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終焉まで永遠に続く

「ぐ、ふっ!!」


 骨と肉がひしゃげる音と共に、エンデッドの体は空を舞い、教会の壁へと叩きつけられた。


「げほっ、ごほっ……、ち、ちょっと、待って、くれないかな?」


 舞い上がった雪煙の中、ガクガクと震える制止の手が伸ばされる。

 追撃の手を緩めずに飛び込もうとしたライトは、視界の端に写ったそれを見て駆け出していた足を止めた。


「ふっ、へへ……。今のは、いい殴打だった。でも、急に酷くないかい?」


 陥没した肉体を撫でつつ、よろよろと壁に寄りかかったエンデッドは嬉しそうに嗤う。

 元々から傷が癒えていない状態であり、そのうえ臓腑を潰し骨を砕く一打を受けていてもなお、表情に一切の曇りはなかった。


「酷い? 随分と笑えない冗談だな。お前が行なってきた事の方が、当事者にとってはよっぽど理不尽極まりない」

「あー、それは違いないね。どうやらボクはズレているみたいだし」


 自らの分際を弁えているとばかりに、男はニヤニヤ笑いながら自虐的に語る。

 得物を突きつけられているというのに、自らの武器である『忌器(いき)』の一切を構えることすらしなかった。


「……一つ聞く」

「どうぞ! いつ何時でも、一つどころか知りうることは全て答えるよ」

「なぜ反撃しなかった。あの時のお前なら、殺気の攻撃を避けることは容易いはず。そこから容赦なく攻撃を加えてくるだろうと勘ぐっていたが、身に迫る危険を回避することなくこうやって追い詰められるのはどうにも解せない」

「約束は約束だからね、ボク自身はキミたちへの危害を加えないよ。巡り巡って害を及ぼしてしまった場合はさておき、ボクはキミたちと戦う理由が無いからね」

「……そうか。だとしたら、ここで今すぐに終わらせよう。お前との因縁を」

「ふうん? それはどういった――――」

「…こういう事だ!」


 彼がその場からサッと身を翻すと、いつの間にか近づいてきていた鎧が男へ何かを投げつける。

 それは、霊長合成獣(ヒュマノイド・キメラ)に投げつけたものと全く同じ形をした白磁の壺。

 彼がエンデッドの注意を引いているうちに、近くにあった民家から再び持ち出していた。

 その目的は、たった一つの単純明快な答え。


「う、うへぇ……凄い匂い。キミたちをおちょくったやり返しかな?」

「…そんなことはない。罪人は火刑に処す。この国の習わしに従っているだけだ」


在我為(転ジ生マレ変ワル)転生変(為二我此処二在リ)』が解除されてもなお、その身に宿し続けていた火の精霊が、左手に握り締められた壁剣へと収束する。

 火とは呼べない火力を宿しているのか、大地に降り積もっていた周辺の雪が凄まじい速度で溶け始めていた。


「そういえばそうか。うーん、こんな状態だし、キミたちで遊ぶのは()()()()にしよう。そっちの方がきっと楽しい―――」

「お前に次は無い」

「…今ここで『灰燼と化せ』!!」


 言葉を交わす必要はない。語られるものは戯言に違いないから。

 姿を目に写す必要もない。視界に入れたところで得られるものなどありはしない。

 目的など、ただ一つ。因縁を断ち切り、胸の内に秘めた燻る思いを火種ごと燃やし尽くす。

 ただそれだけのために――――詠唱と共に炎を纏った壁剣は、エンデッドの胴体を真っ二つに引き裂いた。


「…やった、か?」

「――――いや、まだだ」


 胴体を割られ、業火に身を焼かれてもなお、絶叫の声の一切を上げることなく仰向けに倒れたエンデッドの上半身は、未だ二人の姿をじっと見つめている。

 ……ぽかん、と困惑しているかのように開いていた口が狂気の笑みに変わるまで。


「殺意が高過ぎじゃない? 燃やされるだけでも人って死ぬのに、それでいて上半身と下半身を分断するなんて……。あ、そうか。あの時も心臓と脳を破壊されたもんね、これくらいボク相手なら普通か」

