忌憚なき問答
「なんダ、お前カ。聞いて何の得があル」
「得、か……。得はないな、俺がお前たちに、聞きたいことが、あるだけだからな。けど、暇つぶし程度には、なるだろう?」
暇つぶし、と言われてゴロルは押し黙る。
その代わり、より一層眉間を険しくしてライトの顔を覗き込む。
今にもくたばりそうなこの人間が、自分を満足させているか品定めしているかのように。
「そうだナ、お前が死ぬまでじっくり話してやるヨ」
「おイ、勝手に決めるナ」
「なあ二、どうせこいつはすぐに死ヌ。それにナ、死に際の獲物にストレスを与え過ぎると味が落ちるんだゾ」
「じゃア、こいつを食べる時、オレが脳みそを食べていいよナ!?」
「勝手にしロ。まア、コイツの頭は岩石並みかそれ以上に硬いみたいだけどナ」
(言ってみるもんだな。ただの食材として見ていた割に、まさかこうも話が通じるとは)
人の言葉を公用語としている点からもしやとは思っていたが、意思疎通どころか交渉まで応じるとは、投げかけた当人にとっても流石に想定外だった。
プライドが高く、こちらが忌憚しなければならないかとも考えていたが、それも杞憂に終わっている。
正気を失いかけている血で固まった顔は殆ど動かせないが、内心ではしめしめとほくそ笑む。
現状の打開にどうにか一縷の希望が見えてきた。
「ほラ、さっさと話しテ、さっさとくたばりやがレ」
「そう、だな……。まず、お前ら、はただのゴブリンじゃ、ないな?」
「ン? そウ、なのカ?」
「ここらのゴブリンと比べテ、ワレらがよほど優秀だと言っているのだロ」
「あア! 納得しタ!」
「……やはり、流れ者か」
ゴブリンたちは少なくとも近頃まで屋敷を根城としていたわけではなさそうだった。
とはいえ、このような種が移住を繰り返す事自体は十分におかしい。
低級種であるゴブリンの枠組みから外れる事なく成長を遂げた、数少ない最上級種。
下手すると人間を上回る怪力と団結力を発揮する可能性を秘めている。
それほどの力を持つものならば、自らの土地を守り、武力で天敵を追い返す程度のこと、さして造作もないはずなのだから。
「ナガレモノ?」
「お前らは、元々ここの出身ではない。違うか?」
「どうしてそう思うんダ?」
「月光浴に、適していないからだ。ここは、薄霧がいつも、立ち込めている。月の光は、霧に拡散されて、地表まで、うまく降りてこない。高台の上に立つ、この屋敷を、根城にしているのも、それが理由だろ?」
「ふむ……、お前頭いいナ」
「なるほド、頭がいいから頭が硬いのカ」
先程からずっと"頭が硬い"と連呼しているゴロルは、一撃で頭蓋を破壊出来なかったことを相当根に持っているらしい。
点在する物とぶつからないよう、離れた位置に移動してるずっと棍棒を素振りしている。
「ワレワレがどこからやってきたカ、教えてやっても――――」
「おイ! 何話そうとしてやがル! 教えるならオレが言ウ!」
「ああもウ。勝手にしロ、めんどくさイ……」
振り回していた棍棒を放り出すと、もの凄い剣幕で料理チョーへと詰め寄る。
胸ぐらに掴みかかろうとしたゴロルを面倒に思ったのか、料理チョーは適当にあしらっていた。
先程までの素振りも、単なる暇つぶしの一環だったのだろう。
料理を行わないのならば、普段は月光浴の真っ最中のはず。
その邪魔をされた挙句、月光どころか上階の音すら聞こえない場所で待機させられているのだから、当ゴブリンにとってはたまったものじゃないだろう。
人間より上位に位置するエルフでも、気が短いものにそのような態度を取ってしまった暁には、激怒だけでは済まないのだから。
「おい! 眠ってないで聞いて驚ケ! オレたちはここからずっと南の密林から来たんだゾ! お前が知っているよりもずっとずっと南ダ!」
――――だが、ゴロルは口下手だった。
