玉座での応酬
「いいのかよ、色々と贔屓にしていたみてぇだけど」
「そりゃあ、ブロウちゃんの恩人だしね。……それに、こちらとしても聞きたいことは聞けたし」
会議が終わり玉座へと戻る途中で、ブロウは先程聞くことができなかった質問をレプリカへと投げかけていた。
「―――騎士になれって言ったときは、誰にでも声を掛けているのかと思ったけど……あれはひっかけだな?」
「あれ、ブロウちゃんが把握できていたなんて、驚きだなあ」
「……」
「ごめんごめん。ふくれっ面も可愛いからつい虐めたくなちゃうんだ」
レプリカはわざとらしい口調で答えるが、その表情は心から驚いているかのように見えた。
「そうだよ、あれは二人を試していたんだ。中途半端な答え方だったけどちゃんと断ったから一応合格かな。もしあの場で断ることができなかったら、それこそ期待外れってものだよ。もしかしたら私の手で葬っていたかもねぇ」
物騒な回答が返って来たことで少女の顔は引きつっていた。
「そいつは笑えねぇ冗談だな」
「冗談じゃないさ、本気だよ。……それにしても、試していたってどうしてわかったのかい?」
そう問いかけられたブロウは、何を思ったかぷいと顔を背ける。
そのままぼそぼそと話し始めた。
「―――善意か悪意かを把握しないと生きていけねー場所に住んでたからな。それに、オレに言ったときは『この国の騎士として』なんて言ってなかったじゃねぇか」
「……覚えていたんだ」
「そりゃあ、人生が変わった出来事だしな。忘れる方が凄ぇよ」
恥ずかしさを隠すためか吐き捨てるように口走る。
「うん、やっぱりブロウを選んで正解だった!」
「うわっ! 抱き着くな! 離せ!」
レプリカは感激のあまり、またもやブロウに抱き着く。
流石に移動中だからか、玉座にいた時よりも締め付けは緩かった。
「さてさて、彼らの旅路はどうなるのか。楽しみだなあ」
そう言ってレプリカは抱き着いたまま、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「あんたがその笑顔をする時って大体碌な事考えてねぇんだよなぁ……。あと離れろ」
「はて? そうかなあ?」
少しばかり不機嫌になるブロウを無視して、レプリカは少女を抱いたまま鼻歌交じりで歩く。
そんな主の言葉にいちいち
「なあ、本当に聞かねぇのかよ。オレの手足のこと」
「ん? やっぱり話せるってこと」
「いや、話せねぇけど」
「ちぇっ、期待して損した。……けど、慌てて聞くようなことでもないからね。話ができるようになってからでいいさ」
「……そうか」
城に戻りレプリカに経緯を話した時、手足のことについては言い出すことが出来なかった。
老人……ミスモッグから念を押されていたのだ。
自分の事は絶対に語らないようにしろ、と。
だが、それは杞憂で済むこととなる。
返って来た時にもレプリカからは同じような事を言われ、言及することなくあっさりと会話を終えていた。
……その分スキンシップはいつも以上に激しかったが。
「それよりも、その手足外せるんだよね?」
「? ああ、外せるし外し方を教えてもらったから外せるけど」
「今晩から抱き枕になる時は、邪魔になるから外してきてね」
「あれ冗談じゃなかったのかよ!? 抱き枕になんかぜってーにならねぇからな!」
「えー、じゃあ手足有りの攻めでいいからさー?」
「抱き枕に攻めとかねーからな!?」
「だったら私が攻めでいいんだ? ふふふ、今夜は寝かせないよ?」
「あっ! も、もうこんな時間じゃねぇか! オレちょっとメシ食ってくるぜ!」
「あ、こら」
恥ずかしそうにしていたはずの顔が恐怖に変わりつつあった少女が必死にもがくと、ほんの少しだけ腕の力が緩む。
その隙を見逃すことなく絡みつこうとするレプリカの腕をどうにかすり抜け、食堂へと駆けていった。
