Past:三国間戦争の禍根
……無茶をしていることは重々理解している。
足は縺れ、腕はだらりと垂れ下がり、決して万全に戦える状況ではないことくらい噛み分けていた。
だとしても、彼らが足を止めることはない。
ここまで来た意味を果たすため、何があろうとも決して。
「あと、すこし……っ!」
「待ってろよ、テリブル王……!」
二人の体を突き動かしていたのは、ただ一矢報いるという意思だけ。
戦争を引き起こし、多くの人々を苦しめ、……レイジを利用し陥れた悪逆の王に、せめて一発拳を叩きこまないと気が済まないというそれだけのこと。
「…誰も……いない?」
「いや、玉座に誰かが腰かけている」
光源の乏しい玉座には、確かに誰かが存在していた。
息も、気配も、存在も、不要な全てを殺し尽くしていた者が。
「あれ、気づいたんだ。じゃあ挨拶しないとね」
壊れた天井から曇天に隠れていた日輪が一瞬だけ差し込み、退屈そうに座っていた男を朧げに照らす。
影そのもののように幽々とした色合いのその姿を。
「初めまして。ボクはエンデッド・ヴィルディフ。見ての通り、ただの人間だよ」
「死体が、話している……?」
エンデッドと名乗ったその男は、まさに死体そのもの。
比喩でも何でもなく、生者ようには見えなかった。
瞬きすることなく開かれた瞳は二人へと向けられてはいたが、直視しているというよりもどこか遠くを覗き見ているかのようなそんな視線。
焦点は明後日の方向に向けられ、瞳には一切の光を写していない。
そしてなによりも、……彼は呼吸していなかった。
「やだなぁ、ちゃんと生存しているからこうやって会話が成立しているのに。……あ、もしかして瞳孔が開いていることとか、焦点が合ってないのを見て判断したのかな?」
「…テリブル王はどこだ」
「ん、逃げたけど、どうかしたの? キミたちはあんな小物に用はなさそうだけど?」
「何を言って――」
「だって、戦争の元凶はあの王様じゃなくて、ここにいるボクだからね。勿論、全ての計画を立てたのもボクだよ」
「な……っ!?」
「どうせなら一から十まで説明してあげようか。時間はいっぱいあるわけだし」
悪びれもせず、はっきりと答えた。
自分はそこまでのことが出来ると自慢するかのように。
*
戦争のきっかけとなったのは、両国に伝わったある伝令がきっかけだった。
フォンテリア国には、『フェルメア国は死者を兵器に変化させる『忌器』を使い、フォンテリア国を乗っ取ろうとしている』といった文章が。
フェルメア国には、『フォンテリア国は死者を兵器に変化させる『忌器』を使い、フェルメア国を乗っ取ろうとしている』といった文章が。
それぞれ、死に掛けの伝書鳩と共に王城へと送られてきた。
差出人は勿論不明。
決死の勢いで書いたかのように文字は汚く紙は折れ曲がり、所々に乾いて黒くなった血が付着している。
当然ながら当初、両国王は無視しようとしていた。
どれほど決死の感覚が伝わったところで、匿名であり情報源に難があるという信憑性に欠けるものだったためである。
……だが、そうも言っていられない出来事が起こってしまう。
フォンテリア国の墓地が荒らされ、死者が一人残らず消失してしまった。
あまりにも現実味を帯びないその光景に、人々は幻術に掛けられたのではと混乱に陥る。
だが、フォンテリア国王、シェリー・プラリネコートだけはその状況を見て冷静に判断した。
これは間違いなく『忌器遣い』による仕業だと。
その考えは決して間違いではない。
墓を荒らしたのは、ひっそりと国内に忍び込んでいた『忌器遣い』エンデッド・ヴィルディフ本人なのだから。
……だが、これは戦争に至るまでの誘導でしかなかった。
シェリー女王は、専属騎士だったバリューへと『未知案内』を依頼した。
墓を荒らし、人々を混乱に陥れた者を何が何でも捕えること。
それこそが、匿名の文書の真実を暴くカギだといち早く気付いていた。
だが、エンデッドはそれを見越し、自らの痕跡を全て消し去っていた。
計画を次のステップへと無理やりにでも進ませるために。
大規模な墓荒らしの原因と手紙の送り主をはっきりとさせるため、両国は急遽会談を開くこととなる。
……が、これも見事に仕組まれた物だった。
両者ともに王の代理人を立て、誰にも悟られない場所で極秘裏に会談を行うと合意した二国は、宣言通りに代理人たちを会談場所へと見送った。
それから一週間の後、会談の結果が惨憺たる結果となるとは微塵も思わずに。
日を跨いでも一向に連絡がつかないことを疑問に思ったフェルメア国王、クレバス・ハイヌフェルゼンは直属の騎士……ライトを会談場所へと向かわせる。