「こ、いつ……っ!」


 むしろ、二人の方が悲鳴をあげそうになった。

 燃えて縮こまり、メキメキと骨が折れていく肉体。

 皮膚は焼け爛れ、目からは火を噴き、香ばしくも吐き気を催す腐臭が辺り一帯に漂う。

 それでもなお、エンデッドの呂律はハッキリとしていて、他の部位と何ら変わりのないはずの口は、一向に燃える気配が無かった。

 それに、痛覚が死んでいるのだとしても、ここまで冷静に自己分析するなど常軌を逸脱している。

 彼らはどうにか堪えることが出来ているが、多くの者から見て想像を絶するその態度は、精神を砕くには十分すぎるものだった。


「ああ、そうだ。キミたちに伝えたい事がもう少しだけあったんだ」

「…まだ減らず口を――――!」

「まあまあ、あと数分もせずに絶命するんだからさ、あとちょっとだけお話ししようよ」

「……何を言われようと、お前の話を聞くつもりはない。話したいなら勝手に話せばいい」

「全然構わないよ」


 二人の言葉に対し、失った瞳を向け、一切を違わずに聞き取り、おかしげな笑みを浮かべたままの口で言葉を返す。

 視野、鼓膜、声帯。今もなお炎に包まれたままのエンデッドはそのどれもが使い物にならないはずなのに、一つとして欠けていないかのような諸行だった。


「『迷い人、地向き歩めば天に吊られ、天向き歩めば地に墜つる』って存じているよね」

「……」


 思いもよらぬ言葉を投げかけられ、目を(すが)め眉を(ひそ)めた。

 エンデッドが口にしたのは世界的探検家、ハリー・U・プレリュードの歌集『心体と(crossing )世界の(of world )交差点(to heart)』の一節。


「行き先を定めていようともそこまでの道筋が曖昧模糊で胡乱なものなら、いつかは道を踏み外すか超えられない壁にぶつかることになる」


 戸惑っている二人へ、硬直しつつあるはずの口を滑らかに動かしたまま語り続ける。


「断言するよ。キミたちはこのままだと道半ばで死ぬ、絶対にね。……だから、忠告してあげよう。失うことを恐れちゃ駄目だよ、滅びは何かを得るためにあるんだから」


「そして、覚悟しておくんだ。『損傷を伴う戦火こそ是であり、苦痛の無き平穏は非である』。そんな世界である限り、失う苦しみは終焉(おわり)まで永遠(とわ)に続くよ。何が発現したとしてもね」


「それじゃ、後はご自由に。また()()()()()()()()()()()()()、ボクの親愛なる友人たち」


 一際大きく爆ぜたのち、エンデッドの体と『忌器』は燃え尽きる。

 跡に残されたのは、炭化した骨格と力を失った『忌器』だけだった。


「今度こそ……今度こそ殺ったよね……?」

「不死身ならここまで炭化しないだろうが、油断は禁物だな」

「どうしよう。このまま放置するのは――――」

「……みなまで言うな。わかってる、死者になってまでこの男の在り方を罵倒するのは、良くない」


 自らの望みのためだけに、大勢の者たちから命や大切な存在を奪い続けた大罪人だとしても、その全てを死んだ後にまで言い続けるのはあまりにも愚かだ。

 それに、二人には自らがそのような非難の言葉を投げかけられるほど、崇高な人生を歩んできたわけではない。

 少なくとも、彼らにとっては自らの存在すらもエンデッド同様に――――。


「結局、最期までエンデッドの考えはわからなかったね」

「同感だ。けど……、こいつは最期まで自らの意思を……異端だと罵られようが覆さなかった。それだけは見習わないといけないのかもな」

「それは……うん、そうなのかもね。それにしても――――」


 雲の切れ間から顔を覗かせる清爽とした露草のような碧空を見上げる。

 微かに、心に潜めていた何かを吐き出すようにバリューの体が震えた。


「復讐って、やっぱり凄く虚しいね……っ」

「…………」


 その嘆きは、途方もない辛苦の吐露は、一体どこから来るものなのだろうか。

 彼女はこれで二度、エンデッドを殺害したことになる。

 親愛なる者を陥れ、駒のように扱ったあの男を決して許さない。

 その思いは二人とも同じだったはずなのに。


(どうして……、何も感じないんだ)


