Past:朽ちゆく玉座の最終戦
「そうだ! キミたちの全てを知っているうえで戦うのは卑怯だから、ボクの持ち物について教えてあげるよ」
唐突に自らのことについて話さなかった男が語りだす。
常に最適解を導き出し強力な洗脳能力すらも持つが、使用する度に所有者の神経系を半分麻痺させる王冠『全知全能』。
その枷をはめると四肢に傷を負わなくなる代わりに、一度付けたら二度と外せず常に四肢が裂かれているような痛みに襲われる『無尽四肢枷』。
傷を付けたあらゆるものを風化させる『風砂』という名の錆びた剣。
そして、どんなものでも合成させ余分なもの削ぎ落す『刎膨茶釜』。
自らが身に着けている全ての『忌器』を、一つも余すところなく二人へと告げた。
「…何のつもりだ」
「何のつもりもないよ。能力を把握していたとして対策が出来るかは別だし、そもそも戦わなければ使用する必要も皆無だからね」
「ああ、そうかよ」
苛立ちを抑えきれなさそうに吐き捨てるが、決してエンデッドが余裕のある態度を取っているからではない。
ライトは、自慢というわけではないが……相手の態度や口調の変化、瞳の揺れ動きで心境を把握できる洞察力を持っているという自覚があった。
だからこそ、目の前に座っている男の瞳や態度から、信じがたい真意しか見出すことが出来ない己の不甲斐なさに苛立つ。
まるで、喜び以外の感情の全てを持っていないかのような、意味不明な思考。
それこそが、男の全てにしか思えないという自己分析に。
「ああそれと、目について凄く驚いてたけど、邪魔だったら棄てただけなんだ。そんなに気にしないでよ」
「…捨て、た……?」
「そうだよ。ボクはさ、腐敗しているのに延命を切望し続けるこの世界を見続けたくない。だから、この目に光なんて必要ないんだ」
「狂った思考回路だな。奇怪で到底理解できない」
「ボクはそうは思わないけどなあ。それに、キミたちはどうだい? 見た夢を夢のままで放棄して生存しているってのに、何かへと縋り付こうと悶えるなんて奇妙じゃない? どうせなら何もかもを廃棄して夢を追従すればいいじゃん。忘失するモノに頓着する必要なんてないよ、それを行うのはただの愚か者だ」
面白みもなく淡々と語ったその言葉は、怯んではいたが憎しみを堪えていたバリューへと油を注ぐには十分なものだった。
「…愚か者は貴様の方だ。要らない物を捨てるだと、笑わせる! 戦争を引き起こしただけでなく、亡くなった多くの者たちを廃棄物扱いにするとはな……!!」
「――じゃあさ、この世に必要なモノって何? 無学なボクに指南してくれるんだよね?」
「……ッ!」
「そ の 沈 黙 が 答 え だ よ ! ! !」
操り人形のような動きでエンデッドは勢いよく立ち上がった。
腕と頭を投げだし制止していた体は、口元から小刻みに揺れ始める。
それが笑い声によるものだと気付いた時には、全身を大きく震わせて首をもたげ呵々大笑していた。
「あはははははははははははは!! 理不尽から自由を強奪し自らを陥れた者を憎み続ける少年! 家族を幸せにするために毒だけでなく命すら売った男! 無害なはずなのに異端だと恐れられ滅ぼされた者たち! 化け物だと罵られ誰一人として救いの手を差し伸べられなかった幼子! そして……何を隠そうこのボクだって! こんな世界じゃ命脈を保つ意味なんてないじゃないか! 嗚呼、なんて……! なんて悲劇的な末路なんだ!!」
声で口調を強めるが、その不気味な印象が変わることは一切ない。
肌に温もりの色を感じることも、暗い瞳に光が宿る事も、悲しみを詠う口角が上がったままの死んだ貌も、何一つとして。
それでも劇的なまでに愚かしさを嗤う男は、まるで悲嘆に暮れる舞台の登場人物が自らが何者かを理解しているようだった。
「体を縛る忌々しい重力を消し去りたい! 永久に続く輪廻の円環を千々にしたい! 愛や希望、夢なんてものすら、こんな世から永劫に消えてしまえばいい! ……いや、この際世界丸ごと終焉を迎えてしまえばいい!! だってそうでしょ? 辛苦も悲嘆も躁鬱も! 全てリセットして、最初から新しく始めた方が! よっぽど幸せになれるはずだって! そう思ったんだよね!!?」
「そんなことは――――!」
絶対に無い。と、言い切ることが出来なかった。
綺麗事としてならいくらだって言うことは出来る。
しかし、二人はレイジを失った苦しみを忘れ去ることが出来たらと、思ってしまった。
――そう、確かに願ってしまった。
握りしめた拳から、ぽたぽたと血が滴り落ちる。
歯茎が剥き出しになるほど、奥歯を強くかみしめた。
わかってる。わかっているのだ。
自分たちがどうしようもないほどに無力だったという事は!
