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人生が長い旅路と例えられるのなら

貴殿は『十忠』の騎士となるものである。

その双肩にかけられる期待は、時に重しとなることもあり得るだろう。

例えどのような逆境に立たされようとも、常に最善の選択を行わねばならない。

天秤にかけられた正義の名のもとに、悪との均衡を保つ必要もあるように。


故に、貴殿は騎士という名の傀儡である。


大義の為ならば、酷薄し残忍冷酷であれ。

一の為に全を切り捨て、全の為に一を滅ぼす無情さを兼ね備えよ。

貴殿の善が正しいと証明するためならば、時に自らの主を殺めねばならぬことを覚悟せよ。


宣誓の前に、再び問おう。

己以外の何者かの為に、貴殿は諸刃の剣を振るう『十忠』の騎士と成る覚悟はあるか。


―――『十忠制度誓約書』後書。『正義の天秤』より抜粋。

 極彩色の花々が咲き乱れる一面の花畑に、小鳥の囀りと子供たちのはしゃぐ声と、それを見守る大人たちの暖かな視線。

 民家の間を通り抜け若草の香りを運ぶそよ風は、生命の息吹のように仄かな温もりを感じられる。

 長らく冬の国を進んできた旅人たちにとっては、強張った体を癒すことが出来る絶好の場所だった。


「やっと一息付けそうだな」

「…はあ、疲れた」


 当分の間感じることが無かった春に迎えられ、眩い百花繚乱の光景に目を奪われながらも、長旅で疲弊していた二人は、言葉数少ないまま木漏れ日射す木陰に腰を下ろした。


「随分遠いところまで来た気がするけど、まだ大陸から出ることすらできていないんだよね。いつになったら辿り着けるのかなぁ……」

「――――なあ、いいのか?」

「え? ああ、口調のこと? 誰も私たちのことなんて見てないし、そもそも隣にライトがいるだけだからね」

「そうか」


 会話は長続きせず、視線も一切合うことがない。

 決して短くはない二人旅をしてきてはいるが、それでもなお、彼らの距離はどうしようもなく離れていた。

 レイジが辛うじて繋いでいたものなのだと、否応なしに気付かされた。

 それでも、こうして言葉を交わそうとするのは、以前と比べると飛躍的な向上と言えるだろう。

 彼らの軋轢はレイジの死の後も続き、こうして国を発つまで碌に語り合おうとすらしなかったのだから。


「そういえば……。花畑を見るのは、旅に出る前日以来だよね」

「あの日は今日と違って生憎の天気だったな。せめて晴れた日に行けたらよかった」


 思い返すは小雨の降る曇天の日。カファル国から少し離れた場所に位置する花園の一角でのこと。

 生憎な天気の中、黒装束に身を包んだスギとヒノキを見送り、レイジへと別れを告げるために、二人はその場に立っていた。


 思い返してみると、その時も二人は殆ど話していない。スギとヒノキに対してすら、別れの挨拶をした程度だった。

 けれども、スギたちの事を一瞬たりとも忘れたことはない。

 スギの感情が込められた励ましの言葉、ヒノキに抱きしめられた時の温もり、どちらも絡繰人形とは思えない……まるで生きた人間のような

 それだけは、ずっと覚えていた。

 また、どこかで会おう。そう最後に告げた彼らは、行方不明なままのケヤキが現れなかったことを謝りつつ、それぞれの目標の為に見果てぬ目的地へと旅立って行く。

 その後ろ姿を、騎士たちは辛苦のフィルターが掛けられた目で見送っていた。


「いくら辛いからって、悪いことをしたよね……。私たち以上に二人の方がレイジさんと一緒にいた時間が長かったのに」

「もしどこかで会えたなら、その時は謝らないとな。……まだ辛いものは辛いが、いつまでも引きずり続けるにもいかない」

「うん。今頃どこで何をしているのかなぁ……」


 堅物だが気の利く男型のスギは長らく故郷に戻る気はなさそうだったが、不愛想でもどこか少女の面影を感じさせた女形のヒノキはすぐさま祖国に帰りたがっていたこともあるので、もしかしたら別行動をとっている可能性がある。

 そうだったら、二度と会う機会すらないのかもしれない。良くない考えに思い至った鎧は小さく嘆息した。


 千紫万紅の花々に囲まれていても、はしゃぐ子供たちの愛らしさを視界に入れようとも、心内環境は相変わらずの青天の霹靂。

 一国の騎士だったという事実でさえ、今の二人にとっては、何故自分がそうなっていたのかすらも見失いかけていた。


「――――ねぇ。ライトは、さ」

「ん?」

「……ううん、何でもない」


 何かを聞こうとして、止める。伝えようと思った言葉が、一瞬にして脳内から失われたから。

 ただ、それがあまりにも良くないことは分かっている。

 代わりに口に出したのは、当たり障りのない話だった。


「大陸から出られては無いけどさ、ここまででも結構いろんなことがあったよね」

「少なくとも、騎士のままだったら経験すること無いことばかりだったな」

「あ、それは言えてる。旅人さんたちって、こんなにも大変な目に遭ってるとは思わなかった」

「……まあ、関わる必要のないことに首を突っ込んでいたこともあるだろうけどな。誰かさんのせいで」

「ふうん。いちいち最適を求めようとして、逆に時間がかかってしまったことも多々あるよね?」


 互いに相手の腰を肘で小突く。バリューはともかく、ライトは鎧へと肘打ちをかましているわけだが、その割には随分と中にいる彼女へと衝撃が伝わっているのか、時より鬱陶しげに体の位置を変えていた。

