無の先を追求する者
「……あれ、驚きすぎて目を回してたりする? おーい、そんなに吃驚しなくてもいいってば」
声を掛ける男の姿はあの頃と殆ど変わりがない。
おどけている子供のような声色も。
何を考えているのか分からない脳内も。
底気味が悪い死んでいる瞳すらも。
まるで殺し合った時と同じまま。
それでも全てが同じというわけでもなく、二人との戦闘で被った傷は残り、得物は全くの別物に代わっていた。
元々エンデッドの得物だった、あらゆるものを風化させる錆びた長剣……『風砂』は、既にライトが破壊している。
その代わりとして左手に握られていたのは、エンデッドの背丈と同じ程度の大杖。
材質もわからない緋色の柄の先端には、妖しげな光を放つ人の頭ほどの大きさをした荒削りの水晶がはめ込まれており、そのどちらにも有刺鉄線が縦横無尽に巻きつけられていた。
見てくれだけでも禍々しい代物だが、『風砂』と同様に何かしらの力が備わっていると考えるべきだろう。
ずっとニヤニヤしている男の一挙一動を見逃さないように、彼らは身じろぎ一つすらしなかった。
「んん……? もしかして、コレが気になるとか?」
対するエンデッドからは、一切の敵意を感じられない。
まるで二人を長い付き合いの友人にかのように扱っているように。
そして、杖に興味があると勘違いしたのか饒舌に語りだした。
「コレはボクの自信作なんだ。会心の出来だと自負するくらいにね」
「作るのには苦労したよ。世界樹の枝を一年間腐海の穢泥に漬け込んだ物に、化石化した万年亀の心臓を組み合わせているんだ。もちろん、そのままだと良邪の反発が強すぎてどっちも壊れちゃうんだけど、砕けた錆剣と一緒に茶釜に入れて余分な物を剥ぎ取ったおかげで完璧な出来映えになったんだよ!」
「名前は……そうだなぁ、キミたちに因んで『相反の三囚杖』とでもしようか。」
「この杖って結構役に立つんだよ。他の『忌器』の代わりまでやってくれるぐらいだし。ああでも侵食力が強すぎるのが欠点かな。使ってたらいつのまにか全身に絡みついてくるし」
「……あ、あれ? 興味なかった? 残念だなぁ、せっかく面白い物が作れたから自慢したかったのに」
こうして一から十まで丁寧に教えてくるのは、確かに自慢の意味合いが強いのかもしれない。
だが、終わりの先へと迎えるなら、己の命すら平然と差し出す彼にとって、人の命を奪うことも、あまりにも悍ましい兵器を作ることも、暇つぶしの通過点でしかない。
どうせ壊れるからいつでも壊して貰っていいと、そう言っているのだ。
それこそ、エンデッド・ヴィルディフの深層心理。
目的の為にあらゆるものを捨ててきたからこそ、彼の前に存在するものは、何であっても価値が無い。
依存しないために愛着を捨てた。
過去に囚われないために未練を捨てた。
何者にも流されないように喜び以外の感情を捨てた。
愛も、夢も、家族も、人としての生すらも、目的の邪魔になると。
捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた……。
そうして、理想の為に必要なものだけ残し、エンデッドという存在となった。
とはいえ、一昔前なら頭に生やしている『固縛の角』で二人の思考を読み取り、余計な事だった場合すぐに態度を改めていただろう。
そうしなかったのは、その角の片方が砕けているから。
これもライトが大戦時に破壊しており、その影響で思考の一部しか読み取れなくなっていた。
逆巻く異形の角も、拷問器具のような王冠も、体を拘束する枷も、右手で抱える血塗られた茶釜も、左手に持つ悪趣味な大杖も、全てこの世にあってはならないもの。
無害を有害に変貌させ、溢れ出した悪意は持ち主すらも例外なく侵し熔かしつくす、惨憺たる器具。
あまりの危険度故に、その存在すらも秘匿され続けてきた負の遺産。
滅びを齎すその禁具を、人々は『忌器』と呼んでいる。
そんな異物を全身に身に着けていることは彼にとって当然のことであり、それこそ目的を叶えるために得たものだった。
「いい加減お話ししない? もしボクがキミたちを殺す気だったらもう襲いかかっているけどなぁ」
「……その言葉を信じると思うか?」
「あー、そうだよね。死んだはずの人が急にひょっこり現れたら怖くもなるよね。わかるわかる」