「……なんてね。キミたちが理解できないことは承知の上だよ、ボクを導いてくれたのは一種の天啓みたいなものだし。でも、ボクは確かにそう推定した。だからこそ、終わりの先を見に行ってみようって考えたんだ」
「終わりの、先……?」
「そう、何もかもが失われたその先だよ。きっとそこにたどり着けたなら、過去に囚われることも、未来に苛まれることもない。……勿論、ボクはそんな些細なことに微塵も興味は湧かないけど、キミたちはそうでもないでしょ?」
愕然とした。
世界を滅ぼす、という訳の分からない思想を、この男は本気にしている。
つまりは、今この場で二人を待ち構えていたことでさえも――。
「…全て、終わりの先を見るためだと言うのか。戦争を生み出したことも、レイジをあそこまで追い詰めたことも……っ!」
「うん、ボクはその為に敵を作った。血反吐を垂らして幾度となく死に至ったし、その度に『忌器』を使用して次の生を製造ってきた。天変地異を待つだけじゃ駄目なんだって結構前に気付いたんだ。だからこうして行動に移しているんだよ。世界を滅ぼすにはもってこいの『忌器』を使ってね」
「狂気的な思考だな……! 何がお前をそこまで駆り立てる!?」
「だってさ、無の世界だよ!? ありとあらゆるものが消え去っている空虚な世界に違いないじゃないか! そして、そんな虚無よりも先には一体何が待ち受けているのか……嗚呼! 考えただけでゾクゾクしてくる……!!」
「う……っ!」
周囲一帯の空気が一瞬にして効率いたかのような錯覚を受ける。
エンデッドの代わり映え無い笑みが、一際悍ましく見えた。
たったそれだけで、この男の本心が二人の元へと伝わった。
避けようのない、異常で凶荒的な思考の一端が。
「だから、今にも泣きそうな顔をしないでさ、ただ先を見て歩こう。だって、悲壮感なんて必要ないんだよ? 何一つ無い静寂の果て、全てが終わりに還ったその先へ向かえるのなら、そんな些細なことなんて考えなくて済むほどに素晴らしい世界が広がっているんだから!」
「…減らず口を……! 」
「何度だって宣言するよ、例えキミたちがどう思っても。ボクは見えない魂魄だとか御心だとかに興味はない。ほんの些細な存在証明とか、心の底から芽吹いた感情の波も一切必要ない。全て終焉に縛り付けてでも、何も無いその先を手に入れたいんだ。その為に全て殺したんだし。……あ、でも退屈は嫌いだから喜びの感情は残しているんだけどね?」
もはやエンデッド理屈すらも通用しないのだと、バリューは悟らざるを得なかった。
自らのただの人間だと言っていたが、紛れもなく嘘偽りの言葉。
もしくは、そこまで狂った思考を持っていることすらも、男にとっては普通だと思っているのかもしれない。
――だが、そんな常軌を逸脱した狂気の存在だろうと、二人は立ち向かう姿勢を失わなかった。
「……もし、オレたちがお前の思想を壊すとしたら、どうするつもりだ?」
「どうするもなにも、ただそうされないように努めるだけだね。別に怒るほどの事じゃないよ。そもそも怒れないし、悦び以外の感情は殺したって言ったよね? それに、キミたちとこうやって戦うのも悪くはないかなぁって。あ、仲間になってくれたら嬉しい――」
「……黙れ。これ以上貴様の話を聞く筋合いは無い」
「そんなに終わりが見たいのなら、今ここですぐに見せてやるよ」
言葉を途中で遮った二人は、ほぼ同時に床を蹴る。