「もう……まあいいや。ホントいいねぇ、ウブだねぇ」
逃げられた割に恍惚とした表情で言うものだから、どこからどう見ても不審者としか思えない。
仕方がなしにレプリカは玉座へと一人で帰りつく。
「さて、書類の整理でも……ん、連絡?」
胸に挟んでいた“魔機話”が震えていた。
レプリカから掛けることは多々あったが、他の兄弟たちからはこれと言って連絡が無い。
そんな滅多にない機会に驚きつつも、誰からの連絡か“魔機話”の画面をちらりと覗く。
「なになに……。おっ! あの子からとはなおさら珍しい!」
兄弟たちは各国へと跳んでいるけれども、彼女だけは唯一国内でも侵入困難なカッパーに移住してもらっている。
そこで今回のような事態を未然に防ぐため逐一連絡を取っていたのだが……。
今回ばかりは彼女の管轄外すぎる事象だったらしい。
何はともあれ着信を切られるわけにはいかないと、レプリカは慌てて通話を開始した。
「はいはい。最近よく話が出来ているから、私としては凄く嬉しいなあ」
「はあ……。私としては、繋ぐたびに憂鬱になるんだけど」
“魔機話”越しの女性はまだ若々しい声ながら、それに似使わぬドスの効いた言葉を投げかけてくる。
一国の主にここまでの言い方が出来るのは、やはり家族だからだろうか。
言葉を受け取っているレプリカは、むしろ罵られて嬉しそうにしていた。
普段がこんな態度だから様々な人から信頼を失っている可能性も、無きにしも非ずといったところかもしれない。
「それで、ご用件は?」
「ご用件は? じゃないでしょ! 危険な目に遭いながら写真を撮ってきた人に良くそんな態度を取れるよね!? ほんと、気配遮断と透明化の能力を持っているからって人をこき使ってさ……。それと、まだ報酬が届いていないんだけど!」
「え、久しぶりに話せて私も嬉しい? やだなぁ、困っちゃうなぁ……」
「どう聞いたらそうなるのよ!! 報酬が! 届いて! ないん! だけど!!」
「ごめんごめん、最近怒った声聞くのがマイブームになっててね。ローアちゃんの言う通り、今回も危ない目に合わせたし報酬が遅れているから謝るよ。その分報酬も上乗せするから許してちょうだいな」
「ほんと、姉だからって虫がいいんだから……」
“魔機話”の相手は、水道整備の仕事を務めている女性……ローア・クラッドレイン。
レプリカの妹であり、《ハーツ》の人間で唯一『暗部』の侵入に成功した女性その人だった。
「そういえば、ハーネスおじさんとか、末っ子のトライブとか今何やってるのよ? 近場で行ったらアレス兄さんとか―――」
「ひ・み・つ!」
「はぁ……」
兄弟の様子を聞いても一切答えない辺り、レプリカは気分によって態度を変えるような人間にも見えなくはない。
だが、あえて聞いているローアにはわかっている。
家族に仕事を割り振り、各国へと潜入させるよう指示した彼女は、間違いなくこうなることを計算しているのだと。
「それにしても、まさかローアがあんな金の卵を持っていたなんてねぇ……。『十忠』に空いた穴のその場しのぎだったのに、だいぶマシになって来たじゃん。流石私、審美眼も素晴らしい」
「はぁ? ブロウはわたしの妹なんだから! 貴女のものじゃないでしょ!!」
「うわ、怖い……」
対するローアは冗談を真に受けるタイプの人間だった。
もちろん、世渡り上手とは全く言えない。
家族に対しては常に怒りっぽく、周りの人間にはいい顔ばかりしている。
それが自分でもわかっていて嫌になっていることも、レプリカは知っていた。
だからこそ、自分の目が届きやすい“暗部”への潜入を命じたのだ。
連絡するたびにこうやってローアをおちょくっているのも少しばかりの姉心だったりするのだが、相手に伝わっているのかは定かではない。
そんなレプリカの耳に、窓を叩く音が聞こえてくる。
