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《アラクサレ台地》にて

※注意!!

・今回の話は、前話以上にグロテスクな表現があります。

・虫が数匹出てきます。

・読む人によっては、様々な理由で気分が悪くなる場合があります。


それでも、大丈夫だよ! と言ってくださる方は、読んでいただけたら幸いです。

以下から本編です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『十忠』称号授与証

                                  バリュー・ヴァルハルト 殿


貴君は誇り高き騎士の中でも、〝主を死の淵から救うだけでなく、自らの命を投げうち、襲い来ていた脅威を退ける〟といった、際立って栄誉ある武勲を成した者として、本日より『十忠』の一員としてここに定める。

また、称号として『不屈』の誇りを授ける。

『不屈』の心意気を誇る者として、貴君の活躍は世界へと知れ渡ることになるであろう。

これ以降は、自らの事を『城砦のハルトマン』と名乗り、常日頃から『十忠』である事を忘れないように心掛けよ。


      新暦四百三十八年 双子の月 三十七日

      誠道騎士連合


                              ()組代表 ファンブル・ボークオン

(それにしても、不思議な人たちだったな……)


 旅商人であるスパイスは、最後に会った二人組の事をふと思い出す。

 彼らは、皮革(レザー)製の鎧を着た青年と、巨大な甲冑に身を包んでいる人物といった、明らかに旅に適していなさそうな二人組だった。

 それに、旅をしているという割にはやけに軽装備で、戦いに使うとは思えない形をした武器を、それぞれ持っていた。


(彼らとの出会いは、わたしにとって運が良かったとも、悪かったとも取れるな……)


