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狂喜の命題

「ここの人たちは異端者に油を掛けて燃やすらしいね。流石に()()()()からやらなかったけど。いやあ、それにしてもここの環境は最高だね。日照時間は短いし、真昼でも温度が高くなることが無い。まさにナマモノを保管するには最適だ」


 嬉々とした表情のまま立ち上がったエンデッドは、背後の山のように折り重なった国民たちの屍へと手を触れる。

 死屍累々の光景ならば、二人も戦時中に度々目にしている。

 だが、ただの死体ならこのような混じり気のない、未だに鮮血を流しているかのような緋色にはならない。

 紅い染料を全身に塗りたくるか、……皮膚を全て剥ぎ取らない限り。

 触れられた死体は、まるで時間が止まっていたことを思い出したかのように、むせ返るほどの悪臭と生温い風を溢れ出す。

 嘔吐(えず)きを抑えられなくなったバリューはその場に蹲り、ライトはただただ茫然とその光景を見つめることしか出来なかった。


「皆殺しの惨状を目撃することぐらい想定しているだろうと推測していたけど、そんなに仰天することかな? あ、皮膚を剥いだのは根拠あってのことだけど、一人で全員分を行うのは流石に骨が折れたよ。文字通りの意味合いとしてもね」


 歪に折れ曲がった左手の指をひらひらと見せながら、さも自分の物のように語り、決して雑に扱ったりせず、愛おしそうに屍たちを撫でていく。

 最初から異常な事は理解できていたが、ここまでのことを当然のようにやってのけるエンデッドの邪悪さと狂気を視界に直接捉えるのは、彼らにとっても想定外だった。

 ……かといって、その惨烈な現場をそのまま見続けているだけではない。


「こ、の……っ! 外道が……!」

「人を何だと思って……!」


 カラカラになった喉を震わせ、氷漬けにされたように固まっていた体を引きずるように、無理矢理エンデッドの元へと詰め寄っていく。

 体の至る所から汗が吹き出し、寒さを感じていないにもかかわらず四肢のあちこちがガタガタと震えていた。

 全身……いや、わが身に宿る命そのものが、この人物は本当に危険な存在だとばかりに警鐘を鳴らしているかのように。

 それでも、二人はこの惨劇を作り出す男を、放っておくわけにはいかない。


「ん? ちょっと意味が分からないかな。人は人でしょ。それ以上もそれ以下もありはしないとは思えない?」

「――――ッ!」

「まあ答えられないよね。人は捉え方によるけど、死者も人扱いするわけだから。ああ、でも……興が乗りすぎてしまったことは良くないかな。流石に皆殺しはやりすぎだよね、うん、反省反省」


 まるで心の籠っていない言葉をへらへらとした口調で語る。

 そもそも、籠められる心を捨てているのだからやりようがない。

 そう理解出来ていても、決して納得できない彼女は怒声で噛みつく。


「…レイジさんを罵った貴様に、罪のない人たちを犠牲にしてきたお前に! これ以上の横暴を働かせるわけにはいかない」

「罵ったことは謝るよ、ごめんなさい。でもさ、無辜の人々を犠牲にしたっていうのは筋違いじゃないかな」

「どういう意味だ」


 死体を撫でていた男の腕がピタリと止まった。

 そのまま不自然な角度まで首を傾げ、笑みを絶やさないまま器用に溜息を吐く。

 どうしてそんなことも分からないのか。

 キミたちなら理解してくれるはずだと思っていたのに。

 ――そんな失望の色が、ほんの少しだけエンデッドの顔に写って見えた。


「意味も何も……。華美に彩る割には形骸化している評論ばかりする健啖家のくせして、形而上の命を搾取しすぎたせいで食傷気味になった愚か者が人間だよ? 特にここの人たちは酷かったね。理解できないからって一辺倒に批判ばかりして碌に話も聞こうとしてくれない。命を冒涜する行為? 心のない異端者? ……呆気にとられて言葉すら出なかったね」


 饒舌になった口から零れ出すのは、今までとは違い明らかな嫌悪の言葉。

 だが、そこに怒りや悲しみを感じられることはなく、声音はどこまでも楽しそうなまま。

 肌に感じる寒さよりも圧倒的な冷たい感覚に、問いを発したライト自身に怖気が走る。


「未知を恐れ、他人を嫌い、時には隣人に手を掛ける矛盾の塊。人は皆狂気を孕んでいるか、孕む可能性を秘めているんだよ? 決してボクだけが奇異なわけじゃないさ。キミたちがボクの思想を理解できないようにね。だって、目指す理念は人それぞれだから。……それなのにこうも避難される謂れがあるのは何でだろうね? 人の括りに囚われ過ぎているから、視野が狭くなっているんじゃないかな」

