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月光揺蕩う湖畔の夜道で

「まったく……! 人が消える湖畔とは聞いていたけどさ、わざわざ連れていかれる必要なかったでしょ! あと少したどり着くのが遅かったら……!!」

「いや……本当に悪かった。いくら平坦な道だからって油断しすぎていた俺の過失だ」


 頭を包帯で多少大袈裟なほどぐるぐる巻きにされ、横抱きされたままのライトはバリューに叱責されていた。

 未だ顔色は悪いが、地下室にいた時に比べると、多少血色は良くなっている。

 怒っている彼女を見て苦笑いを浮かべる余裕など、あの時には無かったから。


 意識を失った後、ライトが目を覚ますとそこはもう屋内ではなく、霧が立ち込め辛うじて星々の輝きが見える湖畔の道だった。

 バリューに問いかけたところ、傷の手当てをした後、念のため屋敷から離れているそうで、屋敷の対岸付近まで行けばとりあえずは安全だろうとこうして歩みを進めていた。

 もちろん、ライトには『大地の祝福』が使われているが、流石に血を流しすぎているため、むやみに行動させるわけにはいかない。

 だからこうして彼は抱えられたままだったのだが。


「とりあえず、疲れただろ。俺を見つけるまでにこれだけ時間がかかったってことは、相当苦労したはずだ」

「そりゃあ疲れたよ! だからって、大怪我人を歩かせるわけないでしょ」

「怪我なら……ほら、あれだ。もう止血されているし、『大地の祝福』もかけられているから、何の問題も―――」

「問題しかないからね!? 傷が治っても失った分の血までは戻らないってことくらいわかっているでしょ! それとも、私に抱えられるのがそんなに嫌……?」

「いや、今回は迷惑ばかりかけているからな。いい加減。自分のことぐらい自分で対処しなきゃだろ。……だから、バリューだって怒っているんだろ?」

「そこを怒っているわけじゃないんだけど! このわからずや!」


 兜越しでも篭ることなく凛とした怒鳴り声が周囲に響く。

 ライトは耳を塞ごうとしたが防ぎきれなかったのか、耳元に手を伸ばしたまま顔を顰めて硬直していた。


「そう言われてもだな……。いざとなったら俺を切り捨てるくらいの覚悟はしてもいいと思うぞ? ロケットはバリューが持っているんだから」

「……それ、本気で言ってるわけ?」

「冗談で言えるようなことじゃないだろ」

「もし、それがライトの本心なら、一発殴らないと気が済まないんだけど」

「殴りたいなら殴ればいいじゃないか」

「……ライトってわかっててもそんなこと言ってくるから立ち悪いよね」

「…………すまない、本当にわからないんだが」

「――――――」


(ライトって、ほっっっっんとバカなんだから…………!)


 あまりにも聞き分けのないことを口にされ、珍しく絶句したバリューは星々がきらめく空を仰ぐ。

 自分がどんな表情をしているかもわからないままに。


「はあ……。もう怒らないけどさ、数日間は安静にしてて。貧血だけでもそうだけど、頭を割られているんだからね? 見た目は治っても、実際はどうなっているのかわからないし……」

