領主たちの話
「貴殿らに、最後の任を伝える――」
戦の余韻が漸く落ち着き始めた頃、荘厳な空気に包まれる玉座にて、青年の主を務めていた男が発するは、離別を意図するかのような言葉だった。
「もう、俺たちは必要ないってことですか」
「如何様な解釈でも構わない。だが、最後までやり遂げよ」
「……もし、私たちが帰って来なかったら?」
「どのような判断に至るかは承知しているはず。貴女方には何度も言ってきたでしょう?」
「……」
意図を告げる必要はない。むしろ、告げることで不都合な事態が起こりうるかもしれない。
行き過ぎた気遣いを苦痛と受け取ってしまうように、言葉にして伝えない方がいい時だってあるのだから。
「さて、出発の日取りについてだが――」
「明日の早朝に発ちます」
「いいのか? 一度出国してしまうと、そう簡単に戻っては来れないぞ」
「構いません。幸い私たちの私物は殆どありませんし、こういった時は早く行動に移すべきですから」
「そうか」
即断即決とも受け取れる返事が戻ってくる。
普段通りの受け答え。だからこそ、無理していることがありありと伝わってくる。
……もう二度と戻ってこないだろう。
苦しむ彼らに与える事が出来たのは、誰しもが持っているはずの自由の身。
それでも、内側に蟠る雁字搦めの鎖だけは解いてやることができない。
傍目から見てとうの昔に燃え尽きたような黒炭も、その内側には身を焦がすほどの熱を残しているように。
……隠されてしまっては、決して不作用に触れることすらままならないのだから。
「では、始めようか」
「手短に澄ませた方がよかろう。我々が使える時間は限られているといった点もあるが、何よりも外で待ちくたびれているあ奴らを怒らせるのは面倒だ」
「はは、それは言えているな」
暗く広い空間に男の乾いた笑いが響く。
三十人は収容できそうな円卓で座するのはたった二人。
向かい合って話すためか、わざわざ遠く離れた席に腰掛けていた。
「いや、吾輩は話が長引こうが一向に構わないのだがな? あの怒髪猿……失敬、筋肉の武装を纏う優秀な騎士が不貞腐れると手が付けられなくなってな」
「随分とした物言いであるな、其方の専属騎士は信頼に置けぬのか?」
「まさか。あやつは他の騎士と比較してもこれ以上にない秀悦な者だ。……が、正直むさ苦しすぎる。警護のため側によるのは構わんが、あそこまで近寄られるとその気があるのではないかと、怖気すら感じられてくるものでな」
「むしろ、その気があるからこそ警護しているのでは?」
「くく……、冗談はよしてくれ。考えるだけで目眩がしてきた」
口元には笑みが浮かんでいたが、悩みの種としているのは事実のようで、女性は瞳を閉じ額から前頭部にかけて右手を当てる。
尤も、彼女にとって専属騎士との距離感も目下の問題点なのだろうが、それよりも重大な事件が発生したことにより彼らはこうやって顔を合わせているわけで。
「話を脱線させるような物言いをしてしまい申し訳ない。ともかく会談を始めようではないか、フォンテリア領領主シェリー・プラリネコート殿」
「全く……いい加減人を弄る悪癖を正して欲しいものだな、フェルメア領領主クレバス・ハイヌフェルゼン卿。まあよい、折角の機密会談で何の意見交換も出来なければ、本末転倒であるからな」
先程まで漂っていた何処か長閑な雰囲気が、瞬間的に重く冷たい空気と化す。
今は領主という立ち位置に収まるが、本来は大陸内で名の通った国家を統べる王だった両者の顔から、温厚な笑みが消えた。
フロライア連合国カファル領に位置する『残滓の古城』にて行なわれていたそれは、戦時中から秘匿的に行なわれていた情報交換。
重役すら立ち入りを禁じられる、通称『極秘会談』の名の通り、主の側近として常日頃からすぐ傍に立つ専属騎士ですら、会議室への入室を断られ扉の前にて番を行っている。
誰にも悟られることのないように、人々が寝静まった深夜、灯を一切ともすことなく会談が開始された円卓では、仄かな月光の薄明かりのみが光源となっていた。
「さて、件のトゥエントリー沿岸国だが、貴殿はどこまで把握している?」