 空虚な大穴が開いたかのように、吹き抜けていく風が体ごと心までも凍えさせてくる。

 取り残された二人には、そんな虚無感だけがすぐそばに存在していた。



 *



 ……空を覆っていた分厚い雲が消えうせ、降り積もっていた雪が解け始めているのは事実だが、未だ張ると言うには気温も場所も適していない。

 日はまだ高いが、移動しているうちに夜を迎えるのは流石に不味い状況だった。


「さて、『忌器』共々埋蔵してやった事だし……行くか」

「ええ!? もうヘトヘトなんだけど……」

「俺だってくたびれてる。けどな、ここには食料もない。おまけにこう言うのは良くないが……エンデッドのそばからいち早く離れたい」

「う……その気持ち確かにわかる。もう、しょうがないなぁ」


 倒壊した家屋の中、疲れを癒すため椅子に座っていた二人は立ち上がる。


 雪のせいか、はたまた気の持ちよう故か、ここまで重たげだった足取りは、雲一つ無くなった空と大切な事を思い出したことによる晴れやかさからか、少しばかり軽くなっているかのように。

 親愛なる人から掛けられた言葉を胸に抱き、因縁の相手から投げかけられた言葉を刻み付ける。


 誰から何を言われようとも、今は少しだけ前を向いて歩こう。

 何が旅路の邪魔になったところで、それらをくぐり抜けなければならないことに違いはない。

 ならば、せめてこの旅の間だけは自らの意志を見失わない。……ただそれだけを胸の内に秘める。


 空から差し込んだ光が、雪解けで露出した大地から伸びていた新芽を煌々と照らしていた。







 ――――そして、そのすぐ側にはまるで何かを暗喩しているかのように、未だ燃えつづけている折れた『角』が刺さっていた。

お疲れ様です。影斗 朔です。

随分とガタガタした更新になってしまい申し訳ありません。

『因縁の話』は今回で幕引きとなります。


エンデッド・ヴィルディフという狂気的な思想を持つ男性。

彼こそ二人にとっての因縁の相手で、あらゆるきっかけを生み出した存在でした。

二人の……そしてあまりにも異質な考え方故に、忌憚される方がいらっしゃらなかったかもしれませんが、エンデッドの心象を少しでも理解でき、感じるものが得られたのならば、それ以上の幸福に勝るものはありません。


さて、今回の話も副題といったものがありまして。

『因縁と心象の話』

というのが正確な題名となります。


因縁の相手、エンデッド・ヴィルディフは異常ではありましたが、自らの望む道を歩んでいるという点では、二人とあまり差が無いとも受け取れます。


自らの望みのために生きているというよりも、与えられた使命と心残りを清算するために死んでいないライトとバリュー。

彼らは正気を保っているのに言動が矛盾していたり、後悔と実力不足、そして自らの存在ですらも確証が持てない不安定な状況にあります。


対する、幾度となく死や苦痛を経験し、この世に何の期待もしていない屍のような存在なのに、誰より明確な目標を持ち、それを得る為に全てを犠牲にしてもなお生き生きとしているエンデッド。

狂気的な思想を持つにも拘わらず、至極真っ当な正論を口にし、目的のためならどれほど悍ましい手段でも取る合理性、そして、その合理性をかなぐり捨てて彼らと戯れることに悦びを感じている安定的な人間と言えます。


心象、考え方、理想と現実、大切な思い……どれも手放すことが困難な代物です。

だからこそ、それらとどう向き合っていくのか。

彼らはいずれ選択を迫られることになるでしょう。


読者様にとって『因縁』、『心象』とは何でしょうか?


この物語が少しでもその導きのお役に立てたならばこれ以上の喜びはありません。


それでは、皆様により良い日々が訪れますように……。



次回、【第一節:徒然編】終章と掲げ損ねていた序章を投稿します。

期待してお待ちいただけたら幸いです。

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