 スパイスは微睡(まどろ)む視界の中、彼らとの経緯をまた振り返っていく。



 ***



 それは、一言で表すとするなら、まさに絶体絶命の状態だった。

 わたしの目の前にいるのは、見上げるほどの巨大な昆虫種。

 体長はゆうに六メートルを超えている。

 立ち上がった半身で日差しを遮っているせいか、蟲の紅い瞳が爛々(らんらん)と輝いて見えた。


 蟲の名は〈ハクタク〉という。

 大百足類白毒(しろどく)目に属していて、白濁色の甲殻を纏う細長い体躯と、その体を支える数十本の鋭利な足が特徴的な肉食の昆虫種。

 この近辺に住まう人々からは、獲物を引き裂き貪り喰らう際の返り血でその白い殻を鮮やかに染めることから〝紅染色〟と呼ばれ、恐れられている危険生物だ。

 この蟲が恐れられる理由は、その見た目や決して人を喰らうからだけではない。

 〈ハクタク〉は馬並みの速度で移動でき、一度狙いをつけた獲物を執拗に追い続けるのだ。

 そして、捕らえた獲物は食べやすいように、足を使ってその場でカットし、時間をかけてゆっくりと貪るといった、悪趣味な食べ方をする。

 そして、戦うにしても、その甲殻は並みの刃を全く通さず、鋭利な足は触れただけで肌が裂けるほど。

 巨大昆虫専門の狩人でさえ、ろくに戦うことすらできず、あっけなく屠殺(とさつ)されるほどの化け物だった。

 ただ、ハクタクは集団行動をせず、他の蟲がいた時は、そちらの方へ積極的に攻撃を行う。それが、同種だとしても変わらない。

 なので、わたしの目の前にいる〈ハクタク〉も一匹だけ。

 それだけならばまだ、品物や荷物を捨てて荷車を軽くし、全力で逃げるという手段をとっていた。


 けれども、そういうわけにもいかない状態だった。

 有り金をどうにかやりくりして手に入れた頑丈な馬車は、黄土色の大地に横転し、中身が散らばっている。

 健脚が自慢の馬たちはハクタクに恐怖し、その場から動くことすらできていない。

 更にわたしに降りかかった災難は続く。

 帰路に急ぐ事を優先し、高地の中でも特に渓谷の多い場所を通っていため、足場は最悪で、倒れた馬車のすぐ後ろには、大きな渓谷が口を覗かせていた。


 いつもはこうなることを恐れて、どれほど時間が掛かろうとも、安全第一、危険を感じたら遠回りする道を選んでいた。

 しかし、伝書鳩が運んできた手紙によると、妻が産気づいたらしい。それを聞いて落ち着いていられる夫がいるだろうか。

 ……少なくとも、わたしは無理だった。

 居ても立っても居られなくなり、前に滞在していた町での忠告に耳を貸さず、最短距離で街に帰ることが出来る道、黄土色の大地が広がるアラクサレ台地の渓谷を選んだ。

 ―――その結果が、今陥っているこの状況だ。


「……ついてないよな、全く」


 〈ハクタク〉はその場でゆらゆらと、頭部と二本の触覚を動かす。

 その仕草は、わたしと馬と荷台を見比べ、どれから先に手を付けようかと悩んでいるように見えた。


「くそっ……! わたしはこんな所で死ぬわけにはいかないんだ!」


 無謀だと判っていたが、逃げる事もできず、護身用の片手剣を引き抜く。

 聖人の加護が宿るとされている短刀で、邪なるものを払うものだと聞いてはいるが、目の前の虫に効き目があるかと言われたら、非常に心もとない。

 けれども、今の私にできる最善策は、これ以外なかった。


「……来い!」


 耳にあたる機能を持っていないのに、〈ハクタク〉は声に反応したのか、視点を私の方へと向けた。

 とりあえず、自分に抗おうとしている愚かな人間から喰らうことに決めたようで、頭部を向けて襲い掛かろうと身構える。


 だが、その動きは急に止まり―――。

 直後、ハクタクが体を丸め、悶え苦しみ始めた。


「な、何だ? 何が起こった……!?」

「―――すみません、もう少し馬車の方へ寄ってもらえますか? その場所だと危ないですよ」

「わっ!」

「す、すみません。突然驚かせてしまって……」


 突然、話しかけられたので驚いてしまった。

 さきほどまで、わたしはたった一人だったはず。それなのに、いつの間にか降って湧いたかのように、隣に見たこともない若い人がいた。

 皮革製の簡素な鎧に、見たこともない歪な形の剣。頭には防具も何もなく、黒いツンツンと尖って見える黒髪が晒されている。

 旅人かと思ったけれど、リュックサックなどを担いでいるどころか、旅をしているような風貌とすら思えない。

 そんな不思議な格好をした若い青年が、申し訳なさそうにわたしへと謝っていた。

 いや、謝らなくてもいいのだけど、一体いつの間に……。

 それに、〈ハクタク〉を目の前にして取り乱すこともなく……むしろ、無視しているように見える。

 ―――そもそも、彼はどうしてこんな危険な状況で、話しかけてくるんだ!?

 そんなわたしの頭の中を読み取ったかのように、青年はこちらを見て、静かに微笑みながら答える。


「あ、ご心配には及びません。もう大丈夫ですよ、あとは相棒がとどめを刺してくれますから」

「え……?」


「でぇりゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 青年がそう言うと共に、〈ハクタク〉の裏から獣のような声が聞こえてきて……。


 ひと時も経たずに、〈ハクタク〉の巨体が()()()()()


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 宙に舞った〈ハクタク〉は、馬車の上を軽く過ぎ去り、渓谷へと落下していく。

 何度も目をこすってみたし、頬もつねってみたけれども、さっきまで〈ハクタク〉がいた場所には、もうもうと砂ぼこりが立ち込めているだった。


「おー、やっぱり凄いな。少なくとも俺には一生出来ない芸当だろうなぁ」

「え? ど、どうなって……? 助かった……?」

「…よかった。無事みたいだな」


 混乱するわたしに追い打ちをかけるかのように、砂ぼこりが晴れ始めていた場所から、もう一人の人物が現れた。

 全身を包む巨大な甲冑に、それに見劣りしないほど巨大な剣。

 鈍重そうなその見た目の割に、重さを感じさせないような歩みで、わたしたちの元へと近づいてくる。

 この時、獣のように聞こえていた声は、その人物が発した掛け声だということに今更気が付いた。

 もちろん、信じることはできないけれど、そうでないと説明がつかない…。


「ま、まさか、あの〈ハクタク〉を、たった一人で吹き飛ばしたのかい!?」

「…まあ、ライトが体の一部を壊してくれたお陰で、蟲が縮こまったから、重心が狙いやすかった。ただそれだけだ」

「……え? 並の攻撃ではびくともしないあの甲殻を、切り捨てたのですか!?」

「まぁ、関節部分は比較的脆いわけですし。それに、切ったわけではなく叩き潰したと言った方が正しいですね」

「はぁ……」


 もはや、彼らが何を言っているかすら理解ができないが、どうやらわたしは生きているようで。そして、見知らぬ彼らが、わたしの事を助けてくれたようだ。


 曰く、彼らはわたしが襲われそうになる直前…まだわたしが荷車で移動していた最中で、その状況に気付いたらしい。

 このままではあの馬車はハクタクに襲われ、全て喰われてしまうだろうと思った彼らは、すぐさま行動に移した。

 計画は先ほどの通りで、青年…ライト君が〈ハクタク〉に気付かれないように近づき、体の一部にダメージを与える。

 すると、〈ハクタク〉は体を丸めて悶え苦しみだすだろうから、突如自分へと攻撃した者たちへ、反撃行動をおこす前に、すかさず巨大な甲冑の人物……バリュー君が、丸まった〈ハクタク〉の体の重心を狙い、思いっきり剣をふるって弾き飛ばす。