「山間部に都を置く当方が多くを知るわけなかろう。近年まで鎖国状態からだったが、外部からの攻撃により攻め滅ぼされた。そんな信憑性の低い噂として到来した程度だと、大臣たちは楽観視している」
「ふぅむ……未だ噂程度に済んでいるのなら上々では?」
「そうも言ってはいられぬよ。最悪の事態を常に想定していなければ、咄嗟の判断に頼らねばなるまい? 何事も率先して学ぶ事こそ成長の糧となる。違うか?」
「いやはや、勉強熱心なことだ」
金属が擦れ合う音が聞こえる。
柔らかな光が硬質的な金属を鈍く煌めかせた。
――――トゥエントリー沿岸国。
領主たちが住まう大陸から少し離れた場所に位置する、その名の通り海沿いに連なる国であった。
海から取れる豊かな海産物や気候に適した瑞々しい果実を主な資源としている南国系の暮らしが盛んだったそうだが、三国間戦争の勃発と共に鎖国を始めた。
……だが、つい一週間ほど前、何者かの手によって外壁が破壊されると、わずか三日も経たずに、国内は壊滅状態まで陥る。
そして、彼らが犯していた禁忌も暴かれることとなった。
「内部事情はつい近日まで知り得なかったとはいえ、鎖国をしてまで何を目論んでいるのかと思えば、まさか生物兵器の育造に励んでいたとは……」
「諸各国から目を付けられようとも戦力の増強を是としたのであろう。考えはわからんでもないが、このような事が起きた場合取り返しはきかないことを考慮していなかったな」
まず間違いなく、事の発端は三国間戦争だ。
思えばトゥエントリー沿岸国は昔から自衛的で内向的な国だった。だからこそ、他国から侵略される事を酷く恐れたのだろう。
もし他国との戦争が勃発してしまったならば、結果は目に見えている。
戦力は皆無。武器の生産も潮風が当たる立地上困難を極めている。
何より、他国と戦って勝てるような兵士などいるはずもない。
追い詰められたかのように思い込み、悟り触れてはならない禁断へと触れてしまった。
人の振り見て我が振り直せ。
その言葉通りトゥエントリー沿岸国は自らの身の振り方を初めからやり直した。
そうして、目を向ける方向を内へ内へと狭めていった、それこそがトゥエントリー沿岸国の失敗と言えるだろう。
「とはいえ、戦に備えていたわりには、容易く攻め滅ぼされるほどに国内情勢は悪化の一途を辿っていたそうだ」
「研究へと資源を充て過ぎていたか。あるいは鎖国そのものが失敗だったか……」
「双方共に正解だ。近辺の海は昨今立て続けに荒れ、船を沈める怪物が住まうと耳にする。山間部が数少ない沿岸国にとって、海産物の入手すら困難になるのは致命的すぎる」
「だからこそ、資源が偏ってしまった……。民を導き、より良き未来を模索する、その心意気こそが一国の主として相応しきものであるのにな」
「テリブル前国王は帝国主義者ではあったが、国のあり方を誰よりも思慮していた。その点は評価できるが、トゥエントリー沿岸国は国益を重視し過ぎだ。国を統べる者として思考を偏らせるなど言語道断。……だが、せめて、犠牲者には哀悼の意を示さねばな」
否定的な言葉ばかりを口にしていたが、彼らとしても一概にトゥエントリー沿岸国を悪く言うことは出来ない。
散々模索した結果あのような結末に辿り着くなど、いついかなる時でも起こりうることだ。
故に、主としての矜持だけは常に心構えておくべきだろう。
導く者の定めとして、下の者たちを救い続けなければならない。
時に他者の正義を認め、自らの正義を考え直すことも、今の世には重要なのだから。
「まあ、近年から続く世界的恐慌を鑑みて自衛に走ったと考えれば合理的ではある。平和ボケしている近隣諸国に比べ、危機管理は十分すぎるほどにな」
「えらく肯定的だな、ん? 貴殿としてはああいった手合いは苦手だと思っておったが」
「理解は示すが、決して肯定などできるものか。犠牲者のみを生みだす非人道兵器に着手するほど当方は愚かではない。それは其方も同様であろう?」
「当然だ、と言う事は楽だが……結局のところアレの対抗策がない以上、我輩には些か荷が重い」
「当方の技術、其方の生産性、そしてカファルの呪術……今は昇華術と言われているのだったな。その三点が揃ってなお叶わない相手であると?」
「白々しい問いかけは他所でやってはどうだ?」