「…たとえそうであろうとも、貴様が忌み嫌われている異常な存在であることは紛れもない事実。異端な考えを他者に押し付け、邪魔する者なら問答無用で排除するなど、理解も認識もされないに決まっている」

「成程、成程ねぇ……」

「――!」


 バリューの()()で男はそう答える。

 一瞬にして滑るように移動してきたエンデッドの姿を二人は認知できなかった。

 寒いという感覚すらも麻痺させる()()()()()()を認知し、心臓までもが凍り付きそうな感覚に襲われる。


「やっぱり考え方が固いんだ。もう少し柔軟な生き方をした方がいいよ」


 律儀なアドバイスを言い渡したのち、エンデッドはゆっくりと耳元から口を遠ざけ、元居た場所へと戻っていく。

 ――逃げ出したい。こんな得体のしれないバケモノから。

 そんな思考に囚われ掛け、思わず後ずさりしそうになってしまう。


(逃げちゃダメ……! 逃げちゃ……!)


 拳を固く握りしめることで、バリューはどうにかその場で持ちこたえた。


「正直、ボク自身に興味を持って貰いたいわけじゃないんだけど……。やっぱりボクが異常なのかなぁ。世界に在らぬ期待をしても無意味なんだから、終わりを渇望するのがこうも邪悪だとは思い至らないけど」

「…世界に期待している?」

「だってそうじゃないかい? ボクが()()前から、世界は十分に狂っていたんだよ? 努力は報われず、富と地位が高いことこそ善とされている。差別は無くなることなく、弱者や異端者は問答無用で虐げられて……。挙句の果てには、罪を犯してもいないのに滅ぼされる生命だって出てきた」

「……だとしても、友や家族、それに隣人の幸せをともに喜ぶことが出来る。一概に全てを終わらせる理由には決してならない!」

「あれ、キミならわかってくれると思ったんだけどね、同じ異端者だから」


 意外だと言わんばかりの返事にライトは固まる。

 異端者と、エンデッドは確かにそういった。

 まるで、初めから自分の味方で……思想を理解してくれる同類だと男は思っているのかもしれない。

 もしかすると、自分たちの過去すらも全て知られて――。


(だからなんだ! 今はそんなこと……!)


 その場で大きく被りを振り、臆さないよう懸命に前を向く。

 何を言われようとも、戸惑い焦りに支配されるわけにはいかない。

 それが、エンデッドという異常者の前ならば尚更に。


「異端であることは認めるが、お前と俺は全く違う」

「そりゃあそうだろうけどさ……」


 ことごとく否定されて脱力したのか、頭を真下に下ろし前傾姿勢になる。

 長い髪がエンデッドの顔を覆い隠し、代わりに頭に受けた生々しい傷跡があらわとなった。


「そうかぁ……はあ……。いつから終焉は色褪せてしまったんだろうね。生命体は元が無であったことすらを忘れて、終わりの感覚が麻痺しているんだ。―――卑しすぎて溜息しか出ないよ、こんな世界に居座ったところでいいことなんてないのに」

「…居座るなんて傲慢な言い方だな。人はみな何かのために生きている、そんな事は――」

「……? 何を言っているんだい、キミたちもそうだよ?」

「――――は?」


 何を言っているのか分からないとばかりに、彼女は絶句する。

 いや、最初から理解できそうにないことしかこの男は言っていないが、それでも自分たちのことすらも同意義と捉えられることだけは、どう解釈しても納得がいかなかった。


「キミたちはいつまでこの世界に固執しているんだい? 尊敬する友と死別して、主からは排斥されて、そして今、己の()()()()()()()旅路に立っているじゃないか。もうこの世界に、キミたちを必要としている者なんていないって把握しているのなら、ボクの補佐をしてもいいとは思わない?」

「…それがどうした。私たちの旅と貴様の野望は全くの別物だ。手を貸す必要などないどころか、ここで貴様の野望を打ち砕いた方が旅路の障害が少なく済む」

「だから、殺し合う気はないんだって」


 相変わらず考えが固いんだね。とエンデッドは笑いかける。

 勿論、笑みを返して欲しくて笑っているわけではない。

 ただ、その思想を理解し共有してほしい。本当にただそれだけのこと。

 自分自身の異常性を知ってなお、それこそが正解だと考えを一つに絞った結果故に、彼にはそれが一であり全だった。


「うーん……キミは『誠実』とは違って物分かりが悪いから難しいかもね。まあ、簡単に言ってしまえば無駄なものを省いたんだ。効率的でいるには、まず非効率的なものを消費していかなきゃ」

