまま間髪入れずに言葉を発した。



「ええ、ご明察の通りです。あなたが朝方に寄った町で……この馬車で売っていた()()()()ですよ」

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