「……これは失敬。当国の現状を理解できておられるか今一度確認させて頂いた」
「クレバス王よ、貴殿の悪癖はいい加減どうにかならないものかな、あぁん?」
「いやはや、申し訳ない。普段は問答を繰り返すうちに自然と策を練られたものだが、あやつが居ないだけでこうも……」
バツの悪そうな顔を見せるが、相対するシェリーはこれといった追撃を与えることはなかった。
その代わりとして月明かりに照らされる精悍な顔つきは、わからなくはない、と言わんばかりに瞳を伏せ同意を示しているかのようだった。
「些か疑問に思うのだが、国境沿いには巨大な防術壁を構えていると聞いている。だとすれば襲撃者はどうやって侵入した? 出島も武器だけでなく金属類すら持ち込めぬ警備環境なのだろう?」
「それは簡単な話でな。なんと、城壁を外側から破壊したそうだ」
「……破壊? どのような術技を用いて――――」
「術技が効かぬと理解していたのだろうな。違う類のアプローチで攻め入ったのではないかと言われている」
「違う類の、アプローチ」
「ああ。曰く――――大弓『焦雷弩』が用いられたのではないか……と」
「成程、三種の神器、か。認めたくはないが納得せざるを得ないな」
三種の神器。人智を超えるとされる矛、槍、弓という名を称した異次元の武器。
海を支配するものだけが所持を許され、未知数の力を秘める『三叉鎗』。
存在する物のみならず、概念的なものでさえ両断する『暗黒恒源』
そして、山すらも崩落させうる威力を持つとされる『焦雷弩』
どれも危険すぎる代物故に『忌器』と同様、誰の手にも渡らないよう厳重に保管されていたはずの代物。
だが『焦雷弩』は、運用コストが見合わないこともあり、数年ほど前に解体されたと話題になっていたはず。
それが実際に運用されていたとするならば、あれほど巨大な弩を苦もなく動かせる人員が必要となる。
つまるところ、トゥエントリー沿岸国を壊滅させる用意は周到だったと考えてもおかしくはない。
「それに、戦乱を利用し生体兵器たちは逆襲組と疎開組に分断され、使いものにならなかったそうだ。おまけに片角の悪魔らしき男が軍を率いていたという突拍子のない噂まで出回り始めている」
「三種の神器に海の怪物、寝返った生物兵器に加えて悪魔もいる……流石に敵に回す余力などないぞ」
「その点は今のところ安心して良さそうだ。トゥエントリー沿岸国を滅ぼしたのち、そいつらは散り散りに去っていったらしいのでな」
「圧倒戦力で国を滅ぼし、目的を達成したら即座にその場を後にする……か(もしや、その軍勢は……。いや、まさかな)」
「何か気になることでも?」
「目的を掴めないのが不気味でな。それに……」
「それに……?」
唐突に濁る言葉にシェリーは戸惑った。
その理由を把握しているからこそ、なおのこと不安になってしまう。
「下手すると混乱の渦中に巻き込まれている可能性がある。それだけは確認しておきたいものなのだがな」
彼らの脳裏に浮かんでいたのは表情が抜け落ちかけていた二人の騎士たちが、背を向け玉座から立ち去っていく姿。
そして見送るという選択しか取れなかった、己の不甲斐なさを恥じていた。
「……失敬。諸国の上に立つ者として一人息子が心配、などとは曰えぬのに」
「何を言っておる、我輩も不安で眠れない日もあるぞ。なにせ娘はあのような格好でしか外を歩けないのだからな」
「成程、随分と深い傷をお持ちのようだ。とはいえ、それほどまでに恐ろしい相手と戦ったとは存じ上げている」
「貴殿の息子も同様であろう? 耳にしたぞ、大成敗の一部始終を」
「お恥ずかしながら、あの出来事は当方としても早いうちに忘れ去りたいものでな。アレは大きな誤算であった」
「吾輩も驚いだぞ。まさか、こうも似たような過去を持っていたとは、などとな」
血を血で洗う大戦すらも、彼らにとっては些事だろう。
二人の過去はその程度の犠牲すら軽く凌駕する。
ただでさえ元々から絶望的な状態でやってきているというのに、傷心の状態で旅を続けている今の状況で、もしトゥエントリー沿岸国を壊滅させた者たちに出くわしてしまったら……。
静謐な円卓に誰かの大きな溜息が響いた。
