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謁見

「ふふ、初見で驚かなかった者はいないから無理もないさ。ここは《ハーツ》の気温、湿度を管理しているボイラー室のうちの一つだ。……と言っても点検以外では、ただの通路としてしか使われていないがな」


 巨大な空間の壁面には蒸気機関がズラリと立ち並び、それぞれの蒸気機関から出てきている管は縦横無尽に這いまわり絡みつくように折り重なっていた。

 説明を続けてようとカトレアが指さした先には、少しばかり日の光のようなものが見える。


「ボイラー室と言えど、ここは螺旋階段と繋がっているだけだからそれほど大きな場所ではないくてね。あの光は螺旋階段の吹き抜けから見える、ほんの僅かな太陽光なんだ」

「本当に通路みたいな感じですね……」

「怪我人である貴方たちを歩かせることになって申し訳ない。この城は広いわりに移動手段が無くてね」

「移動手段を敵に悪用されないようにするため、ですよね」

「その通り。……とはいえ、流石にわかるか」


 しばらく四人はボイラー室を通ることになったが、その間会話を続けていたのはライトとカトレアだけだった。

 バリューは圧迫感を身に覚えて落ち着かないのだろう、無言で辺りをきょろきょろと見回している。

 ノエルは三人の事をお構いなしに先へ先へと、ただ単に急いでいた。


「さて、ここから先は階段が続く。辛いとは思うが四階層ほど頑張って昇って欲しい」

「泣き言を言っても絶対に手伝わないから。最後まで自力で登りなさいよ!」


 辿り着いた螺旋階段は二人が想像していた倍近く大きなものだった。

 空間全てを使っているようで、辛いという言葉の通りただ昇るだけでも疲弊しかねない。


「(…言われずとも自力で登るに決まっているだろう)」

「そこのデカブツ、何か言ったかしら?」

「…何も」


 罵詈雑言を受けても平然としていたバリューの口から、ついつい悪態が漏れ出す。

 いい加減我慢の限界が近づいてきたのかもしれない。


「では、参ろうか」


 カトレアのその言葉を皮切りに、四人は螺旋階段へと足を踏み入れる。

 踏み入る事になったのだが―――。


「「「「…………」」」」


 とうとう話す話題が無くなってしまったのだろう、だだっ広い円筒の空間にそれぞれ音が違う足音だけが響き渡っていた。

 そんな誰一人として口を開こうとしない中、ライトの隣にいたカトレアが不意に言葉を発する。


「それにしても、よかった」


 ……と、何かに安堵しているかのように。


「君たちがしっかりとわたしと同じ歩みで階段を上れているようで安心したよ」

「……もしかして、馬鹿にしていますか?」


 おかしなことを口にするものなので訝しげに軽く睨む。

 ライトから鋭い視線を向けられても、彼女は微笑みを絶やさない。


「睨みも利かせられているし、これなら怪我の治りは順調かな? ……いや、術式が誤っていて利きが悪かったりしたらどうしようかと心配だったんだ。先ほどの言葉は聞かなかったことにしてほしい」