一度は対敵し、激戦の末打ち負かした相手。
だというのに、二人が身動き一つ取れずに固まっていたのには訳がある。
エンデッド・ヴィルディフはあの戦いで死んでいるはずだった。
何を隠そう、彼らの手によって修復不可能な致命傷を与えられたのだから。
だからこそ、こうやって死んでいるはずの存在が目の前に現れたこと自体が彼らにとっては衝撃的だった。
薄い服の下と頭には、適当で乱雑に包帯が巻かれているが、その隙間から見える地肌には生々しい傷跡が残っている。
それは間違いなくあの場で殺したと、そう断言してもおかしくない傷だ。
なにせ左頭部を破剣で砕かれ、胸元から下腹部までを壁剣に貫かれたのだから。
どう考えても、エンデッドが生きている人間だといえない。
それでも、彼は死んでいることこそが当然のように生きている。
脳裏にこびりつくような笑みを浮かべて、初めから戦ったことすらないとばかりに命を奪った相手を出迎える。
エンデッドを『屍の生者』たらしめている要因。
それも、彼が身に着けている『忌器』の影響なのかもしれない。
「嫌な予感はしていた。ここまで狂気的な光景を見た時点で原因となる者はお前かその知り合いしかいないと、な。当の本人が出迎えとは流石に想定外だったが」
「それは光栄だね。……もう一人はそうも思ってないらしいから残念だけど」
「貴様は……あの時、確かに……っ!!」
「あー、うん。確かに顔の半分を潰されたし、おなかには大きな穴も開けられたもんね。死んでいる方が普通だよ。というか、あの時キミに殺されたのは間違いないし」
へらへらしながら腹部を擦ると、乾いていた包帯に紅い染みが次第に滲みだしていた。
治り切っていない傷を雑に扱っているにもかかわらず、エンデッドの顔が痛み顰むことはない。
痛覚が存在していないのか、……それともこの程度の痛みだと気にするまでも無いのか。
「この見た目を維持するのだって結構大変なんだよ? 包帯の下は全然治ってないし、下手したら中身が零れ出しちゃいそうで、動くにも細心の注意を払っているんだから」
「…バケモノめ……!」
吠えるが普段と比べ少し弱々しく感じてしまう。
得体の知れない存在が自分たちに用があるとなっては、萎縮してしまうのも無理はない。
平静を装っているライトでさえ、内心では混乱と焦り、そしてとめどない怒りを必死で抑えていた。
「そうそう、今日はあの時とは違って、キミたちと刃傷沙汰をしにここへと誘導したんじゃないんだ。そんなに怒りを露わにしないで、もっと肩の力を抜こうよ。金輪際ボクはキミたちに危害を加えないと誓うからさ。何なら、契約に適した呪器でも使う?」
「…ここに誘導したのも貴様の力の一端だと?」
「そうだよ? ボクならそれくらい可能だって、理解は出来なくても判断はできるよね。勿論、キミたちに用があったからこうやって呼び出したんだけど」
飄々と告げられる馬鹿馬鹿しく思えてくるほど荒唐無稽な言葉。
目の前の存在がヒトデナシなことも相まって、信憑性には欠ける。
だがこの男が嘘を騙ることはない。
……無駄といえるものは全て取り除いているのだから。
回りくどい手段を選ばず、全てにおいて合理的で決して逸ることはない。
三国戦争をたった一人で引き起こしたという事実だけでも常軌を逸脱しているが、それ自体も三国全てを滅ぼす算段を立てたうえで計画を実行している。
常人には到底考えすら及ばない超越した思考と、あらゆるものを捨ててまで『終わりの先』を得ようとする狂気。
だからこそ、エンデッド・ヴィルディフは人として存在する異常さを物語っていた。
「俺たちはお前に用なんて無いけどな」
「またまた、そんなことを言わないでよ。ボクはキミたちに会いたかったんだから。それに、さ――」
「あの三日間の策略を企てたボクのことを抹殺したいぐらいに唾棄しているでしょ?」
ぎりり……と、鎧の中から軋むような音が鳴る。
それが強く歯を加味してた音だと判断したライトは制止の手を向けようとして、止められる。
他の誰でもなく、今にも飛びかからんとしていたバリューに。
「…確かに、殺しても殺し足りないほどに憎い。だが――」