「議論しても埒があかないか。こうなれば不安材料は山ほどあるが、一つずつ潰していくほかあるまい。少なくともあの男ならば、こういった時ほど慎重且つ大胆に行動するのだろうがな」
「ああ、あの天邪鬼か。……実に厄介だった」
「ほう、其方も頃合いを見ては幾度となく葬る機会を伺っていた、というわけか」
「個人的な恨み、という点においてはだがな。斯く言う貴殿も同様であろう?」
会談時、主人たちと唯一同席していた忍び、レイジ・アベが発した言葉が、いつになっても脳裏にこびりつき離れない。
『いい人間ほど早く死ぬとはよく言うよな。それは間違っちゃいないぜ。……死ぬ、ってのが命が失われるって意味だけじゃないならな』
奇しくも『十忠』の重責を担っていた彼らが、そのような状況に陥るだろうと初めから予言していたかのようにそう告げられたのだからかもしれない。
「レイジ・アベの置き土産は随分と酷いものだな。今ではヤツに頭を上げることすらできやしない。……全く、死んでもなお厄介極まりない男だ」
「ふはは、それにおいては我輩も同感だ。……何、祖国へと無事帰還させられなかった罰としては、些か拍子抜けではあるがな」
「あの者たちは最後まで二人を導いていたのだろう。それ以外をかなぐり捨てるまでに愛着を持っていた」
「全く、我が子の愛され具合に嫉妬しそうだ」
「同感だ」
雲の切れ間から覗き込んでいた月が、より一層の輝きで室内を明るく照らす。
いつのまにか雲は無くなり、会談をしていた二人の姿をはっきりと映し出すこととなった。
わけだが。
「……ところで、なんだその面妖な格好は?」
「ふはははははは! どうだ、新調した吾輩の一張羅は! ――――ちょっと待て、今何と言った。……面妖?」
「はぁ、面妖以外の何物でもなかろう……その露出度は」
そう、シェリーが纏っていた鎧は、甲冑というには明らかに露出過多で、必要最低限の身体保護しか役に立ちそうにない代物……俗に言うビキニアーマーだった。
「バリューにも訝しげな目で見られたが、そこまで酷いものではないぞ? 寒冷地には不向きだが、熱帯的な気候や高温多湿な環境では最も適しているといっても過言ではない。今では空前のブームとなっているのだぞ?」
「……最後のは流石に盛ったな?」
「そういう其方も暑苦しそうな服を着ているが、辛くはないのか?」
「寒がりなこともあってな。それに、中に何を忍ばせているか把握されにくいといったものもある」
「成程。ただのお飾りかと思っていたが、案外役に立つものなのだな」
「……言ってくれるな」
「其方こそな」
突如喧嘩腰となったのは昔ながらの癖故なのかもしれない。
尤も、双方共に国内外から最前線から身を移した王だと知られている。
この程度の口喧嘩は戯言に過ぎないのだろう。
寧ろ思考の逃避に近い、過去の反芻。
思い起こされる、身の程知らずな願い事。
まさか、その選択を迫られることになろうとは思ってもみなかった。
悔やんでも悔やみきれないとは、こういったことを指すのだと、置き土産がてらに伝えた件の男性を、彼らは未だ許せそうにない。
「おっと、もう月が傾き始める時間となったか。では、我々は普段通りの働きをすることとしよう」
「知ることは全て伝えたんだ、後は頼むぞ。其方は『起源点』なのだから、道すがらの障害物を除く程度のこと造作は無かろう?」
挑発のような言葉を虚空へと投げかけ席を立つ。
がむしゃらに先を急ぐ二人へと思いを馳せながら、主たちは円卓を後にした。
「………………ふふっ」
二領の主が向かい合っていた席の間にいたのは、気配を殺していた何者か。
口外無用を命じられるばかりか、片言折獄一切を禁じられてもなお、取り残された人物はあまりの面白さからか口元をニヤリと歪ませた。
こんばんは、影斗 朔です。
投稿大変遅くなりまして、本当に申し訳ありません……。
書き溜めするためにもペースを週一に落とすか本気で迷ってます。
とはいえ、年内はどうにか三日に一度投稿できるよう頑張ってはみます。
さて、物語の方ですが、今回は序章ということもあり、あとがきで詳しくは語りません。
ただ、二人が歩む道は更なる困難へと突入していく、それだけは予めご了承下さい。
それでは、本日も読者様にとってより良い日となりますように……。