人語でのコミュニケーション期間が短く、まだ上手く慣れて親しんでいなかったのかもしれない。
そのうちにもライトは脱出の算段を企てていたが、やはり血を流しすぎたせいか、最良の計画を組み上げることは出来なかった。
ゴロルの武勇伝を掻い摘んで説明すると、やはり彼らは異境の地からの来訪者だった。
事の発端は住処である熱帯林を怒髪猿たちに奪われたこと。
それからは各地を転々と旅するような生活だった。
天敵しかいない荒野を潜り抜け、極寒の雪山を横断し、数々の苦難を乗り越えてこの屋敷へとたどり着く。
武勇伝として語られずとも、単純な説明だけで旅路の過酷さと徒労を想像できる。
暗所を住処としているゴブリンにとって、長距離移動ほど適さないものはない。
海すらも超え、大陸間を移動するまでの旅だったとすれば、旧人類と同等かそれ以上にまで進化していると考慮しても過言は無い。
多くの仲間が死に、その度に環境に適応すべく生活していくことで、ゴブリン達は成長を遂げていったのだろう。
だが、それだけでは納得できない事の方が多い。
要因を知ることも重要ではあるが、肝心の"成長"のプロセスが含まれていなかった。
それに、長命を保っている理由についても不自然だった。
「人間を、"ご馳走"と、言っていたが、それだけしか、口に出来ないのか」
「そんな事はなイ。最初は小動物を食べていたガ、自然と食べるものが無くなっちまっタ」
「だかラ、人間をいただくことにしたのサ。ヤツラ、どんな場所でもどこからともなく現れるからナ」
「まア、たかがゴブリンだとナメてるやつが多いお陰デ、オレたちが有難くご馳走してもらっているわけダ」
食事にありつく労力としては見合っていないが、その結論に至ってしまうのは当然の帰結と言うべきなのかもしれない。
人間は増えすぎてしまった。
神に近き精神性を持ち、最も天敵を絶滅させた種族として栄え、どれほど過酷な地であろうとも平然と暮らしてしまう適応力の高さと豪胆さを持つ。
それだけではなく、持ち前の知識とあらゆるものを手中とせんとする強欲な姿勢で、今もなお増加の一途を辿っている。
『人間一人見つけたら、付近に百人はいると思え』
そんな慣用句が亜人種界隈で有名になるほどに、人間はその数を爆発的に増やしていた。
だからこそ、小動物よりもずっと量が多いだけでなく、栄養価が高く見つけるのが容易い人間を食すことになった。
そうしているうちに、人の味を好むようになってしまったのだろう。
彼らにとっての特上食材として。
「同禍類毒を、以てしても、忌毒を、制しているのか……? いや、考えられる、としたら……」
「なア、料理チョー。コイツさっきから何言ってんダ?」
「さあナ。ブツブツ呟いてばかりデ、気味が悪イ」
同禍類毒。
単純な説明として適した言い方に直すと、"共喰いは毒となる"だろうか。
……実の所、ゴブリンに人肉は適さない。と、いうのも、小鬼種に当てはまるゴブリンは人間と起源が限りなく近いからだ。
共喰いの禁忌は種族間を超えるほどに有名だが、その理由を知るものは案外少なく、唾棄すべきと言われるその要因として挙げられやすいのは、やはり忌避感からのものが多い。
正確には、蓄えられた同族の命が『穢れ』という祓いようのない劇物として体に蓄積されることにより、じわりじわりと肉体を侵され、自然と短命となってしまうことを指している。
だが、このゴブリンたちからは、その兆候を微塵とも感じることない。
寧ろ、常人を遥かに超える筋力や有り余る知恵を得ているということは――――。
何者かから何らかのテコ入れが行われた。
そう考えると、唐突に故郷を追われ、長距離移動を強いられた辻褄が合う。
そして、不幸を作ったのちに偽りの幸福を掴ませようとする悪逆を、ライトは嫌になるくらい知っている。
「故郷が恋しいと、思わないのか? 今の力があるのなら、怒髪猿程度なんて、相手するのは、容易いだろ?」