 その言葉を聞き、彼の体は一瞬だけ硬直する。

 怪我の具合を心配するのではなく、別の事を心配していることで漸く察しがついたのだ。

 すぐ隣にいる騎士が自分たちを治癒し、病院まで運んだ人物だと。


「なるほど、怪我の治りがやけに早いと言われたので何事なのかと思ったのですが、あなたのおかげだったのですね。こちらこそ、恩人を睨むなど失礼いたしました」

「……貴女は魔術師なのか?」


 長い間黙っていたバリューがようやく口を開く。

 それにしても、鎧を着ている時は相変わらずぶっきらぼうな口調のままだった。


「うーん、まあ、そんな感じかな。あなたは?」

「……見たらわかるだろう? 鎧を着ている()()()()()()だ」

「ねぇ、あんたって生まれつき口が悪いわけ? 助けてもらっている側なのに、なんなのその口調?」


 バリューのあまりにも失礼な口調に苛立ちを感じたのだろう。

 静だが圧倒されるような怒気が込められた声が、前から聞こえてきた。


「この国の恩人に喧嘩口調で話しかける方も大概だと思うけれどな」


 後ろを一切見ること無く、ずんずんと登っていく相棒を見ながらカトレアは苦笑する。


「そんなことないわよ。礼節を弁えていない人にはこれくらい普通じゃない」

「……全くその通りです。おいバリュー、いい加減敬語を使うとか敬意を示すような態度をとれるようになれよ」

「いやいや、人の個性を否定するのは良くないさ。彼には彼なりのルールか何かがあるのだろうし、ね」


 ライトとバリューはお互いに顔を背け、無言になる。

 その後継が険悪のようだと思ったのか、銀髪の騎士はバリューのフォローに回っていた。

 実際のところ、こういった小言の応酬は日常茶飯事なので、特に仲違いしたというわけではない。

 ただ、少しだけライトはバリューの変わらない様子に呆れ、バリューはライトからの小言に拗ねてむくれていた。


「まあ、注意しているあんたも大概だけれど」


 先ほどからノエルは背後を一切振り向かないまま、言葉をつらつらと告げていた。

 誰に向けて言っているのかいまいちピンと来なかったライトは、ひと時おいて自分に宛てられた言葉だと理解する。


「……俺、ですか?」

「あんた以外誰がいるわけ? 猫被ったようなその態度、ホント気に喰わないわ。しゃべり声を聞くだけで寒気がするんだけど」

「…そういう貴様の高圧的な態度こそ、騎士とは到底思えないな。声を聴きたくないのなら、黙って耳栓をするだけでいいだろう?」


(ん、珍しいな。バリューが口喧嘩を吹っ掛けるなんて……)