青ざめた顔で帰って来た彼は、持ち帰ったものを差し出して、自分が確認した全てを嘘偽りなく語った。
閉鎖した空間に残っていた人と思われし肉塊の破片と、血だまりの中に浮かぶ、存在しないはずの血塗られたライフル。
どこからともなく現れたその銃器は、会談を行っていた人物たちと比べると一つだけ足りないという事実を。
死体を兵器に変える『忌器』の力をその場で振るったかのように。
……この会合もエンデッドによって仕組まれた物だった。
フォンテリア国に未だ潜んでいた彼は、遣いの者を装って秘密の場所まで同行していた。
後は代理人や大臣たちを皆殺しにし、隠し持っていたライフルをその場に置いてきただけ。
ただそれだけの行為だが、死者を兵器に変化させる『忌器』の力を恐れていた彼らにとっては致命的だった。
全く別の手段で『忌器遣い』の存在を示され、信頼を得るために送った代理人たちを惨殺された
一度開いてしまった亀裂は簡単に埋め合わせることなどできない。
どちらも平和を望み、安寧を守ろうとした。
だからこそ、凄烈なる対立からは逃れられなくなる。
何よりも、己が愛し愛される者たちのために。
――こうして、戦争の火蓋は切られた。
だが、エンデッドはそれだけでは物足りなかった。
「今この付近に在る二か国が戦争しているけどさ、あれ、ボクがやったんだよね。ボクの戦略を信じてくれるなら、きっとこの国はもっと発展できるよ。何より、力が欲しいんだよね?」
王冠の形をした『忌器』、思考能力を高めるだけでなく強い洗脳能力を持っている『全知全能』で、カファル国すらも戦争に巻き込もうと企んでいた。
カファル国の王であるテリブル・ロマーニクにそう漬け込んだエンデッドは、参謀として国の重役へと一気に上り詰め、戦争を終結させないよう指示する。
その上でテリブル王が抱く思想、弱肉強食の理念ですらも利用し、いずれ二国間に戦いを挑むよう仕向けてさえもいた。
――全ては、戦争の終結を長引かせることで罪もない三国を消耗させ、誰一人すら生き残らない終わりに導くために。
それが、この戦争の裏側。
癒しようのない傷を付けあうフェルメア国とフォンテリア国、そして火種を知らず知らずのうちに撒き続けていたカファル国。
その全てがエンデッドからなすがままに操られる傀儡にまで堕ちていく。
最早、救いようの無い丁字の関係が成立してしまった以上、全てがエンデッドの思惑通りに進むはずだった。
――そう、テリブル王が隠し玉として隠密行動を取らせていた日出の者……レイジたち忍部隊に、死者を兵器に変化させる『忌器』が存在しないと勘付かれるまでは。
*
「どう? 少しは信じてくれた?」
「貴様ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛! なぜ、そこまでの事を!!」
「あれれ、どうしたんだい?」
全ては目の前にいる男の策略だった。
そう気が付いたバリューは、とめどなく溢れ出す怒り身を任せ、迫力を増したがなり声で咆える。
だが、その威圧感をそよ風程度にも感じていないのか、首を傾げた男は面白おかしく問いかけた。
「ボクを殺しに来たっていうのに、そんな心境じゃ全然駄目だよ。殺気よりも怯えが勝ってるよね?」
「――ッ!!?」
バリュー全身に怖気が駆け巡った。
決して考えていたことを読まれたからだけではない。
ライトのように凄まじい洞察力があるのならば、思考を読み取られても驚く程度で済む。
だが、この男は、自分がどのような立場にあるのか理解してなお、面白おかしそうに語ったのだ。
まるで殺されるのには慣れていると言わんばかりに。
「あ、そんなに驚愕しないでよ。『固縛の角』の力でキミたちの考えが閲覧できるだけなんだから。本来は夜分に扱うもので相手の脳内を貪り喰らう『忌器』なんだけどね」
「ああ……そうだよな……! 戦争の元凶と語るぐらいだから、お前が『忌器遣い』だと、そう言っているんだろ!!」
「そうだよ。キミたちの……いや、レイジ・アベのご想像通り、死者を兵器に変化させる『忌器』なんてものは存在しない。まあ、作れなくは無いだろうけど退屈だからね、こうやって戦争を捏造したんだ。とはいえ、頑張って『存在しない物を存在すると証明した』のに、まさか『存在しない存在』の『否定の証明』をやられるとは思わなかったなぁ」
ガッカリしているとばかりに、饒舌に語っていた口を閉ざし、元気に動いていた手から力を抜く。
それでもギリギリ髪に隠れていない口元は、にへら、と面白そうに笑っていた。