 相変わらず、辺りを顧みないこの二人に、見目麗しき花畑はとことん似合わない。

 ――――だが、こういった軽い口喧嘩が増えたこと自体、昔と比べると考えられないほどの進展だった。


「確かに、最初から想定外の出来事ばかりだったな。テリブル王と、一個隊の兵士たちに遭遇したのは流石に驚いた」

「巨大昆虫を相手するのも初めてだったよね。……スパイスさんはとても残念だったけど」

「何者すらも寄せ付けない謎の草原も通ったな。あんな場所が存在していたとは、自称物知りの俺でも気づかなかった」

「旅自体は苦痛に思わなかったけど、寒い場所はもうこりごりだよ。あんなに寒い場所で熱中症になるなんて……いい加減暑がりを克服しなきゃ」

「あそこは蒸気機関が発達していたから無理もないと思うが……。とはいえ、俺もここ数年は雪国へと立ち寄る気になれない。復讐を遂げたにしろ、あれほど思い出したくない記憶はないしな」


 つい最近出くわし、決着をつけたはずなのに。彼の脳裏には今もなお、あの男に告げられた言葉が反芻されている。


「キミたちは道途が存在ない……或いはあったとしても一筋縄じゃなさそうだね。目的地を見定め現在地を把握していた所で歩むべき道筋を誤ったなら、一歩足を踏み外しただけで奈落の底へと真っ逆さまだよ」


 彼らからしてみれば最も嫌いな人間からの言葉。故に納得したくはないが、その発言は奇しくも的を射ている。

 その程度のこと、物分かりが良いライトはともかく、頭が固いバリューですらとうの昔に承知している。

 忘れた方が気楽になれる過去も、『十忠』の騎士という重圧からか、半ば妄信的になっていた頃も。

 そして、取り返しのつかないものを失い、自らが出来ることを考え直しながら歩み続けているこの旅路でさえ、どうしようもなく捨てきれずにいた。


 だからこそ、彼は思ってしまう。

 ――――人生が長い旅路と例えられるのなら、今の俺たちは一体どこにいるのだろう、と。


「……んぅ」

「ん……?」


 心地よい陽気にあてられたからか、すぐ隣に座っていたバリューは船を漕ぎ始めていた。


「ったく……」


 人が至極真面目な考え事している時に、暢気に昼寝を始めやがって。などと思いながらも、起こさないようにそっと触れ、ゆっくりと体を横たえさせる。


「そういえば……。バリューの事を俺は何も知らないんだよな」


 彼女がどこで生まれ、どのような生活をして騎士と成ったのか。

 何が好きなのか、何を将来の夢としているのか。

 自分と同じように、多くの苦しみを抱えて生きてきた過去を持っているとだけは知っているが、その中身は一度たりとも触れたことはない。

 気遣っているつもりというのもあるが、こうしてずっと放置しているのは迷惑をかけたくないから、というわけではなく、寧ろ――――。


「……はあ、馬鹿馬鹿しい」


 何でも知っているつもりでも、すぐ隣で寝ている一人の女性について何もわかってないじゃないか、と自虐的に笑う。


「俺も久々にちょっとだけ昼寝するか」


 良くない思考に陥っていた事を疲労感のせいにして、組んだ腕を枕にする。

 そのまま瞳を閉じると、数分と経つ事なく木の下からは二つの寝息が聞こえ始めた。


 苦難ばかりの現実を目の当たりにし続けていたことによる心労は、彼らを深い夢に誘う。

 その夢は、最上の喜びを得た後に残酷な結末へと叩き落されるいつもの悪夢。

 だが、二人はいつだってそれが夢だと途中で気づくことなく、決して望まない終わりまで見てしまう。


 目覚め時は遙か彼方、嫌悪抱く夢見ようとも、泡沫の微睡みは抗う者達を説き伏せる。


 いつかの誰かが語った名言は、瞼を下ろした二人へと向けられているかのようだった。


 辺りが夕闇に染まり、町の光が輝きを放ち始めた。

 長らく腰を下ろしたままだった二人は漸く目を覚ましたのか立ち上がり、宿を求めて足を進める。


 自分自身はどのようにありたいのか、などといったことはまだ考えない。

 未だ歩む道ですら不明瞭で、曖昧で、荒れ果てている。

 それでも、少しでも前を向いて歩くと決意した。

 記憶と心の中で生き続ける男のため。無垢なるうちに授かった数え切れぬ尊ぶべき心遣いを、多大なるその恩を少しでも返すために。


 未だ重荷を背負ったままの彼らの背を優しく押すかのように、一陣の風が花びらをさらって強く吹いていた。

お疲れ様です。影斗 朔です。

この話を持って【第一章:徒然編】は幕引きとなります。


旅路は未だ最序盤。

二人が抱く思いは曖昧なままですが、それでも重たい体を動かし、下を向きそうになる瞳をどうにか前へと向けようと足掻き続けていきます。

何よりも、彼との約束を果たすために。


この物語が少しでも皆さまの琴線にふれたならば、これ以上の喜びはありません。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。



次回、【第一章:徒然編】序章の投稿後、少しお休みを頂き、物語は二章に突入します。


三国間戦争は二人が想定した以上に世の中へと影響を及ぼし、世界を巻き込む大きな波瀾の時代を迎える事になります。

そして、その影響は旅を続ける彼らにも……。


……異邦者はしがらみに囚われ続けるが、寛大な心はやがて大いなる救いとなるだろう。


【第二章:波濤編】

期待してお待ちいただけたら幸いです。

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