 こちらにも飛び火してきたかといったような感じで苦笑いを浮かべていたライトは、何を言われても動じていなかった彼女が突然怒りだしたことに驚く。

 売られた喧嘩は買うことが多いバリューだが、自ら喧嘩へと持ち込もうとする姿は、共に行動していた間一度たりとも見たことが無いほどに珍しい。


「……へぇ? 人のことを言えないくせして、好き放題言ってくれるじゃないの」

「…そもそも、人の顔も見ることなく一方的に言葉を告げるだけなど、押しつけがましいにもほどがある」


 ずかずかと前を歩き続けていたノエルの足が止まる。

 それでも、後ろを振り向くことはない。

 それは自身の方が優れているという余裕からか。

 はたまた振り返らなくても後ろの様子が見えているからなのか……。


「調子に乗らないでくれる?」

「…自分の身分が偉いからと、驕っていたのは貴様のほうではないか?」


 いつの間にかノエルはバリューと隣り合うほど近い距離で怒号を交わしはじめ、代わりにカトレアとその隣にいたライトが前方へと出ていた。

 ……どうやら、精神的にはカトレアが秀でているらしく、クククと笑いながらゆっくりと階段を登っていく。


 納得いかない、どうしてこうなるんだ……と、ライトは今にも頭を抱えそうになっている。

 背後から聞こえてくる怒声にげんなりとした表情で階段を登っていたが、それに気づく者はこの場にいそうになかった。


「それにしてもあの時は驚いたな。二人とも人間とは思えないほど頑丈だし、鎧の彼は精霊術まで使えるなんて」

「まさか、ゴーレムが迫っていたのにかかわらず、ただ様子を見ていたんですか?」

「そんなわけないじゃないか、駆けつける途中で目撃しただけさ。とは言っても精霊術を使う彼に興味を持ったのは確かだけれど」

「……結論から言ってもらっても構わないですよ」


 げんなりとしていた理由はもう一つあった。

 実のところ、ライトは先程から階段を上るペースをずらしている。

 心なしか早くしたり、あえて背後の二人よりも遅い歩みにしたり、常に一定ではない動きをしていた。

 ……いつまでたっても隣から離れることが無い、白髪の専属騎士を引きはがすために。

 だが、彼女はライトに文句ひとつ言うことなくぴったりとついて来ている。

 ここまでくれば、何かしらの魂胆をもって接されていると考えない方がおかしかった。


「おや、回りくどいのは嫌いだったか。じゃあ遠慮なく聞かせてもらおう……君たちは『十忠』ではないかな?」

「何の事でしょうか。俺たちはただ旅の途中でここに寄っただけのしがない旅人ですよ」

「まあ、そういうとは思ったさ。私だって君たちが『十忠』だとは思っていない。でも、もしもそうだったらと考えすぎてしまったようだ。気に障ったのなら謝ろう」

「い、いえ、わざわざ謝る必要なんてありませんよ!」


 なんて言いつつも、内心は懐疑の念を抱いたままだ。

 彼女はライトが『十忠』なんじゃないかと疑いの目を向けた割に、あっさりと自分が誤っていたことを認めている。

 正直なところ、今回の戦いではライト本人ですら、自分たちは目立ち過ぎたという自覚はあった。

 そこまでの状況で自分たちの手当てをした彼女が、二人の正体を認知できないことはないはずだというのに……。


「おや、話をしていると着くのがあっという間だったな」


 目的の階にたどり着いたのか、扉の前で立ち止まった。

 そして後ろを振り返り、優しげな微笑みを浮かべ、唇に人差し指を添える。


「申し訳ないがここから先は静かにしてくれ。レプリカ様はどれだけうるさい客人でも喜んで歓迎するのだけれど、堅物な大臣たちからの印象は悪くなってしまうからな」


 ……変化は一瞬だった。

 その言葉が発せられたと同時に、辺りが急に冷気に包まれたかのように冷たくなる。

 まるで態度とは裏腹に、冷めた怒りを二人へと向けているかのように。


「……知っているわよ、そのくらい」

「…わかった」


 カトレアから発せられた冷ややかなオーラに当てられたのか、先ほどまで口喧嘩していた彼女たちは急に黙り込む。

 螺旋階段には最初と同様の静けさだけが残った。


(黙らせることができるなら最初からやって欲しかったんだが……)


「それだと面白くないだろう?」

「……少なくともあの会話に面白みを感じなかったですよ?」

「おっと、それはすまなかった」


 思考を読まれたことにライトは驚きそうになるが、目の前にいる銀髪の騎士は魔術師だということを思い出す。

 簡単な思考の透視ならできるのだろうと、目の前でまたクククと笑うカトレアに白々しい目を向ける。

 もしかしたら、先程までの考え事も全て読まれていたのかもしれない。

 そう考えると、あまり考えすぎるのも良くないなとひっそり反省した。


「さて、静かになったことだし、いい加減に中へ入る事にしよう」


 そう言い終わらないうちに扉を開くと、上層階はボイラー室とは打って変わり、きらびやか且つ豪華で、まさに城内の王室付近だとわかりやすい装飾が施されている。

 そして、圧倒されるほど一際目立つ大きな扉が廊下の最奥に(そび)え立っていた。


「あれが……」

「うん、察しが付いただろうけれど、この扉の先が玉座だ。中ではレプリカ様が、君たちの到着を今か今かと待ちわびている」


 静かに歩いていた専属騎士たちは大扉の少し手前で立ち止まる。

 後に続いていた二人もそれにつられて足を止めた。


「くれぐれも失礼が無いようにしてよね。変な行動をしたら即、首を落とすから」

「そんな緊張させるようなことを言うなよ。……なに、君たちはカッパーの救世主でもあるわけだ。レプリカ様が邪険に扱うことはきっと無い」


 出会った時と変わらぬ表情のまま、専属騎士の二人はライトたちから大扉の方へと向き直る。

 そして、中にいる者に客の到着を告げる事無く、扉をゆっくりと押し開いた。

 その途端、ライトとバリューは思わず身構えてしまうほど、自分たちに向けて吹きすさむ逆風を感じた。


 ―――否、風ではない。


 二人が風のように感じたのは、玉座に腰かけている人物の佇まいだった。

 荒々しく燃え盛るかのような紅蓮に染まった散切り頭。

 少しばかり切れ長で夕陽を湛えたかのような瞳で、右目は同色の眼帯で覆われている。

 身にまとう牡丹のような深紅のドレスは、女性らしい豊満な体のラインを浮き彫りにするだけではなく、優雅で若々しく引き締められている肉体を強調しているおかげか、大地を力強く駆ける獣のように思わせた。

 それに、何を隠そうその獅子のような風格。

 百戦錬磨の強者と言われても不思議ではないその眼光や存在感は、まるで砥がれたばかりの刃を思わせる程、鋭利さと切れ味を持ち合わせていた。


 あまりの佇まいに圧倒されている二人も、元は国王に従えていた専属騎士ではある。

 しかし、二人は気付いていなかった。

 主たちは彼らの前だと決して『王の威光』を見せなかった、ということを。

 この時、彼らは初めて心得ることになる。

『王の威光』を存分に剝き出した人物が、自分たちの目からどのように映るかを。

 それほどまでに玉座に座っている彼女は、彼らにとって未知の領域に立つ存在。

 時間どころではなく空間が違うと思い知らされ、存在する絶対的な格差を感じることが精一杯だった。


 そんな二人の様子を見てからか、椅子に座る女性は面白おかしそうな笑みを浮かべる。

 そう、彼女こそがたった一人で国をここまで発展させた、世界でも類を見ない特異性を持つ一国の主。


 ―――枢機者、レプリカ・クラッドレインその人だった。

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