「何言ってんダ? 頭いいのか悪いのかよくわかんないやつだナ。わざわざ戻る必要なんてないだロ。元は天敵だった相手と争うよリ、ここで暮らす方がよっぽど心地いいに決まってるじゃないカ」
「それにナ、ここにいると人間が道を通るんダ。お前たちみたいな危機管理が甘い間抜けがナ。そこで罠に引っかかった人間を襲って食べる方ガ、困難が伴う旅よりもはるかに得ダ」
獲物を食したいという本能に負けることなく、冷静に現状を分析した上で、懇切丁寧に説明までしてくれる。
このような形で無ければ……又は、人間を主食としなければ、共存を望むことも出来たのかもしれない。
「まァ、近頃食糧が不足してきたシ、いい加減近くの村を襲っていいかもナ。ここよりもいい暮らしができるかもしれないゾ」
「そりゃあいいナ! そのための腹拵えとしテ、コイツをいただくことにしようゼ」
だが、ゴブリンたちにその気は一切ない。
己の方が強いという傲慢さから来ているものなのか、そもそもそのような考えに至らないのかはわからないが、建造物を住処にしていることもあり食以外にも人に執着しているような気がしてならない。
思考の鈍化を一層感じつつも、疑問を解き明かそうとライトは声を掛ける。
「そこまで、人間という種に、こだわる理由は、何だ? 食べ物なら、近くの湖で、食用魚を、釣ればいい。そもそも、雑食種のゴブリンが、偏食すること自体、不可思議としか、思えないが」
「逆に聞きたいんだけどナ、人間は家畜を食用としてしか飼育しないのカ?」
「…………成程、俺も、偏見に、囚われていた、わけか」
彼らにとって、人間は食用以外にも需要がある。
そう答えられたら、どのように利用されるのかある程度の想像は思いつく。
反乱の危険性はあるが、奴隷として働かせるには相応の力と頭脳がある。
力の無い女性は、繁殖の苗床もしくは肉欲の処理として利用されるのだろう。
現に常種のゴブリンによる被害報告もある。
産まれてくる子も、肉体の相性が良く遺伝子上優位に立つ、ゴブリンに近しい種となるというのは有名な話だ。
そして、このゴブリンたちの場合だと、人間は非常食料代わりにもなる。
特上品のような扱い故に、味としては美味なのだろう。
中でもゴロルが強請っていた脳は、絶品の代物と思われる。
残った骨も、加工したら様々な用途で使える。下手するとゴロルが持つ棍棒ですら人骨の加工品なのかもしれない。
生きていようが死んでいようが、ゴブリンたちにとって人間は利用価値が高く、何よりも最優先すべき対象としているには相応しい理由だった。
「脱帽だ。そこまで考えて、行動していたとは、思っても、いなかった……」
「ゴブリンだからってバカに出来なくなったナ? 泣いて詫びたら許してもいいんだゼ?」
「どうせ、食べられるのなら、腹の中で、詫びてやるよ」
「けッ、暴力を振るえないからって調子に乗るんじゃねえヨ」
「まぁ、人間以外美味しく感じられなくなったこともあるな。人間のようでそうじゃない男から貰った"あの薬"の副作用かもしれないが、長生きできるようになったのだから、些細なことだろう」
「それ、は……」
やはり、と言うべきか。ゴブリンたちをここまで成長させたのは紛れもなくあの男だろう。
詳しく問いかけようと口を開くが、カラカラに乾いた彼の喉は、かすれた息を漏らすばかりだった。
「襲う場所は既に決めているのカ?」
「おうヨ!」
「それなラ、ワシにいい考えがあル。いいか――――」
ゴブリンたちは人間以外に興味がない。
だから、これからも人間を襲い続けるのだろう。
(ああ、不味い……。意識が、遠のく――――)
必死で言葉を口にしようとするも、抗いようのない睡魔に阻まれる。
失血の脱力で揺蕩う意識の中、彼の眼前に大きな男性の背中が浮かび上がったかのように見えた。