「…だから、この国の人たちを殺したと。自らの望みを叶えるためならばと見境なく……!」

「勿論、ただ殺すだけだとお粗末だから考慮はしているよ。邪魔されるくらいなら先に無に行って貰おうかなって。無の先に辿り着いたら、そこから引っ張り出してあげればいいし」


 またもや地面に座りこみ、死体の山にもたれかかった。

 不要なものを排除しているのだから、当然疲れすらも感じることはない。

 ただ、効率を重視するあまり、その場でじっとしているのが性に合わないのかもしれない。

 無駄に思える行動なのに捨てていないのは、その癖が無意識の物だからだろう。


「何であれ、『世界の流れ』を変革すると、そのうち自然と終わりは来るんだ。たとえ無限のように長い月日が経っても、結末を迎えない物なんてこの世界に存在しないから。まあ、敵で居続けてくれるなら、せめて全てが終わる時に、キミたちが最後までボクの目の前に立ちはだかってくれたら嬉しいな。もっとも、今すぐにでも仲間になってくれるのなら、それはそれで嬉しいけどね?」

「何度言わせるつもりか分からないが、俺たちはお前の手助けをするつもりはない」

「…次は地面に埋めるか、海に沈めるかした方がいいだろうな。また蘇ってもらっては面倒だ」

「はぁ……こんなに熱心に誘っているのに、キミたちはまた断るんだね。……そして、ボクのジャマをしようと目論んでいる。流石に埋葬とか水没とかは遠慮してほしいなぁ、地上に戻るのが大変だもん」


 声色が変化するどころか眉一つ動くことが無いため、やはりただ笑っているように見える。

 だが、確かに()()()()()()()

 寒さの中、僅かながらに覚える、殺気とはまた違った悍ましい感触。

 先の見えない深い穴へと足を踏み落としてしまったように、二人の背筋が凍り付いた。


「でもまあ仕方がないなぁ。そこまで吐露されるくらいなら、キミたちの代わり映えしない啓蒙とか、可愛らしくて反吐が出そうな理想論とか、全部全部噛み殺してあげるよ。そしたら一緒に終わりの先まで来てくれるよね」

「噛み殺す……か。『死牙の兇皇(フェイルテラー)』にでもなったつもりか?」

「いやいや、単なる比喩表現だよ。でも憧れてはいるかな。突如出現して世界を噛殺し続けた異形の獣ってだけでもゾクゾクするのに、神々が束になって挑んでも七日七晩命尽きることなく、頭から下が果ててもなお深々と突き刺さった牙を抜くことが出来なかったっていうんだからね」


 ――『死牙の兇皇(フェイルテラー)』。万物を終わらせる無の化身。

 聖書にいる一節に()()は書かれている。世界を闇で包み込んだ災厄の象徴として。

 無から生み出された()()は、姿かたちすら伝わっていない。

 体毛はあるのか、鱗でおおわれているのか。

 二足歩行なのか、四足歩行なのか。

 そもそも手足があるのか、鰭や尾があるのか。

 ――見た目に関してその一切が伝えられることはない。


 曰く、それを見るだけでも並の生物は発狂し無の底へと落ちていくという。

 存在が確かなのは、世界を穿った残虐で鋭利な牙だけ。

 あらゆる善悪を区別することなく世界を喰らいついた醜悪で惨烈な牙には、あらゆるものを永劫に汚染する呪いが込められ、口から溢れ出す夥しい量の唾液には、声明を一つたりとも残さず根絶やしにする劇毒が含まれていた。