相互理解は不可能。
だが、放置していい存在ではない。
人間を騙るこの男はどちらにしろ邪魔をしてくることだろう。
……ならば、彼らがとる選択は一つ。
全ての元凶を生み出したエンデッド・ヴィルディフという異端者を、この場で殺すことだ。
「残念。キミたちには興味があったんだけど、意志が固いのなら仕方がないかな。お望み通り、全力の殺し合いとしゃれ込もうじゃないか! 手が滑って殺害しちゃっても謝罪は無いからね!」
立ち上がったエンデッドは、左に立てかけていた剣を後ろに回していた右手で持ち、勢いよく降りぬく。
ゴバン!! と音を立てて、椅子の背もたれは一瞬にして風化し微細に分解された。
「機会があれば共に終わりの先へと同行してくれる人がいたら良かったなあ。でも……もういいや。誰もいなくなった世界で最期にボク一人だけ嗤うことになったとしても、その先に辿り着けるなら構わないから」
男の吐いた独り言を掻き消すかのように、三本の剣がとめどなく空気を引き裂いた。
……こうして戦争の元凶となった男と、二人は死闘を繰り広げることとなった。
だが、その戦いは誰にも知らされていない。
もちろん、主にさえも彼らは一切を語らなかった。
と、言うのも、とてもではないが、誰かに話せるような出来事ではないから。
あの戦いは、理性を失ってさえもただ目の前を遮る敵を殺す、という獣以下の死闘。
それは、どのような綺麗事を並べようとも、戦いという言葉の意味すらもなさない苛烈で暴虐的な殺し合いだった。
唯一言えるとすれば、崩れゆく城の中、ライトがエンデッドの左頭部を砕き、バリューが上半身に大きな風穴を開け、命からがら脱出したことと……。
「駄目だった……! テリブル王を捕らえられたら、少しでもレイジの……!」
「言いたいことは明日言え。とにかく生存を第一の選択としろ」
「それがレイジの遺言でござろう? なれば、今この時は避難を有するべきかと。幸い、こやつの存在証明になりそうなものは、ライト殿が持っているわけでござるしな」
「……ああ、頼んだぞ。スギ、ヒノキ」
「「合点承知!!」」
下手すれば命にかかわる傷だらけで、体を少しすらも動かせなくなっていた二人は、レイジの同行者……スギとヒノキによって助け出されていた。
泣きじゃくるバリューと満身創痍で放心しかけているライトを抱え上げ、二人の忍びは城外へと勢いよく飛び出す。
その時、何を思ったかはわからないが、ライトは崩れゆく玉座をふと振り返った。
……そして、世にも恐ろしい光景を瞳の奥に移すこととなる。
「――――――――ッ!」
恐怖、などという言葉では表せない悍ましさのせいか体が硬直し、力が出なかったはずの腕がガタガタと震えだす。
胴体に塞ぎようのない風穴を開け、頭部の半分を潰されたはずのエンデッドが、慈母のような笑みで玉座へ腰掛け手を振っていた。
「お、おちつけ! 気の、せいだ……!」
「どうした、ライト・ディジョン」
「――何でもない。降りることに集中してくれ」
「――承知」
そんなはずはない、と自分に言い聞かせる。
死人が蘇ってたまるかと、そう言い聞かせないと頭がおかしくなりそうだった。
―――エンデッドは生きている。
もし、それがまぎれもない事実だという事を知っていれば、こうなる未来は避けられたのだろうか。
……そんな、一瞬の気の迷いがライトの太刀筋を遅らせてしまった。