「お、帰ってきたか!」
“魔機話”を着ることなく慌てて音がする窓を開くと、そこにいたのは一羽の鳩だった。
何の変哲も無いただの鳩にしか見えないが、その足には金属の輪で出来ているタグと結びつけられた手紙がある。
大陸間を横断するほど力強いその鳩は、レプリカが手塩に掛けて育てた伝書鳩だった。
「うん、手紙が返って来るだけ上々だ。無視されたら堪ったもんじゃないよ」
よしよしいい子だ今晩の飯は好物のもろこしを入れておいてやるからなと、鳩へと語りかけながら鳥かごに戻したのち、レプリカは鳩の足に括りつけられていた手紙を手に取る。
勿論、“魔機話”はつながったままなので、その独り言は妹へと筒抜けになっていた。
「オツトメゴクロウサマデス」
「わあ、そう言ってくれるだけでも嬉しいなあ。もう少し話したいけど、いい時間帯だからねぇ」
「はいはい、枢機者サマはお忙しいようですし? いい加減切りましょうかね」
「もう、すねないでってば」
「……ねえ、お姉ちゃん」
かすれたような小さな声が“魔機話”から伝わってきた。
だが、今にも泣きそうなその声が何なのかレプリカは知っている。
昔からよくこんな声を出してから飛びかかって来たものだから。
―――ローアは本気で起こっているということぐらい、すぐにわかった。
「……どうかした?」
「ブロウを私みたいに使ったら承知しないから。貴女に勝てる気はしないけど、ブロウを一度でも雑に扱ったら、刺し違えてでも殺してみせる」
「……ホント、昔のローアちゃんとは別人みたいな変貌していてビックリするなあ」
「で、どうなの。答えなさいよ」
「えー、どうしよっかなぁ~」
ブツッ!!
「っ~~! いきなり切らなくてもいいじゃない。まったく、気が短いんだから」
相変わらずおちょくった結果、無理やり通話を切断されたものなので、耳鳴りがぐわんぐわんと鳴り響く。
そんな右耳を抑えつつも、レプリカは相変わらず嬉しそうだった。
誰からも愛されず、誰も愛することはない。
そんな人生を歩みかけていた妹に、命を懸けてでも守りたい者が出来たから。
感激のあまり口元のゆるみが抑えられることはなかった。
「さて、なんて返事かなあ?」
機嫌よさげに鼻歌を口ずさむレプリカは椅子に腰かけ、丸まっていた手紙を開く。
―――そこに書かれていたのは、大国の騎士……『騎士王』からの警告文だった。
【そちらの事情など知った事か。これ以上余計な口出しをするならば、一切の容赦はしない。】
「くぅ……っ!」
淡泊で必要最低限の連絡しか書かれていない手紙。
ただそれだけの文章なのに、背筋に怖気が走り、息が苦しくなるような錯覚を感じる。
あまりにも強い感覚に、先ほどまでの気分の良さは何処かへと吹き飛んでしまった。
「はあっ、はあっ……。―――ふう。なるほど、あの男らしい。簡潔で最低限、かつそれだけの文章であってもここまで他人を威圧できるとはね」
静かに瞳を閉じ、胸に手を当て、大きく深呼吸する。
全身から汗が噴き出し、来ていたドレスすら熱を出し寝込んだ時のように、ぐっしょりと濡れてしまっていた。
―――それでも、彼女の顔から笑みは消えていない。
「だからって、そう簡単にあの二人と、わたしたちクラッドレイン一家を止められるかな? なにせ己の信念は何者ですら操ることが出来ないからね。」
閉じた瞼をゆっくり開くと、橙色だった瞳は紫光を帯びて怪しげに揺らめく。
「さて、マイルやダードにも連絡を入れることにしよう。あ、マイコ姉さんにもご挨拶すべきかな」
何事もなかったかのように普段通りの口調で、手元にあった資料をてきぱきと片付けていく。
顔には不気味ともとれる微笑を残したままで。
そうして夜は吹けて更けていく。
レプリカ・クラッドレインの計略を知るものは、未だこの国に誰一人として存在しなかった。