 ……後はエンデッドの言葉通り、七日七晩息絶えることなく刺咬していた牙は今もなお世界を穿っているとされていた。

 汚染の呪いを辺りにまき散らし続け、英雄に斃されたあの悪竜ですら、その澱みから生まれたのではないかと信仰者たちは口にしている。

 まさに、破滅と絶望の象徴としてかの獣は表され、混沌と邪悪を世界に齎したものとして謳われ続けていた。


「ああそうだ! せっかくだからボクが()()した『死牙の兇皇(フェイルテラー)』を見せてあげるよ! 見境なく襲ってくるだろうから、気を付けてね」


 にへらと笑ったエンデッドは、そのまま糸が切れた人形のように力なく前方へと倒れ込む。

 ――瞬間、肉塊がビクリと蠢いた。


「――ッ! これは……っ!」

「離れろ、バリュー!」


 鎧の胴に両手を滑り込ませ、雪の大地へと押し倒す。

 そのすぐ上を赤々とした巨大な何かが横切った。


「あはははは、やっぱりキミは賢明だ。ボクが死体を山のように積み上げていた理由をずっと考えていたんでしょ? じゃないとさっきの尻尾を避けられないからね」


 その様子を見ていないにもかかわらず、うつぶせの姿勢のまま男は嗤った。

 慌てて体勢を立てなおす二人が見た先には、既に死体の山と言えるものは跡形もなく消え去っている。

 その代わりに()()が存在していた。


 それは形だけ見たら巨大なトカゲだった。

 骨格はどちらかと言えば犬や狼などの動物に近いが、重量のある巨体を支えるために不自然な形に折れ曲がり、赤々とした体表は適した形に変化しようと今もなお蠢く。

 上手く閉じることが出来てない口内には、大小不揃いだが鋭利に研ぎ澄まされた牙が所狭しと並び、バランスをとるために作られたのだろう、大樹の幹を一括りにしたかのような寸胴な尾は、あまりの異形さに違和感を醸し出している。

 ――まさに、この世の生命のどれとも当てはまらない、そんなバケモノだった。


「これが、ここでお前が作っていたものか!」

「大正解!! なかなか仲間になってくれる人がいないからさ、自分で製造したんだよ!」


 まさしくあの死体の山を使って造られたのだろう。

 今も形を整えている深紅の肉体は、人間の体を一度バラバラに分解したのちに、再度別の形で繋ぎ合わせているように見える。

 まさに命の冒涜。進化の過程、その一切を無視した存在。

 エンデッドは粘土をこねる程度の要領で、架空の生命体を無理矢理生成したのだ。


「…手を出さないと言ったのは嘘だな!」

「嘘じゃないよ? ほら、ボクは手を出していないし、キミたちからしてみれば、コイツはボクの所有物ですらないんだよね?」

「…この! 屁理屈を……っ!」

「因みにコイツに感覚はないよ。『刎膨茶釜(ぶんぶくちゃがま)』で攪拌すると影すらも消し飛んだから当然だけどね。おかげで『死牙の兇皇(フェイルテラー)』らしさが増したから上々だけど」


 エンデッドの言う通り、獣には目が無かった。

 臭いをかぎ取るための鼻も、音を聞き取るための耳も、触覚を感じるための肌も、味覚を感じる舌も。

 全てが不要だと判断されて、『刎膨茶釜(ぶんぶくちゃがま)』で消し飛ばされていた。

 選択して捨てているか、選択されて捨てているかという大きな差はあるが、不要物を捨て去るといった点ではエンデッドという男と『刎膨茶釜(ぶんぶくちゃがま)』は似ていた。


「ああ、逃げたら困るから一応金網でも張っておこうかな。いや、キミたちの方じゃなくてこの獣の方だよ。だって、キミたちは絶対に逃げないだろうし?」


 エンデッドがそう適当に唱えると、杖の水晶が光り輝き教会から少し離れた地面から一斉に有刺鉄線の金網が生えてくる。

 その成長はドーム状になるまで続き、獣だけでなくこの場にいる誰もが完全に脱出不可能となった。

 ……金網を作り出したエンデッド以外には。


「この異形をどうするつもりだ」

「知ってて聞いてるよね? 随分と悪趣味だなぁ」

「…いいから答えろ!」

「『死牙の兇皇(フェイルテラー)』みたいに暴れさせるんだよ。全てを終わらせる為にね」


 確かに、存在自体が異常なこのバケモノは殺戮に向いているのだろう。

 感覚器官が造られていないのならば、その身が滅ぶまで暴れ続けるに違いない。

 ……だが、そのように計画したはずのエンデッドはつまらなさそうに首を竦める。

 杖から伸びる有刺鉄線に左腕を飲み込まれているにもかかわらず、相も変わらず笑みを絶やさないままで。


「…そんなことやらせてたまるものか!」

「でもさ、キミたちに元は人間のコイツを殺せるのかな?」

「――殺せるさ」

「…それが、私たちが出来るせめてもの手向けだ」


 決意の声を狩りの皮切りにするがごとく、人の死体で作られた獣……霊長合成獣(ヒュマノイド・キメラ)は咆哮と共に二人へと飛びかかった。

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