「本当、手間を掛けさせて済まないな……。衣服だって、もう代えがなかったんだろ」

「そ、そうだよ! おかげで下着の上から鎧帷子を着ないといけなくなったんだから!」


 兜に隠れた顔を真っ赤に染めた彼女は、再びライトへと怒鳴り返した。

 当然だが二人は旅の間、必要最低限のものしか持ち歩いていない。

 食料や衣服、もちろん金銭だってほとんど持ち合わせていなかった。

 包帯などといった高価な代物なんて、旅の間一度たりとも手元に遭った覚えがない。

 そのため、いざというときは代用品として身に着けていた衣類が使われる。

 勿論、常に一着しかもっていないわけではないが、保険としてのもう一着しかなく、それも使ってしまったら着用できる着物はなくなるわけで……。


「なあ、怒らないって言ってなかったか……?」

「デリカシーの無い言い方をするライトが悪いでしょ!」

「いや、まあ……。すまない」


「あの時、襲い掛かってきたから自衛のために剣をふるったんだけど、もし、交渉がうまい人が居たら……」

「言いたいことはわかる。だが、それは叶わぬ願いだ。あの場ではあれが最善で、それ以外の手段はなかった。――――ただ、それだけだ」

「でも……! 本当に、あれしか――――!」

「無理だ。もし、彼らと和解が成立しても、結局は一時的なものに過ぎない。人間ですら理解の上での平等を維持出来ないというのに、共存の道を歩めると思うか?」

「うっ……!」


 それにな、と一拍置いて、再び淡々と事実のみを語る。


「たとえ、知識を得てまだ日の短いあのゴブリンたちが、人間を自分たちと同じような目線で見るようになったとしても、歩み寄ってきた人間が裏切ることになる」


「この世界は力を持つ者はのし上がり、力無き者は淘汰されるような作りになっている。何かを犠牲にして生きるものがいる限り」


「だから、無理なんだ。恒久的な平和を維持し続けることなんて、な」

「…………」


 心の内では、それでも……、という燻りが残っているが、それを言い返すすべはない。

 ライトが言っていることはどうしようもなく正しいから。

 異端な者、異邦から来た者、異質な考えを持つもの。

 多くの他人から見て異なった存在というものは、その大多数が理解されないということを、痛いくらいに理解しているから。


「…………」

「…………」


 そうして次第に、二人の間から言葉が消えていった。

 聞こえてくるのは草が木の葉を揺らす音と、時折湖の魚が水面ではねる音。

 ただそれだけ――――。


「わかっていたさ。あの場であんなことを言ったところで、ゴブリンたちから顰蹙を買うだけだということは」

「じゃあ、なんであんなことを言ったの?」


 閉口し何かを考えていたライトは、改めてゆっくりと語りだす。

 その言い訳がまあしい言葉に問いかけるような形でバリューが言葉を返すと、ほんの少しだけ沈黙し、乾いた口を再び開く。


「よく、わからない」

「わからないって………」

「たまにあるんだ。自分が何をやっているのか、なぜそんなことを言ってしまったのか、全くわからない、そもそも覚えていないことが」

「あ――――」


 思い当たる節はあった。

 ライトは戦闘中、稀に理性を失ったかのように暴れるような戦法をとる時があることを彼女も把握していた。

 直近で言えば、あの廃塊で出来たゴーレムの足を砕いたとき、だろうか。

 あの時も周りを一切見ることなく、自ら危険地帯へと突っ込んでいった。

 そして、バリューは気が付いた。

 その行動は、理性で止めることができない衝動的なものだと、彼自身も理解しているということに。


「それって、病気の類だったり……?」

「わからない。――――いや、原因に関してはわかっているか。とはいえ、そうならないように対処してきたつもりだったんだが……」

「つまり、対処が追い付かなくなってきたってこと……?」

「手に負えないようなものじゃないはずなんだがな。改めて向き合ってみる必要があるかもしれない」

「それは――――」


 口にしようとして、どうしても躊躇われる。

 ライトは自分とは違うとわかっていても、告げられた言葉に翻弄されてしまう。

 ……自分にはその言葉を言う資格があるのかと。


「ん?」

「……ううん、何でもない。無理だけはやめてよ」


 結局、何一つ伝えることなく、彼女は飲み込むことにした。

 それが、自分にできることだと……彼に迷惑をかけないで済むことだと信じて。


「安心しろ、それほど無理をするようなものじゃない。とはいえ、どうしたものか……」


 バリューの内心に気づくことなく、ライトは再び思考に入る。

 とはいえ、彼も人のことを機にかける余裕はなかった。

 いや、気にかけているからこそ、自我の暴走を止めようと躍起になっているのではあるが。


 だが、その思いとは裏腹に、解決策は一向に考え付かない。

 むしろ、思考を巡らせていくうちに、たどり着いてはならない答えにたどり着いてしまいそうで――――。


「……駄目だ、いい考えが思い浮かばない。悪いが、少し寝させてもらうぞ?」

「うん。こんな状態だとよく寝れないかもしれないけど、ゆっくり休んでね」

「ああ」


 考えることを一旦諦めたライトは、視界に映る満天の星空を目に焼き付けるようにじっと見つめたのち、緩やかに瞼を閉じる。

 そして、誰にも聞こえないほど小さな声でポツリと呟く。


「――――いつかはこんな日が訪れると、理解していたというのにな……」


 誰に向けてでもなく自分に対して発したその言葉は、何の答えが返ってくるわけでもなく、霞に飲み込まれ静かに消えた。

お疲れ様です。影斗 朔です。

『異邦者の話』は今回で幕引きとなります。


異邦者で異種族のゴブリンたちと、主人公二人の思考、思想の違いを感じ取っていただけたならば、これ以上の幸福に勝るものはありません。


本編でも触れていますが、異邦者、異端者、異見者……異なった考えを持つ人はなかなか理解が得られませんよね。


それはおかしい。認めたくない。そういった気持ちも分からなくはないですが、そんな端的な割り切り方を是としてしまうのは良くないと自分は思っています。


差別ではなく区別を、無関心ではなく理解を。

そして、己の常識を疑い、広い視野で物事に対すること。

誰に対してもそういった意識を持って行動することが、求められているのかもしれませんね。


読者様にとって『異』とは何でしょうか?


この物語が少しでもその答えに導くお役に立てたならば、これ以上の喜びはありません。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。


改め、皆様により良い年が訪れますように……。



次回は、年が明けて二週間前後お休みをいただいたのちに投稿を再開します。


船着場に到達した二人は、大荒れの海に阻まれ、港から出港することが出来なくなる。

その原因は、海に住まう女神が何者かに攫われたからだと……。


そして彼らは、とある秘策を用いて、女神を救出するために奴隷商人たちのマーケットに乗り込む。


【波濤編:第二話】束縛の話

期待してお待ちいただけたら幸いです。

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