「だが? 復讐は負の連鎖を産むって? 復讐なんて、ただやりたいからやるのと少しも変わりないのに。いやはや、結果さえ良ければ他はどうなっても構わないと思えないなんて、実に哀れだね」
「哀れ、だと!」
「落ち着けバリュー、今は手出しするべきじゃない。ここから脱することが出来なくなってしまったら、復讐しても何の意味もなさないだろ」
「…! ああ、そうだったな。済まない」
右手の制止を振り切ろうとする彼女の足を踏みつけていた長靴は、ゆっくりと元の位置に戻される。
靴底から伝わってきた震えは、彼女を冷静にさせるには十分だった。
「ふうん、冷静だねぇ。まあ、キミたちに殺害されても結構だよ。機会があったらまた会いに行けるかもだし」
馬鹿にしたかのような笑みのまま、嘘か本当か定かではない言葉をエンデッドは告げた。
余計な事を考えていないのだとすれば、決して冗談ではなく気が済むまで殺されても構わないのだと言っているように受け取れる。
それが無意味だと理解しているのだろうと光のない双眸が問いかけているかのように見つめていた。
「そうだ、どうせ出るすべを教えてはくれないだろうから、それ以外で一つ聞いてもいいか」
「そこまでボクの考えを汲み取ってくれるなんて! やっぱりキミは素敵だね。いいよ、機嫌がよくなったから何でも返答してあげる」
さも感激しましたとばかりの態度で語り掛けてくる。
やはり本心は掴めそうにないが、ここで起こっていることについては解明できる可能性が出てきた。
ライトは慎重に言葉を選びながら口を開く。
「ここに来たのはいつだ」
「ええと……つい最近だよ。一週間前くらいかな」
―――嘘だ。
雪が降っていない日もあったはずなのに、人が誰もいなくなったとはいえ一週間でここまで降り積もるはずがない。
少なくとも二週間は経過していると見積もっていい。
「ここに滞在していたのはなぜだ」
「……キミたちを待つためだよ。だから一週間も滞在することになったんだけどね」
――また嘘だ。
エンデッドは確かに最初から二人の事を待っていたかのように語っていたが、だとしたらさっさと教会まで案内させるか、自分から迎えに行くという手段をとれば何ら問題は無い。
つまりこの男は、ライトたちに会う云々はさておき、二週間以上〈ソイル〉に滞在する理由があった。
そして、この二つの問いでライトはある予想に行きついた。
それは間違いなく何かを隠そうとしているエンデッドの、次なる一手。
「もう一ついいか」
「気が済むまでどうぞ。答えられないものは――」
「この国にいた人たちはどこに行った? ……いや、遠回しな言い方は要らないな。この国でお前は何を行おうとしていた?」
「……キミのような頭脳明晰な人は大好きだよ。すぐにわかると思ったけど、まあ見せた方が早いかな」
立ち上がったエンデッドは二人に背を向けて何処かへと歩き出した。
雪に足を取られそうな歩みだが、『忌器』の力ゆえか一歩踏み出すたびに積もっていた雪は消失していく。
効率を重視する行動だとはわかるが、無防備すぎる素振りなのは、やはり二人に殺されて構わないと思っているからなのだろう。
「…どこへ行く気だ」
「この教会の裏手だよ。問いの答えはそこにあるんだ」
振り向くことなく告げた言葉と共に、エンデッドは教会の影に消えた。
その場でしばし膠着していた二人は、恐る恐るその場から動き出す。
意図して行動しているわけではなく、まるで何かに吸い寄せられるかのように。
「否定されたら困るから予め言っておくよ。キミたちの瞳に写ったこれこそ、ボクが作り出した回答だ」
「「――!!」」
角を曲がる直前に掛けられた言葉を返すこともなく、彼らは見てしまった。
あまりにも見るに堪えない、酷く惨憺たる光景を。
腕すら口元に持ってくるのが精いっぱいなほどに、体が重く縛り付けられるような衝撃。
絶叫を漏らしてしまいそうな口元を必死に結い留め、冷静さを保とうと大きく呼吸する。
それでも、彼らの視線はまるで縫い留められたかのように、その一点から離すことが出来なかった。
「これ……は……っ!!」
「嘘だ……!」
「嘘じゃないよ。ここに在るのは徹頭徹尾、紛れもない真実さ」
雪原の中、一人座り込むエンデッドは皮肉気に嗤う。
彼の背後には、白い風景に似つかわしくないほど、真っ赤に彩られた肉の塊が在った。