 ……といった、明らかに人間業とは思えない計画と所業を、彼らはやってのけたのだ。


「……でも、〈ハクタク〉はいわゆる百足だよ? たとえ渓谷へ叩き落したとしても、すぐに這い上がってきそうなものなのだけど」

「ああ、それについては何の問題もありませんよ。〈ハクタク〉が悶え苦しみ出した時、ついでに触手も引っこ抜いてきましたから」


 そう言ってライト君が掲げた左手には、まだピクピクと動く触手が握られていた。


「ひっ!」

「……ひっ!」


 驚いてつい、声が出てしまった。

 でも、どこからか可愛らしい声が聞こえたような…。気のせいかな?


「…ま、まあ、あの短時間にしては上出来だな」

「だろ?」

「それにしても、君たちは一体……?」

「名乗るようなものではありません。ただの通りすがりの旅人ですよ」

「そうかい……? てっきり、どこかの騎士様かと思ったんだけど」

「…鎧は知り合いから譲ってもらった物だから、そう思っても仕方がないだろうな」

「なるほど、それならその見た目でもおかしくはない、か……?」


 って、わたしは何を疑っているんだ、彼らは命の恩人じゃないか。

 いわれようのない言葉を受けたからか、ライト君の表情も少し引き攣って見えたし、余計な詮索は止めておこう。


 そういえば、実のところ〈ハクタク〉をどうやって倒すか、彼らも悩んだらしい。

 最初は地形を壊し、〈ハクタク〉だけを突き落とそうと最初は考えていたらしいけど、そんな手間をかける猶予がなさそうだったので、直接攻撃を叩き込むことにしたという。

 まず、地形を壊そうという発想が最初に思い浮かぶなんて……本当に彼らは一体全体何者なのだろうと、どうしても気になって仕方がない。

 とりあえず、〈ハクタク〉をどうするかという目下の問題は、二人のおかげで解決できた。


 ―――でも、荷車を起こすのは別問題だ。

 なにせ大人十人掛かりでも、倒れた馬車を起き上げるのに一苦労するのだ。

 〈ハクタク〉を吹き飛ばしたバリュー君がいたらどうにかなるだろうけど、さすがにそこまで頼るのはどうかとも思う。

 そうやって考え込み始めたわたしは、二人が後ろで何をしていたか、全く見てなかった。


「あの、商人さん。馬車は特に壊れてなさそうだし、馬も落ち着きをとりもどしてきたみたいだから、少ししたら出発しても大丈夫ですよ」

「そ、そうか……って、嘘だろ!? いつの間に……!」


 後ろを振り向いたわたしは、再度驚かされた。

 勢いよく倒された馬車は、頑丈なものにしていたおかげか、ある程度の傷はあるものの、特に異常は見当たらない。

 しかし、中にある荷物も含めれば相当の重量があるそれを、足場が悪い位置で音も立てずに引き起こし、まるで襲われる前のような状態に戻しているとなると、もはや人間業だと思えなくなる。

 そして、見知らぬ商人に対してここまで親切にしてくれている人は、わたしが知っている限りでも妻ぐらいのものだった。


「……もう、驚きすぎて言葉が出ないよ」


 ははは……。と、思わず乾いた笑いが口から零れる。

 本当に、彼らには頭が上がらない。

 荷台にある好きなものを取っていってもいいよ、と言いたくなるぐらいには、世話になりっぱなしだった。

 ―――流石に、貴重なものもあるし、危険物もあるから、そこまでは言えないけれど。


 どうやら彼らは、ここから更に東にある国を目指して、旅をしているようだった。

 わたしは二人へ頼み倒し、どうにか故郷へたどり着くまで、彼らに護衛をしてもらえることとなった。

 もちろん、彼らには報酬を与える予定だったし、彼らの目的地……は話してくれなかったけど、目的地の近くまで送るつもりでもあった。

 しかし、彼らはそれを拒み、最小限のお金と、広域が把握できる地図さえ貰えたらそれで十分だと言ってくれた。

 まさに、渡りに船。

 わたしはまだ、神様から見放されていないと思ってしまう程の幸運だった。

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